『旧支配者へ送る安寧』三

「私達にとっては地獄でしかないこの箱庭でしたが……」


 血と氷のこびり付いた部屋を見回し、私は再びアントビィを見ました。


「目的を忘れる前の当初のアントビィにとっては、きっと違っていたハズです」

「……そうか」


 なにやら生返事のシルヴィアさん。

 隣にまで降りてきたシルヴィアさんが、私をジロジロ見てきます。

 そして――指先で脇腹を突っついてきました。


「痛いのですが?」


 優しく突っついたのでしょうが、冷気が痛いのです。


「おぉ……」


 下半身丸出しのシルヴィアさんは、私の裸体に興味深々といったご様子です。

 ……嫌な汗が噴き出してきました。

 一応は良い感じに語っていたのですが、その空気を無視しての、この蛮行。

 流石シルヴィアさんだと言えるでしょう。


「いいな?」

「嫌です」

「馬鹿を言うな、お前に拒否権は無い」

「お金なら……払いますよ?」

「以前にも言ったハズだ。金は要らん」


 今の私には痛覚が存在しています。

 なんとかならないかと思い褐色幼女形体の妖精さんを見てみると……。


「……いちじかん、まって」


 そのように言われてしまいました。

 妖精さんの表情には疲れの色が色濃く出ています。

 一時間もシルヴィアさんにハレヒレホレハレされていたら――。

 色々と危険です。


「ならせめて、元の体に戻ってからに……」

「嫌だ。一応言っておくが、私も顔はイイ方が好きなんだ」

「うっ、持病の尿道結石がッ!」

「安心しろ。私が開いて取り除いてやる」


 ……?

 開いて取り除く?

 仮病なので本当はできていないのですが、治療方法が絶対に違います。

 マイサンを開きにされてはたまりません。


「嘘です」

「知ってる」

「……ま、まぁシルヴィアさん。まずは空気を読みましょう」

「空気は吸うものなのだろう?」

「で、ですが!」

「ふんっ、わたしには関係ない。それに――気が逸れて丁度いいだろう?」


 縮み上がるマイサンをよそに、裸体のシルヴィアさんが手を広げました。

 ――裸体?

 いつの間にか服を脱ぎ捨てていたシルヴィアさん。

 完全なウェルカム体勢です。

 薄い笑みまで浮かべて私を魅了くるオプションまでついているこの状況。

 美し過ぎる完璧な少女の体をもつシルヴィアさん。

 そんな彼女の……一糸纏わぬ美しい裸体。

 マイサンが激しい攻防を繰り広げています。

 下を見てはいけません。恐らくは耐えられなくなってしまうでしょう。


「さっきみたいに、お前から抱き付いてきてくれ」

「……さっき?」

「そうだ、あれは中々良かったぞ。だから……もう一回だ」


 衝動的にやってしまった事なのですが、失敗しました。

 シルヴィアさんが新たなプレイを閃いてしまったご様子です。

 是非とも忘れて頂きたいところ。


「はやくしろ」


 少しだけ不機嫌になってきたシルヴィアさん。

 このままではいけません。

 アントビィと戦った時以上の長い激痛劇が、幕を開けてしまうでしょう。


「はやく?」


 少し首を傾けて眉を動かして、あざとく私を見てきたシルヴィアさん。

 一体何処で、こんな高等技術を身に着けたのでしょうか。


「まったく……ねぇ、はやくしてよ……」


 一つ溜息を吐いたかと思えば、完全に声音を変えてきたシルヴィアさん。

 その表情も完璧で……不安げな視線での上目遣いです。


「あれ……?」


 一瞬だけ、シルヴィアさんが、誰か別の人物に見えたような気がしました。

 腰まであるブロンドヘアーの女の子。

 シルヴィアさんに似ていますが、本当に見覚えの無い人物です。

 直感ですが、シルヴィアさん以外の誰かではありません。

 という事は……今一瞬だけ視えた、幻視のような少女の姿は――。

 全身に広がる痛みによって掻き消されました。


「いたたたたた!!?」

「ふんっ。まったく、結局いつも通りか」

「れ、冷気ダメージが痛いですよシルヴィアさん!!」

「そうか? 死ぬまでは気にするな」

「気にします!!」


 滑らかで上質な肌。

 微粒子レベルの粉雪を纏っているのか、肌触りもサラサラです。

 こんな肌を撫で回せるのなら、きっと天にも昇るような――痛みみみみみ。

 ですがこんな機会は、もう二度とないかもしれません。

 せめて尻肉だけでも鷲掴みににににににあああああ痛い痛い痛いッッ!!


「やっぱり痛いですよシルヴィアさん!! そろそろ、そろそろ本当に離れてください!!」

「……ふんっ。ツケの分だ。あと少しだけヤらせてくれ」


 少しだけ強く抱きしめてきたシルヴィアさん。

 そのまま体を動かし、すりすりと――ッ!!?

