『廻る――世界』一

 体覚えのある真っ白な世界。

 そんな真っ白な世界にいつの間にか立っていた、好々爺然とした白い杖を持った老人。

 つい先程までは居ませんでした。

 瞬きをした瞬間、その場所に立っていたのです。

 そんな誰が見ても好々爺然としている老人の姿に、違和感を覚えずにはいられません。

 確かな理由は無いはずなのに、違和感だらけの老人の姿。

 まるで〝誰が見ても好々爺に見える〟力が働いているような……。


「ふむ、どうやら近づきすぎたらしいな。少し話をしよう」

「近づきすぎた……?」


 長い顎鬚を弄りながらそう言った老人。

 近づきすぎた?

 ――何に??

 私はこれまで頼りにしてきた直感に従って、手持ちの武器を確認します。

 普段着の私服が一式。

 紅剣が一振り。

 シルヴィアさんの魔石はしっかりと収まっています。

 なのに何故か、何時ものような輝きを感じられません。


「残念だが、この空間では作り物は動かんよ」

「……当然のように心を読むのは止めてくれませんかね?」


 ――妖精さんも居ません。


「流石は異界の勇者。気が付くのが速い」


 ――異界の勇者?

 この世界では勇者なんかじゃありませんでした。

 前の世界でも……――前の世界?

 元居た世界が前の世界?

 なぜだかよく判りませんが、妙な違和感を覚えずにはいられません。


「お前が愛し子として生を受け、病死した世界の事だ」

「……?」


 この老人は何者なのでしょうか?

 今いるのは謎の白い空間。

 この状況から推測できる相手は――神。


「うむ、ほぼ正解だ。……たがこの世界では、高次元の住民とも言われているな」


 神様。

 言われてみれば女神様に近いものを感じます。


「お前は産まれた世界で、他の者とは違った力を持っていなかったか?」

「無いですね」

「いいや、視えていたはずだ。神々の遣いである――使徒を」


 使徒……?

 奇妙なものが視てしまう事は割とありました。

 が、使徒などという神聖な存在は一度も見た事がありません。


「輪廻の案内人である我等の遣い、それが使徒。お前がこの世界で何体も消した存在だ」


 輪廻の案内人?

 消した存在?

 元の世界でも視えていた??


「――ッ! まさか!!」

「その通り。こやつらだよ」


 神様の背後から出てきたのは――――〝赤い一つ目鬼〟。

 誰かが死ぬ際に必ず視えていた、赤い一つ目鬼。

 それがまさか、神様の遣いだった?

 ……もう少し見た目だとか、何とかならなかったのでしょうか。


「異界に数多といる勇者の中でも、こやつらが視えるのはお前だけなのだ。こやつらはただ、最も効率の良い姿をしているだけの事。悪い事はせん。消さないでやってくれないか?」


