『廻る――世界』二

 白い空間に戻ってきました。


「お前がこの世界で何をしてきたて、何を成したのか。しかと見せてもらったぞ」


 真っ白で清浄な世界。

 ぼんやりと虚ろぎみな意識。


「愛し子よ。お前の心の中は血と闇が混ざり合った上塗りが不可能な赤黒色。……だというのに、僅かに黄金色に輝いている。お前さんは相当な自己嫌悪をし、自身を限りなく汚れた存在だと思っているな?」


 長かったようで、一瞬にも感じられた過去の追体験。

 二度と体験したくはない事や思い出したくない事も、たくさんありました。


「この世界の者に備わっている力すら無く異界へと飛ばされた其の身。何かを成すのにも、誰かを助けるのにも、正道を外れるのにも力を借りねば何も出来ない。他者の力を借り続ける事に苦痛を感じていたお前には、さぞや苦痛であったことだろう」


 借り物の力。

 何もかもが誰かに与えられた偽物。

 自分で鍛えた力で誰にも頼らず一人で行使可能な力に……。

 心の底から……憧れていた。


「自己嫌悪の中でも己が信念を守り通した愛し子よ。安心しなさい」

「…………」

「――お前さんは、目が眩む程に綺麗だぞ」

「っ……!」


 頭の奥深くまですんなりと入ってきた神様の言葉。

 何故なのか、溢れ出してくる涙が止まりません。

 私はずっと、この言葉が欲しかったのです。


「もし望むのであれば、鍛えたら鍛えただけ強くなれる素質を授け、我の管理する別の世界に送る事もできる。……少なくとも、真っ当な英雄を名乗れるだけの力は手に入ろう」


 子供の頃よりずっと憧れていたもの。

 自分の力で……。

 誰かの借りずとも強くなれる、そんな素質。

 本当の勇者になるための、本物の自分。


「ただし生き返る能力はダメだ。条件付きで採用している神もいるのだがな、イレギュラーが発生しやす過ぎる。……つまり、死んだら輪廻の輪に加わってもらう事になるだろう」


 死んでも生き返るという、この能力。

 これが異常であるという事は、私も理解しています。

 死んだら終わり。

 それが普通でしょう。

 私はただ……――勇者になりたかったのです。


「……っ! この世界では、ダメなのですか?」


 瞬間的に脳裏を過ったのは、ナターリアの顔。

 別の世界に送られる?

 という事はつまり、この世界の皆とはもう二度と会えないという事。

 ――思い出される〝魔王の手記〟。


「いいだろう。その作り物を一つだけ異界に持っていく事を許そう」

「作り物って言わないで下さい」


 神様の発言に対して苛立ちが湧きあがりました。

 が、その御かげでハッキリとしてきた意識。

 まるで良い夢を見ていたような感覚でした。

 私は気が付きます。

 神様が、触れていない部分があるという事に。


「妖精さんは……?」

「………………………………………………………………」


 豹変する空気。

 ――バギン、という音と共に、何かがこの空間に入ってきた気配。

 この白い世界全体に黒いヒビ割れが発生。

 その上にできた黒いヒビ割れの隙間からゆっくりと落ちてくる、灰色の小さな人型。

 見覚えのある黒い影に似た形状のナニカが、数えきれないほど落ちてきています。


『その高位神は、貴方の友である中次元の住民を消し去るつもりなのです』


 聞き覚えのある声。

 声の方向を見てみると、そこに居たのは――女神様。

 誰がどう見ても美しい女神様。

 一番大きなヒビ割れの中より姿を現しました。

 そんな女神様の後ろから出てきたのは、妖精さん。


『黙るのだ、世界を持たぬ元下位神よ。下位神であった貴様は中位神を飲んだ挙句に、この我までをも飲もうと言うのか』


 怒鳴っているわけでも無いのに、ビリビリと響く神様の声。

 女神様と神様。

 一体どんな関係なのでしょうか。


『愛し子よ、聞きなさい。ルールを破り強くなりすぎてしまった貴方の友は、その繋がりを失うと中次元に戻って消滅してしまう存在。高位神は己に届く牙であり不都合となり得る貴方の友を、ここで消し去りたいだけなのです』


 神様が妖精さんを消し去りたい??

 この世界でずっと力を貸し続けてくれた、あの妖精さんを???

 世界一の恩人である妖精さんを……――消し去りたい?

 そんなの――神様であろうと、認める訳にはいけません。


『冷静になるのだ愛し子よ、同じ過ちを繰り返すべきではない。これを使いたくなかったが、こうなっては仕方があるまいか。愛し子よ――〝理解せよ〟』


 突然杖の先を私へと向けてきた神様。

 その瞬間〝理解〟してしまう世界の真実。

 妖精さんが世界に及ぼしていた、その影響を。


「そんな……そんな、馬鹿な……」


 妖精さんが世界に及ぼしていた影響。

 私が死ぬ度に妖精さんの力となっていた命。

 世界に存在している命は常に有限。

 生き返るという力だけであれば、その命は世界の輪に加わるだけ。

 しかしその主に中次元の十人が取り付いていた場合――そこで消費される。

 妖精さんの力になった命。

 妖精さんの力で使った命。

 それら全ては――二度と戻らない有限な命。

 無くなってしまうと世界を存続できなくなるもの。

 ライゼリック組がこの世界に召喚された最大の理由。

 それは世界の命が、一気に減ったから。

 極稀に起きる命の不足。

 その殆どの原因が、中次元の住民が誰かに召喚され、その力を使ったから。

 使う人数が多ければ、それだけ命の絶対数が減る。

 だから命が飽和している世界から、命を補充する必要があった。


「こんな事って……! それじゃあ、あの時もあの時もあの時も……!!」


 世界を救う?

