『ギャラルホルンは鳴らされた』三
二日後の朝。
空を覆う黒い雲からは、雨が絶え間なく降り注いでいます。
魔王城の周囲は、広範囲に何もない紫の砂地が広がっていました。
何かがあってこうなったのか、意図してこうされたのかは判りません。
が、見えているのは地平線を覆い尽くす程の魔王軍。
現在人族軍が展開している場所は若干下り坂になっています。
魔王軍の側は魑魅魍魎と言っても差支えの無い雑多な種族が集まっていました。
ゾンビにスケルトン、リザードマンからオークまで。
人型も結構な頭数が居ます。
その中でも一目で危険だと判るのは、巨人族。
魔王軍に囲まれるようにして見えているアレが魔王城でしょうか。
魔王城の見た目は魔王城と言うよりはか、普通の古城。
人族軍も隊列を組んで展開しているのですが、空気が少し浮き足立っています。
しかし、それも今の状況を考えれば仕方のない事。
「確か予定じゃ、他の大規模部隊も十万近く居るんじゃなかったか?」
「はい」
「はいじゃないが」
雨もしたたるイイ女になっているアロエさんのその言葉。
アロエさんの言う通りです。
なので今のこの場所には、三十万に近い友軍がいなければなりません。
「羽翼と左翼なんかは、私らの居る中央の半分以下に見えるんだが?」
「見えますね……」
現在私達の部隊が居るのは、中央本隊右寄りの中ほど。
他の二部隊の数が――少なすぎる。
特に左翼。三万も居ないのではないでしょうか。
……何故?
まさか、魔族の残党に受けた被害がこんなにも大きかった?
それとも単純な正面衝突や道中で削られて、ここまで……?
「アタイらの方と違って、アッチには強力な飛行戦力が居なかったんだろ」
「アルダの言う通り。羽翼と左翼は空から蹂躙されたんだと思う」
「アタイらのとこも対空攻撃が弓と魔術師だけだったら……ゾッとするね」
「安心してアルダ」
「ん?」
「そうなってたら肉壁部隊が作られてたと思うから」
「あぁそっかー……っておい! その役割アタイら回ってくるじゃないか!」
「当然、オッサンが部隊長じゃなかったら確実にそうなってた」
「うぇー」
――飛行戦力。
アルダさんとリオンさんの言う通りなのかもしれません。
中央部隊にはシルヴィアさん、ホープさんという、強力な飛行戦力が居ます。
しかし他の場所には移動型の魔力バリスタすらも無かったのでしょう。
そう言った経緯もあり、中央本体は空からの攻撃をほとんど受けていません。
純魔族の魔術師や、ハーピーにヴァンパイア。
更にはドレイクン。
人族軍側にもハーピーさんは居たはずなのですが、既に一人も居ません。
ジェンベルさんは確か人族軍の事を〝数だけは多い〟、と言っていました。
が、その数ですら今は同等であるように思えます。
お偉い方々であればその辺りの詳細も把握しているでしょう。
下っ端部隊長の耳にはその情報は入ってきていません
「雨、やまないのね……」
「雨はお嫌いですか?」
「……うん」
じっと空を見上げているナターリア。
現在の格好は黒のゴシックドレスのみ。
だというのに何故か、髪も服も濡れていないように見えます。
……まさか。
ダイアナさんから頂いてそのままナターリアに渡した、あの指輪。
その飛翔物を逸らすという効果は、雨にも適応されているのでしょうか。
「雨の日はね、わたしを壊したヒトたちの機嫌が悪くって……普段よりも酷い事をされたの。子供を産めないように体を壊されたのも、ママを殺させられたのも、今日みたいな雨の日だったわ」
…………。
彼女が子供を産めない体にされていたのは、初めて裸を見たときに悟っていました。
今はサタンちゃんの薬の御かげで治っている……のだとは思いますが。
その痛みは今も覚えている筈です。
――ナターリアの母親。
両親はもう居ないという話しは聞いた覚えがありました。
しかし、まさか母親までもを自分の手で……。
……本当に。
本当の本当に……。
こればかりは本当に、どうしようもありません。
掛ける言葉が見つかりません。
「勇者様は雨、好き?」
「えっ……」
私は雨の日が好きです。
雨の日には悪い思い出がありません。
大好きだった雨に濡れた紫陽花を見られたのも、雨の日。
心が休まり落ち着く、カエルの大合唱。
雨でズブ濡れになるのだって好きでした。
そしてなりより。
タイミング悪くヤンチャをして母親に叱られ、誕生日が無くなったあの日。
父親との、数少ない思い出。
ショタおっさんをドライブに連れて行ってくれた――お父さん。
そんな雨の日――。
母親に内緒で誕生日を祝ってくれて、少し遠くまでドライブをしてくれました。
――私は雨の日が好きです。
が、ナターリアの前でそれを言ってもいいものなのでしょうか?
