『葛藤』二
廃教会にまで辿り着いてみると、時刻は既に真夜中。
夜空に煌めく星々は美しく……月は夜道を照らしてくれています。
「シルヴィアさん、到着しましたよ」
「……私は、もう少し夜空を見てから帰るとしよう」
宙に浮いたままそう言ったシルヴィアさん。
道中と変わらず、じっくりと夜空を見上げていました。
「では私も、しばらくはご一緒します」
「……ふんっ、勝手にしろ」
「はい」
一瞬だけ私の方に視線を向けて、空に視線を戻したシルヴィアさん。
私は廃教会の玄関前に腰を下ろします。
ややあって、シルヴィアさんも少し離れた位置に腰を下ろしました。
合わせて褐色幼女形体になって、その反対側に腰を下ろした妖精さん。
しばしの間を置いて、私は口を開きました。
「シルヴィアさん、もう少し近くても大丈夫ですよ」
「肌寒くなるぞ?」
「今更です」
「……そうか」
ほんの少しだけ距離を詰めてきたシルヴィアさん。
もう少し行けそうな気がしたので、私からも少し距離を詰めました。
妖精さんもズリズリと近寄ってきます。
「なるほど、こういう時に使う言葉だったのか」
「ん、なにがですか?」
「ふんっ、そういうトコだぞ」
「……そういうトコ、ろりこんだぞ……」
「なにが!!? 今の行動にロリコン要素ってありましたか!?」
「「さぁ?」」
声を揃えて疑問の声を上げた、妖精さんとシルヴィアさん。
最初の頃こそ犬猿の仲っぽい雰囲気だった、妖精さんとシルヴィアさん。
しかし今の様子を見た限りでは、関係性はかなり改善しているのでしょう。
「そう言えば報酬の金銭とは別に、こんな木箱も渡させていましたね」
私はバックパックから取り出した木箱の蓋を開けてみます。
その中に入っていたのは――銀の指輪。
蔦の意匠が施されていて、パッと見でも上質な物品である事が理解できました。
「もしかして、ダイアナさんの所有物なのでしょうか?」
「「…………」」
二人とも答えてくれません。
静かに星空を見上げているばかりで、私には見向きもしていませんでした。
――悲しいみ。
「……いい夜だ」
ポツリとそう呟いたシルヴィアさんを尻目に、銀の指輪を人差し指に通してみます。
少し小さいかなと思いきや魔法の品であるらしく、サイズ調整が行われました。
しかし収まりが悪いので右手の小指に装着します。
同じようにサイズ調整が行われ、ピッタリフィット。
「効果は……わかりませんね……」
「守護の付与効果だ」
「シルヴィアさん? 守護というと、呪いからの防御とか、体が硬くなったり?」
「いや、飛翔物をほんの少し逸らしてくれる程度の物だ。まだ新しいぞ」
「効果については納得なのですが……新しい……?」
「ああ、一週間以内に作られた物だ」
……一週間以内。
あの時ダイアナさんは……『毎日欠かさず身に着けている物』と言っていました。
「ああ……そういえば、何時からとは言っていませんでしたね」
もしかして、予備でも渡されたのでしょうか。
――否。ダイアナさんがそんな不義理を働くとは思えません。
という事はつまり、これは私に渡す為に用意されたもの。
直感ですが、それが正解であるような気がしました。
高額でもない給料を使って用意してくれた守護の指輪。
確かに効力はたいした事ないのかもしれませんが、そういうものではありません。
絶対に大切にします。
「シルヴィアさん」
「ん?」
「明日からハグをする時は、指輪とペンダントには気を付けてください」
「ああ、了解した」
不平や不満を言わず、お願いした事を承諾してくれたシルヴィアさん。
曲げられない部分を除けば、シルヴィアさんは何時だって譲ってくれています。
「戦争は……戦うのは、怖いか?」
「………」
唐突にそんな事を聞いてきた、シルヴィアさん。
見れば何時の間にか、夜空ではなく私の事を見ていました。
シルヴィアさんの宝石のような蒼い瞳。
月の光を取り込んで輝く彼女の瞳は……なぜ、こんなにも美しいのでしょうか。
――この世界での戦争。
そんなの……怖いに決まっています。
「……子供の頃、私は夜に眠れませんでした」
「ん?」
「寝室の扉の向こうに、ナニカが居ると思っていたのです」
「何か?」
「ええ……何でもない、ナニカ。それがどうしようもなく怖かった」
こういう時だけ耳を傾けてくれるのだから、本当にずるいシルヴィアさんです。
普段はツンケンしているクセして、いざとなったら炎よりも熱い氷。
それがシルヴィアさんという女性です。
「ですが、ある時から、それが怖くなくなりました」
「強くなれたのか?」
「いえ……勇者の活躍する物語を読んで、私は勇気を貰いました」
