『血路』二

 ざあざあと降り続ける雨の下。

 刺しては殺し、千切っては殺し。

 どれだけ殺しても敵の数が減っている気がしません。

 血と臓物の臭いにも慣れました。

 この世界での経験で耐性ができたのか、グロいのも割と平気です。

 ――が、ライゼリック組の青年少女たちは大丈夫なのでしょうか?

 と、他人の心配をするくらいには平気です。


「さぁ! 私がこの召喚物の本体ですよ! 私と踊りたい者は居ませんか!!?」

「はいはいっ! わたし、わたしが踊りたいわっ!!」

「いや別に、ダンスのお誘いというワケではなくってですね……」


 我先にと手を上げたのは血濡れのナターリア。

 ぶんぶんとククリナイフを持っている手を上げて振っています。

 ゴトリ……と、ククリナイフの先に刺さっていた首が落ちました。

 ゴロリと転がってきたオークの生首が、私の足に命中。

 ……生首と目が合いました。

 これにはグロ耐性のできた私にも、大ダメージ。

 ――吐きます。


「オロロロロロロロロ――ッ!」

「チャンスダァ! ヤツヲ狩レェ!!」

『『『ウオオオオ――!!』』』


 敵で最も数が多いのがオーク。

 おっさん花は二体以外が妖精さんに操作権があるので――。


「グァッ!?」

「ち、ちぎレゥ――!!!」

「アガゴゴゴゴッ……」


 触手に刺し貫かれたオーク達。

 上半身と下半身を触手に巻かれて、上半身と泣き別れをする下半身。

 腹部から入った触手が口、両目、耳から突出し、痙攣する者。

 死に方は様々です。


「大丈夫?」

「……けほっ。リア、さっきのは敵を挑発する為のものでしてね。敵限定へのお誘いです」

「むぅ、ズルいわ」


 子供っぽく頬を膨らませながらも迫って来たオーク達を三枚おろし。

 ――っょぃ。


「勇者様からのお誘いを受けるだなんて羨ましいわ。わたし貴方達の事が羨ましくて妬ましいの。……うふふ! わたしって少しだけ嫉妬深いところがあるみたいなの。だけど勇者様に嫌われたくないから普段は我慢しているわ、だって勇者様が好きなのだもの。あっ、でも今回は別よね? だって貴方達は敵なのだもの。だからぁ……うふっ! 仕方ないわよね?」