かなり重い空気です。
開戦は、まだなのでしょうか……?
「勇者様、本当の勇者様を教えて?」
「――っ」
嘘が吐けない。
というよりかは、今のナターリアに嘘をつきたくない。
「私は雨の日が、好きです」
「…………」
「すみません」
「……うふふふふっ! よかったっ!」
「リア?」
ナターリアが嫌いだと言った雨を好きだと言ってしまったのに。
彼女は嬉しげに笑い出しましした。
それに――〝よかった〟? 一体どういう事なのでしょうか。
「だって勇者様の好きなものなら、わたしもきっと好きになれると思うのっ!」
「……リア」
キラキラと輝く笑顔で私に向き直ったナターリア。
――すこすこ。
ハグしたいハグしたい抱きしめたい。
キスもしたいです。
雨の日の素敵な思い出が、また一つ増えました。
「雨の日だって勇者様が一緒に居てくれれば、それだけでいい思い出になるわっ!」
「はい、それくらいであれば、何時でも喜んで」
「うふふっ! それなら初めても雨の日がいいわっ! 嫌な記憶を塗り替えられるもの!」
「初めて……?」
ナターリアとのファーストキッスはもう済ませています。
喜んでくれるような始めてはもう殆ど済ませているような気がするのですが……。
「もうっ! 初めてっていったら……その、うぅ……」
スカートを押さえる手にキュッと力が入ったナターリア。
その顔は僅かに紅潮していて、上目遣いぎみにチラチラと見てきます。
「……ハッ! え、えっと……!」
ナターリアの言っている〝初めて〟がなんなのかは理解しました。
しかし反応に困る反応、とはまさにこの事です。
「勇者様がお薬で体をキレイにしてくれたから、今の体は初めての状態なの」
「……!!?」
「優しくしてね……?」
「も、ももも、もちろん!!」
「うふっ! かわいいっ!」
ナターリアの方が可愛いです。
「あぁでも痛くしてくれたって平気よ? 痛くってもちゃんとリードだってしてあげるし! 一口で二度おいしい。絶対に天国にまで連れて行ってあげるんだからっ!」
ギュッと抱き付いてきたナターリア。
私の着ているローブも中は防水で大丈夫なのですが、表面は濡れています。
自分の服が濡れるのも気にしないで愛を振りまいてくれる、ナターリア。
「……絶対に守ります」
「うん、知ってるよ」
例え、他の何もかもを切り捨てたとしても。
――ボゥゥウウウウウウ!! と響く、角笛の音。
開戦の合図です。
戦場全体に響く角笛の音は何度か繰り返され……一瞬の静寂。
ダンッ! ダンッ! ダンッ! ダンッ! と打ち鳴らされる前衛部隊の盾や武器。
『全軍――進めぇえええエエエエエエエエ――――ッッ!!』
『『『うぉおおおおおおおおおおおお――――!!』』』
ぬかるんでいる地面が強く蹴られ、宙を舞う紫の泥。
全軍が駆け出し、魔王軍に向かって進撃を開始しました。
「シルヴィアさん、空は任せましたよ」
「ふんっ、任せておけ」
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