『人体実験』三
何をされるのかと心配しながら待っている事しばらく。
「……手枷と足枷、はずそうか?」
近づいてきたのは妖精さん。
「モガモガモゴッ」
――お願いします。
私は小さく頷きました。
響く、妖精さんの笑い声。
……パキン、という音と共に外れた両手両足の枷。
ついでに猿轡も外しておきます。
そしてやってきたのは、体から何かが抜けていった感覚。
今更ですが、これが命の抜けていく感覚なのでしょう。
もしかしたら妖精さんは。
私が死ぬのを気にしていると気が付いて、手加減してくれているのでしょうか。
「……そういうワケじゃないけど」
「心を読まないでください」
無表情なので感情は読み取れませんが、なんとなく事実であるような気がしました。
「さて……」
軽く周囲を見渡してみるも、やっぱりマッドな人体実験室です。
テーブルの上には注射器を始めとした様々な器具。
棚には無数の薬品が並んでいます。
研究者御用達の三角フラスコも完備。
扉は二か所で、二人が出て行った扉とは別にもう一つの扉がありました。
扉は木製の扉を鉄で補強してあるような見た目です。
「よほど酷く無い限りは逃げないつもりですが、どう思います?」
「……さぁ?」
私の問いに妖精さんは、首を傾げて答えてくれました。
「シルヴィアさん」
「――ふんっ、私の知った事か。本当に助けて欲しくなったらまた呼べ」
そう事を残して魔石の形体に戻ったシルヴィアさん。
冷たいのか優しいのか、判断が難しいところです。
私は二人が出て行った扉とは別の扉に近づいて、その扉を引いてみました。
……キィ、と小さく音を立てて開いた扉。
そして、その先にあった物は――。
「……魔力バリスタ?」
見覚えのあるバリスタ部分。
城壁の上に設置されていた物と寸分違わぬ形状のその兵器。
が、どう考えても違う部分が幾つか存在していました。
「四輪ですか……」
――四輪。
木製タイヤの外部分が黒い何かに覆われていました。
城壁の上にあってものはレールの上を移動する仕様でしたが、これは違います。
移動型、とでも言うのでしょうか?
バリスタは鉄の盾に守られていて、城壁の上にあるものよりも堅牢な造りです。
まさか、これを誰かが引いて移動させるのでしょうか。
そうだとすれば、相当な怪力自慢でもないと動かせないでしょう。
「――っ。……これは、ゴム?」
タイヤの外部分にある黒い何か。
その黒い部分にそっと触れてみたところ、ゴム質の何かでした。
……魔力バリスタが、この場所にあった事には驚きません。
ソフィーさん達が開発者であるのは事前に知っていた情報です。
が、これは全くの別物。
ゴムがあって、四輪。更には、この重厚な造り。
その情報からもたらされる答えは――。
「まさか……エンジンを積んでいるとでも?」
「――ほぅ、正解だのぅ」
「このヒトもしかして、僕よりも頭がいい……?」
「――っ!」
慌てて振り向いて見ると、そこに立っていたのはソフィーさんとヨームルさん。
脇に立っている妖精さんに一瞬だけ視線を向け、私の方に向き直ったお二人。
「あの枷はどうやって外したのかねぇ」
「彼は一流の冒険者ですし、自力で外したのでは?」
「ええ、まぁ……」
本当は自力では無いのですが、そこは黙っておきましょう。
「で、まさかこの世界には、クルマが存在しているのですか?」
「んむ。まぁ基本的には流通しちょらんがな」
「あんな便利な物がどうして?」
「魔導エンジンの魔力効率が悪すぎるのと、悪路での速度が馬に劣るでな」
「馬車に劣る……?」
「んむ、じゃから基本は王都貴族の娯楽品じゃ」
思えば世界で最初に作られた車も、そんなに早いものではありませんでした。
現在のこの世界は、その段階なのでしょうか。
「つまり今回は、防御性能を重視した結果、こうなってしまったと」
「正解じゃ。都市防衛戦争では防御性能の無さを痛感させられたからのぉ」
