『霊峰ヤークトホルン』二

「どっちだ!?」


 反射的にそう聞き返した、先頭の男性奴隷。


「……正確な位置は判らん。向こう側からだとは思うが……確証は無い」


 二番の男性奴隷がそう言葉を返し、周囲を警戒しています。

 来るのは感知できていても、正確な位置はわかっていないご様子。


「なぜ来るとわかるのですか?」

「……匂いがどんどん近づいて来て――ッ! 近いぞ! 気を抜くな!!」


 全員が全員、各々の方向を念入りに観察。

 敵の位置が分からない場合、仲間を背にして円の陣形を取るのが最適なのでしょう。

 しかしそれは信頼できる仲間と、信頼できる実力がそれぞれにある場合に限ること。

 昨日今日で同行者になったばかりでは互いの実力も判りません。

 更には打ち合わせをしていないどころか、信頼できる仲間という訳でもないときました。


「……ふぅ」


 誰かが吐きだした息の音。

 各々が自分自身の弱点、死角となりうる位置を警戒。

 それは結果的に、全ての死角をカバーすることになっています。

 ……。

 …………。

 ………………。

 何の動きも無いままに五分が経過。冷たい風だけが一行の頬を撫でました。


「来ないぞ? 気のせいなんじゃな――ゴボッ…………ア?」

「……気を抜くな、匂いは変わらず近くから……血の匂い?」


 偶々視界内に収まっていたせいで、見てしまいました。

 目の前で氷の槍が、男性奴隷の一人を刺し貫いた瞬間を……!!

