『氷の柱』三

 決定的な意識の相違。

 少女が言葉を言い終えると同時に、一斉にドラミングを始めたヤークトハンター達。

 ――ドンドコドンドコドンドコドンッ!

 まるで、戦いの闘争心を掻き立てさせるかのようなドラミング。

 ドンドコドンドコドンドコドンッ!

 それは少女と略奪者二人の対決を煽るような、不思議なドラミング。

 ドンドコドンドコドンドコドンッ!

 宙へと浮かび上がって手の平を広げ――下から上へと振り上げた少女。


「【氷結牢獄アイシクルプリズン!】」


 その瞬間――世界が凍て付きました。

 氷柱の正体……それは、氷の棺。

 プリズンと言うのなら、内部に空洞を残しておいて欲しかったところ。

 氷柱の内側には息を吸う隙間など無く、内部にも氷が生成されています。

 ……冷たい。それ以上に――苦しい。

 氷は外側だけを覆っているのではありません。

 外から繋がっている体内の全てに――隙間なく生成されている氷。

 体の内側に冷たさを感じたのは、ほんの数秒。

 数度瞬くほどの時間のあと、意識が途絶えてしまいました。

 暗転。


『死にましたー』


 暗闇が晴れると、元の位置から少しだけ離れた位置に。

 いつも以上に座標が動いていないのは、周囲を敵に囲まれているのが原因でしょうか。

 そして生き返った直後な今の格好は――全裸。

 魂すらも凍てつくと言われている霊峰ヤークトホルンで――ZENRA。


「ただのニンゲンが逃げ延びたと言うのか? ……ふむ、多少の対策はしてきたらしいな」

「わ、私は、むむむむむっ、無敵ですから!」

「ほぅ……ところで、装備していたものが氷柱の中に残っているようだが、いいのか?」

「想定内です!」


 想定内なワケがありません。

 早くも足手が麻痺し、感覚が無くなってきています。

 下腹部のマイサンもスモールベイビー状態。


「あの男が死んで、お前が生き残る……不思議な現象だ」


 ――あの男が死んで……?


「その不気味な子供は……むぅ、見覚えはあるが、いまいち思い出せないな」


 どういう訳か少女が話している間は止まる、ヤークトハンター達のドラミング。

 少女の話声はしっかりと聞き取る事ができています。

 少女が話している間に先程まで居た地点を見てみると――。

 おっさんの形に中が空洞になっている氷柱が一つ。

 見えている顔の部分には、口や鼻の内部に生成された氷も確認できました。

 直ぐ後ろに立っていた妖精さんの場所にも、同じような氷柱が生成されています。

 その中には服なども残っておらず、体内部分に生成される氷も、存在していません。


「ジッ――……」


 おっさん氷柱のすぐ隣に生成された氷柱を横目で見やり――視線を戻しました。

 繋がりを取り戻したおっさん花に、意識を集中します。

 いつの間にか記憶していた場所から移動していたおっさん花。

 死んでいる間は妖精さんが操っている、もしくは自立して動いているのかもしれません。


「まぁ良いだろう。……私は、既に滅びたパルデラレリック公国最強にして、パルデラレリック公国の美姫と同じ顔を持つ――最後に生まれた存在! タイプυ系統、固体名称シルヴィア! 今ッ! 此処でッ! その力が後世にも最強である事をッッ!! 証明してやろう――ッッ!!」


 攻撃するタイミングが掴めず、つい最後まで聞いてしまったシルヴィアさんの語り。

 通常の環境であればそれでも良かったのですが、今この時に限っては失策でした。

 語りの直後には動こうとしたのに、今は全身が凍て付いていて動かせません。

 寒いという言葉では片付けられない程に凍て付いている肉体。

 気付いたら何時の間にか、おっさん花の操作権がありません。

 今は恐らく、妖精さんに操作権があるのでしょう。


「ふんっ」


 宙に浮かんでいる氷の少女――シルヴィアさん。

 その生足は太腿のかなり上の方まで見えています。

 が、現在は様々な要因から興奮する事が出来ません。

 腕を思い切り振り上げ、手の平を上へと向けた体勢に移行したシルヴィアさん。

 妖精さんがこちらをジト目で見てきているような気がします。

 目が行ってしまうのだけは許してほしいところ……。


氷結晶槍ダイアモンドランス!】


 思い切り振り下ろされたシルヴィアさんの腕。

 空中に氷の槍が生成され――無数の巨大な氷槍が、襲い掛かってきました。

 形も雑な氷片のような形などではなく、騎士などが持っているランスのような形。

 おっさん、凍てついていて動けません。

 二体のおっさん花がそれを阻止しようと触手を伸ばしますが……無駄。

 氷槍は相当な威力があるらしく、触手を引きちぎって真っすぐ飛んできます。

 ヤークトハンター達のドラミングの音の中、私は異音を聞く事になりました。

 ――ボリンッ。

 この時初めて聞くことに成功してしまった、自身の体が割れる音。

 暗転。


『死にましたー』


 暗闇が晴れると、元居た位置から少しずれた地点に立っていました。

 見れば、右にも左にも氷の槍。

 意識が戻ると同時に襲い掛かってきたのは――死ぬ程の寒さ。

 周囲を見渡してみると、いつの間にか氷柱になっていたおっさん花四体。

 おっさん花との繋がりを取り戻した私は、触手が氷柱の外にあると気が付きました。

 反射的に、触手をシルヴィアさんへと伸ばします。

 狙いは――心臓と目。

 二体のおっさん花に続くように触手を伸ばしてくれる、妖精さん操るおっさん花。


「【氷結飛円裂斬ダイアモンドカッター!】」


 瞬く間に触手を切り裂いてしまった、空中に生成された氷のブーメラン。

 シルヴィアさんの両手の動きと連動しているのか、自由自在に宙を舞っています。

 数秒程度で全ての触手が切り刻まれてしまいました。

 そのついでだと言わんばかりに私の元へと飛んでくる氷のブーメラン。

 ――シャリッ。


『死にましたー』


 暗闇が晴れると元居た地点に。

 触手が無くなっていますが、おっさん花はまだ存命のご様子。


「なんてしぶとい――ッ!  【破砕!】」


 氷槍と同時に砕け散った、おっさん花を拘束していた氷柱。

 ――ブスリッ。

 完全に消え去る前の破片が氷槍に隠れていた私へと、見事に突き刺さりました。


『死にましたー』


 暗闇が晴れると、元居た位置から少しずれた地点に。

 辺りを見回してみれば、おっさん花の存在は既にありません。

 何かを吸い出されるような感覚も無くなっています。

 おっさん花は完全に死んでしまったのでしょう。


「ふんっ、口程にも無い力だ。……それにしてもニンゲン、お前はしぶといな」


 シルヴィアさんはおっさん花を掃討したからなのか、ふんぞり返っています。

 ですが――。


「妖精さん! 力を貸してください!」


 ――響く、妖精さんの笑い声。

 妖精さんの笑い声と共に、地面からズルリと這い出してきた四体のおっさん花。

 顔が露骨に引き攣ったシルヴィアさん。

 もう少し大きくふんぞり返ってくれれば、パンツが見えるかもしれません。

 前途多難なシルヴィアさんとの戦闘は――まだまだ始まったばかり。

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