『クリムゾンな聖騎士』一

 馬車を黙々と進めることしばらく。

 前方の森入り口付近に大きく展開された、キャンプ地が見えてきました。

 集団の途中までは森の中に入っていっています。

 が、私の一つ前くらいからは、キャンプ地の中へと入っていっていました。


「勇者様、誰か近づいてくるわ」


 御者席に座っているのはナターリア。

 休憩中だった私は荷台から御者台に移り、近づいてきた者に声を掛けます。


「何かあったのですか?」


 基本的に移動中は足を止めるなという事なので、馬車は止めません。

 移動速度はスローペースなので徒歩でも並走は難しくないでしょう。


「いや、ここから後ろは野営してもらう。場所は案内する」

「えっ? まだかなり明るいと思うのですが……」


 空を見てみても太陽はまだ、かなり高い場所にあります。

 時間としては午後三時くらいでしょうか。


「これ以上森の中に入ると夜の野営に困るそうだ」

「ああ……そういう事情ですか、納得です」

「これだけ頭数があればある程度は安全だが、無理する場所はここじゃない」


 そう言って馬車を先導するように歩き始めました男性。

 この森がどれだけ続いていて、どんな環境になっているのかは判りません。

 アークレリックの西側に進んだ森には、それなりの魔物が出て来ました。

 なので東の森が、それ以下だとは思えません。

 私は馬車の荷台に移動して、部隊の仲間に声を掛けます。


「今日はここまでらしいので、部隊のみんなにも伝えてください」

「あいよ」


 私の言葉を受けたスラム六人組が部隊内の全員に情報を広めてくれました。

 案内された場所で一度部隊を解散させ、馬は車輪を固定した荷馬車に繋ぎます。


「この辺りでいいですね」


 適当なテントを選んで、その入り口に案内係から渡された赤い旗を設置します。

 これは部隊長が休んでいるテントの目印になるとの事でした。

 天との中は意外と広く――。


「って、リア? どうして同じテントの中に入って来ているのですか?」

「えっ、ダメだった? 普段も同じ部屋で寝ていると思うのだけれど……」


 言われてみれば……確かにその通り。


「ダメ……という理由がありませんね」

「よかったぁ、てっきり知らない人のところに入れって言われるのかと思ったわっ!」

「――っ」


 なんというか、それだけはすごく嫌です。

 ナターリアの自由なので私に嫌だと言う権利は無いのですが……うごごご。


「うふふふっ。勇者様、今夜は二人っきりね?」

「え、ええ」


 ――二人っきり。

 そうです。

 いつもと違って、ナターリア以外の誰かが居ません。

 夜には薄暗くなる天幕の中で……リアと、二人っきりッッ!!?

 ――響く、妖精さんの笑い声。

 そう言えば妖精さんもいるのでした。

 意識を保って妖精さんの存在を意識していれば、きっと大丈夫でしょう。


「さて、と……時間ができてしまいましたね」

「じゃあさ、エッチなことでもする?」


 自然な笑みを浮かべながら前かがみになったナターリア。

 服の襟首を引っ張って誘惑してきています。

 私の視線は自然とそこに吸い込まれて――。

 当然のように、谷間と呼んでいいのかもわからない平たい空間が見えています。

 ……〝エッチなことでもする?〟のではありません。

 もう既に、エチエチえっちな事をしているのです。

 奥の方は暗くなっているので良く見えませんが……ががががッ!!?

 煽るように襟首をパタパタと動かした、ナターリア。


「――ッ」


 私はなんとか、ギリギリのところで目を逸らす事に成功です。

 完全にウェルカム状態なので衝動的に襲ってしまいそうになりました。

 確かに、ナターリアの裸体は何度も見ています。

 手足が不自由な時に何度もお風呂に入れてあげましたし、体も流しました。

 しかしエッチな目的でなければ、興奮を抑えるのは難しくありません。

 ですが今回のは完全に――――呼んだ?

 ――マイサァアアアアアアアン!!