 早口で捲し立てて、瞳をギラつかせながら両手を広げたナターリア。

 その際に両脇に居たオークの頭部をククリナイフが貫通。

 一瞬で二体の命を刈り取ったナターリアの表情は――狂喜の笑み。


「あはっ! 踊りなら私が教えてあげるわっ! お給料は要らないのよ? だって――」


 近場に居たゴブリン、オーク、リザードマン、コボルト、その他異形種。

 それらの肉体が一瞬で――バラバラになりました。


「もう頂いたもの」


 血を浴びる度に動きのキレが上がってきているような気がします。

 普段の愛を振りまいてくれる彼女とは別の愛を振りまいているその姿。

 一歩道を踏み外していたら、ナターリアはヤンデレ化していたかもしれません。


「そデならオマエにハ、ツケを払っデもらウど――!」


 ズドン、と数人の友軍を潰しながら現れた、その巨体

 ナターリアに向かって巨大な昆を振り下ろしたのは、一つ目のゴツゴツした巨人。


「そんなに遅くっちゃあ虫も殺せないわっ! 【チョッパー!】」


 ナターリアの攻撃によって縦に大きく割けた巨人。

 頭までしっかりと割れて……――元に戻りました。


「グふっ。サイクロプス族の長でアどぅこのオデは、無敵ダ!」

「相性の悪いタイプね。わたし、貴方のこと嫌いだわ」

「こデからジぬオマエにハ、関係ナ――ヲッ!!?」


 何やらナターリアに集中していたので、おっさん花二体で奇襲しました。

 ギッチリと絡みついたおっさん花の触手で塞がり切っていなかった傷口をこじ開けます。

 そこに触手を突っ込み、内部をかき回しながら進行。


「ぐごゴゴゴゴゴぐゴ――ッッ!!?」

「内部をこうされるとビクビク震えるのは、私達と同じですね」


 私もナターリアと出会った時に内臓を空っぽにされたので知っています。

 色々と違う部分はありますが、内部をやられたのは同じでしょう。

 進行した触手は喉をかき回し――脳をグチャグチャに。

 その後に巨大な一つ目から飛び出して、口からまた脳内へ。


「勇者様! サイクロプスは頭を潰しても再生するわっ!」

「では本当に無敵なのですか?」

「ううん、炎とかで焼いたり溶かしたりすればちゃんと殺せる筈!」


 ズドンと音を立てて倒れたサイクロプス。

 とは言え頭が再生したら動き出すと思うので、掻き混ぜは続行。

 他のおっさん花は引き続き周囲に居る敵を攻撃させます。


「リア、あの短剣は使えませんか?」

「むり。雨が降って無ければ他の物を燃やして、それで燃やせたのだけれど……」


 つまり生半可な炎では殺せない。

 他の場所でも普通のサイクロプスが暴れています。

 戦っているところではライゼリック組の者が暴れてくれているのですが。

 グロいものに耐性がない者は、戦えていないかもしれません。


「誰か! このサイクロプスを処理できるだけの火を!!」

「私ならそれなりの炎魔法が使えるが、雨天じゃそいつは無理だ!」


 声を返してくれたのはアロエさん。

 そもそも賞品剣闘士だった者の中には純粋な魔術師は居ないでしょう。

 前衛無しの一対一で戦う闘技場。

 近接戦闘ができなければ、長くは生き残れません。

 恐らく魔法的な攻撃ではアロエさんが一番上です。

 そのアロエさんが無理だという事は……。


「誰かぁああああああ!!」

「――呼びやがりましたか? ハゲ様」

「えっ、ホープさん?」


 唐突に空から降りてきたのはホープさん。

 ホープさんが居るという事は、まさか――。


「上だ!!」


 誰かの声。

 その声を聞いた私は上を見上げました。

 上空の超高高度に浮いていたのは――三隻の飛行船。

 その飛行船の一つの後部ハッチが開き、何かを投下しました。

 それは見る見る大きくなって……おや?

 ここの真上では?


「全員――この場所から退避ぃいいいいいい!!」


 私は力いっぱい叫びました。

 時間は一瞬。


「――わっ!?」


 傍に居たナターリアを抱き寄せて後ろに跳びます。

 無意味かもしれませんがナターリアを下にし、手の空いているおっさん花を集結。

 全触手とおっさん花の体で傾斜状の壁を形成しました。

 ――ズドォン! と大きな衝撃が広がります。

 が、ここの真上には落ちてきませんでした。


「この私が誘導してやりやがりました。失敗はないに決まってるだろです」


 おっさん花の壁をどかして落ちてきた物体を見てみると。

 そこにあったのは、見覚えのある巨大な魔導機械。


『オッサン、コレを処理すればいいのか?』


 スピーカから聞こえてくるような感じの、マキロンさんの声。

 落ちてきた魔導機械の片腕――銃口が向けられているのは、先程のサイクロプス。


「お願いします!」


 おっさん花でサイクロプスのお脳をかき混ぜるのを中止し、退避。

 しかし一体、どうやって焼くつもりなのでしょうか。


『友軍はただちに攻撃範囲から退避しろ。カウント――スリー、トゥー、ワン』

「奴は馬鹿なのか? 【氷結壁アイスウォール】」


 突然下に降りてきたシルヴィアさんが氷の壁を形成しました。

 氷の壁は何故か、巨大魔導機械を囲うように形成されています。

 次の瞬間――ゴォオオオオオオオオ! という音と共に凄まじい火柱が上がりました。

 中に入っていた巨大な魔導機械も炎に包まれています。

 大丈夫なのでしょうか。


「【解除キャンセル】」


 何事も無かったかのように消えた氷の壁。

 少し赤熱しているだけで同じ場所に佇んでいる巨大な魔導機械。

 それにしても氷の壁は、どうして今の炎で溶けなかったのでしょうか。

 というより、破砕以外で氷を無くす手段があるのを始めて知りました。


「し、シルヴィアさん」

「ふんっ、断る。消すのは破砕するよりも消費が大きいんだ」

「なるほど……」

「だが破砕を使うと、あのスクラップが動かなくなる危険性があったからな」


 今の炎が平気で、シルヴィアさんの氷の破片では壊れる。

 シルヴィアさんの氷は、一体どれだけ固いのでしょうか。

 食べたらお腹を壊しそうです。


「ゆ、ゆうひゃしゃま……」

「ああ! すいません! 何時までも覆いかぶさったままで……重かったですよね」

「ううん、ぜんぜんへいきだったわ……」


 上から退いた私を、ぽーっとした表情で見ながら受け答えたナターリア。

 今更ですが、ナターリアであれば自力で避けられたでしょう。

 それどころか、私が動かなければついでに助けてくれたかもしれません。


『すまない、火力調整を間違えたようだ』

「えぇ……」


 今の攻撃、シルヴィアさんが居なければ周囲の友軍を巻き込んでいたかもしれません。

 そうなれば頼もしい助っ人から誤射による大量味方殺しにクラスチェンジです。

 火力調整には本当に気を付けて頂きたいところ。

 そんなことを考えていたら――爆発音。

 音は空から聞こえてきました。

 まさかと思い空を見上げてみると、飛行船が爆発しています。


「シルヴィ――いえ、ホープさん、飛行船が退避するのを助けてください!」

「命令するなカメムシハg……ではなく、シルヴィアのマスター様」


 と言いながらも逃げるように空へと飛んで行ったホープさん。

 一隻でも無事に離脱できるのを願うばかりです。

 ……ところで私は、カメムシの臭いを放っているのでしょうか……?

 ――否、そんなワケがありません。

 ナターリア程の美女がカメムシおっさんを好きになる筈がないのです。




 なりませんよね……?



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