『霊峰ヤークトホルン』三
無事にヤークトハンターの領域に到達し、場所は丁寧に張られたテントの中。
テントの中には魔石灯や魔力ストーブが置かれており、かなり温かく保たれていました。
「……腹持ちと栄養はともかく、味は良くないな」
形体食料を片手に、そのようなことを呟いた男性奴隷。
「オレに出されてた食事よりはマシだぜぇ、干し肉もあるしな」
「うーん、喉が渇くわねぇ~」
「凝縮されたスポンジを食べている気分です……」
「そんなにか?」
「干し肉は美味しかったのですが、パンは本当にただ栄養を摂る為の食事ですね」
「へぇ、贅沢なこった」
「……そろそろ沸いたか?」
そう言って魔石ストーブの上で湯を沸かしていた鍋を手に取った男性奴隷。
「もう少し待ったほうがいいわよぉ~」
「これだけ温かければ保温のポーションも必要ありませんね」
「そりゃそうだ」
「動かない時までポーションを使ってたら、いくらあっても数が足りないわぁ
男性奴隷の持っていた鍋を取り上げ、ストーブの上に戻したリュリュさん。
取り上げられた男性奴隷はかなりのしかめっ面になっています。
「そう言えば、テントは二つ張れますよね。男性と女性で分けたほうが良いのでは?」
「んー、ここで一人になるのは嫌ねぇ」
「ですが……」
「私は気にしないわよぉ? 裸を見られる程度ならぁ」
「……オッサン、犯罪奴隷はな、殺されるまで裸にされている事が多いんだ」
「そうなのですか?」
「……ああ。そして罪の思いこの女は、ほぼ間違いなく裸で並べられていただろう」
「なるほど……」
そんな話していると、もう一人の男性奴隷がボリボリと頭を掻きながら口を開きました。
「まぁなんだぁ。アンタがこの女とヤっときてぇってんなら、別に止めやしねェぜ」
「……えっ?」
「目くらいは閉じててやる。テントを二つにしてぇってのは、そういう事だろ?」
「……あぁ成る程。俺なら命令でもされない限り、その女と交わりたいとは思えんな」
「い、いえ、確かにリュリュさんは魅力的なのですが、ソレは止めておきましょう」
「ほんとうにぃ~?」
「テントを男女で別にしようとしたのは、私の国の文化からきたものです」
「ふぅん……あと十二、三歳若ければぁ~」
「若ければ?」
「私のほうから、〝おねだり〟していたかもしれないわねぇ~」
「ハッ! おぞましい事この上ねェなっ!」
「……クソッ、温かいのに寒気がしたぞ」
「……?」
――おねだり。
何と良い響きなのでしょうか。
……と思っていたのですが、あとに続いたお二方の言葉に疑問を覚えました。
何か別の意味でもあったのでしょうか。
イキリ立ちマイサンのポジョンを動かし、何とか興奮を静めるよう努力します。
「珈琲と紅茶があるみたいだけどぉ、どっちがいかしらぁ?」
「私は珈琲でお願いします」
「……紅茶」
「珈琲だが、オレの分は自分で淹れるぜ」
「心配しなくてもぉ、こんな所で盛ったりしないわよぉ? 最終的に死ぬのは私だしぃ」
そう言いながら全員の分を用意してくれたリュリュさん。
リュリュさんは珈琲を飲むようです。
「妖精さんもどうぞ」
妖精さんには、軽く暖めた殆どハチミツのホットなミルクを用意しました。
クスクスと笑い声を響かせながら受け取ってくれた妖精さん。
「さて、残った湯で体を拭きたいんだけどぉ~、いいかしらぁ?」
「……好きにしろ」
「あぁ、良いぜ」
「背を向けていますね」
こちらの言葉に耳を傾けながら湯に布を浸していくリュリュさん。
ニコッ、と笑いかけてくれながら口を開きました。
「オッサンのお望みとあらば、全部脱いであげてもいいけどぉ?」
――ッ!?
