『部隊内挨拶』一

 三日後の昼頃。

 今はナターリアと共に騎士団の訓練場を目指して移動している最中です。

 今日のナターリアは赤いフード付きローブスタイル。

 とてもよく似合っています。


「ふ~ん、ふ~ん、ふ~~ん♪」

「御機嫌そうですね」

「勇者様に触れていられるのなら数瞬先に死が待ち構えていても幸せだわっ!」


 繋いでいた手に、キュッと力が入ったのを感じました。

 しかし私は……それどころではありません。

 普段なら嬉しさの余りコサックダンスを踊り出してしまうのですが……駄目。

 何故なら今の私は、ものすごーく――緊張しているのです。

 ――響く、妖精さんの笑い声。


「リアは緊張とか、しないのですか?」

「えっ、緊張? 全然しないわねっ!」

「……流石です」

「わたしの緊張の最高値は、三日前の夜だわっ!」


 思い出すだけで額を石畳に打ちつけたくなるような恥ずかしいやりとり。

 緊張と相まって手汗が湧きだしてきてしまいました。

 ――リアは、嫌がらないでしょうか……?

 これでパッと手を離されてしまえば、その精神的なダメージは計り知れません。

 勿論そんな事はないだろうと理解はしています。

 が、絶対ではありません。


「うふふっ。勇者様、そんなに暑い?」

「い、いえ……」


 ――気づかれています。

 ええ、間違いありません。

 その証拠に親子繋ぎしていたナターリアの親指が動いて、手を撫でています。

 緊張やらなにやらで、更に変な汗が出てきました。

 ……じゅんじゅわー。


「大丈夫っ! いざという時は、わたしもがんばってフォローするものっ!」

「あ、ありがとうございます」


 こんな物理的にも汚い感じになっている私を受け入れてくれて。

 本当に、ありがとうございます!!



