『遺跡調査(前)』三

 三日後の早朝。

 探索の準備を終えた全員が依頼で指定された教会の前に集まりました。

 集まったメンバーは私を含めて七人で。

 ――否、荷物持ちのシルヴィアさんを含めれば八人。

 構成は索敵や罠感知をメインとした盗賊のミリィさんと〝猟犬群〟の子供達。

 そんな一行を出迎えてくれたのは、教会の司祭風の恰好をした男性です。


「冒険者様、よくぞ来て下さいました。ささっ、中へどうぞ」


 男に案内されるがまま付いていくと接客用の部屋に通されました。

 程々な調度品が置かれてはいますが、あまり高価なものではなさそうです。


「聞き及んでいるかと思われますが、発見された地下遺跡を無力化して頂きたい」

「本来であれば聞きたい事は山程あります。が、まぁ深くは詮索しません」


 私が男に向かってそう言ってやると男は途端に満面の笑みを浮かべました。

 内容の概要はジェンベルさんに知らされています。

 あの酒場に回ってくる依頼なので、知らない方がいいことも多いでしょう。

 なのに、気分を良くした男が饒舌に語り始めした。


「いやぁ、やはり表通りの冒険者ギルドに依頼を出さなくて正解でした。あちらは細かな事までしつこく詮索をしてから、ようやく依頼を始めますからね」


 恐らくはそれこそが正しい行動で安全に繋がる正しい行動。

 しかし、スラムの酒場に来る依頼は知らない方がいいものが多すぎます。


「ただし、騙したり罠に嵌めるつもりなら穴だらけになる覚悟をしておいて下さいね?」

「……っ」

「見た目は女子供に見える私達ですが、それなりの場数を踏んできています」


 私の言葉に、ほんの少したじろいだ司祭風の男。

 そして男は深い息を吐きだし、ゆっくりと口を開きました。


「神に誓って嵌めるつもりなど無いですとも。皆さんにお願いしたい事は依頼の内容通りの事だけ。それ以上でも以下でもありません」


 あまりにも普通過ぎる依頼に警戒していたのですが、比較的安全な匂いがします。

 多少の後ろめたさはあっても仕事に影響の無い程度であるように思えました。

 ですが、今回の依頼は私も慎重です。

 なにせ今回は、私一人ではありません。

 あからさまな罠であった場合、引き返す必要も出てきます。


「っと、一つだけ言い忘れていました」

「何ですか?」

「今回の依頼、一ヶ所にだけ依頼を出しているワケではありません」

「という事は……」

「先ほどご高名な方々が先行して遺跡に潜られました」

「高名、ですか」

「持ち帰る事の出来る獲得物は好きにしてもらって構いませんが、早い者勝ちです」

「私達としては依頼の報酬だけでも十分ですが収入が減るのは面白くないですね」

「準備は?」

「もう出来ています」

「それは良い! それでは早速、案内させて頂くとしましょう!」


 司祭に案内されるがまま付いて行くと教会の地下墓地にまで連れてこられました。

 そこには更に地下へと続く階段が存在います。

 その階段を下っていくと……床に大きな穴が開いていました。

 そこから下まではロープが垂れていて穴の底には魔石灯が一つ設置されています。

 遺跡と言われれば石造りのダンジョンを想像するのが普通なのでしょう。

 ですが今回は――違いました。

 通路の天井を何かが突き破ったような穴の下は左右に道が伸びています。

 その壁や床は――何らかの金属であるように思えました。


「まったく、参りましたよ。床に穴をあけて魔導機械が教会内へと侵入してきたのです」

「魔導機械、ですか……」


 ――魔導機械。

 初めて聞く単語ですが話の内容から考えるに動いて暴れるモノなのでしょう。

 シルヴィアさんに近い存在だった場合……。

 私が囮になって逃げ帰るしかありません。


「何千年も昔に滅びた文明の魔導機械が生きている。魔道具の原型となったとも言われている物で、ロマンのある話ですよね。ですが、こちらとしては迷惑な話です。なんせ教会内部に居ながら死傷者を出してしまったのです。こんな話が広がれば教会に足を運ぶ者が居なくなってしまうでしょう」


