『廻る――世界』三

『使うのです。多重メタモルフォーシスを』

『使っては駄目だ』


 もしかして私は……。


『中次元の住人はどうしても世界に害を与える。良き勇者になりたいのなら、その者だけは諦めよ』


 一度、神様を殺している……?

 勇者を取るか、妖精さんを取り神様を殺して、世界に対して牙を剥くか。

 そんなの――。


「……申し訳ありません妖精さん。私はこんなに時でも、あなたに力を借りなくては……何も出来ません。……【繋がりの主である私は繋がりし悪魔に乞う! メタモルフォーシス!!】」



 ――っ。


 妖精さんの笑い声が響く、時の止まった世界。

 白一色だった世界までもがセピア色に染まります。


『残念だ。お前達には滅びてもらう――』


 止まった世界の中で形を崩し、白くて巨大な光の塊に変化した神様。

 人型を形作った光を纏う雲が、腕を振り上げました。

 ――世界の神様が、生の終焉を告げる。


『させません――』


 同じように形を崩して、巨大な光の塊に変化した女神様。

 生の不死性を告げる女神様。

 始まる、神格と神格の力のぶつかり合い。

 起こる可能性のある天変地異の全てが起きているこの空間。

 そんな中で思い浮かんできたものは、正義を挫き、絶望を与える魔の王。

 何時だって正の位置にいる者にとって最大の敵となり得る魔王。

 勇者を苦しめ、冒険の終わりを魅せる宣告者。


「【――私は……魔の王なり。悪しき者全てを統べる永久の背信者。この地に住まう全ては我が所有物――即ち……我が前に敵は無し。対する者は唯蹂躙され……その骸を晒すのみ】」


 全身を襲う割くような激痛。

 理解する肉体の再生成。


「……第一開花は、軽減負荷の激痛だよ」


 体の異形化が進み、背中から生えてきたのは黒くて巨大な翼。

 頭の皮を突き破り出てきたのは――黒い巨大な角。


「うがぁああああああああアアアアァアアアアアアアアア――ッッ!!!」


 全身を襲う痛みに悶えてしまい、叫び声を上げるのを止められません。

 構いやしません。

 限界も超えて力を引き出す。

 メタモルフォーシスによって強化され続けるのなら、何度だって超えられるのでしょう。

 とにかく無心で。

 何があろうとも、メタモルフォーシスを唱え続けるのです。

 今は限界を超え続けて力を引き出して……最期にぶつけるのみ。

 ただ一人の恩人を――生かしたいが為に。


「……女神負けそう。たぶん間に合わないから、わたしにメタモルフォーシスをかけて」


 激痛が意識を蝕む中で、すんなりと聞こえてきた妖精さんの声。

 瞬間的に〝理解〟する、他者へのメタモルフォーシスの使い方。

 今回は、どんな激痛が体を蝕んでいようとも……。

 正気を失うワケには――いけません。


「【繋がりの主である私は、繋がりし悪魔に命ずる……メタモル……フォーシス】」


 ――響く、妖精さんの笑い声。

 唱えた瞬間に脈を打つ、私の全身。

 私の口が、勝手に言葉を紡ぎだします。


「【妖精さん……貴方の闇は全てを包み込む希望の闇――決して潰える事なき流れ星。万象が恐れ慄く小さな体と、禁忌の願いを叶えるその力……その全てを今こそ解放し……理に牙を剥け……】」


