『部隊内挨拶』二
ナターリアが数歩後ろに跳ねたかと思うと、その姿が掻き消えました。
直後――。
「勇者様、素手だったからお手てが痛くなっちゃった……」
私のスグ隣に現れたナターリア。
手をさすりながら撫でて欲しそうにしていたので、手を撫でてあげました。
……さわさわ。
柔らかくて素敵な手です。
大柄な男性を吹き飛ばした手と同じものだとは、とても思えません。
彼女は……武器すら抜いていませんでした。
「信じらンねェ……」
「見たかよ……今の腕力とスピード」
「
「おっ、なんだ、俺と同じタイプじゃねぇか」
「じゃあ同じ事やってみろ」
「アレで、か弱い路線狙ってるつもりなのか……?」
などなど、そんなやり取りをしているスラム六人組。
今回はナターリアも指摘をしないようです。
空気的にも静かにする空気ではないので、いいのでしょう。
「すっごく怖かった! もう少し力を入れていたら殺してしまっていたわっ!」
それは確かに怖いです。
無駄な犠牲者が増えるので言いませんが――。
ナターリアが、か弱いアピールをしてくる姿、好きでたまりません。
その上で実力があるという彼女が私は、すこすこすこ。
ザワつく訓練場内を尻目に、残った屈強な戦士が声を上げました。
「そっちの子の実力は解った。……が、アンタは強いのか?」
「二対一。これで俺たちに勝てたら認めてやるぜ」
「うふふっ。勇者様はね、わたしの何百倍も強いわよっ!」
「へぇ……そいつぁ楽しみだ」
そう言って武器を構えた二人。
ナターリアがハードルを百メートルくらい上げたので、頑張らねばなりません。
とはいえ……仲間を威圧するというのも変な話です。
普通に戦いましょう。
妖精さんの笑い声が響き、褐色幼女形体の妖精さんが姿を現しました。
「妖精さん、力を貸して下さい」
――響く、妖精さんの笑い声。
地面から這い出してきたのは、一体のおっさん花。
操作権は当然、私にありました。
「……は?」
「……なんだ、ありゃ……」
静寂が支配する訓練場に、そんな声が響きました。
目の前に居たスラム六人組は……何時の間に移動したのでしょうか。
訓練場の壁際にまで移動しています。
「私の召喚物です。それじゃあ、いきますよ」
私はなんとなく杖で地面を突いて、おっさん花を突撃させます。
「「うぉおおおおおおおおお――ッッ!!」」
とはいえ流石は冒険者。
勢いよく突進していくおっさん花に対し、左右に分かれての挟撃を仕掛けてきました。
――が、おっさん花の触手を伸ばして二人を絡め取ります。
触手を数度斬りつけられましたが、全く斬れていません。
「や、やめ――モゴッ」
「たすけ――ゴォッ」
地下闘技場での経験を生かし、その口の中に触手を捻じ込みました。
からの――シャイクシェイク。
傷を付けないで戦闘不能にする正統派な戦法です。
訓練場内にいる全員が見守る中で、シェイクを続けることしばらく。
「勇者様」
「はい?」
「あの人達は闘技場の剣闘士達よりも弱いから、そろそろ止めてあげないと危ないわ」
「男性で、あんなに筋肉モリモリのマッチョマンなのに、ですか?」
「見た目じゃないの。……あとね、吐瀉物で呼吸もできていないと思うわ」
――見た目じゃない。
言われてみれば、確かにその通りでした。
ナターリアやライゼリック組の少女たちは、桁違いの実力を持っています。
シルヴィアさんですらも見た目だけは、普通の超絶美少女なのでした。
「わかりました」
シェイクを止めて彼等を地面に降ろします。
そして、そっと触手を口内から引き抜きました。
咳き込み、デロデロデローと口内から色々と出てきた戦士二人。
二人とも漏らしていないのは奇跡だと言えるでしょう。
数人の冒険者が駆け寄ってきて、その背中を叩いて介抱しています。
「えー、この通り召喚物は強いのですが、私自身は戦えません」
少しだけやり過ぎてしまった感はありますが、まぁ大丈夫でしょう。
おっさん花は地面に溶けて消え、妖精さんも元の姿に戻りました。
「実力は理解した! 俺達はあんたに従うぜ!」
「ありがとうございます。……リア、部隊識別の腕章を皆に配って下さい」
「は~い」
渡されていた腕章を全員に配ってくれたナターリア。
腕章の色はピンク色です。
「部隊名を決めろと言われているのですが、何か候補はありませんかー?」
『『『…………』』』
……沈黙。
誰も意見を言いません。
一番難易度の高い流れになってしまいました。
「〝勇者様とわたしのハネムーン隊〟……なんてどうかしらっ!」
……ザワッ……ザワッ……。
全員から、それは嫌だという空気がヒシヒシと伝わってきました。
もし機会があって名乗る事があったら恥ずかしいのです。
ここは何とか、なにか他の名前にしたいところ。
「ぶ、部隊長のアンタが決めてくれていいぜ。今の以外でな」
「ではピンクの腕章ですし〝空飛ぶビックピッグ〟なんてどうですか?」
なんだかんだで全員が私の前へと集まってきてくれました。
皆さん命名式は好きなのでしょう。
「腕章の色が目印だからな、悪かねぇ」
「でも豚だぞ? 家畜じゃんか」
一応はリーダーとして認めてくれたのでしょうか。
ナターリアに吹っ飛ばされた戦士や、シェイクされた戦士も集まっています。
「それでは幾つか候補を出すので、反応を見て決めましょう」
「まぁ適当でわかりやすいのにしてくれ」
