『審議会』三
前線都市リスレイに連行されて真っ直ぐに入れられた場所。
肌覚えのある石床。
見覚えのあるベッド。
見覚えるある鉄格子。
そして……薄暗い環境に一つ灯されている、いつもの魔石灯。
むしろ、ここが実家なのではないかという錯覚に陥ります。
「牢屋に入れられるのも慣れた物ですね……」
――慣れたくはありませんでしたが。
ええ、人間とは、どのような環境にでも適応する生物です。
私の体は既に、この環境に適応してしまったのでしょう。
ただし、いつもと違う点は――。
「うふふ、牢獄生活も勇者様となら悪くないわねっ!」
「……最悪」
「なんでもするからぁ……処刑だけは! 処刑だけはやめてよぉ……」
「おとぉさん、おかぁさん……わたし、牢に入れられちゃったぁ……」
狭い地下牢の一つに、美少女四人と共にぶち込まれているという現状。
驚いた事にベッドは一つ。
トイレも一つ。
当然、仕切りやなんかもありません。
これは一体、なんのプレイが始まったのでしょうか??
女の子四人はベッドに腰掛けていて、私は鉄格子を揺らします。
……カチャンカチャン。
「看守さーん! 看守さんはいませんかー!」
……。
………。
…………。
空しく響く私の声。
返事はありません。
「適当に突っ込まれたにしても、女の子四人と一室なのは……」
理性大臣がこの前浄滅されてしまった現在、私を止める者は誰も居ません。
残っているのは煩悩大臣と、比較的マシな煩悩大臣のみ。
もう今すぐにでもナターリアをギュッと抱きしめたくなっています。
そのまま体温が一つになるくらい、ずっと抱きしめていたいところ。
「……ッ」
「ん、勇者様?」
いけません。
来てしまいましたビッグウェーブ。
女の子が四人も居るという、この環境下で来てしまった大波。
これは、どうやって乗り越えればいいのでしょうか。
「り、リア。と、トイレ……」
「えっ……勇者様、わたしのこと、おトイレにしたいの……?」
「――ッッッッッッ!!!?」
内股気味にモジモジとしながら又の間に手を挟んでの、うるうる上目遣い。
エチエチエチエチエチエチエチエチッッッ!!
エッッッッッッッッ――チッッ!!
――理性だいじぃいいいいいいん!!
――理性大臣を呼び戻せぇえええええええ!!
――膨張率七十パーセントオーバー!!
――浸水が止まりません!!
――三番から七番の隔壁を下ろせぇええええ!!
――まだそこには他の煩悩大臣たちが!!
――諦めろ!!
――『『『うわぁああああああ――ッッ!!』』』
「ち、違います。尿意が来ているのですが、トイレがコレでは……」
そう言って私はトイレを見て、ナターリアを見ます。
多くの理性大臣を切り捨ててしまいました、
が、なんとか平静を保つことには成功です。
これも一種のコラテラルダメージ、というヤツなのでしょうか。
私は便座に腰を下ろし、考える人のポーズを取りました。
「他のみんなは、トイレとかは大丈夫なのですか?」
「わたしは平気っ!」
「ヘンタイ」
「だ、だいじょうぶです」
「おトイレ、まだへーき……」
反応はみんな違いますが、まだ大丈夫という事なのでしょう。
つまり第二ウェーブが押し寄せてきているのは、私だけ。
これ以上我慢すると膀胱炎や尿管結石に繋がるかもしれません。
しかし周りが全員女の子という、この環境。
本当にそういうプレイが始まったのではないかと思うばかりです。
幸いにも今の格好はフード付きローブ。
いつものズタ袋に穴を空けたような服ではありません。
用を足すにしても、マイサンが見られる危険性は高くないでしょう。
かといって全員が近くに居る環境での排尿行為は……ええ。
ハードルが高過ぎるのではないでしょうか?
もう下を潜れそうな程にハードルが高くなっています。
「勇者様。真面目な話、トイレを我慢するのはよくないわ」
「で、ですが……」
「見ていていいのなら見るのだけれど、耳を塞いでほしいのなら塞ぐわ」
「…………」
ナターリアは、私の事を本気で気遣うような表情をしています。
他の三人を見てみると、もう既に耳を塞いでいました。
これはもう、暗にしろと言われているようのものです。
美少女四人にトイレを促されている、この状況。
私は一体、いくら払わなくてはならないのでしょうか?
「では、リアも耳を塞いでください……」
「んっ」
全員を見渡して、耳を塞いで顔を背けているのを確認しました。
それでは…………――――。
……nice boat……。
周知となってしまった羞恥プレイを終えた私は、適当な壁際に腰を下ろしました。
今はこの冷たさが心地いいです。
「へぇ、思っていたよりも平気そうなのね」
声のした方を見てみると、そこに立っていたのは――ライレイリア様。
領主様と同じ黄金色の髪をした女性です。
しかし、なぜこんな所に?