 妖精さんが真の力を引き出しました。

 数多の泣き声と闇を纏いながら姿を変えて巨大化する、妖精さん。

 ひび割れた隙間から落ちて来ていた影の薄い人型。

 その全てが産声を上げながら、妖精さんの闇に吸い込まれていきました。

 白の世界に生じていた割れ目から、この空間に落ちてきていたのは……そう。

 まだ浄化のしきれていない、世界の命たち。

 そうして妖精さんが成ったのは――闇のヴェールで顔を隠す暗闇の聖女。

 アークレリック防衛戦で見た妖精さんのヴァルキリー形体。

 あの時とは違い――妖精さんの〝真の姿〟が視えています。

 妖精さんの足元を支えているのは、全身の皮膚が薄すぎて赤い、人型の集合体。

 そう――〝成り損ない〟たち。

 四方八方から響く小さな足音は楽しげで。

 それはまるで、体の外で遊べなかった分を発散しているよう。


『中位神が高位神である我に勝てるワケが無い! さあ、次はお前達だ!』


 人型になって落ちてきた女神様が、グシャリと地面に落ちました。

 暗闇の聖女姿の妖精さんは神様に向かって黒い塊の杖を向け――。


「これがあたしの本当の力……押し付けられた偽の神様はね、何も出来ないんだよ。……だから本当の神様。少しはあたしの痛み、くらってみやがれ――【赤黒の舞踏】」


 何処からともなく現れた黒い影と数えきれない〝成り損ない〟たち。

 濁流のように神様へと押し寄せる、その二つの塊。

 やはり黒い影と〝成り損ない〟は想像通りの者達なのか。

 神様は処し切れずに手こずっている様子です。


「【繋がりの主である私は、繋がりし悪魔に乞う! メタモルフォーシス!!】」


 ――っっ。

 数え切れない誰かの笑い声と泣き声が響く、止まった時間の世界。

 セピア色に染まる世界。


「【――我が力は願いの力……憤懣の昂ぶりは天地を討滅し――現す言葉は万象の理を虚無に帰す――如何なる者も其れに並ぶ事は無い。……我は永劫、我は天地に君臨する、絶対なり】」


 ――勇者様っ!

 ――すっっっごく、嬉しいわっ!

 ――大好きだよ、勇者様。


「ゲホッ、ゴホッ……! ッ!!」




 ……………………?



 ……………………あ……?




 一瞬だけ脳裏に過った気がする、大切だったはずの〝誰か〟の顔と思い出。

 自分を想ってくれていた筈の誰か。

 愛した……と思う、誰かの顔が。

 今この瞬間ではもう、どうやっても思い出す事が出来ません。


「ケホッ……」


 全身の血液が爆発しているような感覚。

 ――どうして僕が、こんな事をしなければならないのか。


「違ヴ――ッ!!  やるんだ、限界を超えデ――ッッ!!」


 お私がこの世界で、誰かを真に愛せた事などありません。

 何故ならそれをする資格を、とうの昔に失っているのですから。


「ヒヒッ、前回は言えなかったからナ。今回はアタシが告げてやル」


 いつの間にかそこに立っていたサタンちゃん。

 彼女がこの世界で私に接触してきた理由。

 もしかして……。

 私の命以外にも、理由があるのではないのでしょうか。


「第二開花は中次元の住人を除く、一番大切な存在との記憶の全て。愛した相手が対象になる事が多いナ」


 ……愛した相手?

 私には、そんな相手は存在しません。


「お前さんの守り人は別にもいるだろウ? そいつに対しても使うんだナ。そいつも、それを望んでル」


 守り人。

 いつも一緒に居てくれて、守ってくれている存在。

 今この瞬間は封じられていて、外に出て来られない存在。


「【繋がりの主である私は、繋がりし悪魔に命ず! かの者に力を与えよ! メタモルフォーシス!!】」


 シルヴィアさん。

 あと少し。

 あと、ほんの少しだけ……その力を貸して下さい。


「【シルヴィア……貴方の氷は魂さえも凍て付かせ――歴史さえも凍て付かせる、偉大なる過去の氷の絶傑。太陽の熱でも溶けない氷の令嬢よ……今こそ力を解放し、神をも凍て付かせてみよ】」