 外に漏れないと判断したのか、かなり饒舌になっている司祭風の男。

 色々とあって、ストレスが溜まっていたのかもしれません。


「安置室から死人を量産する魔導機械が溢れ出したとあっては外聞も悪すぎる」

「なるほど……」

「しかも挙句の果てにアンデッドまで湧きだしてきた!! ……っと、今の話はご内密に」

「勿論です。依頼人の秘密を漏らすような事はしません」

「それでは、どうかよろしくお願いします」


 小さく頭を下げた司祭風の男性。

 気密性の保持という理由でスラムの側に依頼を出したのでしょう。

 若干の後ろめたさを除けば本当に普通の依頼です。


「一応、我が教会で作っている魔石灯を支給します。何かあれば使い捨ててください」

「有難く頂戴します」


 魔石灯を腰に下げてロープで下まで降りてみると……。

 やはりと言うべきか、時代が大きく違っているような気がします。

 昔の文明は現在よりもかなり発展していたのかもしれません。

 他の皆が降りてくるまでの間に壁を触れてみれば、ひんやりと冷たい金属の壁。

 魔石灯を近づけて確認してみても劣化等は見当たりません。

 遥か昔の建造物だというのなら余程特別な技術が用いられた合金なのでしょう。

 千年単位で昔の建造物が、そのまま残っているなんて。


「ふんっ。まさか、こんな場所にも存在していたとはな」

「シルヴィアさん。知っている場所なのですか?」

「いや、似たようなものは知っているが、ココは初めてだ」


 通路の壁沿いにあった取っ手の無い扉に触れたシルヴィアさん。

 次の瞬間――「【ハッキング】」と言って扉を開いてしまいました。


「ふむ。個室のスリープ・プリザベーションが近年まで稼働していたらしい。これは中枢が生きている可能性が高いな」


 そんな事を言ったシルヴィアさんを尻目に部屋の中を覗いてみると……。

 いくつかの家具に写真立てが一つ。

 その写真立てには一枚の写真が入っています。

 写真に写っていたのは、人の良さそうなメガネを掛けた学者風の男に妻と娘。

 ファンタジー世界からSFの世界に来てしまったかのような……妙な気分です。

 タンスの中には衣類が入っていて、それらは全て男物であるように思えました。


「オッサン、遺跡ってすごいんだね」


 おっかなびっくりで部屋に入ってきたトゥルー君。


「え、ええ。本当に凄いです」


 凄い……という単純な言葉では言い表せない、途轍もない遺跡の現状。

 この遺跡を見ていると何か。

 奇妙な何かに気が付いてしまいそうな、そんな錯覚に陥ります。

 とここで――ズシンッ、と遺跡が小さく揺れました。


「今の地響き、何だと思います?」

「せ、戦闘音じゃないですか?」


 床に耳を当ててそう言ったミリィさん。


「……先を急ぎましょう。嫌な予感がします」




 ◇◆◇




「先生、この教会の地下は随分広いですね」


 二人は教会の安置室から続く穴の下へと赴いていた。

 先生の弟子である『ヨームル・ヴァイレーン』。

 その背には自身の開発した最新作である魔導機銃を背負っていた。

 ヨームルは魔力回復用の魔力ポーションを服の内側に収めている。

 更には背負っているパックパックにも大量のポーション類が詰め込まれていた。


「この地下遺跡は大きそうだねぇ。左右の扉のは開かないし、完全な一本道になっちょる」


 先生事、ヨームルの師匠である『ソフィー・フォイルゲン』。

 その格好はヨームルよりもかなり露出が高く、派手な色彩の服を着ている。

 様々な場所に魔法瓶を収めていて腰のウエストポーチにも予備の魔法瓶が入っていた。


「ですね」

「んむ、闇の蓄積によって空間が捻じ曲がり、空間が拡張されちょるね」

「という事は、道中のアンデッドは?」

「大体はそれが原因じゃな。まぁ、詳しくは知らないんだけどねぇ」


 見た目が少女とも言えるソフィー。

 腰まで伸びた薄い金髪を揺らしながら、ヨームルの前を歩いている。

 ソフィーは突然立ち止まり、ウエストポーチから二本の試験管型瓶を取り出した。

 蓋を開けたかと思えばヨームルに一本を振り掛け、もう一本を自身へと振りかける。


「何か居たんですか?」

「あぁ、数え切れない程の鼠がおるぞ。キミは私よりも目が良い筈なんだけどねぇ?」


 その言葉にヨームルが申し訳無さそうにしながら真剣に前を見つめれば……。

 その薄暗い通路の先には足の踏み場も無いほどの鼠――スモールラット。

 大量の鼠の魔物が蠢いていた。

 一匹一匹は大した強さでは無いにせよ一斉に襲い掛かってこられると厳しい。

 中衛と後衛しか居ない二人では、ひとたまりも無いだろう。


「処理せず進めるんですか?」

「その為の魔法瓶じゃて」


 そう言って鼠の群れに向かって歩き出したソフィー。

 鼠の群れが二手に分かれ、ソフィーに道を譲っているかのように避けていく。

 それに続き、ヨームルも早足にその場を通り抜けた。

 そのまま進む事しばらく……。

 ――タカタカタカタカッ!!