「なるほど。確かにアレは銃座部分が野ざらしでしたからね」
「うむ。……それよりお主、私の助手にならんか?」
「嫌です」
「むぅ……」
「異世界組。最近この世界に来たライゼリック組であれば、このくらい常識です」
「ああ、お主も異世界からの旅人じゃったな」
「そうですね。最近やってきた彼らとは完全に別口ですが」
見た目は可愛い少女なので不満そうな顔をされるとかなり弱いです。
が、ナターリアとの触れ合いの成果なのか、意見を覆す程ではありません。
ついでなので気になっていた黒いゴム部分についても聞いてみましょう。
「このゴム質のショック吸収材は、王都のクルマにも?」
「んや、ここで作った特別なゴムじゃね。王都のよりも衝撃を吸収するはずじゃ」
「もしや、エンジンの方にも何か?」
「その通り! よく気が付いたねぇ!!」
「感みたいなものですが……」
ものすごく嬉しそうな笑みを浮かべているソフィーさん。
その一方で、ヨームルさんは少しだけ顔が曇っています。
「このエンジンは特別仕様でねぇ。元来の物は魔力をそのまま動力にしちょったんじゃが、これは一度電気エネルギーに変換してから、それを動力にしちょる!!」
……やっぱりと言うべきか。
ソフィーさんは間違いなく天才です。
「燃費の悪さを軽減する事に成功したと……」
「その通り。侵攻作戦ではコレが大いに役立つじゃろうなぁ!」
うっとりとした顔で四輪魔力バリスタを撫でているソフィーさん。
各時代にこの人クラスの科学者が一人以上いれば、時代は常に前進を続ける筈。
そして千年もすれば、きっと……。
いえ、今回は文明が正しく発展すると信じましょう。
「ちなみにですか、コレの名前は?」
「〝移動型魔力弩弓〟じゃな!」
「移動型魔力バリスタではダメなんですか?」
「む、お主もヨームルと同じことをいいよるか」
「ですよね! 完全に新しい名称だと覚えにくいですよね!!」
顔を顰めさせたソフィーさんと、少しだけ明るい顔になったヨームルさん。
しかし、この魔力バリスタ。
まさかとは思いますが、私を使って試射するつもりなのでしょうか?
通常であれば普通に死者が出ます。
「まさか……コレの的になれだなんて言いませんよね……?」
「お主には私の事がどう見えとるんじゃ?」
――マッドサイエンティスト。
「金髪ロリです」
「ロリじゃないんじゃが!?」
クワッと目を見開いてムキになる辺りに幼さを感じます。
もしや本当にロリっ子なのでしょうか?
そっとヨームルさんに視線を向けてみると……首を横に振りました。
残念ながらソフィーさんの実年齢はロリではないようです。
「では何の実験を手伝えと?」
「んむ。まずこっちの部屋は全く関係ないからの、元の部屋にもどっとくれ」
「わかりました」
少しだけ普通に話せたからなのか緊張が薄まったような気がします。
これなら多少危険な実験が来たとしても、何とか耐えられるでしょう。
「さて、まずはコレをみとおくれ」
ソフィーさんが指を差した先にあるモノは……五つのコップ。
その中の全てには無色透明な液体が入っています。
もしかして、この薬品の実験でもするのでしょうか。
「お主にはコレが何に見える?」
そう言って一つのコップを手に取ったソフィーさん。
「水、ですかね……?」
「半分は正解だねぇ」
「では、もう半分は?」
なんだか、ものすごく嫌な予感がします。
「耐性次第で三秒で永眠! ――猛毒じゃ!」
にこやかにそう言ったソフィーさん。
私の嫌な予感は……大正解でした。
いえ、まだこれを飲めと言われたワケではありません。
単純にコレを使った実験という可能性も――。
「今回のテストでは、お主にコレを飲んでもらう」
――ダメそうです。
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