『地下都市』二
「ちなみに、その服はどうやって持ち込んだのかな。やっぱりアイテム袋?」
「ああ、それなら回収された荷物は別の場所に保存されてるんだ」
「売られてないの?」
「そう。お金を出せば回収できるよ」
「そっかぁ、ボクのはヨウ君のアイテム袋の中なんだよね……」
「ありゃりゃ」
「今更だけど、分断されるなら預けちゃうのもアリだったかも」
思案気な顔をして形の良い顎先に手を添えているニコラさん。
一度で良いので、ほっぺたをプニプニさせて頂きたい。
「ねぇユリさん、お金もっと頂戴?」
「えっ?」
「ボクの直感だと闘技場の人が目的の人だって言ってるんだよね」
「ほ、ほぅ」
「当たるよー、ボクの直感はっ!」
「アタイとぷにぷにを押し付け合ってくれるなら、お金を出してあげてもいいけど?」
「ぷ、ぷにぷに……?」
「お、押し付け合うだけだから! ぷにぷにで、レズハッピーするだけだからぁあああッ!!」
「うぅ……すっごく、やだぁ……」
ニコラさんは思い切り顔を顰めてドン引きしてしまい、ここで引き下がるようです。
しかし即座に違う考えが浮かんできた辺り。
私は、この世界のスラムに染まってしまっているのかもしれません。
「ニコラさん」
「ん?」
「少なくとも、シズハさんの牢屋は判明していますよね」
「うん」
「他に荷物を隠している場所があったとしても、私と妖精さんなら見つけられます」
「つまり?」
「〝殺してでも奪い取る〟ですよ。なんなら〝殺してからでも遅くない〟もアリです」
「あ、そっかぁ!」
「いやいやいや! 『あ、そっかぁ!』じゃないよ!!? 何だその考え方!? 怖い!!」
本来であれば、こういったやり口は好きではありません。
が、こちらに戦う力が無ければエロい目に遭っていたのは必至。
多少の悪感情は覚悟の上です。
「ユリさん。ニコラさんは違いますが、私は表の闇で生活をしてきた人種です。無法地帯であるこの場所でなら、こういった事がまかり通っているのではないですか? ――しかも、私達は最初に襲われた側ですよ」
響く、妖精さんの笑い声。
これで駄目なら仕方が無いので引き下がりましょう。
「嫌な新人が居たもんだ。慈悲で生活費と、ギャンブル代だけは残してくれない?」
「そんなにギャンブルがしたいんですか……?」
「まぁアタイ一人じゃなくてシズハも居るからね。飯代は絶対に確保しとくよ」
「恐らく今の私は、ここの一般的な住民よりも悪党です。……が、まぁ良いでしょう」
「って事は?」
「可能な範囲で支援をして下さい。あと脱ぎたてパンツで良かったら、どうぞ」
「ひゃっほぉおおおおおおおおおおい!!」
パンツを頭に被って覆面のようにしてしまったユリさん。
人前であの被り方が出来るとは……彼女は本物です。
牢屋から一度出て行ったユリさんは大きな金貨袋を手渡してきました。
……結構な重量があります。
もしかしたら、ギャンブルでは相当勝っているのかもしれません。
「それが限界だけど、オーケイ?」
「十分です」
「アタイは三つ隣の牢で寝泊まりしちゃいるから、アタイと寝たくなったら何時でも来な」
「寝る気はないのですが、良いのですか……?」
私はユリさんから、お金を脅し取りました。
そんな相手を床に誘い入れるだなんて――筋金入りの変態です。
「運の良い事にこの場所は、アタイとお前さん達との貸切だ」
「では、何かあった際は頼らせて頂きますよ」
私は、ユリさんに優しい笑みを向けて差し上げました。
美少女になっていると上手に笑えるのだから、不思議なものです。
「ん、じゃあまたね」
そう言って牢を出て行ったユリさんとシズハさん。
私を呆けたような顔で見てくるニコラさんの太腿が、すごく眩しいです。
――絶妙にむっちりとしていて……クッ! ハァハァ!
