『真っ黒の勇者』一
唐突に目が覚め、私は毛布を跳ね除けました。
立ち上がって直感的に東の空を見てみると――。
空は完全な夜になっていて町の中は様々な明かりで照らされていました。
「んん……っ、どうした?」
「ダイアナさん。申し訳ないのですが全員を叩き起こした方がいいと思います」
妙な夢を見た影響なのでしょうか。
大人になって感じられなくなっていた気配が今は感じられています。
存在というものに敏感になっているような不思議な感覚。
東の側からやってくる……途方もなく巨大で嫌な気配。
それを感じ取ってしまったのです。
「わかった。直ちに行動を開始しよう」
そう言って、ダイアナさんは何一つ疑うこと無く城壁の方へと走り去っていきました。
私もその後を追って移動を開始します。
――とここで、シルヴィアさんが姿を現しました。
「ふんっ、ニンゲンの癖によく気が付いたな」
「直感ですよ。というか、やっぱり来ているのですね」
「ああ。とびっきりの――大群がな」
シルヴィアさんの言葉の直後――。
カンッカンッカンッカンッ――!!
『全員! 迎撃態勢を整えろ!! 魔王軍に援軍! その数――五万以上!! 決戦兵器、〝神罰〟の使用を求む!! 魔術師らは光源を打ち上げろ!!』
鉄が激しく打ち鳴らされる音の直後に聞こえてきた緊急を知らせる声。
拡声器のような魔道具でも使っているのか声が町中に響いています。
避難民を発見した時にも出してほしかった、と思わざるを得ません。
使う為の縛り的な条件でもあるのでしょうか……?
しかし、その理由はきっと……町のお偉い方々しか知らないのでしょう。
「【暗闇を照らす道標となれ――〈エターナリィライト!〉】」
「【エターナリィライト!】」
そこらかしこから上がった光の玉が町の遥か上空に集まっています。
それは、さながら人口の月であるかのように夜闇を照らし出しました。
弾かれたように行動を開始した者らの誘導に従って戦力が移動を開始。
町の飛行戦力も空へと飛んで行き、その殆どが東寄りに移動しています。
南側には湖の対岸で待機している魔王軍。一部はそちらに向かったのでしょう。
とは言え……東側には新手の魔王軍が五万。
殆どの戦力は町の東側に集中しているようです。
「これは……」
ようやっとの思いで東側の城壁上に辿り着きました。
が、そこで見た光景は――地平線と空を覆い尽くす魔の大群。
何より脅威と感じさせられたのは、その攻城兵器の数々。
一つにつき数体のトロール、サイクロプス、エティンが引いている攻城櫓。
それは城壁とほぼ同程度の高さがあります。
巨人族の力を十全発揮しなくては移動させることが出来ないであろう重厚さ。
多種多様な攻城兵器の数々が見て取れました。
無数のオーガが担いでいる破城槌の立派な造りときたら、なんのその。
三角状の屋根に守られているオーガ達を屠ることは、かなり難しいでしょう。
「放てェえええええ――――――!!」
一斉に放たれた魔力バリスタの攻撃が櫓を引いているエティンに集中砲火されました。
――が、それによって倒れたエティンは一体か二体だけ。
最初から猛攻撃に晒されると想定されていたのでしょう。
巨人族は分厚い鉄板のような装甲に守られています。
作りは雑ですが、かなりの防御装甲だと言えるでしょう。
とここで……魔王軍の側からも何かが発射されました。
「退避! 退避ィィいいいいいいいい――――!!」
それは真っ赤に燃えた炎の岩。
通常の岩に可燃物を塗り込んでいるらしく、それが投石器で発射されました。
咄嗟に城壁の上や空中から迎撃の攻撃が飛ぶのですが撃ち落とせていません。
その質量を前に殆どの岩が城壁の上を通過――――。
「くそったれッ! 【拡散・範囲拡大・アイス――ハンマァァァ――――――ッッ!!】」
空に浮かび上がったシルヴィアさんは空中で手をぐるぐると回し――。
思いっきり後ろに引いて押し出すような動作をしました。
城壁の壁面から飛び出した――無数の氷で作られた柱。
それは燃えたぎる岩石の全てを捉え、燃え盛る炎の岩を魔王軍へと跳ね返したのです。
跳ね返っていった燃えたぎる岩は魔王軍に一定数の死傷者を出しました。
一つの破城槌と一つの櫓も破壊しています。
目視で確認できる破城槌は残り二つで櫓の数は残り九。
梯子を頭上盾に行軍している者らも、いくらか倒す事が出来たでしょう。
投石器には次弾も装填されているのですが、それは現在放たれてはいません。
シルヴィアさんの迎撃が効いたのだと思います。
「ふんっ、この程度も撃ち落とせないとは脆弱な奴等だ」
腕組みをしながら空中でふんぞり返るシルヴィアさん。
悪態を吐きながらもきっちり守ってくれる辺りに、ツンデレの波動を感じます。
白い下着と青白い肌が今日も眩しいところ。
真っ先に城壁の上へと辿り着いた魔王軍の飛行戦力はハーピー中心の鳥系。
そられは即座にシルヴィアさんへの殺到しました。
が、シルヴィアさんに触れたハーピーらは凍り付いて地面に墜ちていっています。