「あ、ちなみに服を着たままでもできるからぁ、あまり気にしなくても良いわよぉ~」
ふりふりと手を振りながら、もう片方の手で棒を器用に操るリュリュさん。
湯から濡れた布を出したリュリュさんは、そのまましばらく待ち……。
軽く絞ってから、服の中へと布を入れてゴソゴソとし始めました。
「残念、リュリュさんの裸を見損ねてしまいましたね」
「あら、わたしは別に今から脱いでもいいけどぉ?」
「え……あ……えっと……」
「……やめとけ、魅了を食らうぞ」
「そ、そうですね!」
お願いしたら本当に脱いでしまうような気がしたので、静かに珈琲を啜る事にしました。
まぁ服を着たまま体のあちこちを弄っている姿にも、裸に近いエロスが存在しています。
……おっと、またマイサンのポジが。
「ところで、お二方の名前はなんと言うのですか?」
「……必要か?」
それに小さく頷く、もう一人の男性奴隷。
「今日だけで三人も死んだしなァ」
「……山頂までの残り行程は今日を含めずに三泊四日。帰路だって安全なワケじゃない」
「ですが――」
「……オッサンは本当に、俺達が生きて帰れると思っているのか?」
「それは……わかりませんが……」
「……いや、俺はただ、こんな状況で自己紹介が必要なのか、と思ってな。……すまん」
「チッ。自己紹介が必要かどうかについては同意すッけどなァ、死ねば結局はしめぇだ」
俯き加減で言った男性奴隷に対し、指を差して突っ込みを入れる男性奴隷。
「道中で死んだ奴らと、今後死ぬかもしれねぇオレら、それから諦めて死ぬオレら。同じ死に変わりがねぇのなら、オレァ駄目元でやり通すぜ。テメェが諦めるってンなら、ここで殺して荷物を剥ぎ取らせてもらうけどな」
殺伐とした雰囲気ですが、言っている事は男らしいです。
「ふわぁ~……わたしは先に寝るからぁ、殺しあうのなら小声でお願いねぇ~」
そう言って先に一人で寝袋に入ってしまったリュリュさん。
本当に度胸が据わっています。
「では、私も寝るとしましょう」
冷静かつさり気なく、リュリュさんの近くに寝袋を広げる事に成功しました。
男性奴隷のお二人からの視線を感じたような気がしましたが、きっと気のせいでしょう。
「…………ポロロッカだ」
「ぐぅ……俺ぁジッグだ。……あほくせぇ、オレも寝るわ」
「……同意する」
お二方の寝転がる気配を感じました。
テントは外に明かりが漏れ出ない仕様なのですが、念のために明かりは消しましょう。
もそもそと寝袋から這い出し、魔石ストーブ以外の明かりを全て片付けました。
「名前の繋がりは人の縁。お互いが何かで繋がっている事で、助かる事だってあるかもしれませんよ?」
最後に「何の保障も無い戯言ですが」と言葉を続けて、自分の寝袋へと戻りました。
「…………」
「…………」
改めて寝転がっている皆さんの位置を確認してみます。
出口真逆の、最も奥側で張り付くように横になっているのがリュリュさん。
私はその近くに彼氏が如く、寄り添うように寝袋に入ることに成功しています。
そして物が置かれている中央を挟み、ジッグさん。
最後に、出口のすぐ傍で寝袋を広げているのが、ポロロッカさん。
一画多い川の字のような配置をしています。
「あ、見張りはいいのですか? 不寝番みたいな」
「……いや、ここは夜に起きている方が襲われる可能性が上がって危険だ」
「なるほど」
ポロロッカさんが言うのであれば間違いないでしょう。
今横になっている位置からはリュリュさんの後頭部が見え、優しいかほりもします。
美しい旋毛を見つめていたら、今スグにでも眠れそうになれました。
静まりかえったテント内にクスクスと響く、妖精さんの笑い声。
「お~ぃ、頼むからよォ……妖精さんの笑い止めてくれェ、不眠症になっちまうぜ」
「……最高位精霊かと思っていたが、これは、あk…………」
おっさん、目を閉じて一、二、さ――――…………。
◆
次の日の登山隊一行は、平和な行程で半日を進む事に成功していました。
「……今更疑ったりはしないが。なぜヤークトハンターの隠れている場所が判るんだ?」
「だよな。言われてそっちに注意を向けてみても、一切気配を感じねェ」
「えっと、私は妖精さんに教えて頂いた場所を皆さんに伝えているだけですよ」
――「私は何も見つけていませんよ」と続けると、ジッグさんは小さく肩を竦めました。
「その、何だ。その手の〝妖精さん〟と一緒に居て、オッサンは平気なのか?」
「というと?」
「ああくそッ! 対価に命を持ってくってェ噂だが、オッサンは大丈夫なのかよ!」
対価の命。
これについてのことは、今のところは秘密にしておいてもいいでしょう。
話すにしても、もう少し長く付き合うようになってからでいいかもしれません。
「まぁ、今の所は健康そのものですよ」
「……そうかよ」
何やら頭を掻きながら考える動作をしているジッグさん。
隠したのがバレてしまったのでしょうか?