「うわぁ。交渉してる一瞬だけは格好良かったのに、なんかエロい目になった」
「素晴らしい太腿ですね!」
「うん、キミはヨウ君と同じタイプだ。一瞬の煌めきに魅了された人は苦労するね」
「そんな人いませんよ。で、お金は足りそうですか?」
「んー、たぶん白金貨一枚分くらい足りない」
「それは残念」
「まぁそれでも、かなり目標金額には近づいたかな? ありがとね」
「どういたしまして。っと、妖精さん、エルティーナさんの場所を教えてください」
黒い光と共に褐色幼女形体になった妖精さんは、まず一言。
「……見つからない……」
「もしかして、あの時と同じパターンですか?」
「……ちがう。……ここに満ちてる何かが邪魔で、特定できない」
「地道に探すしかない、という事ですか」
「……がんばって」
そう言葉を残して妖精さん形体に戻った妖精さん。
確かに時間は掛かるでしょうが、探せないという事はないはず。
世界のどこかに居る人物を探せと言われれば難しいですが――。
この町の何処かに居るのは間違いありません。
「それにしても、キミが一緒で良かった」
「何ですか突然。愛の告白なら何時でもウェルカムですよ」
「あはは、そっち方面だとボクはヨウ君一筋でね」
「残念」
「ボクってさ、ヨウ君と半日も離れてると正気を保つのが難しいんだけど……」
――なにそれ怖い。
「キミの雰囲気? みたいなものがヨウ君に似てるから少しは我慢出来そう」
「私は代用品、という訳ですか」
「ごめんね、怒った?」
「いえ、シルヴィアさんも他の人に同じ事を言っていたので、割と平気です」
「よかったー」
「それよりも、そろそろ動きましょう。時は金なりですよ」
「ん、了解」
牢屋のある場所から出て、外への一歩踏み出しました。
そこには広がっていたのは――想像していた以上の凄まじい光景。
空には人口の太陽代わりの光源が浮かんでいて……。
周囲には似たような建物が幾つも立ち並んでいます。
今の場所は壁寄りの高い場所にあるらしく、遠くを見る事ができました。
一番大きく見えている、あの場所が闘技場なのでしょう。
別の場所には市場? のような場所があるのも確認できました。
普通と違うのは、何処からともなく風に乗って聞こえてくる嬌声のような声。
そして微かに聞こえくる誰かの怒鳴り声。
それは、どこか一ヶ所から聞こえてきているという訳ではありません。
私は、これがここでの日常であるのだと理解させられました。
――正気を保つ為にも、あまり長居はしない方がいいでしょう。
「いきますよ」
「うん」
どのくらい意識を失っていたのかは判りません。
ですが少なくない時間が経過している可能性はあります。
なので一刻も早く、エルティーナさん達を探し出さねばなりません。
私は皆が無事である事を信じながら……一歩、足を踏み出しました。
◇
場所は地下奴隷都市の一区画。
ヨウ――俺は全身鎧の黒騎士の格好をして町の中をうろついている。
話では潜入するがかなり難しいという話だった。
が、拍子抜けする程、簡単に侵入することができた。
現在はグラーゼンの地下都市に辿り着いてから一日が経過している。
空に浮かんでいる人口太陽は夜になると月のよう変化した。
それを一日とカウントしたのだが、外の時間とのズレはどのくらいなのだろうか。
撤退戦の最中に仲間になった〝ハーロルト・ベットリヒ〟。
この男が裏の世界に精通していて、その伝手を辿ってここまで辿り着いた。
……が、想定していた以上に深追いしている気がしてならない。
もう一人の協力者〝リュポフ・ヘルハーゲン〟の情報収集能力も凄まじい。
この二人が居なければ、俺は此処まで来られなかっただろう。
二人は俺とは別で動いてくれているようなのだが――。
ハーロルトは別として、リュポフがここまで手伝ってくれる理由が分からない。
「それにしても、ニコラと別行動になったのは想定外だな……」
ニコラが居るのなら多少の無茶が出来る。が、単独行動では駄目だ。
右を見ても左を見ても地の果てのような、この地下奴隷都市。
全てに対応していたら間違いなく死ぬ。
自ら体を売っている娼婦も多く見かけられ、あまり長居したい場所じゃない。
「クソがッ! このアマ仲間を二人も殺しやがった!」
「テメェをガキ共の前で犯して、ガキ共も男は殺す。女は……へへっ」
「え、エルティーナさん!」
「大丈夫です。子供達だけは……必ず守り通してみせます……!」
建物の影から、そんな声が聞こえてきた。
ニコラと合流するまでは関わらない方がいいのだが……。
何処かで聞いた声のような気がして、どうしても気になってしまう。
俺は建物の壁から頭だけを出し、暗がりの先を覗き見た。
そこに居たのは――。
奴隷の服を着ている金髪の女性と、その背後に庇われている六人の子供。
女性の方は体中のあちこちにケガをしている。
が、片手に持っているメイスには、かなり血液が付着していた。
頭から血を流し倒れている男二人は恐らく死んでいるのだろう。
……女性の形には見覚えがある。
もしかしたら彼女は、オッサンが探している女性なのではないだろうか。
残っている男は四人。
エルティーナと呼ばれた女性は既に満身創痍であるように見える。
そう長くは持たないだろう。
ここで彼女らを見捨てた後がどうなるのかは……火を見るより明らかだ。
――どうする……?
