『血路』一

 両部隊が激しく衝突する人族軍と魔王軍。

 巨人族の昆棒が前衛を弾き飛ばし、後方にまでその肉片が飛んでいきました。


「妖精さん、力を貸してください!」


 ――響く、妖精さんの笑い声。

 地面から這い出してきたのは四体のおっさん花。

 私に操作権があるのは二体。

 おっさん花は後方に飛んできた飛翔物を難なく迎撃し、周辺の者を守りました。

 開戦と同時に空へと飛び上がった空を埋め尽くす程の敵飛行戦力。

 最も数が多いのは、これまでの戦闘に出て来て居なかったワイバーン種。

 その敵飛行戦力をシルヴィアさんと百人近くの魔術師が抑えている今の状況。

 シルヴィアさんの御かげで何とか押され切ってはいません。

 それから仕方が無いとは言え……。

 大型機械が通れなかったのか、マキロンさんとホープさんもいません。

 更に言えば、ソフィーさんの率いている魔力バリスタの部隊も無し。

 地上からも多くの攻撃が空を迎撃しているのですが――。


「や、やめ――」

「放せ! 放してくれッ!! ああああああアアアア――――――!!!」


 空へと攫われて、落ちる、千切られる、食われる。

 おっさん花でも触手を伸ばし多くの敵を串刺しにしていますが、間に合いません。

 射程に限界のあるおっさん花では近くの部隊員を守るので精一杯です。

 他の場所までカバーしていたら元賞品剣闘士の誰かが攫われかねません。


「グォオオオオ……」


 ズシン、と響いた物音。

 大暴れしていた巨人族が倒されているのが目に入りました。

 何体かの巨人がシルヴィアさんのキックを受けたかのように弾け飛んでいます。

 恐らくあの辺りにはライゼリック組も居るのでしょう。

 前線が多くの巨人を引き倒して無力化しているのを尻目に。

 ――迫る、魔王軍の波。


「陣形を崩さず戦って下さい! 孤立するのだけは避けるように!!」


 この世界では強者と弱者に明確な差が存在しています。

 もし頼る事の出来ない者に背中を預けてしまえば――。

 その代償は、自分の命で支払うことになるでしょう。

 周囲にいる友軍の実力が判らない今の現状。

 強者であると判明している部隊の仲間から突出するべきではありません。


「来るぞ!! お前達、自分を買うのに文句を言われないだけの敵を殺せ!! 【顕化!】」

『『『ワァアアアアア!!』』』


 忌み子たらしめる角を肥大化させ、本当の実力を解放したアロエさん。

 アロエさんの鼓舞に応えるように瞳に力を宿らせていく仲間たち。


「普段は忌み子を貶しているんだ! こんな時だけ忌み子である私よりも勇気が無いだなんて、まさか言わないだろうな?」


 ニィっと笑みを浮かべ、友軍に発破かけながら武器を振るったアロエさん。

 ――美しい。

 どうして彼女のように美しい存在が……。

 この世界で忌み子と呼ばれなくてはならないのでしょうか。

 戦闘が続き、友軍たちの合間から現れた敵の姿は――。


「人族!!?」


 明確な殺意の剣を振りかざしてくる人型の存在。

 というよりかは――人間。

 どうして魔王軍の側に人族が……?

 それも一人二人ではなく、何十人も。

 ……確かに驚きはしました。

 が――。


「まぁ当然、敵側にも居ますよね」

「ブッ――」

「っ――」


 おっさん花の触手が二人を刺し貫き、貫通。

 ナターリアは当然ですが。

 元賞品剣闘士であった部隊員たちも当然のように切っています。

 種族は関係ありません。

 人族の側に居る魔族だっているのです。

 魔族の側にいる人族が居たとしても不思議ではありません。

 彼らはただ、相手の側に立っているだけのこと。

 

「……?」


 触手で突き刺した部位から、血が殆ど出ていません。

 血が固まっている?

 ――どうして??

 刺し殺した筈の遺体に目を向けていると、傷口が蠢きだし――破裂。


「えっ……?」


 破裂した部位から出てきたのは数匹の巨大なイモムシ。

 その全てが私に向かって飛んできました。

 想定外の事態に、体が一瞬だけ硬直します。

 ガードが……間に合いません。


「あぶないッ!!」


 間に入って全てを切り落としてくれたのはナターリア。

 ボトボトと地面に落ちた巨大イモムシを友軍が踏みつぶしています。


「注意して勇者様! パラサイトワームだわっ!! 寄生されたヒトはもう死んでる!!」


 名前からして寄生型の魔物。

 嫌なタイプです。

 私はおっさん花を操って数体のオークに寄生花を植え付け――発芽。

 しかし、それらは瞬く間に友軍によって処理されてしまいます。

 ……無駄な力を使ってしまいました。


「や、やめッ! 誰か取ってくれぇえええぇええあああががガガガガガカ――……!!!」


 視界内に居た一人の背中からイモムシが侵入。

 白目を剥いてガクガクと震えたかと思えば近くの友軍に切り掛かろうとして……。

 リンチに遭って死にました。


「取り付かれるな! 数秒で体内に潜り込まれるぞ!!」

「攻撃してくる奴は敵だ! 顔見知りでも同じ奴だと思うな!!」


 巨大イモムシを処理した感じ、戦闘力はオークよりも下。

 ですがその厄介な寄生能力のせいで思わぬ被害を受けています。

 通常であれば対処可能な相手でも、死角の生まれやすい混戦の中では話が別。

 不意を突かれて取り付かれた者。

 仲間だと思って殺された者。

 被害はまだまだ広がります。


「来たぞぉおおおおお! ドレイクンだぁああ!!」


 遠くでドレイクンが地上部隊に向かってブレスを吹きかけているのが目に入りました。

 黒い炎のブレスが地上部隊を焼いて、ドレイクンは再び空へと上昇――。

 しようとしたところを、シルヴィアさんの氷によって撃墜されていました。

 地上に落下したドレイクンは何人もの友軍を下敷きにしています。

 下敷きになった者達は無事なのでしょうか……?

 一定以上の実力者であれば平気でしょうが、一定以下の者にとってはたまりません。

 仕方が無い事であるとはいえ、どうにかならないのでしょうか。


「チッ、押されてるなァ!」


 アルダさんが剣を振るい、一振りで二体のオークを両断。

 ジェンベルさんは人族軍の事を〝数だけの部隊〟と言っていました。

 なのに――。


「頭数の差が殆ど無いみたいですからね」


 その数ですら優位ではないのが今の現状。

 知性の薄い魔物でかさ増しされている魔王軍。

 異形種の存在がよく目立ちます。


「まぁ実力による差が圧倒的なこの世界では――数より質ですよ」


 私のすぐ後ろに佇んでいる褐色幼女形体の妖精さん。

 一瞬だけ視線を向けると、静かに視線を返してきました。


「もっと出せます?」

「……だすだけなら、もう簡単だよ」

「お願いします」

「……わかった」


 ――響く、妖精さんの笑い声。

 新たに地面より這い出してきた四体のおっさん花。


「バケモノォ!」

「避ケ――ギャッ!?」

「殺セェエ――グゥ!」


 戦場に現れたおっさん花は、力の無い敵を容赦なく刺し殺しました。

 雑魚狩りは雑魚である私の十八番だと言ってもいいでしょう。


「それでもやっぱり、数は力です」



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