『試練』二

 拠点の小屋にまで帰ってきた私達一行。

 今さっき全目標達成をしたばかりだとというのに――。

 もう真面目な空気での脱出の為の情報集中を執り行っていました。

 というのも、この地下奴隷都市からの脱出方法が関係しています。

 ちにみに、その情報をもたらしたのは当然ササナキさん。


「五戦目剣闘士全員には、この都市から脱出する為の情報が与えられていると」

「ええ」

「ササナキさん、これで間違いないんだな?」 

「そうよ」


 会議を進行しているヨウさんの問いに簡潔にそう答えたササナキさん。


「で、その唯一の方法が、二つの試練を突破する事」

「そうよ」

「そこで手に入れた宝珠で出口への扉が開く。ファイナルアンサー?」

「ええ」

「……よしよし、ここまでは間違いなさそうだな」


 現在ヨウさんが行っているのは、ササナキさんがくれた情報に対する最終確認。

 何故そんな事をしているのかと言うと……。

 ササナキさんから情報を引き出すのに、既に何時間も掛かっていたのです。

 正直に言って、ヨウさんの忍耐力の強さには脱帽だと言わざるを得ません。


「流石はライゼリックの前線組だなぁ。アタイじゃ最初の二十分で発狂してたね」

「ユリおねぇちゃん……五分の間違いでしょ?」

「誤差だって」


 シズハさんの突っ込みに顔を背けて答えたユリさん。

 とは言え本当に、ササナキさんから情報を引き出すのは大変なのです。


「片方の試練が『変態の試練』で、もう片方の試練が『筋力』の試練なんだな?」

「そうね。他にも二つあったみたいなのだけれど、消されたと聞いたわ」

「ここの都市の管理者は一体どういうつもりで、こんな情報を与えたんだろうな……」

「何かの罠なのでは?」


 普通に考えて、正しい情報が与えられているとは思えません。


「いや、話を聞く限りその可能性は低そうだ。話を聞き出してる間に脱出口をニコラに見に行ってもらったが、確かにそれらしき扉があったらしい。しかも先の気配を探ったら、それは確かに外へと繋がっていそうだとも教えてくれた」