部隊名、本当に任せて貰ってしまっても、いいのでしょうか。
私はネーミングセンスに自信がありません。
犬は兎も角、野良から飼い猫になった猫に〝ネコ〟と名前を付けていた沼。
「第一候補……〝チキンジョッキー〟」
「羽根をむしって食べる前か!?」
「いや、もう焼いたあともしれんぞ」
反応は悪くありませんが、若干不評。
「第二候補……〝危険な鶏隊」
「羽毛が生えた!!?」
「なんで鳥押しなんだよ!?」
「好きなのか!? 好きなんだな!!?」
――どちらかと言えば……嫌いです。
ですが強さに間違いのないのが鶏。
それを部隊名にするというのは、悪い意味にはならないでしょう。
「皆さん贅沢ですね。……では、〝鳥軟骨〟なんてのはどうですか?」
「食う気まんまんじゃねぇか!」
「なんで軟骨チョイス?」
「おい、どんどん酷くなってるぞ!!」
……すごく不評です。
いったい何が悪いと言うのでしょうか。
「この中から選ばれなければ……〝オッサンビクトリー突撃隊〟にします」
『『『――ッッ!!?』』』
「まぁっ! すっごく格好いいわっ!」
驚いた顔になるのと同時に話し合いを始めた冒険者たち。
ナターリアにだけは好評でした。
結局、部隊名は……〝空を泳ぐビックピッグ〟になりました。
少しだけ変更されたのは、〝飛ぶ〟では縁起が悪いからとの事。
「ちなみに、アンタの護衛には十人くらい配置するのか?」
「いえ、私の護衛はナターリアと召喚物。あとは精霊にお願いします」
「精霊って、どのくらいのヤツだよ?」
「シルヴィアさんという、最高位の氷の精霊ですね」
「おぉ……」
何人かが感嘆の息を漏らしました。
荒っぽい体育会系なだけで、悪い人達ではないのかもしれません。
「まぁ隊長だと言っても皆さんと同じ雇われ冒険者です。普通に戦いますよ」
「ああ、そりゃあそうだよな……」
きちんと認めて貰えれば話は通じます。
ちなみにスラム組の皆さんは、態度が全く変化していません。
これが情報の有無からくる対処の差なのでしょうか。
「俺、最高位の精霊って見た事ないんだが、見せてもらっても良いか?」
「ええ勿論。……では、シルヴィアさん!」
名前を呼ぶと一瞬だけ魔石が光り、シルヴィアさんが姿を現しました。
「ふんっ、見世物にされるのはあまり好きじゃあないが……今回は特別だ」
「すみません」
「まぁ気にするな」
特別だと言いながらも呼べば必ず出てきてくれるシルヴィアさん。
宙に浮いて腕を組みながらの登場です。
ある種のツンデレに近い波動を感じました。
「おぉ……」
「美しい……」
「これが……」
「あれっ? 町の上空で戦ってたのを見たな」
全員がシルヴィアさんの姿を見て感嘆の息を漏らしています。
見ているだけなら絶世の美女であるシルヴィアさん。
が、対価として毎日ハグ死していると知れば、その考え方も変わるでしょう。
「はい、それじゃあ……シルヴィアさんとハグしたい人は手を上げてー!」
――バッ! と上がる無数の手。両手を上げている者もいます。
三人しか居ない女性も手を上げていました。
貴重な体験であるのは間違いないので、その気持ちは分かります。
……おやっ?
「……貴方達はいいのですか?」
「いやだって、なぁ……?」
「ああ……」
手を上げていなかったのは、スラム六人組。
「氷の最高位精霊とハグなんてしたら、凍り付いて死ぬぜ……?」
「もう何人もハグで死でるって聞いたな」
「霊峰ヤークトホルンに裸で入れるくらいの耐性が必要だそうだ」
「自殺と変わらねェよ」
――バッ! と下がった全員の手。
やはりスラム組の情報力は凄まじいです。
まるで田舎の奥様通信網ばりの情報伝達力。
彼らの情報収集能力は確かなものだと思っても良いでしょう。
場合によっては、偵察等の任務を任せてもいいかもしれません。
……それにしても、なにもかも事実ばかりでした。
シリアルキラー美少女こと。シルヴィアさん。
オーバーニーソックスにカバーされている足は兎も角。
それ以外の場所に触れてると死んでしまうのは確実です。
その肌触りは滑らかな絹のようでありながら、全身を突き刺す氷の剣山。
御足はむっちりとはしていませんが、その柔らかさは天壌のものでしょう。
痛みで感覚が無かったので判りませんが、お尻も素晴らしいに違いありません。
胸のサイズはBサイズ。張りのある形の良いお乳です。
一度でいいので、そのお乳を包む手ブラになってみたいところ……。
……とは思えません。
何故なら触れた瞬間から手が凍て付き、そのまま落ちてしまうのですから。
そして何より――。
「おいっ!」
「……どうしたのですか? シルヴィアさん」
「あまりバカを言うな。ハグで殺したのはご主人様だけだぞ」
「シルヴィアさん、心を読まないでください」
どうしてこの世界の女性たちは時々。
言葉にしていない事に突っ込みを入れてくるのでしょうか。
「勇者様、口に出ていたのだけれど……?」
「えっ、どの辺りから?」
「『何もかも事実ばかり』ってところから、『そしてなにより』ってところまでね」
――全部。
臀部ではありません、全部です。
ほぼ全ての痴態を晒してしまったと言っても過言ではないでしょう。
全員が数歩後退ってしまっていました。
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