『人体実験』二

 有り金の殆どをダヌアさんに支払ってしまいました。

 なので当然、今はお金が尽きて金欠です。


「というワケで、ここに来てみました」


 懐かしい感覚。

 懐かしい場所。

 この世界に来てお金が尽きる度にやってきていた場所。

 当然今回も、エルティーナさんには少し戻れないかもと報告済みです。


「……いや……頼むから帰ってくれないか?」


 心底嫌そうな顔をして私を見ているのは――ダイアナさん。

 ダイアナさんは街の東側の衛兵隊長さんなので、戦争に参加する可能性は低いでしょう。

 となれば、戦争が始まったら顔を合わせる機会も減るのも確定的に明らか。

 理由自体はこじつけで本当は、ただ顔を見たくなっただけなのです。


「本当は顔を見たくなっただけです」

「そうか、それじゃあもう帰ってもいいぞ」


 ――おやっ?

 正直に話したというのに反応が殆ど変っていません。

 ナターリアのラブパワーでモテ期に突入したと思っていたのですが……。

 まさか、それは勘違いだったのでしょうか……?

 ――否、そんな訳はありません。

 あの頃と同じ好感度の欠片も無さそうな反応は、きっと気のせいです。


「オマエな、最近はスラムの下請酒場で上手くやってたんじゃなかったのか?」

「お陰様で何不自由なく」

「なのに、今は金に不自由していると?」

「はい」


 こんな時に、ナターリアなら何をしてあげれば喜んでくれるのでしょうか。

 それと同じことをすれば、ダイアナさんも……ハッ!


「頭を撫でてあげますよ」

「…………どうやら死にたいらしいな」

「えっ、ほんとに何で!? そこまでなのですか!!?」


 腰の剣をカチャカチャと鳴らして威嚇してくるダイアナさん。

 予想外の反応に、私も後退りをしてしまいます。

 ――響く、妖精さんの笑い声。


「む……昔のお前だったらそのまま前進してきた筈だが、一応は成長したのか?」

「はい、三ステップくらいは成長しました」

「はぁ……前言撤回。お前は何も変わってない」


 腰の剣から手を離して椅子に深く座り込んだダイアナさん。

 ダイアナさんは戦争前のアレコレで忙しいの筈。

 それなのに時間を取ってくれた辺りに、ツンデレの波動を感じました。

 ツンデレさん、ツンデレさん、ヤンデレさん飛ばしてツンデレさん。

 ……ゾクリ。

 何故か背筋に悪寒が走りました。

 やっぱり、ヤンデレさんも飛ばしません。


「ちなみにだが」

「はい」

「忙しい身であるこの私が暇そうなお前の為に時間を取ったのは、なんでだと思う?」

「まさか……」

「ああ、そうだ」

「――愛情!!?」

「何でそうなるこのバカ! 依頼だ依頼!! それもかなり重要なヤツのなッ!!」


 ダイアナさんの鋭い突っ込みが入りました。

 何故かダイアナさんの前に居るとボケやすくて、ついついやってしまいます。

 それにしても……このタイミングでの重要な依頼?


「重要な……?」


 思い出されるのは、野盗の拠点制圧。

 オークの拠点制圧&討伐。

 あとは運命的な出会いをもたらしてくれた……メビウスの新芽回収依頼。


「そう、この国の超重役からの指名依頼だぞ」


 ――このタイミングでの指名依頼。

 それも……超重役……?

 考えられる相手としては、領主様かリュポフさん……様……。


「お前の居る酒場にも依頼自体はいってる筈なんだけどな」

「春牝馬の酒場にも……?」


 いまいち覚えがありません。

 もしかしてジェンベルさんが、指名依頼を私から隠しているのでしょうか。


「本当に知らないらしいな」

「……はい」

「依頼主の名前は〝ソフィー・フォイルゲン〟と言ってな……おい、逃げるな!!」


 私は慌てて部屋から逃げ出そうとします。

 ――ソフィー・フォイルゲン。

 忘れられられる訳がありません。

 幾度と無くジェンベルさんが差し出してきた依頼に書かれていた、その名前。

 更には遺跡調査の際に一度だけ顔を合わせてしまった、その人物。


「取り押さえろ!!」

『『『はっ!』』』

「は、放してください! どうせ〝寝ているだけの簡単な仕事〟なんですよね!!」


 危険な臭いがこびりついて無くならない、そんな最低最悪の依頼。

 嫌です。寝ているだけでお金が入ってくる簡単な依頼なんて……嫌です!!

 ――響く、妖精さんの笑い声。

 妖精さんが口元に手を当てて楽しそうに笑っています。


「安心しろ、別の依頼内容だ」

「えっ?」


 私は暴れていた手足を止めて、ダイアナさんの言葉を待ちました。


「色々と協力する上で死の危険もかなりあるが、高額な報酬がもらえる依頼だ」

「は・な・し・てッッ!!」


 何故、危険度が倍増しているのでしょうか。

 何故、私は簀巻きにされているのでしょうか。

 何故……どうして……。


「今回は戦争の行軍にも大きく影響する依頼なんだ、何とか受けてはくれないか?」


 しおらしい態度で頼みこんできたダイアナさん。

 始めて見る、彼女の申し訳なさそうな顔です。

 他の依頼なら何だって受けていたでしょう。

 ですが、ですが……!