 私の問いにそう答えたヨウさん。

 ニコラさんを本当に信頼しているのでしょう

 間違っているだなんて微塵も思っていないようです。


「となると、その試練とやらが本当に難しいんじゃないか?」

「ですね」

「って、さらっと混ざってるけど、アタイらも一緒に脱出していいのかね?」

「ユリだったか? 協力してくれるのなら大歓迎だ」

「よし、アタイは何をすればいいんだい?」

「『筋力の試練』には俺とニコラが行くから、残るメンバーを守る人員が必要になる」

「それを守るために残ればいいんだね?」

「ああ。頼んだ」


 シズハさんとユリさんの実力は不明ですが、弱いという事はないでしょう。


「まぁ罠があったとしても、このメンバーなら食い破れるでしょうね」


 この世界でシルヴィアさんと真正面から戦える人員である、ライゼリック組が二組。

 それに加えて、いざという時のシルヴィアさんも居るのです。

 今すぐにでも力ずくで脱出が出来てしまいそうなメンバーでしょう。


「問題なのは……『変態の試練』に向かうメンバーだな」

「それなら、わたしが向かうわ」


 そう言ったナターリアは初期で支給されている、奴隷の服を着ていました。

 ササナキさんの話を聞いた時点で向かう決意をしていたのでしょう。


「えっと、ナターリアさんだっけ? 流石に厳しい……いや、無謀なんじゃないか? 言い方は悪いが、子供じゃ変態に到達できるとは思えない」


 ナターリアの言葉にそう言ったヨウさんの言葉は真剣そのもの。

 子供には行かせられないという強い意志を感じられました。


「うふふ、あなたは良い人ねっ! でも心配しなくても大丈夫よ」

「だが……」

「わたしほど多くの〝変態〟を見てきた人は、この中に居ないものっ!」

「いや、だけどな……」

「わたし、こう見えて三十を超えているのだけれど」

「……マジ?」


 ナターリアが言った言葉の真偽を確かめるように私を見てきたヨウさん。


「全て真実です。リアが見てきた地獄のような場所……いえ地獄には、数え切れない程の〝変態〟が居たと、私は聞き及んでいます」


 信じられないような目で私を見てくるヨウさん。

 廃教会組の面々はその事実を知っているからなのか、黙って聞いています。


「異世界組にしか伝わらない言葉で言いますと。リアには薄い本のリョナモノを生かせるギリギリで……十年以上も責められ続けてきた、という経緯があります」


 恐らくはこれでも表現には足りないのでしょうが、私にはこれが限界です。


「「――ッッ!!?」」


 目を見開いて息を呑んだヨウさんとニコラさん。

 意外なことに、ユリさんとシズハさんは平静を保っています。


「そんな事が、現実にあり得るのか……?」

「あります。恐らくこの都市の何処かでも、それに近い事がされているでしょう」


 ユリさんに視線を送ると、一つ頷いて口を開きました。


「オッサンの言う通り。アタイはこの地下奴隷都市で多くの地獄を見てきたよ。とはいえ殆どは一般人のクズ、やれる事はたかが知れてる。ナターリアって子はそれ以上の苦難を乗り越えてきたと見たね」


 短期間とは言え、流石はこの都市で生活していたユリさんです。


「ええ、私がこの地下奴隷都市を見てきた限り、リア程ではありませんでした。死者は多く出て居ますが、死ぬ事以上に辛い事があるのを私は知っています。そして私は――ここで苦しんでいる人々を助けません」


 これは本心からの言葉。

 ここにはシルヴィアさん以上の怪物がいるのです。

 それと真正面での戦闘になったとしたら、何人が生き残れるでしょうか。

 もしかしたら……私以外の全員が生き残れない可能性だってあるでしょう。

 故に私は、他の全てを見捨てます。


「この中で本当の地獄を知らないのは……俺だけってわけか……」

「ヨウさん。この世界には、知らない方が良い事が多すぎます」

「ここで苦しんでいる人を全員助けたいという俺の甘い考えを、笑ってくれ」

「ヨウさんの考えは本当に素敵なものですよ」

「…………」

「私の言った地獄だって。知らない方が良いに違いありません」

「……そうか。いや、そうだな。まずは助けられる命から……だよな」

「はい」

「やってやる。必ず『筋力の試練』を突破して、全員で脱出する」

「良い目ですね、私から見れば眩しすぎる程ですよ」

「そしたら俺は、俺のやり方で……! この町を救ってみせる」


 惚れ惚れするような純粋な決意に満ち溢れた目。

 きっと彼のようなヒトこそが、英雄になる資格を持っているのでしょう。


「私はリアに同行しましょう。私の年齢からくる知識は必ず役に立つはずです」

「うふふ、勇者様が居れば百人力だわっ! いざとなれば合体技ね!!」


 ――が、合体技……? 変態の試練で……合体技……?

 変態……そして合体という言葉から導きだされる答えは……――〝呼んだ?〟

 おち、おち落ち着くのですマイサン!!

 今は仲間たちと必ず勝つと誓い合って別々の試練へ挑むという、シリアスな場面。

 今は緊張感の漂うシリアス真っ最中です。

 マイサンがイキリ立っていると知られれば、全員の好感度も地に落ちてしまうでしょう。

 私は慌てて目的地の書かれた地図を手に取りって小屋から出て行こうとします。

 それに続いて立ち上がったヨウさん。

 四人で扉を出てから、二手に別れました。


「そっちは任せたぞ、オッサン!」

「はい、お任せ下さい!」


 お二人と別れてから少しすると、ナターリアが声を掛けてきました。


「うふふ! バレなくて良かったわねっ!」

「――ッ。な、なんの事ですか?」

「何のって……ナニの?」


 私の手を取りって上目遣いで見てくるナターリア。

 経験の違いなのか、やはり彼女に隠し事は出来ません。

 ならば逆に堂々と……隠す事などせず、背筋を伸ばして歩きましょう。

 ピーン。


「うふふふっ」


 ナターリアの笑い声に続いて響く、妖精さんの笑い声。

 私は進みます。『変態の試練』がある場所へと向かって……。

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