 シルヴィアさんが……。

 氷の申し子が、姿を現しました。

 雪のドレスを身に纏ったシルヴィアさん。

 その額からは、美しい氷の角が生えています。


「――ふんっ! 私は何時だって最強だ。だが今の私なら――公国をも守り切れたかもしれないな! ――【超越氷獄スーパーフロスト】」


 氷の力であれば女神様にも劣らぬ程の力。

 光り輝くダイヤのような氷の結晶が、神様へと襲い掛かりました。


「ぐぅ……ガハっ……ゴホッ!!」


 ……今は、そう。

 あと二回。

 たったあと二階、自分にメタモルフォーシスを唱えるだけ。


「【繋がりの主である私は、繋がりし悪魔に乞う! メタモルフォーシス!!】」


 ――っっ。


 数え切れない誰かの笑い声と泣き声が響く、止まった時間の世界。

 赤とセピア色に染まる世界。


「【――星々よ恐れよ――我は此の力で地を統べし後、天をも堕とす巨大な狂月――我が前には万物、何者も輝く事叶わず――総ては虚無の海、深淵の闇に掻き消えるがいい】」


 紅剣を振り上げると、黒よりも黒い、深淵なる闇が集まってきました。

 それに青と赤が混じりって、走る紫電。

 真っ直ぐに天を貫く闇は白い空間を破り、どこまでも伸びています。


「第三開花は、其の世界での記憶全てと一時意識の欠落と……自己の名前の消失ダ」

「ゲホッ、ゴホッ……!  ぐぅ……ガハっ……ゴホッ、ゴッボッッ!!」

「お前さんが前の世界でアタシに作った貯金全部を使って、可能な限り軽減したゾ」


 ……………………? あれ……?

 どこだ、ここ……?

 僕は一体――?


「ケホッ……!」


 そうだ……。

 力を引き出す途中だった。

 何なのかもわからない……。

 ここにいる……ナニカを倒すために――。


「ゲホッ、ゲボッ……! ガッ……ガハッ、ゴホッ!!」


 ――ダメだ。

 ……もう狂いそうな程。

 頭も胸も腹も手も足も――全部が――。

 ――いたい。


「……残念ダ。貯金の殆どを、お前の知人や友人が消滅するのを回避するのに使ったからナ。お前はナ、いつも守りたい者を抱え過ぎなんダ」


 ……目の前には、赤。

 一面の……血の赤。

 どうして僕は、こんなに血を流して苦しんでいるのだろう……?

 何か……やらなければいけない事があったはずなのに。

 なのに……その全部が思い出せない……。

 すべて、この赤に塗りつぶされて。

 今望むのは、この苦痛から……解放される事だけ。

 何度望んだ事か。

 何時だっで願っていた、祈っていた、望んでいた。

 ……ああ、早く……迎えが来てほしい――。


『……とう……』


 もう消えて無くなりたいのに。

 僕を呼ぶような、この光は――。

 何なんだ……?

 もう意識は飛び掛けているのに、どうしてか頭の中に入ってくる光。


『……ありがと、わたしの為に戦ってくれて……』


 力なく目の前に倒れているこの子は、誰だろう?

 その子を、そっくりな見た目をした子が支えて立たせている。

 二人の顔は化け物としか言いようのない、亡者の顔。

 目の部分が汚い黒で塗りつぶされていて……。

 口の部分が汚い赤で塗りつぶされている。


『もう、頑張らなくてもいいよ……ありが、とう。……あたしは平気だから……もう、いいんだよ。きみは最初から、ずっと勇者だったから……』


 粟が立つような声。

 とても不気味な声の筈なのに。

 今すぐにでも楽になりたいのに………。


『ありがとう……ありがとう……ここまで頑張ってれて、ありがとう……』


 二体の化け物の姿が……少しずつ薄れてきている。

 このままだと目の前の二体の化け物は、じきに消えてしまうだろう。




 ――消える?




 見た事もない化け物のはずなのに……。

 何故か……僕はひどい不安に駆られている。


『まァ、そう毎回上手く行くワケがないカ。ホラッ、一応剣に嵌めておくんだナ』


 元気そうな化け物の一体が、大きな宝石を投げてきた。

 投げつけられた綺麗な宝石が、天に掲げている剣の穴に収まっている。


「ゲホッ、ゴホッ……ハアッ、ハァッ、ハァッ……ゴボッ!!」

『愛し子よ、三度目の代償の直後。それが限界だったようだな』


 ――赤い。

 何もかもが……。

 赤に染まっている。

 でも、まだ何か、やらなければならない事が――。


『……普通の人間はナ、一度目の開花で限界なんダ。お前さんは限界を超えて頑張り過ぎだナ。……だからアタシも――ルールを破りたくなる』


 ……――勇者様っ!