「ぐっ……それでも、人体実験だけは……!」

「…………仕方ない、か」

「……?」

「依頼を完了した暁には、私が毎日欠かさず身に着けている物をくれてやろう」


 ――ッ!!?

 ダイアナさんが、毎日欠かさず身に着けているもの……?

 ダイアナさんの表情は心底嫌だという表情です。

 もしかして……身に着けている衣類でしょうか?


「よし、オーケーっぽい顔をしてるな。適当に連れて行ってやれ」

『『『はっ!』』』


 この状況から考えるに、ズボンやTシャツだなんてケチな報酬ではないでしょう。

 という事はつまり……つまり……!

 ――パンツ!!

 しかし人体実験だけは……それだけは…………。



 ◇



 ――人体実験。

 そうあの日も、人体実験な日常でした……。

 ミンミンと蝉の煩い、ある夏の日の事。

 場所はいつもの仏間と、その仕切り扉を開いての広い二部屋。


「あちょー、あちょー、あちょー」


 蝉よりも煩く、アホっぽい声を上げていたのは……ショタっ子時代の私。

 段ボールに穴を空けただけの戦闘員服。

 ダンボールで作った自信作の剣。

 ダンボールで作った変な仮面。

 それを振り回す、ショッカー戦闘員な私。

 本日は妹と従兄妹の二人を交えての仮面ライダーゴッコをしている最中。

 私はボスである従兄に指示されて、「イー!」と声を上げて襲い掛かります。

 それは……改造実験をする為の実験体を捕らえろというものでした。

 ショタっ子時代の私は妹の方へと向かおうとして…………停止。

 涙目で固まっていた妹。

 注射の際などを含め――。

 彼女は、緊張したり怖かったりすると固まってしまいます。

 それを知っていたショタっ子時代の私は当然……方向転換。

 なので私が襲い掛かった先は――従妹でした。

 従妹は「きゃー」と楽しそうな悲鳴を上げた為、遠慮せずに捕まえる事に成功。

 仏間に敷いてあって布団の上に寝転がった従妹。


「これより人体実験を開始する!」

「開始する!」

「あいー」


 ダンボールのメス等々を持った従兄とショタっ子時代の私。

 ……と、妹。

 いつの間にか妹は、ショッカー戦闘員に転職していたのです。

 ショタっ子時代の私に鴨の親子が如く、くっ付いて離れない妹。

 兄が何かをすれば同じように何かをするという、そんな兄妹関係でした。

 従兄は従妹の上着を、ペロンと………………。


 …………ペロンと…………。

 うごごごごご――ッ!!?



 ◇



「――ッ!?」

「おお、目が覚めたようだのぉ」

「師匠、この人って大丈夫なんですかね」

「なに、会話ができて多少の意思疎通を取る事が出来れば大丈夫じゃろうて」

「ですかね?」


 周囲を見渡してみると、そこは本格的な人体実験場でした。

 隅っこの方には私の杖を持っている褐色幼女形体の妖精さんが立っています。

 ……ごっこ遊びにしては本格的ですね?

 とそんな事を思いながら、私は体を起こして……起こし……?

 ――起こせません。

 両手と両足が、鉄の枷で固定されていました。

 私は、何か悪い事をしてしまったのでしょうか。

 アレはゴッコ遊びだったのです。

 従妹だって、くすぐったがっていただけで嫌がっていなかったじゃあないですか。

 だというのに、私に対するこの仕打ち。

 いきなり悪の組織の幹部二人が出て来ての本格的な人体実験。


「まぁなにはともあれ、この依頼を受けてくれて感謝しちょるよ」

「師匠と僕の命の恩人でもあるワケですしね」

「死なないように努力はするからの、安心せぃ。報酬も奮発するぞい」


 ――何一つ、安心できる要素がありません。


「――モガッ、モゴモゴ!」

「ん、元気いっぱいでよろしい!」


 ソフィーさんがぺちぺちと、私の広い額を叩いてきました。

 ――ちょっと嬉しいみ。


「それにしても師匠、どうして猿轡なんかで口を塞いであるのですか?」

「連れてきた衛兵が言っとったじゃろう。悲鳴を上げたくないから外さんでくれと」

「ああ、そうでしたね」


 ――騙されています。

 嘘ばっかりしかありません。

 悲鳴を上げたくない、ではなく上げさせたくない、の間違いに違いありません。

 逃げ出したいところですが、ダイアナさんからのプレゼントは気になります。


「まぁ安心せい。痛い実験は一つも行わんからの」

「イタイ実験は行いますけどね」

「だれがイタイ女じゃ、このバカ者! 必要な実験しかせんわ!」

「イタイ女は言っていませんけど!?」


 痛い実験ではなく、イタイ実験……。

 もしかして……えっっっちな実験なのでしょうか?


「本来であれば、私的好奇心も満たしたいところなのじゃがのぉ……」

「ンー!!」


 流し目を送ってきたソフィーさん。

 私は全力で首を横に振りました。


「まぁ今回はそういう条件じゃからの。仕方あるまいか」

「では早速、一つ目のからやってしまいましょう」

「ん、手伝ってもらうぞ、ヨームル君」

「……はい」


 嫌そうな顔をして部屋を出て行ったお二人。

 ――いったい私は、どうなってしまうのでしょうか。

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