『遺跡調査(前)』二

 場所は廃教会の台所。

 一通りの説明を終えた私は一息をつく事が……出来ていませんでした。

 その理由とは――。


「きれちゃう! はいってくるぅぅぅぅぅぅぅぁぁぁぁああああああ――――ッッ!!」


 この珍妙なお野菜のせい。

 味は良いのですが、調理する事が出来なければ宝の持ち腐れ。

 前世での野菜の良いところは、やはり喋らないところでしょうか。

 人語を解する野菜など愛着が湧いてしまい、調理出来るはずがありません。


「わぁ、すっごく珍しいお野菜だね。最後に見たのはごひゃ……な、何年前だっけなー?」

「きれちゃ――――」


 ストトトトン、とお野菜を丁度良い大きさに切り揃えたコレットちゃん。

 彼女らの処理はコレットちゃんに任せておけば安心でしょう。

 何かを誤魔化そうとしたように見えたのも、きっと気のせいです。

 それにしても……。


「身長が低いと不便ですね。台所に立つのに台座が必要になろうとは……」

「んー、慣れれば平気だよ? んと、ずっとそのままじゃないよね……?」

「勿論。一週間以内には元に戻るはずです」

「よかったぁ~」


 手際よく調理を進めながら安心したように胸をなでおろしたコレットちゃん。

 ……言えません。

 毎朝シルヴィアさんにハグをされて死んでいるから、明日にでも元に戻るよー。

 だなんて絶対に言えません。



 ◆



 夕食後、私は暖炉の部屋で寛いでいた〝猟犬群〟の全員に声を掛けました。

 部屋の外に呼び出して遺跡調査の依頼について話します。

 依頼の概要を真剣な顔をして聞いてくれた子供達。


「依頼の報酬は高額ですが危険な依頼です。無理に受ける必要はありませんよ」

「みんなはどうしたい?」

「トゥルー、わたしは行きたいわ! 勇者様と一緒に行けるのなら尚更!!」

「ボクも賛成。経緯はともかく、普通そうな依頼だし」

「……タックの言う通り。普通の依頼は貴重」


 レーズンちゃんはタック君の言葉に小さく頷いて、そう言いました。


「救世者オッサンに同行出来るというのは安全性も大きく上がるかと」

「それじゃあ決定だな! オッサン、オレたちも全員参加で!!」

「はい。それではみなさん、準備は怠らないようにしてくださいね」

「わかってるって!」

「それと、トゥルー君」

「なんだー?」

「後ろから私を抱きしめるのを止めてください」

「えっと……嫌、なのか……?」

「嫌ではありませんが」


 むしろ新たな扉を開いてしまいそうです。


「えへへ」


 結局、お風呂とトイレ以外では離してくれませんでした。

 他の子供達も、いつも以上に距離感が近かったです。

 見た目はやっぱり大事なんだな、と実感させられました。

 皆が完全に寝静まった後、ようやくトゥルー君からの脱出に成功。

 一人で外に出てみると――。

 いつものように美しい星空。

 冷たくて心地のよい風が頬を撫でました。


「ふぅ……」


 こうして冷たい夜風に当たっていると、なぜだか心が落ち着きます。

 私は冷静な気持ちを取り戻す事ができました。

 妖精さんが褐色ロリータ形体になって隣に降り立ちます。

 月明りに照らされて反射する白い雪。

 私が過去に住んでいた地域では見られなかった光景です。

 ……と教会の出口辺りに不審な人影が――ッッ!?!?


「あっ!」


 体の向きはそのままで、首だけを動かしてこちらを見て来た人影。

 その正体は……完璧なシャフ度を見せてくださった、人影の正体は――シッ!

 ――シルヴィアさん――ッッ!!?

 存在を完全に忘れていました。

 いけません、危険です。

 忘れて放置していたと悟られてしまうのだけは避けなくてはなりません。

 もし気が付かれたら領主様の屋敷で起こった出来事が繰り返されてしまいます。

 上手い事ごまかさなくては――。


「い……良い夜ですね、シルヴィアさん」

「ん、ああ、そういえばお前だったな」

「……?」


 こっちに向き直ったシルヴィアさん。

 その顔は、ほんの少しだけ寂しそうな表情をしているように見えました。


「一週間以内には元に戻るのだろう?」

「え、ええ……」


 明日の早朝。

 シルヴィアさんにハグをされてしまえば、それだけで元に戻るはずです。


「ふんっ。待っていてやる」

「へっ……?」


 ――待っていてくれる?

 もしかして――ハグを?

 あのシルヴィアさんが!?


「今のお前はニンゲンでも、それ以下でもない。私から言わせれば無機物のような存在だ。体温も無ければ、ハグをしても楽しくない。まるで雪だるまのようにな」


 妙に実感の籠っている、シルヴィアさんの言葉。

 雪山の頂に居た頃、雪だるまにハグをしていたのでしょうか……?


「くくっ、安心しろ。いつの間にか待っているのは得意分野になった」


 自嘲気味に笑ったシルヴィアさん。

 存在しているのかも判らない、私の胸が高鳴ります。


「私はな、五千年も待った。倒すべき敵も守るべき味方も居ないこの世界で、五千年も待ったんだ」


 星空に手をかざすシルヴィアさんは本当に美しく……。

 触れたら崩れてしまう、新雪の小さな雪山のような儚さがありました。

 こんな少女を、待たせてしまってもいいのでしょうか……?

 ――否。


「シルヴィ――」

「まぁ待て。私の話は最後まで聞くものだ」

「……はい」

「ハグの出来ない期間のツケは……――」


 ……おや。


「ニンゲンに戻ってから、三倍で返してくれ」


 良い顔でそう言ったシルヴィアさん。

 ――待たせても良さそうです。


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