 そうだこの子は……。

 僕の事を好きになってくれたこの子は……――ナターリア。

 そして目の前に居る人型の二体は……――妖精さんと、サタンちゃん。


『ヒヒッ! あーア、結局アタシもルール違反ダ。なんせ消えるハズだった記憶を! 一時的に全部繋ぎ止めたんだからナ!! お前さんとの繋がりが切れたら消滅コースの分の悪い掛けダ。……まったく、こんな事なら最初っからルール破って、お前さんらと冒険するんだったナ』


 もらい物の命。

 もらい物の体。

 もらい物の力。

 今この僕を作っている何もかもは、偽物なのかもしけないけど。

 今僕を動かそうとしている、この想いだけは……。

 この……胸の内側にある小さな光だけは……本物のはずなんだ。

 僕は、そう信じている。




 ◇




 廃教会の礼拝堂。

 そこにある像の前で祈りを捧げるエルティーナと子供達。


「オッサン、どうか御無事で……」


 全員の祈りは、たった一つの願い。

 その願い事は――オッサンが無事であること。


 ――。

 ――――。

 ――――――。


 詰所の窓から雨雲を見上げるダイアナ。

 ダイアナはアークレリック防衛戦の時のオッサンを思い出し、呟いた。


「勇者……か。それらしい活躍でもしてきたら、一度飲みに誘うのも悪くないのかもな」


 ――。

 ――――。

 ――――――。


 魔王城入り口のホール。


「なぁアルダ、何人やられた?」

「馬鹿を言うもんじゃないよアロエ」

「……?」

「こういう時はね、何人生き残れたかで喜ぶもんなのさ」

「アルダは脳筋のわりには、いつも良い事言う」

「うっせ」


 元賞品剣闘士たちで生き残ったのは、二十名前後。

 魔王軍の大軍の侵入を凌ぎ続けていたと考えれば、残った方である。

 その生存者の中には、アロエ、アルダ、リオンも含まれていた。


「さてと、アロエ、みんなで魔王のツラでも拝みに行くか?」

「くくっ! 私の宣言通りにか?」

「オッサンも死んでたら、どうする?」

「いやぁー死んでないと思うけどなぁー」

「死んでたらアルダの下着でも供えてやるか」

「なんでアタイ!? アロエは自分のを供えなよ!」


 そんな会話をしながらも誰一人立ち上がらず、外の雨を見た。


「私らも生き残ったんだ。……ちゃんと生きてるよな、オッサン」


 ――。

 ――――。

 ――――――。


 魔王城、勇者ユリウスとの激闘を繰り広げたダンスホール。

 そこを少し進んだ階段の途中。

 唐突に腕の中から消えたオッサンによって残された、ナターリア。


「まだ戦ってるんだね、勇者様」


 サタン印の薬。

 正確に言えばサタンの一部を取り込む事によって完治したナターリア。

 その影響で、彼女は今。

 現在のオッサンが置かれている状況を、直感的に感じ取っていた。


「わたし良い子にしてるから、ちゃんとまた会えるよね……」


 心の底からナターリアが愛する存在。

 その対象であるオッサンが、今は歩いていけない場所に居る。

 歩いていけない場所で戦っている。

 そこで途方もなく強大な何かと――殺し合っている。


「勝ってね勇者様……ファイトッ!」


 ――。

 ――――。

 ――――――。



 勝鬨の上がる魔王城前の戦場に出てきた二人。

 リュリュとポロロッカは、互いの手を取り合って雨空を見上げた。


「他の魔族は皆消えたのにぃ、貴方だけが残ってる理由ってなんだと思う~?」

「……オッサンだ」

「それって、わかるものなのぉ?」

「間違いない。この体を世界に繋ぎ止めた力は理を捻じ曲げている。オッサンの力だ」

「帰ってきたら全力で感謝しないといけないわねぇ~」

「ああ……」

「魔族がオッサンの知り合いしか残ってないとなるとぉ、狙われるわよぉ~」

「いつもと何か違うのか?」

「まっ、おんなじねぇ」


 サタンの力によって消失を免れたポロロッカ。

 ポロロッカは今、オッサンが戦っているのを理解していた。


「アイツはまだ戦ってる。俺達の届かない場所でな」

「魔王?」

「それは死んだ」

「じゃあもしかしたら、神様とでも戦ってるのかもしれないわねぇ~」

「……そうかもしれないな」


 冗談半分で言ったリュリュの言葉を、肯定で返したポロロッカ。

 その言葉に一瞬だけ目を見開いたリュリュだったが、すぐに笑みを浮かべた。


「それじゃあ、せいぜい祈っておきましょ~」

「……何をだ?」

「クソッタレな神様を、きちんと倒してくれる事をよぉ~」

「……そうだな……ああ、その通りだ。オッサン――勝ってこい」


 ――。

 ――――。

 ――――――。



 ◇


 ――ラストバトル。


「【――我が命は我が物に有らず――この身を照らし続けた一つの灯火を、大神の脅威から守る礎なり――既に魂の散滅も愁う意味無し。今こそ我は我に命ず……傍の尊き輝きを決して絶やすな!! 我が存在を燃やし尽くし、定めを超えろ!! 例え偽りで、作り物の絆でも……今この時、我は……我らは天を食らう一つの闇となり――どんな光の脅威さえも、及ぶものは無し!!】」