 とヨームルの魔導機銃が火を噴き、魔弾を打ち出して敵を討ち滅ぼす。

 敵は骨であったり肉の付いた腐った死体であったりと多種多様。

 アンデッド系中心の魔物が現れ、二人に襲い掛かっていた。


「ぐっ、やっぱり魔力の消費が激しい……ッッ!! ゾンビはまだマシですが、スケルトン系は俺の機関銃じゃかなり効きが悪いですよ先生! これは一度引き返して魔導火炎放射器を研究室から持ってきましょう!」


 弱音を吐くヨームル。

 魔導機械が中心に出てくると予想していたせいで、それ用の装備を持ってきていたのだ。


「情けないなぁキミは。まぁ私の魔法瓶もそれなりに減ってきているからねぇ。もう少し進んだら戻ろうかっ――とっ!!」


 最後の一体に魔法瓶を放り投げ付けたソフィー。

 それが命中したかと思えば、当たったスケルトンが溶けて消えた。


「もう少しという事は……この扉を開けるんですか?」


 ヨームルは渋い顔をしながら目前の重厚そうな扉をコンコンと叩く。


「んむ。ここまで魔導機械が出てきちょらん。魔導機械の破片くらいは持ち帰りたいねぇ」

「この先は大部屋ですよ? この扉の大きさ、ガーディアンが居るかもしれません」

「んにゃ。この遺跡の規模じゃと、ちょいと広めの通路って線もある」

「ですが……」

「まぁなんにせよ、この扉の先を調べたら結局帰る事になろうて。そう心配するな」

「本当ですね?」

「んむ。大部屋になっちょったら、その場で引き返せばええ」

「絶対に深追いはしないでくださいね」

「ほいほい。前衛代わりは頼んだよ。ほら、開けた開けた」

「……はい」


 渋々と重厚な扉に手を掛けたヨームル。

 開かなければいいのにと思いながら扉を引いたが――開く。

 ギギギ、と大きな摩擦音を通路に響かせ、扉が開いた。

 慎重に先を覗き込んだヨームルは、ホッと息を吐き出す。

 中が明るくなっていたので警戒したが壁と床が光っているのみで何もない。


「これなら自前の光源は必要ないですね」

「うむ。こんなに生きている遺跡は初めてだねぇ。年甲斐もなく胸が高鳴るて」

「左右に簡素な扉はありますが、通路ですね。扉の中には入らず通路だけを調べましょう」

「むぅ。まぁ仕方あるまい」

「そんな顔しないでください。そんなに頬を膨らませていると、ツンツンしたくなります」


 その言葉に何を思ったか、さらに頬を膨らませたソフィー。

 苦笑いを浮かべながらも、ヨームルは部屋の中に入っていく。

 ふくれ面でそれに続くソフィー。

 当然と言うべきか……。

 左右に延びている視界の届かない通路から這いずるような音が聞こえてきた。

 それが二人に近づいてくる。


「来ますよ!」


 そうヨームルが言った瞬間――。

 バタンッ!