こんな状況だ。助けに入るのなら男達は殺さないと後々面倒になるだろう。
かといって俺は、普通の人を殺したことが無い。
――殺せるのか……?
「誰だ!」
女性らを囲んでいた男の一人が振り向いた。
全員の手には曲刀が握られている。
――どうする? どうすればいい??
心臓が脈打つ感覚を抑えながら、俺はゆっくりと姿を見せる。
「……なんだ、奴隷商の護衛かよ。グラーゼンの衛兵にでも転職するのか?」
「へへっ、外に飽きて地下都市にまで来たってか? まぁその気持ちは分かるぜ」
「旦那ァ、一緒に楽しもうぜ」
「代金はいらねぇ。代わりに時々力を貸してくれればいいんだ」
小汚い男達は完全に俺を仲間だと思っているようだ。
こんなあからさまな隙だというのに、エルティーナという女性は動かない。
ただ荒い息を整えようとしているのみだ。
……彼女は、子供を守ろうという気力だけで立っているのだろう。
なら、ここで取る行動は――ただ一つ。
「おっ、後から来た俺が入ってもいいのか?」
「へへっ、勿論でさぁ!」
「いやぁ悪いな、仕上げだけは手伝うぞ! よーし油断するな、全員で行くぞー!」
俺はバスターソードを鞘から抜き、ゆっくりと歩いていく。
小汚い男達は笑みを深めて袋小路で動けないエルティーナ一行に向き直った。
「いやぁ、本当に悪いな!」
「ここじゃお互い様ですぜ!」
「……ああ、そうか。その通りだな。――悪いなッ!!」
俺は間合いに入った二人の首を跳ね飛ばし、一人の脇腹を深く抉り取った。
もう一人には攻撃を加える前に回避されてしまい、無傷のままだ。
脇腹を抉られた男は地面でのた打ち回っていて戦闘不能と言っても良いだろう。
無傷の男は驚いたような顔をしているが、まだ武器を構えている。
「いでぇぇええええええ! いでぇよぉぉぉおおおおお!!」
「て、テメェ! 何のつもりだ!!」
「エルティーナさん! オッサンの知り合いで間違いないですか!?」
「――ッ……! は、はい!」
「クソがッ! そういう事なら――!」
無傷の男が、エルティーナに向かって駆け出した。
人質にするともりなのだろう。
そう仕向けた事だとは言え、一番の脅威に背を向けるのは馬鹿過ぎる。
複数人居るのならまだしも、一人だけになったこの状況では――。
「唯の自殺行為だ」
「――グゥッ……!?!?」
「もう一度言わせてくれ、悪いな」
背後から心臓を一突き。
崩れ落ちる男を壁際に座らせながら、地面でもがいていた男にもトドメを刺した。
「……ふうっ」
戦闘に区切りが付いた事を確信した俺は、汚れていない壁にもたれ掛かった。
手足が震えて、足に力が入らない。
強さは大した事無かったが、精神的には来るものがある。
やはり人間は、そう殺すものじゃあない。
――罪悪感から来るこの不快感も、じきに慣れるのだろうか……?