 ◆



 時間は掛かりましたが、やってきました騎士団の訓練場。

 部下になる冒険者は既に集まっていると聞かされました。

 朝礼台のような場所に立ち、訓練場内の全体を見渡してみます。

 広さは一周二百メートルのトラック程度。

 冒険者達はその中で何グループにも別れて、思い思いに過ごしています。

 複数人で固まっているのは、パーティーでしょうか。

 魔術師は……パッと見だと十人も居ません。

 殆どか戦士や弓使い。

 勿論、整列なんてしていません。

 他のメンバーと会話をして交流を深めている者は割といます。

 が――。


「えーみなさん、聞いて下さーい!」


 ――ガヤガヤ。

 殆どの者が無視して雑談を続けています。

 ……が、私を見るなり数人がやってきて朝礼台の前に座りました。

 人相の悪い慣れた空気を纏っている冒険者の六人。

 盗賊風の男が二人と、戦士風の男が四人。

 空気から察するに、スラムの冒険者でしょう。


「今回この中隊のリーダーを任された、オッサンという者です!」


 ――ガヤガヤ。

 だめです。まったく静かになる気配がありません。

 やはり私では威厳が足りないのでしょうか。


「こっちが私のパーティーメンバーである、ナターリアです!」

「よろしくねっ!」


 そう言って私は、一緒に朝礼台に登っていたナターリアを紹介しました。

 フードを脱いで、ニコッと笑みを浮かべたナターリア。

 集まってくれた冒険者の六人が息を呑んでナターリアを見ています。

 ――リアは愛らしいので当然でしょう。


「……殆どの人が聞いてくれませんね」

「あらっ、勇者様はお話を聞いてほしかったのねっ!」

「ええ、まぁ……」


 次の瞬間――。

 ナターリアから、ブワリと広がった不思議な威圧感。

 見ればナターリアは、笑みを浮かべたまま物凄い殺気を放っていました。

 心の弱いお年寄りであれば意識を手放してしまいそうな、そんな威圧感。

 ……シンと静まり返った訓練場。

 目の前の六人が小声でボソボソと話し合っています。


「……部隊長が〝肉塊〟と〝無限肉屋エターナルプッチャー〟か……」

「俺達は運が悪かったのか? それとも良かったのか……?」

「まぁ……部隊長が強いのは良い事だろ」

「連中はこいつらを見て、よくバカ騒ぎを続けてられたな」

「バカなだけだ。実力と信用は兎も角、表の連中は目で見えない危険に疎い」


 妖精さんが声を出さないように口元を抑えて笑っています。

 ナターリアは、そんな六人を見て一言。


「ねぇ、静かにしてほしいのだけれど?」

『『『はい!!』』』


 余計な添え言葉無しの簡潔な言葉。

 それでも六人は姿勢を正して黙りました。

 目に見えない危険にもっと疎い私では、ナターリアの殺気を理解できません。


「勿論、勇者様には向けていないわよ?」

「あ、ありがとうございます」


 ……本当に心を読まれているのではないかというタイミングです。

 ナターリアからの殺気。

 この前気絶した娼婦のお姉さん方は、それで倒れたのかもしれません。

 私が無事だったのは殺気を向けられていなかったから、という事でしょう。


「えー皆さん。改めまして自己紹介をさせて頂きます」


 最初とは打って変わり、シンと静まり返っている訓練場。

 私の声がよく通ります。


「この部隊で隊長をさせて頂くオッサンと、パーティーメンバーのナターリアです」

「うふふっ、よろしくねっ!」


 ……シン……。

 控えめに言って緊張します。

 逆に話すのが難しくなっているような、そんな違和感を覚えました。


「えー、私の戦い方は召喚術と精霊術がメイン。隊長として精一杯頑張るので、どうかよろしくお願いします」


 軽くお辞儀をすると訓練場内の数か所から声が上がりました。


「隣の女の子が強いのはなんとなく理解したが、あんたは強いのかよ!」

「強者の威厳を全く感じないぜ!」

「俺たちのリーダーが、ほんとに務まンのかー!」

「場所も丁度いい! 少し実力を見せてくれよ!!」

「ハハッ! オッサンだってよ! ただのハゲおやじ――――グギギィッッ……!!?」


 離れた位置に居た一人が、パタリと意識を失って倒れました。

 変な声を上げていましたが……大丈夫なのでしょうか?


「……勇者様の悪口を言う人は、絶対に許さないわ」


 すぐ隣から……地を這うような、そんな声が聞こえてきました。

 もしかして、ナターリアが何かしたのでしょうか。


「り、リア?」

「ん? なぁに!」


 彼女の方を見てみれば、ニパッと笑みを浮かべてそう返してくれました。

 ――すき。


「なんでもありません」

「うふふふっ」


 私はナターリアの頭を無性に撫でたくなったので、優しく撫でました。

 すぐ前の六人が、また小声でやり取りをしています。


「見た目が普通だから怖いってのが判らねェのかな……」

「見たかよ、いまの変わり身の早さ」

「ああ、オッサンと猟犬群だったか?」

「……オッサンと狂犬群の間違いだろ」

「〝群〟ってわりには一人だな」

「バカ、召喚術と精霊術で呼び出すから群なんだろ」

「ああ、なるほどな」


 何やらメチャクチャな言われ様。

 遠くの冒険者たちに言われた言葉より、よっぽど酷い事を言われています。


「……ねぇ?」

『『『はい、すいませんでした!!』』』


 ナターリアの一言で再び姿勢を正した六人組。

 彼らは漫才師か何かの出身なのでしょうか。

 私が目の前に居る六人を見ていると……遠くから三人が近づいてきました。


「さて、これでもきちんとした依頼だからな。命令には従うぜ」

「だがその前に、アンタが信頼に足る実力者かどうかを見せてくれ」

「幸いにも、ここは訓練場だしな」


 屈強な戦士の三人組み。

 それを見たスラム組が、「オイオイ、死んだぜアイツ等」などと言っています。

 ――実力、ですか。

 指示に従ってくれるのはありがたい事なのですが……実力を示す?

 シルヴィアさんは、いけません。

 エルボーで上半身をもぎ取る未来が容易に想像できてしまいます。


「うふふっ。じゃあまずは、わたしから見せてあげるわっ!」

「うしっ、俺がいく。軽く揉んでやるよ」

「まぁ! 実力の差も判らないだなんて、かわいそうに……」


 前に進み出てきた屈強な戦士に対して憐憫の視線を向けたナターリア。

 これには戦士も武器を抜いてイキリ立っています。


「ッらぁ! 掛かってこい! レディーファーストだぜ、お嬢ちゃん!!」


 ナターリアに向かって中指を立てて、クイクイッと煽っている戦士。


「……ほんとうにわかってないの……?」


 ナターリアがそう言い終えたかどうかのタイミング。

 ――ズドンッ。

 屈強な戦士が一人、遠く離れた壁に打ち付けられていました。

 戦士が先ほどまで立っていた場所には、手をフリフリしているナターリア。


「実践じゃなくて良かったわね。実践だったら内臓を散らかして死んでいたわ」


 ――ある意味、怖いです。

 手加減してくれて本当に良かったと思わざるを得ません。



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