 氷の槍に血が伝い、雪を赤く染め上げています。


「【コォオ――――――ン!! 〈コォ!〉】」


 貫かれた男性奴隷が崩れ落ちるよりも早く鳴き声が響き、次の攻撃が飛んできした。


「馬鹿がッ! 油断を突かれやがって!!」


 再び飛翔してくる氷の槍。

 しかも今度は一つではなく、三つも。

 その内一つは私の方に飛んできています。

 切り落とせ――ません、諦めましょう。


「【簡易形成! 〈マジックプロテクト!!〉】」


 すぐ隣に居たリュリュさんが何事かを呟き、光の壁を展開。

 範囲は私とリュリュさんが入る程度の大きさで、斜めに展開された光の障壁。

 その光の壁は見事、氷の槍を受け流しました。


「オッラァッ!」


 そんな掛け声と共に、長剣を上方向へと思い切り振り上げた男性奴隷。

 男性奴隷は自身に飛んできた氷の槍を、長剣で力任せに軌道を逸らしたのです。

 それによって見事、氷の槍を防ぐ事に成功していました。

 受け流された氷の槍は、かなり後方にまで飛んでいっています。


「――ッ――ゴッフォ……」


 最後の一つ。

 最後尾から二番目の男性奴隷に飛んで行った氷の槍は、長剣を圧し折って肉体を貫通。

 体を刺し貫かれて、完全に動かなくなった男性奴隷。

 様子から見て真正面から受け止めようとした結果、長剣が折れてしまったのでしょう。

 最初に氷の槍で貫かれた男性奴隷が、雪の上に崩れ落ちました。


「――ッ!! バッカ野郎ッ!! こんなナククラで受け止めきれるわきャねェだろうがッ!!」


 怒鳴りながら即座に動き出した男性奴隷と、残ったもう一人の男性奴隷。

 一人は地面に落としていたバックパック側面からクロスボウを抜き取り、矢を装填。

 ――バシュン! という音を残し、氷の槍が飛んできた方向へと放たれました。

 妖精さんは褐色幼女形体を取り、おっさんの服の中へと頭を突っ込んでいます。


「コォ、コォ」


 簡単に二人を仕留めた事で一行を脅威では無いと判断したのか、敵が姿を現しました。

 姿を現したのは――真っ白な毛に、濁った紫の瞳を持つ狐。

 大きさは高さ一.五メートル、長さはおっさんの身長くらい。

 微妙にアンバランスな狐です。


「……落ち着け。アレならまだ俺達の剣が通る」

「チッ、ヤークトフォックスか」

「姿を隠して攻撃してくる魔物が姿を見せてくるなんてぇ、本気で油断してるわねぇ」


 不愉快そうに顔を顰める皆さん。

 死んだ人達を見て激昂するという事は無く、随分と冷静です。


「でも隠れながら攻撃を続けてられていたら、もう一人は殺されていたかもしれませんよ」

「……フン、違いない」

「油断と過信は死を招くってことを、畜生に教えてやろうじゃあねェかァッ!」

「無駄話しすぎぃ……――来るよ」


 一行の周りで円を描くように移動するヤークトフォックス。

 瞬きの間に――その数が五匹にまで増殖しました。

 そんな中で響く、妖精さんの笑い声。

 地面から這い出すようにズルリッ、と現れたのは、鮮やかな緑色をしたおっさん花。

 ――繋がりは、感じられません。

 どうやり操作権があるのは、妖精さんに直接お願いをした時だけなのでしょう。


「――!?」


 おっさん花を見たヤークスフォックスの一体が、驚いたような表情を浮かべました。


「……所詮は畜生か」

「黙って殺せェッ!」


 反射的に動き出したのは男性奴隷の二人。

 左右に分かれ、表情の動いたヤークトフォックスへと切りかかります。

 四匹は下がろうとするヤークトフォックスを援護するよう、二人に飛び掛かりました。

 がしかし、男性奴隷の二人は――それを完全に無視。

 四匹のヤークトフォックスは二人を透過するようにすり抜け、地面に衝突。


「四匹は実体のない幻影!?」

「その通りよぉ~」


 まずいと思ったのか、踵を返して逃げ出そうとする狙われたヤークトフォックス。

 しかしその足は、おっさん花の触手が捕まえていた為、逃げ出せません。

 おっさん花の触手は地面を掘り進んで進行していたらしく、地面から生えています。


「フッ!!」

「オッ――ラァッ!!」


 先に切りつけた男性奴隷は、ヤークトフォックスの足首を見事切り裂きました。

 ヤークトフォックスは足首を切られたせいで、バランスを大きく崩します。

 もう一人がそれに続き、ヤークトフォックスの首筋へと思い切り突き立てられた剣。

 首をねじ切るつもりなのか、男性奴隷は剣を突き立てたまま離れません。

 グリグリと捩じっているようにも見えました。

 ヤークトフォックスの首から――グチャグチッ、という生々しい音が聞こえてきます。


「下がれ!」

「まだだァ――ッッ!!」


 そう叫んで思い切り後ろに飛んだ、最初に攻撃した男性奴隷。

 残っている男性奴隷はヤークトフォックスを蹴り倒し、剣を振るう、振るう、振るう。

 その首が胴体から離れるまでの、執拗な連続切り。

 首を切り落としたあとも、最後の止めと言わんばかりに追撃を仕掛ける男性奴隷。

 目から脳へと到達するよう剣を突き刺し――引き抜く。

 ここまでやって、ようやく後ろに跳び退きました。


「……死んだと思うか?」

「分からねぇなァ。実物を相手にするのは初めてだ。とはいえ、できることはやった」

「……どうせ粘るなら脳を掻き回しておけ」


 そんな心配を他所にヤークトフォックスの肉塊へと近付いていくおっさん花。

 おっさん花は死体を根の中心へと取り込み、捕食。

 その直後におっさん花は溶け、地面の中へと消えました。


「……あぁ、死んだか」

「ありゃァ死んだな」

「間違い無く死んだわねぇ」

「うちのおっさん花が……食べちゃいました」


 いつの間にか妖精形体に戻っていた妖精さんは、フードの中に潜り込んでいきました。

 冷たいけど――嬉しいみ。


「……もうすぐ陽は落ちるが、ヤークトハンターの生息域まで行ったほうがいい」

「ああ、保温のポーションに余裕ができたっても、これ以上戦力が減るのは歓迎できねぇ」

「……そうだ。ここでテントを張ったら、明日には全員が冷凍串肉になっているだろう」

「オッサンはまだ歩けそぉう?」

「疲れてはいますが、なんとか」

「治癒のポーションは持ってるわよねぇ。それを飲んで頑張って欲しいわぁ」

「治癒のポーションで体力の回復もできるのですか?」

「当然でしょぉ? そんな事も知らないなんて貴方、もしかしてぇ……」

「な、なんですか?」

「いえ、べっつにぃ~」


 一瞬だけ何かに気が付いたような顔をしたように見えたリュリュさん。

 いえ、〝べっつにぃ~〟と言っていたので、きっと気のせいでしょう。


「ちなみにC級治癒ポーンション三本に、F級治癒ポーションが十本入っています」

「疲労を回復する程度ならF級で十分ねぇ」

「C級ポーションたァ期待されてンだなァ! それとも、領主からしたらはした金ってか?」

「……即死でなければ欠損以外は治せる。……とはいえ、ここまでの三人は全員即死だ」

「次の挑戦者へのプレゼントにならないといいわねぇ~」

「とりあえず良いもの……という事ですか。何にしても今は進みましょう」


 その言葉に荷物の整理を終えた皆さんは同意してくれました。

 生き残った一行は索敵甘めの移動速度重視、というペースで移動を開始。

 そうして歩く事しばらく……。

 他の魔物に遭遇する事も無く、ヤークトハンターの縄張り域へと入る事に成功しました。




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