 勇者になる??

 違う。

 真に世界に対する害を与えていたのは――私自身。


『落ち着きなさい。中次元の住人さえ切り離せば、お前は十分に世界を救う勇者になれる』


 ぐにゃぐにゃと歪む世界。

 世界がひっくり返った感覚というのは、こういう事を言うのでしょう。

 気軽に死んでいたその全てが、この世界に害を与えていた。

 勇者ユリウスとの戦いで使用した――【命冥炎リーンフォース】。

 アレはたった一度で、何個もの命を燃やすものでした。

 それを……何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度もォ!!?

 そんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんな――ッッ!!


「あ……! ああああぁアアア……!! アアアアアァァアアアアァアアアアアアアッッ!!」


 自我が砕けて無くなってしまいそうな感覚。

 構いやしません。

 むしろさっさと無くなってください。

 こんな自我――。


『愛し子よ、それでは誰が守るのですか?』

「――ぁ……?」


 たった一言でおっさんを正気に戻した女神様。

 おっさんは手放そうとしていた自我を、寸でのところで引き寄せました。


『誰が貴方の友を、この消失から救うのですか?』


 ……友を?

 消失から救う?

 ――妖精さん。

 何度も助けてくれた妖精さん。

 その妖精さんが、今。

 一度も恩を返せていないのに、消されそうになっている。

 女神様の傍にいる妖精さんを見てみると……いつもの無表情を浮かべていました。


『答えなさい愛し子よ。守りたい者と他の全て、どちらが大切なのですか?』


 守りたい者と他の全て。

 そんなの最初から決まっているに――決まっているじゃないですか。


『可能性の神よ、前回もそのように愛し子を操ったのだな。それでも神の端くれか?』

『私は可能性を示し、等しく機会を与えているだけのこと』

『理を捻じ曲げ愉悦に浸る元下位神が、最もらしい事を言うでない』


 静かに憤る神様に対し、極めて冷静な反応を示す女神様。


『この者が生を受けた世界は勇者の必要ない平和な世界でした。しかし、そのような世界に勇者として生を受けた者も……力を与えられている勇者と同じ特性である試練が与えられました。それは、きちんとした力が与えられてさえいれば乗り越える事のできた苦難です』


 勇者の特性?

 試練??

 では元の世界で普通とは違う事ばかりに遭遇していたのは、それが原因……?


『それを憐れに思おうと、あの完全な世界では下位神の私に可能な事など、たかが知れていました。可能な事と言えば、せいぜい賽の目を一つ余計に動かすくらい。だから私は一度滅びた愛し子の存在を汲み取り、あの空間で力を与えて送り出しました』


 女神様が私に力を与えた経緯。

 もしかしたら、元の世界に居た私を見守っていてくれたのかもしれません。

 しかし異世界に送り出したのが親切心百パーセントであるのなら。

 服くらいは提供して頂きたかったところ。


『全ては貴方が望んだことです。下位神だった私に与える事が出来たのは回数制限での生き返り。しかし中位神に昇神した私に対して貴方自身が望んだ力は、戦う力や他の全てよりも――異世界を共にした中次元の住民を想っての力でした』


 当然のように心を読んでいる神様方。

 しかし女神様の言っている事が殆ど理解できません。

 今持っている生き返りの力は、私が望んだ力?

 下位神だった頃に与えられたのは数回の生き返り?

 異世界を共にした、中次元の住人……?

 妖精さん……? それとも別の誰か??


『この者が神に届く牙を得たのは数多に分岐している可能性の中でも最も低い可能性でした。しかしその可能性が現実となった今、新たな可能性を見出さねばなりません。……戦いなさい愛し子よ。貴方の守りたい者を――守れなくなってしまう前に』


 神様の声が遠くなり、女神様の声ばかりが耳元で聞こえてきます。

 ――そう。

 結局のところ私の中にある選択肢は、最初から一つしかなかったのです。


『いいですか、【メタモルフォーシス】を四度連続で使いなさい。今回〝は〟四度です』


 ……【メタモルフォーシス】の重ね掛け。

 そんな事が出来るなんて初耳です。


『それを使ってはいかん! 中位神なら名前と、この世界での記憶を失うだけで済んだ。が、四度も使えば、お前の中にある存在そのものが完全に失われてしまうぞ! 例えその悪魔を存在させ続ける事が出来たとしても、お前は生きて死ぬだけの肉人形になる!』


 自分の名前と、この世界での記憶消失……?

 私は何故だか、自分の名前を思い出せません。

 もしかして私は、多重メタモルフォーシスを使った事がある……?

 もしかして私は、元の世界と今の世界との間に…………。





 ――別の世界を挟んでいる???






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