 私のマイサンは、完全に有罪判決を下しています。

 当然……ナターリアには気が付かれました……。


「うふふふっ!」



 ◆



 何をするでもなく、テントの中でナターリアと過ごす事数十分。

 マイサンが落ち着きを取り戻した丁度その時。


「勇者様」

「はい?」

「そう言えば勇者様って、お馬さんには乗れるのかしら?」

「いえ、基本的には乗れませんね」


 馬に乗れた機会といえば、幼少期に馬牧場で少しだけ乗ったくらい。

 それも自分で乗ったのではなく、乗せて貰った上に引っ張ってもらっていました。

 とてもではありませんが、一人では怖くて乗れません。


「乗れるようになってみたいとは思わないのかしらっ?」

「それはまぁ……」


 この世界は時代が時代です。

 乗れるに越した事はありませんが……私に乗れるのでしょうか?


「決まりっ! 今から練習しましょっ!」

「今からですか……?」

「勇者様ならきっと、スグに乗れるようになるわっ!」


 ナターリアの表情は、私が乗れるようになると信じて疑っていません。


「以前に魔道バイク? では勇者様の前に座った事があったのだけれど、馬では後ろに乗ってみたいわっ! きっとすっっっごく、気持ちいいと思うの!」


 彼女の言う通り。

 それは間違いなく……色んな意味で、気持ちイイに違いありません。

 私のしてみたい事ライキングの、かなり上位に入るシチュエーションです。


「分かりました、まずは練習あるのみですね」

「やった!」


 飛び出していった彼女を追って外に出てみると、結構な人が行き交っていました。

 みんな暇を持て余しているのか、模擬戦なんかも行われています。


「勇者様、こっちよこっち!」


 ナターリアは馬車から馬を外して、乗馬の準備をしてくれていました。

 荷台には安い皮の鞍が乗っていたので、それをセットしてくれています。

 馬は小柄な上に軍馬ではありません。

 状況次第ですが、まぁ今回の戦争の最中は使わないでしょう。

 私が馬の方へと近づいていく最中。

 ナターリアが馬の耳元で何事かを囁き掛けているのがわかります。

 いったい何を……。


「……落としたら馬刺し、落としたら馬刺し、落としたら馬刺し……」


 なんとも優しいお言葉の数々。

 しかし相手は馬です。

 馬の耳に念仏なんてことわざがあるのが、馬。

 そうそう簡単に言葉が通じるとは思えません。

 っと……馬が震えているようにみえるのは、きっと気のせいでしょう。


「勇者様、乗るときは馬のお尻を蹴らないように大きく跨いであげてねっ!」

「わかりました」


 ナターリアの指示通りに馬の左側に立ち、左足を鞍に掛けます。

 右手は鞍壺の向こう側に掛けて左手で手綱とタテガミを持ち――乗馬。


「……っと」


 ナターリアの教え方が上手だからなのか、何とか乗れました。

 高い所は昔から得意なので、高度感からくる恐怖はあまりありません。

 そもそもこの世界では既に……高い他界を何度も経験しています。

 高さで恐怖を感じるのは今更でしょう。


「それにしても、いつの間に乗馬を覚えたのですか?」

「んー……物心が付いた頃には乗れるようになっていたわっ!」


 物心が付いた頃から……乗馬を経験済み?

 ナターリアはもしかして、どこかのお嬢様だったのでしょうか?

 とは言え経緯が経緯です。

 深く追求するのは、やめておきましょう。


「よっ!」

「おぉ……」


 鞍の足掛けも使わずに軽々と私の後ろに乗馬したナターリア。

 鞍がペッタンコに近いので、二人乗りでもそんなに圧迫感はありません。


「うふふ、少し歩かせてみてくれるかしら? 勇者様っ!」


 背後からギュッと抱き着いてきたナターリア。

 私の全身に幸せな感触が広がりました。

 誰かを抱きしめるのも好きですが、実を言うと抱きしめられるのも好きなのです。


「わ、わかりました」


 ナターリアが細かな動かし方をレクチャーしてくれました。

 そっと手綱を動かして馬をゆっくりと歩かせます。


「そうそう。上手よ、勇者様」


 丁寧に一から十までを教えてくれるナターリア。

 これが、バブみというものなのでしょうか……?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る