 神様の遣い。

 そんな事を言われてまだ消せるほど、私の精神は図太くありません。

 しかしそうであれば。

 その使徒が視えてしまった相手の命は、どうやって助ければいいのでしょうか。


「ありがとう。しかし視えた相手を救うのは、基本的に不可能だと思ってほしい」

「……ちなみに、この世界の住民に使徒が視えなかったのは?」

「気が付いているではないか」

「教えてください」

「我等の生み出した存在ではない、作り物であったからだ」

「…………」


 神様の言葉を聞いた瞬間に思い浮かんだ言葉は……。

 ――生体兵器。

 シルヴィアさんがこの空間で動けない理由を作り物だからと言った神様。

 私はこの世界を構成している史実を知っています。

 なので実際の所、おおよその見当はついていました。


「であろう? 聞きたい事はそれだけか?」

「この世界の魔王は……」

「使徒が回収したとも」


 使徒が回収した。

 つまりは神様の創造物だったという事。

 ですが問題なのは、ここからです。


「ポロロッカさんや廃教会の皆は、どうなりました?」

「ふむ。我等は高次元の高位神ではあるが、全知全能ではない」

「知らないと?」

「それを知るにはまず、お前がこの世界で何をしてきたかを見せてもらう必要がある」


 ――ふっ、と遠のいていく意識。

 遠のく意識の中でもスッと頭に入ってくる、神様の声。


「お前がこの世界で何を成したのかを見せてほしい。愛し子よ、私の目を見よ」


 黄金色に輝く神様の瞳。

 そんな黄金色の光に意識が吸い込まれて――――――。





 ◇





 この世界の出来事を追体験するように、高速で過ぎていく時の中。




 この世界に全裸で降り立ち、衛兵に捕まってしまった私。

 免罪の依頼として野盗のアジトを襲撃しました。

 囚われていた女性らを救出し、保護もしました。


 その次の免罪の依頼では、オークの拠点から女性らを救出しています。



『やや奇行が目立つが、力の代償を受けた直後の事だ。致し方あるまい』



 ――――スラムの路地裏――――


「今助けますよ、ペッコちゃん……」

「あ……おじさん……」

 意識を失う少女。

 そんな少女を守ろうと格好悪くも、がむしゃらに戦う私の姿。



 ――――霊峰ヤークトホルンの頂――――



 使い捨てで買われた奴隷達に並んで死の山を登る私の姿。

 道中で仲間の殆どを失って山頂に辿り着いたのは、私ともう一人の二人だけ。

 そこに待ち構えていたのは美しい青髪の少女。

 震える程に強く、美しく、孤独で、儚い。


「まさか、ニンゲンか? ニンゲンは、とっくに絶滅したとばかり思っていたのだがな」


 そんな少女の姿をしているシルヴィアさん。

 耳が痛くなる程に静かな白銀の世界。

 彼女に対してジッグと共に説得を試みた、そんな私の姿。

 ……。

 ………。

 …………。

 交渉は決裂。


「……恨んでくれて、構いませんよ」

「ニンゲン。私は、お前を恨みはなどしない」


 言葉とは裏腹に殺意を滾らせていくシルヴィアさん。


「お前達を殺して、この生命を生かす。私もお前達と――同じ事をするだけなのだからな――ッ!!」




『数え切れない程の命が失われ、中次元の住民を強大にした一因。仲間として迎え入れた後、最もお前を殺した作り物だ。この時から私は、お前に目を付けはじめた。お前はそれでも、ソレを仲間として迎え入れられるのか?』


 ――迎え入れる。

 それは決定事項です。

 神様にとってのシルヴィアさんが作り物だったとしても。

 私にとっての彼女は、孤独に震えていた、可愛そうな女の子。

 ただ独りである事をどうしようもなく恐れていた、強いだけの女の子。

 付き合いが長くなればなるほど思い知らされた、シルヴィアさんの優しさ。

 追い出せるワケがありません。




 ――――アークレリック領主屋敷地下実験施設――――



 円柱状の水槽に浮かんでいた、トゥルーくん、チルちゃん、ペッコちゃん。

 私は濁った感情に身を委ね、屋敷内で暴走しました。

 結果的に助かったのは、トゥルーくん、ただ一人。




『お前の言う廃教会を中心に活動している、魔の者達。トゥルーという少年だけは消滅しないであろうな。この者はこの時に、作り物と同じになっている』


 ……ポロロッカさんは?


『残念だが、まず消滅しているだろう』


 ッッッッ!!!




 ――――輸送隊護衛の依頼の終わり――――



 輸送隊の護衛依頼に失敗して襲撃者の男女一組と相対する私の姿。

 私の背後には、部隊を全滅させた殺人鬼の少女の姿。


「オッサン、やはり貴方は狂ってる」


 決定的な決別の言葉。

 敵に回ったのは私です。

 大量殺人鬼であるナターリア、ただ一人の為に。

 私自身の中に存在していた信念の為に……少女の命を選択しました。




『依頼を受けた輸送隊は壊滅。襲撃者も壊滅。最期に残ったのは狂ってしまった少女と、お前だけ。心の安寧を選ぶのであれば、殺人鬼の少女を見捨てた方が心は痛まなかった筈だ。エゴにも偽善にも見えるこの行いこそが、お前の信念であり、勇者であるのだな』




 ――――アークレリック防衛戦――――



 ダイアナさんと共に城壁の上から投げ出され、落下している私の姿。

 蔓延る死の気配。

 足元に広がる、ダイアナとダヌアの赤い血液。


「うあ……うぁああああぁぁぁァァアアアアアアアアア――――ッッ!!」


 正気を失いかけ、叫んでいる私の姿。


 ……。

 ………。

 …………。


 新たな力を借りて町を防衛。

 この時私は〝理解〟してはいけない世界に、足を踏み込んだのです。




 ――――アークレリック地下遺跡。地下シェルター、ノア――――




 広がる光景は血肉と虐殺の痕跡ばかり。

 奥で見つけた召喚施設。

 そこで発見してしまった研修者の手記。

 知ってしまった世界の真実。

 私以外の人類が、元は生体兵器であったという衝撃の事実です。

 脳が焼切れそうになったその時。

 目に入ったのは、あの時救った少女の姿。

 私は自身よりも少女を優先しました。

 結果的には、何もかもが良い方向へと働いています。





『……思っていたよりも強力に育っていたらしい。もう破られてしまいそうだ』


 そんな神様の声と共に戻ってきた自由意識。

 私は再び、何もない真っ白な空間に戻ってきました。




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