『オッサンと猟犬群』二
しばらくそんなやり取りを続けて再びコップの中が空になった頃。
ジェンベルさんが、ミルクを注ぎながら本題に戻してきました。
「ちなみにパーティーを組みたい相手はいるか?」
「なぜ突然?」
「今回の中隊だが、パーティーメンバー以外の編成はこっちで選べねェ」
「という事は、ポロロッカさんやリュリュは……」
「パーティーを組まなきゃ高確率で別行動になる」
……別行動。
つまり副官的なポジションからのアドバイスは、期待できそうもありません。
パーティーに入れとくれと言えば快諾してくれるとは思います。
が、今は私が地下奴隷都市から連れてきたササナキさんが加入中。
リュリュさんは気にしていないようでしたが、ササナキさんは気にしていました。
基本的には感情の無さそうなササナキさんですが、師匠は別なのでしょう。
私には、イチャラブ不和不和の真最中のパーティーに入る勇気はありません。
「あそこはササナキさんが加わって幸せ家族計画中ですからね。入り込めません」
「なら〝猟犬群〟に入るのはどうだ」
「普通に参加するのと独立部隊。どっちの方が危険は大きいと思います?」
「状況による。だが基本的には独立部隊の方が高いと思っていい」
「〝猟犬群〟のみんなは、独立部隊に志願すると思いますか?」
「オッサンが説得しなけりゃするだろうな。何より報酬がいい」
「……ですよね」
確実に危険度が高いと確信できるのであれば、説得できたかもしれません。
ですが〝猟犬群〟のみんなは、たぶん高額報酬が受け取れる方を選ぶでしょう。
強く指摘すれば我慢してくれる気はするのですが、どうなるでしょうか。
いざとなれば近くに居たほうが、シルヴィアさんが守ってくれる筈です。
本隊でその他大勢として殺されたらと思うと……悪寒が止まりません。
「〝猟犬群〟に入れてもらえるかどうか、あとで聞いてみます」
「ああ、それがいい」
ジェンベルさんはそう言って一つ頷き、言葉を続けました。
「今日登録するなら一週間後に訓練場で、部隊参加者との顔合わせがある」
「ああ……そういう方式ですか」
参加者は常に募集していて隊長が決まれば、その顔合わせ。
ランダムに近い形での編成になるわけです。
魔法職の数とそれ以外で戦略にも幅が出てきます。
ごたまぜならとことん混ぜ込もうという事なのでしょう。
「その場所で中隊長の証として、ドックタグを受け取る事になる筈だ。無くすなよ?」
「フリですか?」
「無くしたら金貨五枚」
「無くしません」
ジェンベルさんは溜め息を吐きながら、私のコップに追加のミルクを……。
――うっぷ。
「オッサンには、なんだかんだで感謝してるんだ」
「なんですか、藪から棒に」
「地下奴隷都市の解放に伴って、うちの従業員の殆どが返ってきたからな」
「〝殆ど〟という事は……」
「そりゃ当然、返って来なかったヤツも多少はいる」
「…………」
短期間での出来事。
この酒場の従業員さんは、アッチの仕事も含めて見目の麗しい人が揃っています。
治安が限界まで悪かった地下奴隷都市では、事件に巻き込まれ易かったのでしょう。
攫われて帰って来られなかった人たちが、どうなったのかなんて明白でした。
「死んだかボロ雑巾にされたかは、判らねェけどな」
「水色髪のあのこ。確か名前は……」
「スピカの事か?」
「はい、スピカさんは帰ってきたんですか?」
「帰ってはきた」
「おお、それは良かった!」
「なんも良かねぇよ。もう表を歩けねぇ見た目にされちまってる」
表を歩けない……?
ナターリアも昔、顔以外の傷跡が酷かった時期があります。
あんな傷を、あの顔に付けられたのでしょうか……?
