『部隊内挨拶』三

 しばらくの時間が経過して現場が落ち着きを取り戻した頃。

 全員が各々でコンタクトを取っていて、訓練場内は最初と同じような状態です。

 細かな打ち合わせは具体的な指示が無いとできません。

 指令系統は頭に私で、二番目をナターリア。

 その下には、スムラの六人組という形になりました。

 部隊を分けて行動する時は、そのメンバーを頭に小隊になるでしょう。

 後退りをして距離を取っている全員を尻目に、シルヴィアさんに声を掛けます。


「シルヴィアさん」

「なんだ?」

「どうして、もっと早く止めてくれなかったのですか……?」


 自分の痴態ついでに、シルヴィアさんの恥ずかしい情報まで語ってしまいました。


「気味が悪いくらいに早口で喋ってたからな」

「え……本当に?」

「ふんっ。それにな、私には恥ずかしい場所など存在しない」


 そう言って腕を組んだまま、私を見下ろしてくるシルヴィアさん。

 知ってはいましたが、ものすごい自信家です。

 ナターリアの方に視線を向けると頷いてくれたので、事実なのでしょう。

 まぁ、シルヴィアさんが嘘を言うとは思っていませんでしたが……。

 ――是非とも!

 朝礼台に這いつくばり、シルヴィアさんの恥ずかしくない純白パンツを見たいところ。

 ですが――我慢。


「リアはどう思いました?」

「ん、部隊の事? それとも勇者様の事?」

「…………部隊の事です」


 今は、ナターリアがいます。

 居るのが妖精さんとシルヴィアさんだけであれば可能な行動が、今は取れません。

 散々見られているので今更なのですが……何故か、できないのです。


「んー……勇者様。ちょっとお耳を貸してもらってもいいかしら?」

「はい」


 口に手を当てて内緒話の姿勢を取ったナターリア。

 私も姿勢を低くして聞く体勢を作ります。


「……冒険者としては下の中程度ね。スラム出身が下の中から中の中ってところかしら」


 耳元でボソボソと囁かれたナターリアの、その声。

 チュウという言葉を耳にする度に……あの夜を思い出してしまいます。

 ですが今は、頑張って顔を顰めておきましょう。

 ぐにゃぁ。


「思っていたよりも厳しめの評価ですね」

「オークまでなら狩れるけれど、オーガだと死人が出ると思うわ」

「ふむ……」


 この世界のオークは意外に強敵です。

 少なくとも雑魚ではありません。

 確かに不安は残りますが、本来の戦争というものは数の勝負です。

 人的資源、武器、食料。

 それらをより多く持っていた者が勝つ。

 それが大原則でしょう。

 まぁ異世界の戦争は……よく分かりませんが。


「ちなみに上の上に入るのは?」

「まず、総合的に見たら勇者様が入るわ」


 ――総合的。

 つまりは妖精さん+シルヴィアさんが含まれているのでしょう。

 流石に私自身に戦闘能力が無い事は理解してくれている筈です。


「次はライゼリック組のパートナー? のヒトたちね」


 ――ライゼリック組。

 パーナトーという事は……。

 ニコラさん達の、この世界を案内する者達の事でしょう。

 ヨウさん含むプレイヤーは、もしかして、そんなに強くないのでしょうか?

 だとすれば……どうして??