 と大きな音を立てて背後にあった重厚な扉が閉まった。


「な!?」

「む、初めてのパターン。いや左右の扉の何処かに後ろの扉を開く装置が……」

「どちらにせよ、今は目の前の敵に対処しますよ!」


 ヨームルは早速とばかりに銃声を響かせる。

 魔力ポーションの数はかなり減らしてはいたが目の前の敵は殲滅できる。

 十分以上に用意していたポーションには、まだまだ余裕がった。

 だからこそ、ヨームルは遠慮せずに魔力で銃弾をばら撒く。


「ほっ!」


 それに続いてソフィーは、幾つかの魔法瓶を投げた。

 しばらく戦闘は続いた。

 が、スケルトンはソフィーの範囲攻撃を恐れてか勢いよく迫ってはこない。

 ソフィーの投げる魔法瓶は一つで数体の敵を巻き込み、一撃で仕留めていく。

 十分程の時間が経過した頃……敵の殲滅が完了した。


「ふぅ。なんとか片付きましたね」


 ヨームルは額から汗を流しながら魔力回復のポーションを呷る。

 かなりポーションを飲み干しているが、ポーションは胃に溜まるものでは無い。

 だからこそ幾らでも飲む事が出来た。


「――っ。急いで脱出の方法を見つけたほうが良いかもしれないねぇ」

「どうかしました……?」


 ヨームルがソフィーにそう問いかけた瞬間――。


『死にやがれ下さい』


 そんな声が響いたかと思えば、壁が全て外側へと倒れた。

 一つの通路であったこの場が瞬く間に巨大な広場へと変化した。

 ボッボッボッ! と連続した音を響かせ、壁際全てに火が灯る。

 天井を気にしていなかった二人の頭上にあった巨大な皿にも火が灯った。

 部屋全体を照らし出した炎。

 そうして二人は――気が付いた。

 周囲をよく見渡さずとも、ソレを見つけてしまう。

 左右に一体ずつ存在していた、赤黒い肉塊の化け物。

 先程倒した敵がそれらに吸い寄せられて吸収された。

 二つの肉塊は蠢いたかと思えば中央で一つに合体し――巨大な一つの肉塊へ。

 その目は酷く濁っていて、その赤黒い肉体は表皮と言うよりは内臓のそれ。

 とてもではないが――この世の生物とは思えない。


『……ダズゥ……ゲェェェェェェェェェェェェ!!』


 粟が立つような不気味な声を上げ、ソレが蠢いている。

 何処からともなく聞こえてくる不気味な笑い声。

 クスクスという不気味な笑い声が――二重に木霊した。


「先生!! 奴が動き出す前に一番強力な魔法瓶を投げてください!!」

「…………」


 呆然と立ち尽くすソフィー。


「先生……?」

「……ない」

「え?」

「さっき魔法瓶は使い切って……使い切っちゃった……」


 その瞳には涙と絶望。

 ヨームルは悟る。この状況が最低最悪である事を。


「こんな事ならケチったりしないで、ありったけの魔法瓶を詰め込むんだった……」

「先生、『ねぇ』の語尾を付け忘れてますよ。なに普通の幼女になってんですか!」

「ごめん……」

「あと言わせてください」

「ん……」

「何やってんですか――せんせぇぇえぇぇぇぇえええええええええええええ!!」


 涙をポロポロとこぼすソフィー肩をヨームルが掴んだ。


「万全な準備で来て下さいよぉおぉぉぉおおおおおおおお!!」


 ビクリッと泣き顔で震えるソフィーが、ヨームルの方を向く。


「死ぬ前に、私のおっぱいくらいなら触らせてあげてもいいよ?」

「先生、超諦めてる! どうしようも無いくらいに諦めてるぅうぅうううう!!」


 蠢いていただけの巨大な肉塊が動きだした。

 素早い触手を――ソフィーの方へと伸ばす。

 その先は赤黒く尖った銛のようになっていて、相当な硬度が窺い知れた。


「あぁ……」


 呆けて動けないソフィーの目前に迫る触手。

 ソフィーは自身が肉塊に変わる姿を想像して、目を瞑った。

 が――。


「何っ、諦めてるんですか先生――ッッ!!」

「ゴフッ!」


 ヨームルが全力の蹴りをソフィーに与えて遠くに蹴り飛ばす。

 その上で自身もその触手から逃れようとしたヨームル。

 が、間に合わずに殴られ、吹き飛ばされた。

 壁に叩きつけられて血を吐くヨームル。

 即座に内ポケットから赤い試験管を取り出し呷るが、追撃の触手が迫ってきている。

 体は――まだ動かない。

 だが、そんなヨームルの前に影が現れた。


「先生、死にますよ?」

「何、キミ一人では逝かせないさね。まぁ先に死ぬのなら――先生である私からだねぇ」


 つい先程ヨームルに蹴り飛ばされたソフィーは正気を取り戻す事に成功した。

 自分の判断ミスと驕りからこの状況を招いてしまったという事実。

 それにヨームルを巻き込んでしまったショックから呆然としてしまったのだ。

 だが、ヨームルの蹴りによって正気を取り戻す事に成功した。

 正気を取り戻していたソフィーには――。

 自身を蹴り飛ばしたヨームルが触手に殴られ、吹き飛ばされるのが見えていた。

 ――せめて盾くらいには、とヨームルの元に駆け出していたのだ。

 当然、二人共助からない事は目に見えて分かっていた。

 だと言うのに互いを庇い合おうとする二人。

 が、そんな二人に対しても無慈悲な触手は迫ってきている。

 次の瞬間――二人の間に、別の触手が割り込んできた。




 ―――飛び散る、謎の汁。


「「……へっ?」」


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