 完成したのは、天食らう母なる虚無と虚像の剣。

 第四開花の代償は、存在の消滅と肉体の異形化固定。


『ありえん……』

『ヒヒッ! コイツは記憶があって体が動けば、どんな状況でもやる奴ダ!』


 だが存在の消滅が起こる前に、剣を振り下ろすくらいは可能。


『愛し子よ、お前は間違いなく――勇者だ』

「貴方を殺すと世界は?」

『滅びない。我の代わりが補充されるだけだ』


 もし神の消失によって世界が滅びるのだとすれば。

 ……大切な者たちをも滅ぼしてしまうのなら。

 神様が嘘を吐いたのなら……。

 私はこの剣を、振り下ろせませんでした。


「貴方も立派な――神様ですよ」


 振り上げた虚無の奔流を纏う剣を――振り下ろす。


「ううっ……おおおおおおおおおォォオオオオオオオオオオオオオオオ――――っ!!!」


 黒に染まる白の世界。

 そんな中で神様は最後に――。


『だがせめて、この世界からは消えてもらう』






 ――――。



 ――――――。



 ――――――――。






 真っ黒な世界。

 真っ黒な暗闇の世界を。

 男は二人の少女に手を引かれて歩いていた。

 男は意識がないのに……手を引かれるがまま、真っ直ぐ歩き続けている。

 真っ直ぐ……。

 ただ、ひたすら真っ直ぐに……。

 笑い声を響かせながら歩く、二人の少女。

 男を導きいて真っ直ぐに歩く二人の少女。

 はるか遠くに白い光の点が視えてきた。

 歩く。

 歩く……。

 歩く…………。

 ただ真っ直ぐに、その光を目指して。




 ◆




 白い空間。

 気が付くと男には意識が、自我が戻っていた。

 気が付いた時に男が立っていたのは、白い部屋。

 手には紅剣。

 男は部屋を見渡してみた。

 人影は一つだけ。

 立っていたのは、この世の者とは思えない程に美しい女。

 女はゆっくりと口を開き――言い放つ。


『死にましたー』































――――おまけ―――――



 オッサンが世界から姿を消して――五年が経過。


「行ったぞ、タック!」

「はいよぉッ!」


 ナターリアを欠いた〝猟犬群〟は一流の冒険者になっていた。

 数々の依頼と遺跡を攻略。

 オッサンの知人を残して魔物や魔族はこの世界から消えた。

 が、旧人類が残した遺跡やダンジョンは健在だ。

 遺跡の中には危険な動く物体を生成するものも存在している。

 なんだかんだで冒険者の仕事は無くならない。

 エルティーナの管理していた廃教会も今では立派な孤児院になった。


 ◇


 リュリュとポロロッカは、相変わらず春牝馬の酒場を活動の拠点にしていた。


「……ジェンベル、戦争の情報はどうだ?」

「西南の魔導技師国家スペラニアがベクルト帝国に進行中らしいな」

「魔族、魔物の脅威が無くなった途端にコレなのだものねぇ~」

「ああ、どこもかしこも戦争をおっぱじめやがった」

「……規模は?」


 スッと数枚の銀貨を差し出したポロロッカ。

 それを黙って受け取るジェンベル。


