『スーパーなおっさん』一、

 先程まで豚の居た部屋の扉を開くと――。

 そこに居たのは、全裸の衛兵さん達と謎の光に包まれているダイアナさん。

 謎の光は妖精さんの仕業なのでしょうか?

 チラリと妖精さんの方を見てみます。

 響く、クスクスという妖精さんの笑い声。

 あの光はどうにかならないものでしょうか。

 見れば無い胸をドンッと叩き、任せなさいなご様子の妖精さん。

 ――妖精さん!!


「それでは妖精さん、ダイアナさんを包む謎の光を――取り除いてください!!」 


 名前を呼ばれたのに驚いたのか、慌てた様子でこちらを見てきた全裸のダイアナさん。

 お返しに私も、ダイアナさんをしっとりと凝視。

 次の瞬間。


『死にましたー』


 ジーザス! なんという事を。

 まさかこのタイミングで謎死を迎えてしまうとは。

 暗闇が晴れた直後。はやる気持ちを抑えながら、駆け足で部屋の中へと突入。

 部屋の中には……確かに居ました。

 光に包まれていないダイアナさんや衛兵さん達。

 ただし、フル装備で。


「……許しませんよ、ジーザス」

「お、おいっ! 今の言葉は魔術の起動句か!?」

「それはない。魔術には触媒が必要だが、奴は何も所持していない! 全裸だ!!」

「いや、体内に触媒を隠しているタイプかもしれない、油断するな!!」

「クソッ、不気味な笑い声が聞こえてきやがる!! 発生源は何処だ?」


 ただの呟き声に対して異様な反応見せる衛兵さん達。

 言っている事の意味は……全くもって理解出来ません。

 最後の衛兵さんに限っては盲者なのでしょうか?