きっと、多くの人には、くだらない事だと笑われるのでしょう。
「勇気を胸に扉を開けてみれば何てことはない。見慣れた空間が広がってるだけ」
私はシルヴィアさんに手を伸ばしかけ……止めました。
「扉の向こうに潜んでいたのは、恐怖だけ。なのに恐怖というものは存在していません」
下に降ろした手を、シルヴィアさんの視線が追いました。
――本当は私も、シルヴィアさんに触れたいのです。
「ただほんの少し勇気を持って……向き合うだけ。それだけでナニカは消えました」
元の世界では、ほとんどの場合がそうでした。
本当の恐怖は最初から見えているモノだけ。
ですが――。
「でもここでは……勇気を持ち恐怖に向き合って扉を開けると……奥にはまた、幾つもの扉が存在していたのです」
夢物語のように、助けたらハイ終わり! とはいきませんでした。
助けたあとには……必ずその後があったのです。
それこそが――現実。
だからこの世界での善意は、偽善に終わる事が多いのでしょう。
「その扉を開けた先にいるのは、〝恐怖〟なんだろう?」
再び私の顔に視線を合わせてきたシルヴィアさん。
本当に、そうだったら良かったのですが……。
「いえ、その向こうに潜んでいる恐怖は……全て実体のある、本物でした」
オークの拠点から救出したミリィさん。
彼女は結局、地下奴隷都市グラーゼンで死亡しています。
ミリィさんは見かけたあの時。
どうして私は、ミリィさんの側に付いて行かなかったのでしょうか。
その理由は――他に守りたい相手がいたから。
「何もかもが本物。偽善では……最期に何も救えませんでした」
偽物の私では、どうしようもないように。
もし万が一あの時、エルティーナさん達以上に優先度のある相手がいたら?
……私はきっと……合理的に、守るべき対象を見捨てていたでしょう。
「だから私は……偽善者以上には、決してなれません……」
ナターリアを助けた時も同様です。
一時は仲間にも近い感情を抱いていた、タクミとエッダさん。
個人の価値観から裏切り、その部隊を全滅させてしまいました。
……あの時、最初の殺されたのが私以外であったのなら――。
「私はきっと、ナターリアを殺していたのだと思います」
「ふんっ。……文脈が繋がってないぞ」
「……すいません、いつも頭でばかり考えてしまって……」
「気にするな。お前の頭で考えた事なんて、私には全て筒抜けだからな」
「それはそれで困りものですね」
私は苦笑いを浮かべたあと、夜空に向き直りました。
現実が、リアルが重くのしかかってきて離れません。
この世界で勇気を振り絞った先にあったものは……誰かの死でした。
恐怖などという空気以下の存在ではなかったのです。
扉の先に待っていたのは――紛れもない、死の怪物。
「何かを助けるという事は、他の何かを殺すという事……でしたっけ?」
「ああ」
「……私ではとても、同じようにできませんよ……」
私の言葉にシルヴィアさんは「当然だ」と答え、言葉を続けました。
「だがまぁ……ニンゲンにしては、ご主人様はマシな方だと思うぞ」
「本当ですか?」
「ばかめ、私は嘘を吐かない」
「そう、でしたね……」
私が妖精さんに手を伸ばすと、妖精さんはその手を取ってくれました。
「そう言えばご主人様」
「はい」
「お前は、あの娘の事が好きなのか?」
「あの娘?」
好きな相手が多すぎて、誰の事を言われているのか判りません。
シルヴィアさんも好きですし、妖精さんの事も好きです。
とはいえ言い方から考えるに、今いる二人ではないでしょう。
「ナターリアだ」
「リア……」
「あぁそうだ」
「……たぶん、好きなのだと思います」
「たぶん?」
「この感情が性欲から来ているモノでないとは、言いきれません」
「そうか」
端的に短く、そう言葉を返してきたシルヴィアさん。
「ちなみにですが、妖精さんとシルヴィアさんも好きですよ」
「私もなのか?」
「はい」
「私の体では、性欲を満たす事はできないぞ?」
「見ているだけで超ベリーグッドです!」
「ふむ……理解できん」
「……ろりこん、変態だからね」
首を傾げるシルヴィアさんと、珍妙な突っ込みを入れてきた妖精さん。
「私とでは子供は作れないが、あの娘が相手なら子供は作れるぞ」
「いえ……あの体格では、体が耐えられないのでは?」
「いいや、耐えられる。あの娘はニンゲンとは体の作りが違うからな」
――体の作りが、違う。
シルヴィアさんに言われてみれば、その通りでした。
彼女らはヒトの上位種のような存在です。
耐えられる限界が違うのは当然……なのでしょうか?