「鼻と耳、それから左目もねぇな」
「――っ」
「顔以外にも陰部の傷が酷い。アッチの仕事はおろか、トイレも辛いだろうよ」
「それでスピカさんを……どうしたのですか?」
もしかして、その状態で放り出したりしたのでしょうか。
仕方が無いのかもしれませんが……それではもう、生きていけません。
「俺は人でなしだが義理は通す。手足が無事なら仕事はいくらでもあるさ」
「……よかった」
「まっ、最低最悪の一歩手前だな」
私の中でのジェンベルさんの評価が三段跳びしました。
お友達になりたいくらいです。
「ジェンベルさん。私とお友達になってください」
「頼むから死んでくれ」
――悲しいみ。
「私が友達で何が不満だって言うんですか!」
「馬鹿野郎! 友達になってくれって言うヤツは金目当てか詐欺師。あとはその他だ!」
「じゃあ私は、その他ですね」
「知ってるよ。ガイキチポンポコピーだろ?」
――悲しいみ。
「ああそう言えば、プレゼントがあったんです」
「頼むから捨ててくれ」
私がバックパックに手を突っ込む前に突っ込みを入れてきたジェンベルさん。
何を取り出すと思われていたのでしょうか。
「……ジェンベルさん」
「あん?」
「娼婦さんや踊り子さんに贈り物をするとかいった風習は、こっちにもありますよね?」
「まぁあるな」
「それなら私が、スピカちゃんや他の人に贈り物をしても大丈夫ですよね」
「……真面目なヤツか?」
「はい」
「オーケイ。受け取ろう」
私は自分のバックパックの中から、とあるケースを取り出しました。
それをカウンターの上に置きます。
「おいおい、まさかコイツぁ……」
「はい」
私がカウンターの上に置いた物は――。
「メビウスの新芽です」
◆
ジェンベルさんが一通りメビウスの新芽を調べたあと、口を開きました。
「こんなに大量に……ああ、間違いなく本物だ」
「ええ、本物です」
「どこで手に入れた?」
「所在地は知ってますよね。そこです」
「呆れた奴だ。霊峰ヤークトホルンに取りに行ったのかよ」
「ええまぁ、ついでになりますがね」
「ついで? コレが、ついでだと??」
「うちのシルヴィアさんが家出したので、それを連れ戻しに行ったついでです」
「……くぅ。頭痛くなってきたぜ……」
何やら額を抑えて小さく唸っているジェンベルさん。
――二日酔いでしょうか?
「こんなに回収してきて、まだ残ってるのか?」
「残ってはいますね」
「少しだけか?」
「そろそろ情報代を頂きますよ」
「チッ。うちでの食費を永久的にタダにしてやる」
ジェンベルさんの店にあるものは何もかもが上質です。
飲み物しかり、食事しかり。
私は基本的にお酒を飲まないので、それで出てきた対価なのでしょう。
「一本しか生えていませんが、好きなだけ回収できますよ」
「どういう事だ?」
「回収して少し待つと、新しいのが生えてくるんです」
「……すげぇ情報だ」
私のコップにミルクを注ぎながらそう言ったジェンベルさん。
――まだ注ぐつもりですか。
それでも私は、口を付けずにはいられません。
「……っぷ。番人だったシルヴィアさんが居ないので、回収難度は下がってます」
「あん? まさか、オッサンの最高位精霊って……」
「霊峰ヤークトホルンの頂で、メビウスの新芽を守っていた番人です」
「道中はどうなってるよ?」
「それは変わらず。変化したのは最後の確死ゾーンだけですね」
「ふむ……想像以上の情報だ」
顎髭を弄りながら何か考え事をしているジェンベルさん。
恐らくは、ヤークトホルンに挑戦させる冒険者を考えているのでしょう。
「そういうワケで売ろうと思っていたのですが、従業員に使ってあげてください」
「……本当にいいのか? アイツらじゃ一生かけても返せないような額のモンだぞ」
「ジェンベルさん」
「なんだ?」
「私はこういう行為に、喜びを感じる人種ですから」
「……オーケイ。間違いなく使ってやる」
「ありがとうございます。スピカちゃんの踊り、期待して待ってますね」
「ククッ。スピカのヤツも、こんな贈り物を貰った事はねぇな」
「やりました! 会員ナンバーの一番をゲットですね!」
「……? まぁ、ファンがそう言ってたってアイツに伝えといてやる」
いまいち言葉は伝わらなかったようですが、それはいいでしょう。
あとは皆が治ってくれる事を願うばかりです。
「……っぷ」
――それにしても。
「ジェンベルさん」
「なんだ?」
どことなく、ジェンベルさんの表情が柔らかいような気がしました。
ですが今の私は――それどころではありません。
「……吐きそうです」
「ッ!!? おい誰でもいい! 桶だ! 桶持ってこい!!」
「もう……む・り」
「待て! あと十秒待て!!」
待てません、もう吐きます。
「オロロロロロロロロロロロロロロロロロ――ッ!!」
シルヴィアさん程ではありませんでしたが……。
私は床一面を白に染め上げる事に――成功しました。
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