 シルヴィアさんの胸はBサイズ。

 それが私の腹筋と鳩尾を上下に移動し――痛たたたたたたたたッッ!!?

 もうやけくそです。

 既に全身が痛いので今更もう、手がどうなろうと変わりません。

 私はシルヴィアさんの尻肉を――ガッシリと掴みます!!


「んっ……」

「…………えっ……?」


 何なのでしょうか、今の押し殺したようなお声は。

 全身に激痛が走っていると言うのに、今の漏れ出たような声が耳から離れません。

 そんな時――入り口の扉が、バタンと開かれました。


「あ、あ、あー! えっ、えっと、勇者様? たぶん勇者様! 精霊様だけずるいわっ!」

「ニコラ、アレの気配がオッサンなら警察に通報してくれ」

「はーい。アレは気配はオッサンだから通報するねー……あ、もしもし警察ですか?」

「いッ!!? 違います! これは誤解なんです!! シルヴィアさんもそろそろ離れて!!」

「むぅ……仕方のないヤツだ……」


 本当に離れて欲しいのを感じ取ったのか、軽く肩を押すように離れてくれました。

 部屋全体を見渡してから近づいてきた仲間達。


「それでオッサン、戦いは終わったのか?」

「まぁ、なんとか終わりました」


 ヨウさんが勝ちという言葉を使わない理由は、理解しています。

 今回の戦いでは、ヨウさんと同じ世界の者が死にました。

 私が全く干渉できない場面で、死んでしまったのです。

 戦いには勝ちましたが、それなりの代償も支払いました。


「リア、エルティーナさん達を呼んできてください。まずは脱出しますよ」

「はーい」


 ナターリアが入り口の扉から出て行きました。

 まずは全員を安全な場所に移動させてから、一人で制圧に来ましょう。

 と思っていたら……。

 突然、アントビィが背にしていた扉が破られました。


「ここからが本番だ! 地下奴隷都市を制圧して後顧の憂いを立つ、ぞ……?」


 大量の騎士を引き連れて入ってきたのは、見覚えのある騎士。

 名前は確か……リュポフさん。


「うわぁ……遅すぎ……」

「ニコラ、そう言ってやるな」

「そうですよ。アントビィ戦で彼らが居ても、ただ無駄な屍を積みあげただけです」


 裸体を晒したままのシルヴィアさんは体を隠しもせず騎士達の方を見ています。

 騎士たちの殆どはガン見していますが、見ないようにしている紳士もいました。

 ……ちなみにリュポフさんは、むっつりです。


「ふんっ。地上はあいつらが制圧したらしいな」

「……なるほど。リュポフさん!」

「な、なんでしょうか? というか貴方は誰ですか?」

「オッサンです」

「……ああ、もう胃痛がしてきた……」

「まだ仕事は残っているので、ご安心を」


 私がそう言っただけで意を汲みとったのか、騎士たちに緊張が戻りました。

 これなら任せても大丈夫でしょう。


「頭は倒しましたが、地下は残っています。そちらのアレコレをお願いしても?」

「ハッ、お任せを! お前たちは先行し、地下奴隷都市を制圧! 私もすぐに向かう!」


 突入を開始した騎士たちを見ながら部屋全体を見回したリュポフさん。

 その視線はこの部屋の全ての遺体で一度止まり、ヨウさんに視線が向きました。

 ヨウさんがそれに一つ頷くと、リュポフさんが声を張り上げます。


「数人は彼女らの遺体を運び出せ! 丁重に弔うと約束しよう!」


 隊列から数人が外れて、この部屋に散らばっている遺体の回収を始めました。

 そちらは――もう見ない方がいいでしょう。

 無理にでも切り替えなくては、もう心が持ちません。

 少なくとも子供たちの前では、暗い感情を出さないようにしましょう。

 シルヴィアさんは落ちていた自分の体を集め、氷にしてから砕きました。

 白のオーバーニーソックスは回収して着用しています。

 全裸白オーバーニーソック少女の――出来上がり!


