『葛藤』三

 準備期間はあっという間に過ぎ去り、行軍開始当日。

 現在は大行列に続いて馬車を操舵している最中です。

 残っていた短い期間にツケを返済し、荷馬車の用意などを済ませました。

 馬車の入手は困難ではありましたが、ジェンベルさんの伝手でなんとかゲット。

 荷台部分には部隊メンバー全員分の荷物を乗せています。


「間に合ってよかったわねっ!」

「ええ、危うく徒歩になるところでした」


 御者台部分に座っているのはナターリアと私。

 現在御者をしているのは私で、一時間程度の時間で交代する事になっています。


「疲れた人は言って下さい! 一人か二人までなら荷台に乗せられますからね!」

「へへっ、歩くのにゃ慣れっこだぜ!」

「この程度でへばってちゃ馬に笑われちまうしな!」

「ハッ! 主人をバカにして笑う馬がいたら見世物小屋に連れて行くべきだな!」

「おお、そいつァ小金が入ってきそうだ!」

「ちがいねぇ!」


 などと笑いながら、そんなやり取りをしている近くの数人。

 やはり冒険者には、体力があるのが基本なのでしょう。


「それでも一応、空を泳ぐビックピック隊のメンバー全員に伝えてください!」

「あいよー、隊長様の仰せのままに」

「おおすごいな! 喋り方一つでお前がバカに見えるぞ!」

「なんだとテメェ!」


 仲間内でそんなじゃれ合いをしているメンバー達。

 なんだかんだ言いながらも、一応は後ろに伝えてくれました。

 ……ガタゴトと揺れる荷馬車。

 先にも後ろにも地平線に続くような長蛇の列ができています。

 現在この列に並んでいるのはほんの一部で、半数以上は現地集合になるとの事。


「まぁこれだけ頭数が居れば、野盗には襲われませんね」

「そうね! どんな大盗賊団でも指をくわえて見ているしかないと思うわ!」

「魔物もこれなら襲撃してこないでしょうか?」

「知能のある魔物は大丈夫なのだけれど、知能の低いのは仕掛けてくると思うわ」

「なるほど。まぁ念のため、あまり気を抜きすぎないほうがいいですね」


 とは言ってみたものの、この大部隊には眠くなるくらいの安心感があります。

 この長い列の何処かに居るであろう、ヨウさんとニコラさん。

 それと――それ以外のライゼリック組。

 何人いるのかは判りませんが、一組や二組ではないでしょう。

 地下奴隷都市グラーゼンに向かう途中で襲ってきた者達もいる筈です。

 それにプラスして、このゆっくりな移動速度は……。


「ね、ねむい……」

「あらダメよ勇者様、居眠り運転だなんてっ!」


 そう言って体をすり寄せてきたナターリア。


「あ、危ないですって!」

「うふふ、でも目は覚めたでしょう?」

「…………はい」


 確かに目は覚めましたが、別のものまで目覚めてしまいそうで危険です。


「は、はなれて……っ!」

「えー?」


 逆に子供っぽく甘えてきたナターリア。

 大人でお淑やかなナターリアと、子供っぽいナターリア。

 それでいて、私に熱い想いを抱いているナターリア。


「わたし、荷台で寝ていたほうがいーい?」


 ナターリアは甘い声を出して、上目遣いで私を見てきました。

 一体どのナターリアが、本物なのでしょうか?

 私には判りません。

 だからこそ、勇気をだして――。


「疲れているのなら荷台で休んでいても……オッ!?」

「やっぱり、やーだっ!」


 そう言って私の汚頬にソフトなチッスをしてきた、ナターリア。

 全身がガクガクと震えてきました。

 ――抑えるのです。

 抑えなくてはなりません、この衝動を……!


「ゆ、勇者様! あぶないわっ!」


 不意に手綱を取り上げられました。

 ――私は少しだけ、荷台で休んでいるとしましょう。


「……もうっ。震えるくらい我慢してるなら、手を出しちゃえばいいのに……」


 荷台で荷物の隙間に寝転がる際、御者台からそんな声が聞こえてきました。

 私は……今回もなんとか乗り切りきったのです。

 次回どうなるのかは分かりませんが、きっと乗り切って見せましょう。

 乗り切らなければならない筈なのですが……。

 いえ……乗り切らなければならないのです。

 なのにどうして……。

 どうして私は、次を楽しみにしてしまっているのでしょうか?


「あっ、勇者様」

「は、はいっ!」

「一瞬で片付いたみたいなのだけれど、前の方で魔物の襲撃があったみたい」

「被害は?」

「なさそうに見えるわ」

「それは良かったです」


 妖精さんたちと見た、星空が綺麗な夜にしたやり取りが思い出されました。

 シルヴィアさんの言った言葉が、脳内で反復横跳びをしています。

 ナターリアが本気でぶつかってきたあの夜。

 あの日から、ナターリアの事ばかりを考えいる私がいます。

 幸せの方程式に……解はあるのでしょうか……?

 そんな葛藤に苛まれている中、隊の後ろから声が聞こえてきました。


「なんだ、まだあの二人ってヤってないのか?」

「らしいな」

「隊長様はヘタレなのか?」

「いや、女の子の気持ちに気づいてないって線もあるだろ」

「あんなあからさまなのに?」

「……ないか」

「ああ」

「という事はつまり……」

『『『ヘタレだな』』』


 私のクリスタルハートに百ダメージ。

 ……誰でも構いません。

 私のクリスタルハートを――ボンドでくっ付けてください。

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