「上の中がヨウってヒトみたいな、パートナーの主人みたいな人たち?」


 上の中。

 決して弱くはありませんでした。

 むしろ強い側であると言えます。

 それは戦いぶりから見ても明らかで、野盗が千人集まっても蹴散らせるでしょう。


「シルヴィアさん」

「ん?」

「ヨウさんと一対一で戦ったとして、何回に一回負けると思います?」

「私がか?」

「はい」

「条件次第だ。普通から少し不利までなら連戦で一万回戦っても負けないな」

「それは、誇張抜きの分析で出した答えですか?」


 シルヴィアさんの心はプライドの塊なので、確認しておかねばなりません。


「ふんっ。嘘は吐かん、意味がないからな。これは客観的な評価だ」

「そうですか、ありがとうございました」


 ――ある意味想定通り。

 ヨウさん含む上の中は上の上であるシルヴィアさん等と比べたら、その差は歴然。

 ホープさんやキサラさんには勝てるかもしれません。

 が、アントビィやシルヴィアさんには、まず負けるくらいの実力差。

 それを庇って戦おうものなら……パートナーに勝ち目はないでしょう。


「ちなみになのだけれど、わたしは上の下くらいね」

「ポロロッカさんやリュリュさんは?」

「状況と本気度次第。中の上から上の下だわ」

「なるほど……」

「わたしを解放した人達の最後の生き残り。あのヒトたちも中の上ね」

「ありがとうございます」


 色々と教えてくれた彼女の頭を優しく撫でました。

 目を細めて嬉しそうに笑ってくれるナターリア。

 髪の毛がサラサラなので、いつまででも撫でていたくなります。


「……上の上が桁違いなだけで、他は工夫次第で逆転がありそうですね」

「そうね。わたしもあの時、油断を突かれて負けちゃったのだもの」

「そうでしたか……」


 ナターリアが両手両足を撃ち抜かれた場面を、私は見ていません。

 あの時の私は死んでいました。

 どんな戦術を取られて負けていたのかは判りませんが、一つの実例です。

 部隊の皆も作戦次第では、ジャイアントキリングを達成できるという事でしょう。


「でも……わたしね、あの時は負けて良かったと思っているの」

「ん? 両手両足を撃ち抜かれていたのに、ですか?」

「ええ、だってわたしが普通に勝っていたら……勇者様と戦っていたと思うし」


 自嘲気味で複雑な苦笑いを浮かべたナターリア。


「…………言われてみれば、そうかもしれませんね」


 もし普通にナターリアと出会い、普通に殺し合っていたのなら――。

 最後にシルヴィアさんが殺していたのは、ナターリアだったかもしれません。

 もし生き返った時点で決着がついていなかったら――。

 エッダさんとタクミのペア側に立っていたかもしれません。

 そしてなにより。

 あの最低最悪な状況になっていなければ――。

 ナターリアに届く言葉は、存在していなかったでしょう。


「人生、なにが起こっていたか分からないものですね……」


 たった一つ道がずれていたら。

 ほんの少しの状況と、その立ち位置が違っていたら。

 今の私の隣には、誰が立っていたか判りません。

 もしかしたら、エッダさんとタクミが立っていた可能性だってあるでしょう。


「わたしは今の状態になれて……すっっっごく、幸せだわっ!」

「ええ。……私もリア助けられた事を、すごく幸せに思っています」

「うふふふっ」


 運命と言うのはサイコロの目のようなものなのでしょう。

 ほんのひと転がりズレていたら……。

 たった一瞬、投げるタイミングが違っていたら……。

 結果は大きく違っていたのでしょう。

 なのに一度出た目は絶対。

 サイコロの目が一度出した結果は、次に何度サイコロを振ろうとも覆らない。

 それが人生というものなのでしょう。

 私だって理解はしています。

 理解はしているのですが……過去を憂いてしまいます。

 ――本当に正しかったのか。

 ――もっと上手くやれたんじゃないのか。

 ただ今ナターリアが笑みを浮かべているのだけは、最高の結果なのでしょう。

 私には難し過ぎて、よく分かりませんが……。


「……話が脱線しましたね。みなさん! 今日はそろそろ解散にしましょう!」


 ほぼ全員から言葉か帰ってきて、その場は解散となりました。

 私は部隊の皆と軽く挨拶を交わし、騎士団の訓練場を後にします。

 ……その帰り道では、ナターリアと手を繋いで歩きました。

 時刻はお昼ご飯時。

 色んなところから美味しそうな香りが漂ってきます。


「ねぇ勇者様!」

「はい」

「うふふっ、呼んでみただけー!」


 明るい表通りの道に響く、妖精さんの笑い声。

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