「審議会の準備が整ったから呼びにきたの。安心して、私は貴方の味方よ」
「もしかして、リュポフさんに助けを求めてくれたのは……」
「フン。私だけど、何か不満かしら?」
「いえいえ! 本当に感謝していますよ!!」
「ん、それじゃあ貸し借りはこれで無しね」
そう言って牢の扉を開けてくれた、ラフレイリア様。
外部の者が呼びに来なかったのは、こちらを配慮しての事なのでしょうか。
何にせよ望みが出てきました。
「シルヴィアさん」
「――なんだ?」
「四人を守っていてください。万が一があったら困りますので」
「了解した」
そう答えたシルヴィアさんを尻目に、ラフレイリアさんと共に牢を後にしました。
◆
場所は謁見の間。
一番偉そうなヒトが正面の豪勢な椅子に座っていて、その右隣には大臣らしき人。
恐らくは、アドバイザーでしょう。
私が跪かされている左右には他の貴族たち。
前線に出てくる程度には武闘派なのか、豪華な甲冑を身に纏っている者が多いです。
全員が護衛の騎士を連れていますが、半数以上は憂鬱な表情を浮かべていました。
国の主がこんな前線に出てくるワケがないので、実際は公爵辺りでしょうか。
「さて、独立遊撃部隊の指揮官よ、なぜここに呼び出されたかは理解しておるな?」
「活躍に伴った勲章の授与で無い事だけは理解しています」
「それは僥倖」
私の皮肉に対して軽い笑みを浮かべた、推定公爵。
なかなかに冷静で、したたかな反応を見せてきました。
下手な曲がり玉が通じないぶん、これは強敵かもしれません。
「これからする問いには可能な限り、ハイかイイエで答えてくれ」
「わかりました」
「単刀直入に問おう。お主は自分の部隊員を殺したのか?」
「いいえ」
「では、利己的な目的の為に純魔族の少女三人を確保したのか?」
「彼女らを助けたいという感情を利己的とするのであれば、答えはハイです」
「むぅ、ベクトール最高司祭さぇ生きていれば話は簡単だったのだが……」
「ええ、彼が生きていれば愚民の嘘も簡単に見抜けたでしょう!」
「その通りですな! 彼の持つ真偽の魔眼が失われたのは世界の損失でした!」
推定公爵様の言葉に同意の声を上げた、どこかの貴族の二人。
何故だか判りませんが、その二人からは悪意のようなものが感じ取れました。
それを皮切りに他の何人かもポイント稼ぎをするべく同調し、声を上げています。
殆どの貴族たちからすれば私は、ただの小さな部隊の隊長。
お偉い方々にとっては、ただただ憂鬱な場になっている事でしょう。
憂鬱だという理由で早々に処罰を下されないのは、助けてくれている二人の御かげ。
ラフレイリア様とリュポフさんには、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
それにしても……――真偽の魔眼。
名前から察するに嘘を吐けば見抜かれてしまうものなのでしょう。
ナターリアが持つ狂気の魔眼以外にも色々と種類があるようです。
というよりも……ベクトール最高司祭?
どこかで聞いた覚えがあるような気がするのですが、どこだったでしょうか?
「アークレリックには全体で一番のドレイクンが集中していたらしいからな」
「ハッ、攻撃の苛烈さに倒れてしまったのでしょう」
……アークレリック防衛戦。
思い出せませんが名前に聞き覚えあるという事は、前線で戦っていた者なのでしょう。
あの時は自分の事で手一杯だったので、他人に気を配る余裕がありませんでした。
貴族たちの雑談に一区切りがついたのか、大臣モドキが耳打ちで何かを伝えています。
――嫌な予感。
「ふむ。ところでオッサン……副隊長の経歴は知っているか?」
「…………」
「正直に話せ」
「……はい、知っています」
ざわつく謁見の間。
出てくるとは思っていましたが、案の定出て来ました。
しかも反応から見るに、ナターリアの存在は周知の事実なのでしょう。
――リアの経歴。
真っ黒で、深い闇に沈んで消えたと思っていた暗くて、救いようの無い過去。
それが今また足を引っ張り、奈落へと引きずり込もうとしてきているのです。
確かにナターリアは多くの者を殺したかもしれません。
しかしその原因となった殺しは、指示されて強制的に行わされた殺人。
殺さなくては生き残れなかったという地獄の環境が、そうさせたのです。
何が何でも……。
ここだけは絶対に――引き下がれません。
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