『スーパーなおっさん』二、
「では、よろしくお願いします」
妖精さんはクスクスと笑い、ふわふわと移動を開始しました。
目的地までワープするのかと思っていましたが、どうやら違うご様子。
「ちなみに妖精さん、妖精さんと会話をする事は出来ないのですか?」
その言葉を聞くなり空中で一時停止した妖精さん。
こちらを見た妖精さんは一切揺れない自身の胸を、ドンッ! と叩きました。
次の瞬間、妖精さんはクスクスと笑い声を響かせながら空中で一回転。
妖精さんが一瞬だけ黒い光に包まれました。
そして次に現れた妖精さんのお姿は、正真正銘の褐色ロリータ様。
妖精さんの美しい銀髪が腰まで伸びています。
「…………」
地面降り立ち、褐色幼女形体と化した妖精さん。
髪と同じ色をした白銀の眠たげな双眸。
しかしその表情は……そのジト目スタイルから一切変化しない表情筋。
妖精さん形体ではクスクスと笑っていたというのに、今はクスリ笑っていません。
なんとかして笑って頂きたいところ。
「妖精さん、何かしてほしい事はないですか?」
「……ある」
「おお、何でも言ってみてください!」
「……死んで欲しい」
「!?」
おっとベイビー、こいつぁヘビー。
初めて聞くことのできた妖精さんの話し声。
それは聞く者全てを魅了にする程に美しく、透き通った声でした。
だというのに、容赦なく濁り切っているお願いの内容。
まさか死を願われるとは……。
「…………」
「…………」
気まずい沈黙。
……いえ、気まずいと感じているのは私の方だけなのかもしれません。
妖精さんは暇そうに背中開きセーターの裾を揺らします。
絶妙にむっちりとした絶対に柔らかい妖精さんの御足。
その御足で数歩、こちらへと近づいてきました。
歩くのに慣れていないのか、ぽてっぽてっ、とした歩き方をしています。
「もしかして、私と一緒に居たくないのですか?」
思えば妖精さんの気持ちを、こうして直接聞くのは初めての事。
……まぁ嫌われているというのであれば、仕方がありません。
塩対応には慣れています。
「……ううん、必要だよ……」
側にまで来くると、足にひしっと抱き付いて動きを止めた妖精さん。
あまりにも嬉しすぎるシチュエーションに――。
最初に言われた言葉が、次元彼方へと吹き飛んでいってしまいました。
脳内では煩悩議員達が、会議という名の葛藤を繰り広げています。
――議長、これは今すぐに宿屋を探してベットインする案件ですぞ。
――いや副議長、それは流石にいざ早漏と言うものであろう。
――その通り! 第一、この世界の法律がそれを許さない可能性もあるんだ。
――おっさんもそう思います。
――全員おっさんゾ。
――ふむ。では好物を買い与え、慎重に好感度を稼ぎつつ行動するのはどうかね。
――待つんだお前達。この風紀を司る私から言わせれば、ロリータ様は愛でるもの。
――つまり、手を出していい存在では無いと……?
――その通り。お前達は今すぐ、その粗末なモノを納めるのだ。
――風紀よ、お前のモノも我らと同じぞ。
――とはいえ、言っている事は最もだ。風紀の案で決着としてよいな?
――『『『異議なし』』』
僅かな時間の間に決着の付いた、おっさん脳内会議。
私はなんとか、イキリ立とうとしていたマイサンを沈める事に成功しました。
ついでに褐色幼女形体になった妖精さんの頭も優しく撫でてみます。
それでは脳内会議に従い、プランBといきましょう。
「妖精さんのお気持ちは嬉しいのですが……っと、目的地への案内をお願いしても?」
プランB、話題逸らし。
「…………」
小さくコクリ、と頷いた妖精さん。
このお願いでも死ぬのでは、と身構えましたが、どれだけ待っても死にません。
最初のお願いが継続しているのでしょうか?
「では行きま――」
「オイオイおっさん! ここがスラムだぜ? 不用心だなァ!」
「あぁその通り! 許せねぇなぁ。そう、これは実に許されない問題だ」
「まぁ俺たちにぶん取られても文句は言えねェってェ訳だ。覚悟しろよ?」
唐突に路地裏から姿を現したのは、武器を持った小汚い男達。
足がガクガクと震え出してきてしまいました。
ですが恐怖で震える足を押さえつけ、なんとか腰は抜かさまいと踏ん張ります。
「はいわかりました……だなんて、言えるわけがないじゃないですか」
妖精さんをこの男達に引き渡した後の事を想像し、絞り出したなけなしの勇気。
様々な場面で助けてくれた妖精さん。
そんな彼女を見捨てて逃げるだなんて、そんな選択肢は……ありません。
「ま、そりゃそうか」
「状況がわかってねぇなァ。死ぬぜ? おまえ」
「いいさいいさ、楽しみが一つ増えたと思えばな」
震える手で、バックパックに立てかけてあったロングソードを構えます。
――が、それは要らぬ心配であった事を瞬時に悟りました。
妖精さんが私から離れ、路地裏から現れた小汚い男達の方を見た瞬間。
「――ひっ!」
小汚い男の誰かが短く悲鳴を上げました。
何故か恐怖に歪んでいる小汚い男達の顔。
――響く、妖精さんの笑い声。
妖精さんが、鈴の音のように美しい声でクスクス笑っています。
先程まではクスリとも笑っていなかったというのに、今は満面の笑み。
妖精さんは最高に影のある笑みを浮かべて、嬉しそうに笑っていました。
「く、クソッタレ! いくらスラムだからってよ、そんな化け物みてぇな魔物……」
「いや、魔族だろ!」
「……どっちでも良い! 兎に角、そんな奴を連れて歩いて良いワケがねぇんだよッ!」
「こ、こいつ……目、目がッ!」
「口もだ!! く、くそっ! なんて濁った声をしてやがる!!」
「お、俺は変と思ったんだ!! こんな場所にいる魔術師がマトモな訳が無いってな!」
後退りしながら思い思いの事を言っている小汚い男達。
今の私の格好は魔術師に見えるのでしょうか。
それにしても……。
こんなに可愛らしい幼女形態の妖精さんを見て後退るとは、なんと失礼な。
むしろ距離を詰めたくなるのが当然なのではないのでしょうか?