その間もシルヴィアさんは氷の槍を生成し魔王軍へと氷槍の雨を降り注がせていました。
瞬く間に数を減らされたハーピーを始めとした魔王軍側の有翼種。
シルヴィアさんを避け他の飛行戦力との交戦を開始しました。
リッチーなどは距離を取りつつ、シルヴィアさんに魔法攻撃をしているのですが――。
その効果は殆ど見られず、平気な顔で反撃をしているシルヴィアさん。
「次が来たぞォォおおおおおおお――――ッッ!!」
投石器から第二射目が発射されました。
先ほどと同じく、シルヴィアさんの防御によって殆どが撃ち落とされます。
が、一つの岩が城壁の上に命中して一つが町の中へと飛んでいきました。
城壁の上から上がる悲鳴と町の中から上がる悲鳴。
「チィッ、鬱陶しい奴等め……!」
空は完全な混戦状態で、シルヴィアさんは十字砲火に晒されています。
――が、その殆どの攻撃はシルヴィアさんに対しての効果は薄い模様。
それをまずいと判断したのか魔王軍の中から四体ものドラゴンが飛び立ちました。
最初は居なかったドラゴンの巨体。
そこから考えるに、そのドラゴンはドレイクンが顕化したドラゴンなのでしょう。
この時点で魔王軍の最前線が壁へと到着して無数の梯子が壁に掛けられます。
破城槌の一打目が城門を叩き、激しい衝突音が聞こえてきました。
「妖精さん、力を貸してください!!」
クスクスという笑い声が戦場に響き、その直後に地面から這い出した六体ものおっさん花。
投石器から三度目の燃え盛る岩が放たれます。
それは壁から生えているシルヴィアさんの氷柱を砕――けずにヒビが入りました。
その他の岩は町の中に降り注ぎます。
「彼女の氷は本当に氷なんですかね?」
「……さあ」
燃え盛る巨大な岩石をも跳ね返す、シルヴィアさんの氷の柱。
私はアレが氷だなんて認めません。
とはいえ壁になってくれているのには間違いないので放置しておくことにします。
シルヴィアさんはドラゴンと化したドレイクン四体の相手で精一杯。
つまり、これ以上の迎撃は難しいでしょう。
私は一体のおっさん花を東門の上から降下させました。
適当な梯子を攻撃しながら破城槌を抱えているオーガらに襲い掛からせます。
もう一体は城壁に掛けられた梯子を落とす作業に専念。
妖精さんの操る一体のおっさん花は防御に回っているのでしょう。
下から放たれた魔術、矢などを的確に防いでくれています。
他三体は空から城壁上を狙ってくる者らを迎撃中。
魔力バリスタは現在、全てが空へと向いています。
城壁の上は、かなりギリギリの攻防戦になってきていました。
再三に行われる投石攻撃によって町は赤く燃え盛って…………?
「あれは……?」
赤く燃える町の中から大通りを突き進む――巨大な女神像の姿が見えました。
それらを引っ張っているのは街の住民や総入れ替えをされた教会所属の者達。
先導しているのは教会でも司祭以上の階級を持つ者達でしょうか。
女神像は僅かに浮いているらしく、それによって移動が可能となっているようです。
『さぁ今こそ信仰の力を知らしめる時!! 教会聖騎士の皆さん、迷える者たちと女神様をお守りなさい!!』
魔道具によって大きくされた司祭の声が城壁の上にまで届いています。
空からの急襲が住民らに襲い掛かろうとしましたが、それを的確に迎撃する聖騎士達。
聖騎士は青白い透明なペガサスに乗っていて空中に滞空しています。
女神像の前で先導する司祭階級の者らを始めとした聖騎士の集団。
その者らが牽制にと空に向かって魔法を放っています。
「あっ」
……とここで、おっさん花の一体が倒されました。
私の注意が内側へと向いていた間の出来事。
そう、いつの間にか破城槌を攻撃していたおっさん花が処理されていたのです。
妖精さんのジト目が私に突き刺さり、破城槌は進行を再開するというオマケ付き。
「【大いなる穴にて敵の進行を妨げよ――〈ディグ!〉】」
ズボンッ! という音と共に土砂が間欠泉のように吹き出しました。
見れば……城門の前には大きな穴が開いていました。
破城槌はその中に落ちて使い物にならなくなっています。
更には、それに巻き込まれて絶命しているオーガ数体。
「おぉ、できた……!」
「呆けてないで、やることやったならさっさと逃げるよ!」
そこに居たのは、ヨウさんとニコラさん。
ニコラさんは飛んできた矢を手で掴み――。
ダーツを投げるように投げ返して見事に敵を一体仕留めています。
そうこうしている内にも攻城用の櫓が近づいてきました。
遠距離武器であれば射程範囲に入る距離です。
「悪いけど、もうちょっと粘るぞ」
「あーもうっ! どうせそんなこったろうと思ってたっ! ヨウ君の嘘つき!!」
狭間胸壁に掛けられた梯子を掴んだニコラさん。
ニコラさんは登ってきている魔王軍の兵士らごと梯子を持ち上げ――櫓を殴りました。
それによって梯子共々半壊した攻城用の櫓。
――どんな馬鹿力ですか!
と、心の中で突っこみを入れずにはいられない光景です。
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