 笑い声の発生源である妖精さんは、今も私の頭上に浮かんでいます。

 だというのに衛兵さんの視線は、あっちへふらふら、こっちへふらふら……。


「ダイアナさ……」


 見ると、胸の前に手を合わせ、何かに祈りを捧げているダイアナさん。

 気が動転しているのか、何かを諦めたように目を閉じています。


「皆さん、何をそんなに怯えているのですか?」

「おっ、お前が、俺達を豚にしたからだろうッ!!」

「くそう、見たことも無い術の行使! これが異世界からの旅人か!」

「あ、有給で今すぐ帰らせて頂きます」

「俺も」「俺も」「俺も」

「異世界には有給休暇なるものがあるらしいが、この世界にはそんな甘えたものはない!!」


 男性衛兵さんらの言葉に憤り、そう怒鳴り返したダイアナさん。

 なんというブラック企業。

 社畜化しなければ生き残れないとは、恐ろしき異世界の雇用形態。


「……コホン。まだ衛兵を続けたいという者だけ、ここに残れ」


 何処かへと去って行ってしまった部屋の中に居た不真面目な衛兵さん達。

 今この部屋に残っているのは、ダイアナさんを含めて四人。


「――出ていった奴等なんて、ダーイッ嫌いだッ!!」


 どこかで耳にしたような口調で怒鳴りながら机を叩いたダイアナさん。

 呼吸が荒くなっていますが、大丈夫でしょうか。


「こ、此度は私の部下達が貴殿に不敬を働き、まこ、真に、申し訳なかった」

「気にしていません……と言えないのが、世の中の厳しさでしょうか?」

「ヒッ……」


 青い顔をして距離を取ろうとしているダイアナさん。

 実際のところ剣で刺されているので、何かなくては終われません。


「まぁ、依頼報酬の上乗せか、ダイアナさんのパンツで手を打ちますよ」

「……この部屋に〝居た者たち〟の給料の一部を報酬に上乗せしよう。……どうだ?」

「パンツで! 手を!! 打ちます!!!」

「勘弁してくれ……私的な部分からも出すから、それで水に流してほしい……」


 本当に参っている様子のダイアナさん。

 こんな時、相手が女性だと強く出られなくなってしまうのは男の性でしょうか。


「パンツだけでも良かったのですが……まぁ、それでも構いません」

「よかった! 報酬はすぐに用意する、少し待っててくれ」


 欲しかったです……パンツ。


「次回はきちんと注意してくださいよ」

「ああ、勿論だとも! …………ん? 次回……?」


 次回って何だ? と呟きながら部屋を出て行ったダイアナさん。

 報酬を受けと取ってから詰所を出ると、不思議な解放感がやってきました。

 シャバ空気はおいしいです。

 ケーキを作るよりの刑期を務めるのが得意なナイスガイ。

 私は衛兵さんに教えて頂いた道順を頼りに、市場へと向かいます。

 買い込んだものは、シチューに必要な材料を始めとした適当な食材と、その調理器具。

 妖精さんの為に蜂蜜と適当なパンも購入しました。


「あとは……」


 買ったものをバックパックに詰め込みながら自身の格好を改めてみてみると……。

 完全に浮浪者。

 これは流石によくありません。


「これください」

「あいよ、銀貨二枚ね」


 防水らしいフード付きローブを古着屋で購入。

 下に着ているボロ服はローブに隠れるので、もう浮浪者には見られないでしょう。

 あとは……生活環境。

 何一つ知らない街中で目的も無く動くのは、愚の骨頂コケコッコー。

 私は町の中を練り歩き、孤児院を探します。

 料理自体は得意なので、そこで働きつつ異世界に慣れるのがいいでしょう。

 特製の白シチューをお腹一杯に食べさせ、幸せいっぱいにしてあげたいところ。

 私は悪意や下心の無い、善良な心構えを持って町の孤児院等を訪ねます。


「はて、このサロンパ孤児院に何か御用ですかな?」

「えっと……いえ、失礼しました」


 どこの孤児院でも同じく、孤児にしては身なりの綺麗すぎる孤児院の孤児たち。

 不自然な程にしっかりとした生活を送っています。

 これでは料理を振舞って好かれるという場面が想像出来ません。

 逆にバックパックを背負って孤児院の中へと入っていくと……何故か怯えだす子供達。

 一部の子供達は表情を強張らせ、恐怖の表情さえ浮かべていました。

 ――何故?

 どこの孤児院に行っても似たような反応を示す孤児たち。

 流石に気になったので、孤児院の院長に話しを聞いてみることに。


「どうもどうも、気に入った子はおられましたかな?」

「――っ!」


 孤児院の院長が口にした言葉は、まるで女衒。

 たった一言で全てを理解してしまいました。

 孤児達が孤児院から食べ物を与えられて食べているのではありません。

 孤児院が、孤児達を食い物にしていたのです。

 ……確かにかわいそうですが、それをどうにかする事は出来ません。

 孤児達は一人で生きていけないから、孤児院に居るはず。

 つまりその孤児院をどうにかしてしまえば、孤児達の行く末は火を見るより明らか。

 孤児達は絶望の中で飢餓に苦しむでしょう。

 ……無力感に苛まれます。

 こんなの、一人の力ではどうしようもありません。

 私は適当に町の中を歩き、ふと辺りを見回してみると……。

 町の景色が一変していて、荒れた感じの街並みに変化していました。

 まさかと思いながら背後を確認してみると、三つに枝分かれしている路地

 これは……。


「迷いました」


 絶望スーパーハード。

 薄暗い路地の隙間から注がれる、誰のものとも知れぬ鋭い視線。

 これ以上闇雲に動くのは危険かもしれません。

 勝手知らぬ町の中を適当に歩けば、道に迷うのも当然というもの。

 適当な場所に腰を下ろし、今日起こった出来事について考えてみましょう。


「ふぅ……」


 まず、朧気ながら気が付いた事を一つ。

 妖精さんに対して願い事を言うと、お願いを叶えて貰える代わりに死ぬという可能性。

 最初にお願いをした時は大丈夫だったので、これに関してはよく分かりません。

 チラリと妖精さんを見てみると、目が合った妖精さんはクスクスと笑いました。

 そのまま私の頭部へと移動し、腰を下ろした妖精さん。


「試してみますか……」


 ものは試し。妖精さんにお願いをしてみるとしましょう。

 百聞は一見にしかず。聞くは一瞬の恥、聞かぬは一生の恥、ともいうことですし。


「妖精さん、私をこの世界で一番の……モテ男にしてください!!」

「…………」


 頭の上で首を大きく横に振られたような気がしました。

 いえ、きっと気のせいしょう。

 人を豚に変える程の力があって、おっさんをモテ男にできないはずがありません。

 つまり妖精さんにお願い事を叶える能力は……無い。

 そうでなくてはなりません。

 ……とはいえ念のため、もう一度だけ試してみましょう。


「妖精さん、美人さんが管理していて休める場所に……連れていってください!」


 ――響く、妖精さんの笑い声。

 私の体の中から、ごっそりと何かが抜け出て行ったような気がしました。

 ……いえ、気のせいではありません。

 何度も繰り返されたせいで、少しずつ知覚出来るようになったこの感覚。

 僅かな倦怠感と共に僅かに重くなる体。

 妖精さんにお願い事をする。もしくはし続けると命を落とす。

 それはもう間違いないでしょう。

 しかし、では何故、先程のお願いは駄目だったのでしょうか?

 いえ、これもこれ以上考えると泥沼になる案件です。

 これ以上この事を考えるのは……止めておきましょう。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る