『葛藤』一

 実験室の一室で猛毒入りのコップを差し出してきているソフィーさん。

 もしかして私は、思っていた以上に恨みを買っていたのでしょうか。


「毒殺の実験ですか?」


 私は受け取ったコップを、元の位置に戻しました。


「ああいや、誤解しないでくれると嬉しいねぇ。流石にそんな無茶はさせんよ」

「という事は?」

「んむ。見ての通り、この液体は無色透明になっちょるだろぅ?」

「そうですね」

「これはね、携帯型の魔石型ろ過装置を通して浄化した結果なんじゃよ」


 魔石型ろ過装置。

 文面や効果から考えれば、確かに凄い発明なのでしょう。

 軍事的な行動をしている際の水不足だっていくらかは緩和される筈です。

 が――。


「水の魔道具ではダメなのですか?」

「あ、予想通りの突っ込みが入りましたね」


 私の疑問にそんな反応を見せたヨームルさん。

 ――そう。この世界には飲み水を生み出す魔道具が存在しています。

 最近ダヌアさんの魔道具店で購入したのですが、非常に便利な魔道具でした。

 そんな便利なものが存在しているのに、今更ろ過装置?

 水源を必要とする事を考えると非効率だと言わざるを得ません。


「んむ。だがその水の魔道具、燃費が悪いとは思わなんだか?」

「まぁそうですね。利便性を考えれば、そんなに苦ではありませんが」

「そうじやな、通常の冒険であればそれでもいいじゃろう」


 うんうんと頷いたソフィーさん。

 ですが得意そうな顔をしている事から、まだ何かあるのでしょう。


「じゃが魔石燃料は、なんだかんだで嵩張るでな。長期になれば尚のこと」

「魔力型ではダメなのですか?」

「水の魔道具を使っていて魔術やスキルが使えずに死んだら、死にきれんと思わんか?」

「……嫌ですね」

「じゃからこそ、戦争で利用されるのは基本的に魔石型なのじゃ」


 ――なるほど。

 確かに言われてみればその通りです。

 その辺りを考えられていなければ、魔石型の魔道具なんて存在していません。

 魔石型の魔道具は、必要だから存在していた。

 そう考えるのが自然でしょう。

 世界中の魔導が全て魔力型だった場合、私に扱えるものはありませんでした。

 魔石型を発明してくれた人たちには感謝の気持ちでいっぱいです。


「それに対してなんとコレは! 同じ燃料で百倍の量の飲料水を確保できる!!」


 デーン! と取り出されたのは、湯沸かし器のポットのような形状の物。


「この中に入れた液体を全て、きっちり分離して綺麗な水だけを出してくれるんじゃ!!」

「分離した有害なものはどこに?」

「任意のタイミングで捨てればいいじゃろう。ほれ、こんなふうにの」


 そう言って湯沸かし器の底部分をパカリと開いたソフィーさん。

 確かに凄い発明なのですが……お掃除が大変そうです。

 まぁ背に腹は代えられないという事でしょう。


「なるほど。一応、実験の概要は理解しました」

「それは僥倖だねぇ」

「モルモット――実験動物でのテストは?」

「勿論済んでおる。あとは人体実験だけじゃな」


 動物での実験は終了済み。

 一応、最低限度の安全は保障されていると思ってもいいでしょう。

 まぁ水であれば、薬品関係の治験よりかは幾らかマシです。


「ささ、ぐいっと一杯!」

「……わかりました」


 再びソフィーさんの差し出してきたコップを、私は受け取りました。

 手の中にあるコップに鼻を近づけ、匂いを嗅いでみます。

 ……無臭。

 しいて言うのであれば、水の匂い。

 私はコップに口を付けて……一口。


「…………大丈夫そう、ですかね」

「んむ」

「師匠、発明は成功ですね!」


 三十秒程様子を見てから残っていた水も飲み干しました。

 何にせよ想定したのより何倍も普通の依頼だったので、一安心です。


「さて、ここからが本番だのぉ」

「……え?」

「確かこういう時は、ロシアンゲームと言うのだったな?」


 テーブルの上に残っているコップは五個。