「オッサン、彼女には服を着せなくていいのか?」

「そうですね……何か着るものがあれば――」

「ふんっ、普通の服は着れないぞ。霊峰まで回収しに行く必要がある」


 シルヴィアさんがチラリと見たのは地面でポロボロになっている布切れ。

 アレを着ても下半身は一切隠れず、上もかなりボロボロです。


「……困りましたね」

「特別な服……あっ!」

「ヨウさん? シルヴィアさんが着られそうな服を持っているのですか?」

「……一着だけ、あると言えばある」

「言い値で買わせてください。町に戻ればお金はあるので、そこで支払います」

「正直に言って金じゃ売りたくない。が、助けられてばかりだからな……譲ろう」

「お金は?」

「白金貨五枚。払えるか?」


 ――高い。

 衣類にかける金額ではありません。

 ですが、シルヴィアさんが着られる服というだけでも貴重品。

 ヨウさんからも本当は売りたくないオーラが、ひしひしと伝わってきます。

 白金貨五枚……かなり高いですが、ギリギリ払える金額でしょう。


「買います。お金は街に帰ってから必ず」

「……よし」


 ヨウさんは腰に結んであった小さな袋から、白い布切れを取り出します。

 それをシルヴィアさんに投げて渡すと、彼女はその白い服を着用しました。

 シルヴィアさんの生着替え。

 全く隠していないので、色々と危険な着替えシーンです。

 ややあってシルヴィアさんが服を着終えると――ビューティフォー……。


「アレはヨウさんの趣味ですか?」

「いやちが――」

「そうだよ、ヨウくんの趣味全開コスチューム」

「ニコラは俺を社会的に殺したいのかな? ん?」


 誤魔化しそこねたヨウさんが、ニコラさんと楽しそうな問答をしています。

 露骨に運び出されていく遺体を見ていません。

 カラ元気な雰囲気が、この場には流れていました。

 現在シルヴィアさんが着ている服の正体は――白スク。

 白のオーバーニーソックスと白の旧型スクール水着の組み合わせ。

 腹部に名札が付いていて、そこには『にこら』と書かれていました。

 そこが少し気になりますが、些細な問題でしょう。

 肝心のシルヴィアさんはというと……。

 上の肩掛け部分を引っ張ったり下のゴムを引っ張ったりしていました。


「……悪くない。動きの阻害は少なく、耐久力もある」


 現在のシルヴィアさんは、私のすぐ隣で少しだけ宙に浮いています。

 近くで見るそれは、眼福以外のなにものでもありません。

 下手な露出は無いので、真っ向から見る事が可能です。

 恥ずかしがられると目を背けてしまいますが、シルヴィアさんは恥ずかしがりません。

 裸体を見られても恥ずかしくないシルヴィアさんに、死角などないのでしょう。


「専用化されているせいで本来の力は出せそうもないが……まぁ許容範囲だろう」


 えっち過ぎます。

 流石はヨウさんだと言えるでしょう。


「少し疲れたな」


 私をチラリと見たシルヴィアさんが魔石の形体に戻りました。

 それをしっかりとキャッチし、地面に落ちていた杖の穴に嵌めます。


「オッサン……なのですか?」


 声のした方を見てみると、そこに居たのはエルティーナさんと子供達。

 ナターリアは最後尾のササナキさんと一緒に入ってきました。

 エルティーナさんは私を見て目をパチクリさせています。

 まぁ見た目が若返っているので、今は仕方がありません。


「そうですよ」


 私がそう答えると子供達が、わらわらと近づいてきました。


「かっこいー!」

「すきー!」

「あたま、つるつるじゃなーい!」


 心に小ダメージ。

 前二つがなければ大ダメージを受けていたのは確実です。

 私を見る子供たちは、二人減っているのに気がついていません。

 しかしそれは、これからも、ずっと気が付かなくてもいい事です。


「えっと……オッサン?」

「なんですか、エルティーナさん」


 部屋の惨状を見て何か言いたげなエルティーナさん。

 が、私は首を横に振る事で、やめさせました。


「……その姿も、ポーションによるものなのですか?」

「私の若い頃の姿です。しばらくしたら戻りますよ」


 意を汲んで別のことを聞いてくれたのでしょう。


「……若い頃……ですか。言われてみれば、すこし面影がありますね」

「髪と一緒に面影も失ったかと思っていましたが、なんとか残っていましたか」


 近付いてきたエルティーナさんの距離は普段よりも、かなり近いです。

 子供達が抱き着いてきていなければ、もっと近くまで来てくれたかもしれません。


「勇者様!」

「なんですか?」

「わたしはどんな姿でも、勇者様のこと大好きよっ!」


 それに続くように子供達が「ぼくもー!」「わたしもー!」と笑顔を向けてくれました。


「オッサン……私も、どんな姿をしていても好きですよ」


 そう優しく微笑んでくれた、エルティーナさん。

 きっと、その『好き』は人としての好きなのだと思います。

 しかし私は、みんなの好意で心が温かくなりました。


「完全に出遅れたわねぇ~」

「……あとは帰るだけって空気だな」


 騎士団の後ろに続いて入ってきたのは、ポロロッカさんとリュリュさん。

 お二人も地上で戦っていたのか、返り血が装備に付着しています。

 地下の状態は気になりますが、まずは子供たちの安全が最優先。

 私は子供たちの頭を撫でながら、ゆっくりと口を開きました。


「さて、そろそろ帰りましょうか。私達の――帰るべき家に」

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