「スペラニアは魔術砲兵が千近く出ているらしい」


 ――魔術砲兵。

 両腰に魔砲の筒を下げたスペラニア特有の兵種。


「となるとぉ、随伴兵の数も相当になるわよねぇ~」

「……もし傭兵として参戦するなら、スペラニアか」

「ベクルト帝国の方が金払いはいいかもしれないわよぉ~」

「マキロンでも誘ってみるか?」

「冗談っ」


 肩を竦めながら突っ込みを入れたリュリュ。

 現在完全な中立地帯として成立しているのは、今居る国だけ。

 その最も大きな理由として存在しているのが――マキロン。

 マキロンとソフィーの発明は戦争を無力化するのに特化した発明ばかり。

 更にマキロン、ひいてはその護衛であるα改良型個体名称ホープ。

 そしてキサラ。

 その圧倒的な力の存在が大きい。

 当のマキロンはオッサンに恩を返すべくこの町に滞在し、孤児院を中心に活動。

 必然的に、この町は最も攻められにくい場所となっている。


「……ナターリアの情報はどうだ?」

「ああ、それなら――――」



 ◇



 五年が経過し、すっかり体も成長したナターリア。

 何時オッサンに逢えてもいいようにと、食事だけはキチンと摂っている。


「うふふっ! 今日は勇者様の夢を見られたから、わたし、すっっごく機嫌が良いのっ!」

「じゃ、じゃあ見逃してくれ!! 頼む!」


 場所はとある街道。

 絶世の美女と言っても差し支えの無い成長を遂げたナターリア。

 長く、夜空のように艶のある黒髪。

 肌の色は……常に圧し掛かるストレスのせいか、尋常性白斑。

 それが全身に広がりって赤褐色だった肌は、すっかり白くなってしまった。

 が、それは、シミ一つ無い美しい白肌。

 日焼けなど一切ない白い肌

 貴族の令嬢にも見えるナターリアの一人旅。

 それを野盗のような悪人が放っておくワケがない。

 ナターリアの新雪のように美しい白肌からは今、野盗の血が滴り落ちていた。

 赤く染まった街道。

 ナターリアはオッサンを探す旅の資金を、そういった襲撃者から得ていたのだ。

 善人は殺さないが、悪人は全力で殺す。


「んー、どーしよっかなー?」

「何でもする!」

「何でもしてくれるの?」

「あ、ああ!!」

「じゃあさ……勇者様に逢わせてよ」


 両の目を見開いて野盗の生き残りに詰め寄った、ナターリア。

 濁ったエメラルドグリーンの右目と、赤ベースの黒い螺旋模様の左目。

 彼女は狂気の魔眼を度重なる使用により、使い方をマスターしていた。

 なので現在は、眼帯を必要としなくなっている。


「し、しらねぇ……! 本当だ!! ってその質問、まさかお前――――…………」


 バラバラに崩れ落ちた、先程まで野盗だった肉ブロック。


「うふふふふっ! やっぱり知らないのね! じゃあ――ダメーっ」


 生きている者がナターリアしか居なくなった街道。

 ナターリアは、ふと空を見上げ――。


「わたし、ちゃんと良い子にしてるよ……? だから、また逢えるよね? ……ねぇ、勇者様」



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