『人体実験』一
部隊の仲間になる者達と顔合わせをしてから三日。
町には異様な数の人が増えてきていました。
全体総数が百万人を超えるであろう大部隊。
ジェンベルさんの情報曰く、部隊の出発位置の一つがこの町との事。
それを三つに分けての大規模侵攻作戦です。
規模が規模なので作戦の気密性は薄いのでしょう。
他の部隊は北と南にある町から出発するそうなのですが――。
一番大規模な部隊になるのが、今いるこの町だそうです。
確かに期間はまだあるかもしれません。
が、それでも冒険者の一部は続々と集まって来ていました。
正規兵の方々らの纏まった戦力は、当日か移動中に合流するのだと思います。
現在の私は……。
戦いに必要になる物を求めて、ダヌアさんの魔道具店に来ていました。
「はい、全部で金貨六枚ね」
「わかりました……と、少し足りませんね……」
「あらら」
足りないと言う言葉に苦笑いを浮かべた、ダヌアさん。
私は消耗品の類を買い貯めするべく彼女の魔道具店にやってきました。
表通りはどこも品薄で、あまり物が残っていません。
なのに、ダヌアさん魔道具店には常に高品質な商品が残っています。
立地的にヒトが入りにくいのと、その商品の高額さ。
低品質の物が無いので高くなってしまうのは仕方がないでしょう。
とはいえ今買わなくては、次に来た時に残っているとは限りません。
「まぁオッサンはお得意様だし、ツケでもいいよ?」
「いいのですか?」
「うん、お陰様で儲けさせてもらってるから依頼に出なくて済んでるし」
ニィっ、と人好きのする笑みを浮かべてそう言ったダヌアさん。
商品を棚に戻しに行くのもなんですし、今回は彼女に甘えましょう。
「では……そうですね。戦争が始まる前には必ず返しに来ます」
私の言葉を聞いたダヌアさんは、苦笑いをほんの少しだけ曇らせました。
「別に、その後でもいいんだけど?」
「何が起こるか分からないのが戦争です。生きて帰れる保証はありません」
「……そっか」
「はい」
少しの沈黙。
使い魔店員の謎鳥は店内の掃除で忙しなく動き回っています。
「参加しないって選択肢はないの?」
「無いですね。守りたいヒトたちがたくさんいますので」
――事実ですが……嘘です。
私は、ほんの少しだけ格好を付けてしまいました。
真実は、ジェンベルさんに協力してもらった対価として参加するのです。
自分の意志で参加したワケではありません。
裏事情を知らないダヌアさんが、憂いを帯びたような表情に変化しました。
「まっ、できるだけ生きて帰ってきてよ。来てくれなくなると少しだけ寂しいからさ」
「ええ勿論、そう簡単に死なないのが私の特技ですからね」
心配してくれているのでしょうか?
……有難い限りです。
「いいねその特技。……あっ、これはオマケね」
そう言って二本のポーション瓶をカウンターの上に置いたダヌアさん。
手に取って見てみると、それはD級の治癒のポーションでした。
結構な高額商品です。しかも、それが二本。
「優しくされると惚れてしまいますよ? 惚れやすい性格をしているので」
「あーごめんねお客さん、あと十年くらいしてからもう一回言って」
「えっ?」
「私ね、枯れかけくらいのヒトが好きなんだ」
「…………えっ?」
今更になって判明したダヌアさんの趣味。
まさかの――枯れ専。
予想外すぎてポーションを飲みたくなりました。
響く、妖精さんの笑い声。
「ふふっ、冗談だよ。無事を祈ってるのは本当だけどね」
「……驚きました。ちなみに、ダヌアさんは参加しないのですか?」
「侵攻作戦?」
「はい」
「あー……うん。今回は止めとこうと思ってる」
「そうですか……」
ダヌアさんは防衛戦でも活躍していた強い魔術師です。
シルヴィアさんの次に空に残っていた飛行戦力でもありました。
無理強いはしたくないので深く言及したりはしませんが……。
かなりの戦力ダウンになるのは間違いありません。
「冷たい考えかもしれないけど……私はこのお店を空けたくないし、守りたいと思ってる。前回の防衛線に参加したのだってね、この店を守る為なんだ。……失望した?」
窺うような目で見てきたダヌアさん。
「いいえ、それが普通です。そんな理由でダヌアさんを避けたりなんてしません」
「よかった。まぁそう言ってくれるのが解ってて言ったんだけどね」
そう言って悪戯っぽく笑ったダヌアさん。
小悪魔的な笑顔が可愛いです。
「あと恥ずかしい事なんだけど、前みたいにモミクチャにされるのが怖いんだよね」
思い出される……都市防衛戦での空中戦。
あの時のダヌアさんは無数の魔王軍飛行戦力に囲まれて、袋叩きにされていました。
しかも最後には墜ちてきています。
「本気で死ぬかと思ったのはアレが初めて。だからこそお客さんには感謝してるし、その助けになりたいとは思ってる。……でもね……体が震えるんだ。……だからもう、私は戦争に参加できない」
――恐怖。そしてトラウマ。
それを抱えてしまった少女に同じことをして欲しいだなんて、とても言えません。
「大丈夫、私達は絶対に勝って帰ってきます」
「……試作品だけど、コレをお守り代わりに持ってって」
「ん?」
ダヌアさんが手渡してきたのは、紫の宝石が付いたペンダント。
――高そうです。
「あ、ありがとうございます」
私はそれを首に掛けて、ダヌアさんに見せてみました。
「んー、もう少し地味なデザインでも良さそうだね。まぁ頑張って!」
暗に似合っていないと言われているのでしょうか。
――悲しいみ。
私は購入した諸々の商品を受け取り、店の出口を目指します。
そして、その出口の手前で立ち止って――。
「私の言った守りたい人たちですが、その中には当然、ダヌアさんも含まれています」
「ははぁ、少し噂になってるよ。あまり不幸な女の子を量産しないように気を付けて」
「……ただ本心から守りたいと、そう思っただけなのですが……」
「そういうトコだぞ。……まぁ実現させてみてよ、期待してるからさ」
「……? ええ、勿論です」
そんなやり取りをした後、私はダヌアさんの魔道具店を後にしました。
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