可能であればお手てを繋いで頂きたいところ。
「ど、どうすんだ? 殺るのか? このクソ汚ねぇ男ごと!」
「む、無理だ! 俺はもう一歩も近づけねえ……!」
「じゃあさっさと逃げ――――オエッ……ゴボォッッ!!」
――ドチャリ。
話している最中に突然何かを吐き出した小汚い男達の一人。
吐き出された物体は赤黒く、うねうねと動いています。
この世界の者は皆、体内にこんなものを飼っているのでしょうか。
「ヴォオオオオェ――ッッ!!」
続けて別の小汚い男がドチャリ、と同じものを吐き出しました。
「や、やってらんねぇ! お、俺は逃げる――ゴボッ」
散り散りになって逃げいく小汚い男達。
可能であれば、体内で飼育していたペットは回収していってほしかったところ。
「えっ……」
地面で蠢いている物体を拾い上げた褐色幼女形態の妖精さん。
――次の瞬間、大きく口を開け、その物体を一口で飲んでしまいました。
モッチャモッチャと動いている妖精さんのもっちりお頬。
食べている姿を見ると何故か美味しそうに見えてくるから、世の中不思議なものです。
「ソレ、美味しいのですか……?」
口の中で租借していた謎の物体を飲み込み、一つ頷いた妖精さん。
そして、地面に落ちていた一つを差し出してきました。
まさかこの世界では、このようなものが珍味なのでしょうか。
いえ……とてもではありませんが私には無理です。
なんというか、その謎の物体がヒトの未熟児のようで……いえ、きっと海鼠。
海鼠に似ているのです、間違いありません。
「いえ、一人で食べてしまって大丈夫ですよ」
「…………」
何も言わずとも、僅かに表情を緩めた褐色幼女形体の妖精さん。
妖精さんは勢いよく、海鼠のようなそれらを平らげていきます。
落ちていたそれらを平らげた頃には、妖精さんの口元は謎の赤い汁で濡れていました。
◇
――化け物だ。
男は逃げながら、そう強く思った。
自身を含めたほぼ全員が、口から赤黒い生き物を吐き出した。
それは人の形をしていたようにも見えたが……少し違う。
あの魔導師風の男が連れていた幼女の正面姿は、完全に化け物のそれだ。
後ろ姿が上玉だったせいで全員が騙された。
――肩が、妙に重い。
褐色幼女の耳の尖り具合を見て、小汚い男たちは、『アレ』の誘拐を考えた。
ダークエルフの子供かと思ったのだ。
だが、男は『アレ』正面姿を見た瞬間に、理解した。
――あれはヤバイ、と。
幼女を正面から見た姿は、完全に亡者のそれ。
正面から見た肌は枯れ木のようであり、絶対に人間では在り得ない姿。
ゾンビやスケルトンの類なら知っていたが、『アレ』は、完全に一線を隔する存在。
それと同時に、男は理解する事が出来てしまった。
あの化け物は、この世界に存在していてはならない存在なのだと。
特に危険なのはあの幼女の目。
思い出すだけで正気を奪われそうになる完全で終わりの見えない、闇の瞳だったのだ。
目が無いだけのスケルトンとは違う。
見れば吸い込まれそうになる、母なる漆黒の闇。
それは僅かに蠢いているようにも見えた。
……開きっぱなしの口は、完全な赤。
歯や舌などは存在せず、血のように赤黒い赤。
目にあった漆黒の闇と同じく、僅かに蠢いていた。
――肩が……妙に重い。
突然笑い出した化け物から聞こえて来た声は、信じられない程に不気味な声。
この世の物とは思えない声だ。
絶対に普通の生物が発してもいい声ではない、悍ましい声。
そう断言できる程に、凄まじい声。
事実男はその声を聞いた瞬間、背筋が掻き毟られているような錯覚に陥った。
泡立つような笑い声を化け物が上げると、仲間の一人が、口から何かを吐き出した。
――肩が……重い……。
その吐き出されたソレは確かに動き、手モドキを伸ばしてきた。
そして男は、ソレに近いものを知っている。
ソレは男が妊婦を〝使った〟時の事。
ソレは小さな赤子。
いや、妊婦が流産してしまった際に稀に見る――〝なり損ない〟。
赤く、血のようなものを纏っているそれは……確かに手を伸ばしたのだ。
吐き出した者の方へと向かって……。
――……肩が……。
吐き出していない者も居たが、男は吐き出し、そして逃げた。
現在、男の周りには誰も居ない。
当然だ、みんな自分が逃げるのに必死だったのだから。
男は両肩の重さを異常な程に重く感じてしまい、ついに立ち止まってしまった。
男は、本能的に理解する。
この肩に圧し掛かる重さは、自身の犯した罪の重さなのだと。
――犯した罪の重さが、両肩に圧し掛かる――。
振り向いては駄目だ。
本能的には理解していたのだが、男の首は勝手に動く。
そして――見た。
「……ああ……おかぁ――――」
肩に圧し掛かっていた正体。
それは赤黒い、数え切れない程の――〝なり損ない〟たち。
男は薄く赤黒い染みを残して、身に付けていた物共々、地面に消えた。
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