「あ、あの。有難うございました」
「ああいや、大した事じゃないですよ」
「……大丈夫ですか?」
「人を殺したのは初めてなんでね。はは、格好が付かないですね……」
「いいえ、人殺しなんて格好を付けるものではありません」
目の前の女性は自身も満身創痍だというのに、俺を気遣ってくれている。
――優しい人だ。
「それに私達から見れば貴方は、十分に格好良かったですよ」
「おじさん! ありがとうございました!」
『『『おじさん! ありがとーございました!』』』
俺の心に、百ダメージ。
「いやぁ。フルフェイスとは言え二十代でおじさんは堪えるなぁ……」
「も、申し訳ありません! えっと、オッサンの知り合いだと言うので皆てっきり!」
「なるほど。……っと、そろそろ移動しましょう」
薄暗い路地を抜けてしばらく歩くと、エルティーナが拠点にしている牢屋に辿り着く。
地下に持ち込めたアイテム袋から固パンと干し肉を取り出して渡してあげた。
「えっと……お食事まで頂いてしまい申し訳ありません。……んと……都市防衛戦の時にも思いましたが、お若いのにすごい剣の腕前でしたね! 十台にしか見えませんよ!」
パンを両手に持って窺うような視線を向けてくるエルティーナ。
だか、その優しさが逆に突き刺さる。
「フォロー有難うございます」
『『『おにいちゃん! ありがとーございます!』』』
「どういたしまして……」
現在の俺は、フルフェイスの頭鎧を外している。
その甲斐あってかお兄ちゃんと呼ばれているのだが……。
エルティーナは少し申し訳なさそうな顔だ。
仕方が無いとは言え……複雑な気持ちになる。
「えっと、もしかして、オッサンも来ているのですか……?」
「来てますよ。俺は別の目的があって来たのですが、合流するまでは任せて下さい」
「ですが……」
「オッサンには命を救われていて、返しきれない恩がありますからね」
俺がそう言葉を返すと、途端に明るい表情になったエルティーナ。
「まぁ! 貴方もオッサンに救われたのですか? 実は私達もそうなのです。日々の生活にも苦労していた所に突然現れたオッサンが食事を恵んで下さって、子供達の相手から遊び道具まで……! 生活面だけでなく心まで救って下さったオッサンには感謝してもしきれません! 子供達が攫われてしまった時なども………………――――」
――藪蛇だったか。
エルティーナのオッサントークが止まらない。
ものすごい早口だ。
彼女はオッサンと出会ってからの出来事を一から十まで話すつもりなのだろうか……?
あっ、やばい、子供までオッサントーク―に参加して来たぞ。
助けてくれニコラ!
早く迎えに来てくれオッサン!
俺がオッサン博士になってしまうその前に!!
…………。
……オッサンは善人だ。間違いなく善の側に立っている人間なのだろう。
この世界に俺とニコラ、ライゼリックのプレイヤーを転移? 転生?
させてくれた高次元高位神のメールにはこうあった。
オッサンとそのパートナーである〝暗闇の住民〟は――。
世界の命を生き返りに利用し、それを消費している危険な存在だと。
ライゼリックのプレイヤーは不足した魂を補う応急措置として呼び寄せられたらしい。
オッサンに対しては不干渉でいい、と言われているのが唯一の救いだ。
都市防衛戦でオッサンとそのパートナー達が戦っていたのを見た。
が、あんなのと戦っていたら命が幾つあっても足りやしない。
――世界の命を消費している?
知ったことか、どうせ俺の生きている間に消費し切れる魂量じゃないだろう。
だが一つだけ気になるとすれば、神のメールに書いてあった文面か。
――『低次元に対して高次元の私が干渉するのには、かなりの時間が掛かってしまう』。
そんな文字が書かれていた。
気にしても仕方ないのだが、あまり酷い事にはならないと思いたい。
ああ、もう一つ気になる事があった。
――ループしてしまったオッサントークは、一体何時になったら終わるんだ……?
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