『試練』一

「け、結局、ササナキさんの年齢は幾つなのでしょうか?」


 本来なら、ここはそんなに重要な情報ではありません。

 ここまで来ると意地でも気になってくる、ササナキさんの年齢。

 デリカシーが崩壊の危機なのですが、気にしてないのなら聞き出してみたいところ。


「私に意識が生まれてきてから、春、夏、秋、冬、春、夏、秋、冬、春、夏、秋、冬……」


 淡々とした様子で「春、夏、秋、冬」を繰り返しているササナキさん。

 まさか彼女は、自分の年齢分を繰り返して言うつもりなのでしょうか……?

 それとも、ハイエルフは皆こういった感じの人ばかりなのでしょうか。

 これで千歳を超えているとかであれば、もう目も当てられません。

 私の早漏が爆発しそうになってまいりました。


 ――五分が経過――。


 私の「春、夏、秋、冬」がゲシュタルト崩壊しそうです。


「春、夏、秋、冬……あっ……春、夏、秋、冬、春、夏、秋、冬…………」

「いやいや、今の『あっ』って何なんですか!?」

「人の暦とエルフの暦を間違えてしまっていたわ」

「さ、最初から数え直している訳じゃ、ないですよね?」

「……? 当然最初から。正しい年齢が知りたいのでしょう?」


 ――ぶぅわぁああああああ!!

 早漏がッ! 早漏がぁああああああああああああ――ッッ!!


「お、大ざっぱでいいですから!」

「んっ……千年から五千年くらいね」

「そ、そうでしたか」

「そうよ」


 大ざっぱが過ぎます。

 と指摘したい気持ちになったのですが、私はそれを何とか堪えました。

 何故なら突っ込みを入れたら、また数えはじめてしまうような気がしたのです。

 周囲を見渡してみれば観客にも居眠りしている者がちらほらと見えました。

 ナターリアの毒気も完全に抜け落ちています。


「そ、それではササナキさん。そろそろリタイアをですね……」

「するの?」

「ササナキさんがですよ!?」

「そうなの……」


 ――五分が経過――。


 ササナキさんは、一体何を悩んでいるのでしょうか。

 長すぎて私の早漏が露見してしまいそうです。

 長命種が全員ササナキさんのような時間感覚でないと信じたいところ。

 少なくともコレットちゃん、アロエさん、シルヴィアさんは普通でした。


『そ、そろそろ動きが見たいところだぁ!!』


 実況さんもかなり焦れてきている模様。

 観客席からは「早く終わらせろー!」などなどのヤジが飛んできています。

 ここで彼女が『何故?』などと言おうものなら、私は早漏になってしまうでしょう。


「何故?」


 ――プッツン。

 早漏な私の中で、大切な何かが切れたのを自覚しました。

 最悪拘束し勝利してから、ゆっくりと事情を説明すればいいでしょう。

 が、その時の事を考えただけで、私の胸の内にあるゴワゴワが蠢いてまいりました。


「妖精さん! 力を貸して下さい!!」


 響く、妖精さんの笑い声。

 それと同時に地面から這い出した二体のおっさん花。


「不気味なものを使うのね」


 私はおっさん花を突進させ、ササナキさんを――拘束!


『おおっと呆気なく捕まった! いつもの俊敏さと動きのキレは何処に行ったのか!? あれくらいの攻撃を避けられない剣闘士ではない筈だァ!!』


 言われてみれば、五戦目にしては呆気なさすぎます。

 これなら四戦目に戦ったアロエロエロさんの方が圧倒的に強かったと言えるでしょう。


「避ける必要性を感じなかったわ」

「な、何故!!」


 ササナキさんの言葉から察するに避けられなかったというよりは、避けなかった。

 その言葉が正しいような気がします。


「害意を感じなかったのだもの」


 ――ッ。

 無機質な表情からの瞳が真っ直ぐに私を見てきていました。

 何もかもを見透かされているかのような瞳に、私は一歩後ずさってしまいます。


「わ、私はやる時はヤる男ですよ。本当にいいのですか?」

「……どうしてヒトは、本心で思っていないことを口に出すのかしら」

「ぐっ……!!」


 拘束していて圧倒的に有利な状況だというのに、私は更に後退ってしまいました。

 精神攻撃を基本だと言われますが。

 害意の無い確信を突いた言葉だけを投げかけられるのも意外に辛いです。

 もし万が一、彼女が敵対者であったのなら躊躇なく攻撃していた事でしょう。

 が、今回は違います。ササナキさんは要救助者。

 傷を付けるような攻撃はできません。

 しかも、それが無抵抗であれば尚更に攻撃することができないのです。

 そもそも……私には無抵抗の相手を攻撃する事など――できません。


「り、リタイアして下さい」

「なぜ?」

「ササナキさんの師匠が、心配して待っています」

「なぜ嘘をつくの?」


 ――ぐっ。


「心配しているに決まっています!!」


 依頼者の話をすれば、きっと早いのでしょう。

 が、大衆が聞いている前でその事を話すのは良くありません。

 とは言え、他に手段は――。


「ポロロッカ師匠は優しいから、心配はさせているかもしれないわね」


 少しだけ悲しそうな顔をして、そう言ったササナキさん。

 ……?

 どうして、ここでポロロッカさんの名前が?


「ササナキさん。もしかして貴方の師匠は――ポロロッカさんなのですか?」

「そうよ」

「私は貴方の師匠と……知りあ…………友人です」


 勝手に友人だと言ってしまって、ポロロッカさんは怒らないでしょうか。

 ですが私の中では、彼は確かに友人なのです。


「……驚いたわ」


 小さく目を見開いて、そう言ったササナキさん。


「ポロロッカさんの助力もあって、ここまで来ることができました!」


 少し卑怯ですが、コレしかありません。


「貴方の力が必要です。リタイアして仲間になってください」

「そう……」


 無機質な声でそのように答えたササナキさん。

 やはり……力ずくしかないのでしょうか……。


「リタイアするわ」

「えっ、どうして?」

「貴方の助けに来たという言葉より、今の言葉の方が強く響いただけ」


 ササナキさんは「それに」と言葉を続けて――。


「師匠に逢いたいわ」

「会わせて見せますよ、私が必ず」

「……本心ね」


 表情の変化は読み取れませんでしたが、ホッとしているような雰囲気を感じました。


『決着! もう決着でいいだろう!! 客の半分近く帰ってしまっているぞォ!! 勝者オッサン!! もう二度とやってこないでくれ!!』


 実況の声を聞きながら、私はおっさん花を収めます。

 そして、ササナキさんの手を引きいて闘技場を後にしました。



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