 もしかして、どれか一つに外れでも入っているのでしょうか。


「オッサンさん。補足しておきますと、これが師匠のイタイ実験の方です」

「把握しました」

「誰がイタイ女じゃ!」

「言ってませんけど!!?」


 つまりここからは、半分お遊び。

 報酬も高額だという事ですし、まぁ付き合わない理由はありません。


「さて、お主にはこの中の一つを飲み干してもらうのじゃが……」

「はい」

「二つは猛毒をろ過した水。二つは人体をマッスルにする薬……をろ過した水」


 ……マッスル薬。

 色々と怖いので、ある意味毒よりも嫌な物質です。

 ちゃんと、ろ過されているのでしょうか……?


「そして残った一つなのじゃが……なんと!」

「なんと?」

「超ウルトラスーパーデラックスマッスル薬だの」


 ――超ウルトラスーパーデラックスマッスル薬だの?

 突然真顔になってそう言ったソフィーさん。

 ヨームルさんの方を見てみると、ものすごく嫌そうな顔をしています。

 通常のマッスル薬と何の違いがあるのでしょうか?

 超ウルトラスーパーデラックスマッスルにでも、なってしまうのでしょうか。

 頭に浮かんでくるのは、追い詰められた悪徳研究者が使う最後の手段。

 異形の化け物に変身して「力が溢れ出てくるぞぉ!」と言っている場面。


「ろ過は?」

「してあるの」

「普通に飲んだ場合の副作用は……」

「半月以上は地獄の筋肉痛に苦しむじゃろう」

「肉体は?」

「三分で元に戻る」


 光の戦士並みの短期強化。

 なのに副作用は半月以上。

 戦争に影響の出ないであろうギリギリのラインを攻めています。


「一般に流通させる許可はおりなんだから、取りに来るのはごく一部じゃな」

「はい、途轍もない高額で売りつけています……」


 資金源の一端が、たった今見えてしまいました。

 もしかしたら、スラムに居る冒険者の何人かは持っているかもしれません。

 超高額だという事なので可能性は低いですが……。


「ま、まぁ、ろ過済みで浄化されているのなら……ね」


 最悪、一時的なマッチョになっても妖精さんの御かげで地獄の筋肉痛はありません。

 私は適当なコップに手を伸ばし――。


「んむ。問題があるとすればマッチョになると、コケー! としか鳴けない事じゃな」


 ソフィーさんの言葉を聞いて、ピタリと手が止まりました。

 どうしてマッチョの鳴き声が、コケー! なのでしょうか。

 グゲー! でも、グオー! でもなく……なぜ、コケー! なのでしょうか?

 つまりこのロシアンルーレットは、五分の三がハズレ。

 酷すぎる確率です。

 せめて、もう少しなんとかならなかったのでしょうか?


「……っ」


 例えば五つの内の二つを浄化済みのソフィーちゃんのおっしっこにするだとか……。

 宇宙飛行士だって同じことをしているのです。

 それは普通であって、飲料水を確保する目的であれば至極当然の事。

 ――むしろ。

 この実験におしっこの浄化実験が含まれていない事に意義を申し立てたいところ。


「……えっと、そろそろ止めてあげた方がいいんですかね?」

「んや、ちょいちょい興味深い単語も出てきちょる。もうすこし喋らせておけ」


 ……何やら小声で会話をしているヨームルさんとソフィーさん。

 隅っこで棒立ちしている妖精さんが口元を指差しています。

 もしかして……妖精さんも飲みたいのでしょうか?

 ソフィーちゃんの――おしっこを!!?


「……口に、出てるんだけどね……」

「――ハッ!!?」


 気が付いたら何故か喉が渇いていました。

 近場にあったコップを勢いよく手に取り――飲み干します。

 んー……水っ!


 ……。

 …………。

 ………………。


 そのあとも常識の範囲内で実験を手伝わされ、報酬を受け取って帰宅しました。

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