「まぁ腹はかなり膨らむだろうがな。破裂はしない」
なんの事はないというように言ってくるシルヴィアさん。
本当に、シルヴィアさんには恥ずかしいという感情が存在していないのでしょうか。
というかそれ以前に、種として違うのなら無理なのでは?
羞恥心以前の知的好奇心から、ついつい問い掛けてしまいます。
「体の作りが違うのなら尚の事ですよ。生物学上、子供を授かれるのですか?」
「だから可能だと言っている」
「…………」
「……おいまさか、私の話を聞いていなかったのか……?」
「い、いえ! そういうワケではありません!」
目を細めて私を見てきたシルヴィアさん。
その瞳は〝またコイツは……〟と物語っています。
「ふんっ、まぁいい。ちなみに生物学上であれば、私にもその機能は備わっている」
「でも……オタマジャクシは、カエルになる前に凍死するのでしょう?」
「ああ、その通りだ」
当たり前だという様子で言葉を返してきたシルヴィアさん。
何故だかわかりませんが……。
シルヴィアさんが相手だと、話し難い事もスラスラと言えてしまいます。
「ちなみに私は、シルヴィアさんの事も好きですよ」
「さっきも聞いたぞ」
一ミリも照れた様子もなく端的にそう答えてきたシルヴィアさん。
「妖精さん」
「……なに?」
「妖精さんのことも、私は好きですよ」
「……なんだロリコンか。……びょういん行く?」
――悲しいみ。
「もしかして二人は、私の事が好きじゃないですか!!?」
「好きだぞ。強い親愛を感じている」
「……よろこべロリコン。あたしも好きだぞ……パートナーとして」
「嬉しくて涙がちょちょぎれそうですよ……」
――嬉し悲しいみ。
妖精さんのパートナーとは、どいうった視点から見たパートナーなのでしょうか。
親友なのか、戦友なのか、恋愛的なパートナーなのか……。
「……好きな相手と結婚すれば? ……ちなみにあたしは、子供できない体だよ」
「知ってます。超健全ボディーですからね」
「……年齢差もあるしね」
「それは関係ないです」
「……そっか」
そう答えた妖精さんに表情の変化はありません。
ただほんの少し、握っていた手に力が入ったような気がしました。
年齢差で言えば……シルヴィアさんがダントツでしょう。
美少女ツンデレロリBBAシリアルキラーおぱんつシルヴィアさん。
しかもシルヴィアさんの方には、恋愛的なものを期待できそうもありません。
――まぁ、一番付き合いやすい距離感ではあるのですが。
「ご主人様がドコの誰と結婚しようとも、私は付いて行くぞ」
「おお……!」
「一生涯、毎日ハグをしてくれ」
「……んん??」
――親愛がすごく重たいです。
なのにシルヴィアさんに向かって……無意識に、手を伸ばしてしまいます。
手を戻そうとしましたが、シルヴィアさんはその手を素早く取ってきました。
「――あっ、あっ、あっ!」
「普通の生物は種を残す為に交わり、その為に相手を好きになるらしいな」
「……ひゅォ……」
あぁ、もうまともな言葉を発することができません。
――寒いです。
「まぁ深くは考えず生物として、あの娘に向き合ってみればいい。相手がそれを望んでいるのなら尚更だ。……私には理解できないが、幸せになれるのだろう?」
――シルヴィアさん。
私の口からは、もう変な息が出るのみです。
手から広がってきた冷気が……脳にまで進行してきました。
「戦争の準備は、もうおわったのか?」
――はい。
っと答えようとしたのですが、もう凍えてい口が動きません。
「勿論、心の方の話だぞ」
シルヴィアさんそう言って、ニッコリと笑いかけてきた。
心の方は……まだ少しだけ準備ができていません。
ですが――。
話をする前よりかは、ほんの少しだけ準備ができたような気がします。
今息が苦しいのは……ただの窒息でしょう。
『死にましたー』
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