そんな動作をしているジッグをちらりと見たリュリュさん。
「そうなるとオッサンは、余程その妖精さんに好かれてるのねぇ。貢献に対しての対価を取られないなんてぇ、本当に珍しくて羨ましぃわぁ~」
――対価。
対価として命を取られ死んでいるのも、今は黙っていた方が良いでしょう。
そもそも信じてもらえるとも思えません。
よくて不信感を抱かせる結果に終わってしまうのがオチ。
もし今後で仲良くなる機会があれば……その時に話しましょう。
午前の登山隊一行は特に何の問題も無く、平和な雪道を進むことに成功しました。
◆
時刻は変わり、現在はテントの中での昼食を摂っているところ。
「……この調子で最後まで進めれば、生き残れる可能性もでてきそうだ」
「オッサンってば、本当に強力な助っ人がいるんだものねぇ~」
リュリュさんの言葉に反応するように、妖精さんがクスクスと笑いました。
耳元なので少しだけくすぐったいのですが……嬉しいみ!
「……もう隠す気はゼロか」
「昨日てめェが言い当てちまったからなァ……!」
「……ああ、言い当てたのは――俺だ!」
「皮肉だよ、クソったれがッ!」
「あら二人共、ようやく気が付いたのぉ?」
「「……ああ」」
妖精さんに気を取られている間に、皆さんが何やら話をしています。
がしかし、今は妖精さんの吐息を感じるというミッションで精一杯。
皆さんがしている会話の詳細は後回しで良いでしょう。
そうして昼食を終えて、再び雪道を歩く事しばらく。
テントの中で若干フラグっぽい事を言っていたポロロッカさん。
そのせいで何か起きるのではとずっと気になっていたのですが……。
特に何かが起こるという事も無く、数度の遠回りをしただけで日没に。
今夜もテントの中で一泊し……――翌日の昼頃。
何事も無く順調に進んでいたところで、ポロロッカさんが口を開きました。
「……何度か遠回りをさせられたが、なんとか平和に終わって良かったな」
「なんとかァ? 平和そのものだったじゃねぇかよ」
「え、あんた気づけなかったのぉ? ……って、筋肉ダルマの純戦士には難しいわよねぇ」
「何だよ、何か居たってぇのか? 居たなら言いやがれ、死んでたらどうすっつもりだよ」
皆さんは適当に話していますが、周囲の警戒も解いていないご様子。
……とはいえ、常に会話をしているという訳ではありません。
殆どの時間は黙って進んでいるのですが、定期的に会話を挟むのです。
――そう、緊迫し過ぎた空気を入れ替える為の、会話を。
「……迂回する際、ヤークトハンターの縄張りから外れそうなギリギリを通った」
「マジか」
「……その時にな、遠くの崖からこっちを見てるヤークトフォックスが居たんだよ」
「そうそう! 交戦する事になるんじゃないかってドキドキだったわよねぇ!」
「おい、ちゃんと言えよ」
「……攻撃してくる気配が無かったからな。下手に警戒して、興奮させたくなかった」
落ち着いた態度でそう言ったポロロッカさん。
かなり気になる内容だったのですが、一応は過ぎたこと。
今更とやかく言っても仕方がありません。
何より今回は、気が付けていない組の仲間が居ます。
「……妖精さんもオッサンに伝えてなかったんじゃないか?」
「ええ、今初めて聞きました」
「チッ。でもまぁ、そういう事なら仕方ねぇか……」
そうこう話していると、今回も唐突に髪の毛を引っ張ってきた妖精さん。
「迂回です」
「あいよ」
今までと同じように、また大きく回り道をしました。
ふと上を見上げてみると、いつの間にか空に集まっていた雪雲。
今晩か明日辺りには高確率で雪が降るでしょう。
「今晩か明日には雪が降りそうですね。都合良く洞窟でもあればいいのですが……」
「……そうなのか? ヒューマ――……オッサンは、空が読めるのだな」
「確かに雲は少し出てきたけどよォ、本当に降るのか?」
「ん~確かにオッサンの言う通り、今晩には少し降りそうねぇ」
同意するように遠くの雪雲を指差しながらそう言ったリュリュさん。
「あの雲が風に乗ってくると思うからぁ、雪が降る確率は九十パーセントって所かしらぁ?」
「……その雪はテントが耐えられる程度のものか?」
「テントの性能次第ねぇ」
「――ってぇと、洞窟を見つけたらそこで休むことになるのか」
「まぁそれが無理でも、風を防げる窪みになってる場所がいいわねぇ~」
そんな事を言いながら周囲を見渡したリュリュさん。
気に入る場所が無かったのか、大きな溜息をして再び歩き始めました。
生き残った登山隊四人が、一面の白銀世界を進みます。
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