『理不尽な闇の手』二
――勝った、のでしょうか……?
正気になって辺りを見回してみると子供達の数は三十人近くになっていました。
その全員が虚ろな表情になっています。
ずっしりと感じられる重さに目を落としてみれば……。
私の腕の中には狂喜の笑みを浮かべている、ダヌアさん。
一体、何を見て喜んでいるのでしょうか。
黒魔術師っぽい格好をしているダヌアさん。
その事から見て、この暗闇の空間に魅せられているのかもしれません。
つい先程までは無謀な突撃を繰り返していた魔王軍。
それらは全力の撤退――否、逃走を始めています。
『『『うおぉぉおおおおおおおお――――っっ!!』』』
腕自慢の冒険者を始めとした兵士の方々が勝鬨を上げていました。
生き残った者達が町の中に残っている魔王軍の掃討を開始します。
ふっ……と消えた、この場に広がっていた暗闇。
子供達が全員その場に倒れてしまいます。
私は体の全身にゴワゴワとした妙な違和感を覚え――暗転。
『死にましたー』
暗闇から復帰すると……目の前には魔法瓶らしき物を持っているダヌアさん。
地面に這いつくばって何かをかき集めるような動作をしています。
――えっ?
「ダヌアさん……? 重症だったのでは?」
「――ピっ!!? あ、うん、もう治ったかな? 自然治癒の付与をローブにしてあるし」
「なるほど」
「うんうん、これが噂の〝肉塊〟かぁ」
「まぁ……」
「目の前で突然溶けられるのは心臓に悪からさ、やめてほしいんだけど?」
「ごめんなさい」
「ね、ね! ちょっと調べてみたいからさ! 腕を一本だけくれないかな?」
「普通に嫌ですが?」
「……残念……」
残念そうにションボリしたダヌアさん。
ダヌアさんはパンパン、とローブの埃を払い落しながら立ち上がりました。
が、すぐさまその行動を後悔するような表情になっています。
「あっちゃー……」
見れば、ベッタリとローブに付着していた血液が手にも付着していました。
元々全体的に血濡れとなっていたダヌアさん。
とはいえ、まともな神経をしているのであれば嫌な気持ちにはなるでしょう。
「ところでお客さん、服は着ないの?」
「あっ」
私が慌ててマイサンを隠したところで――ふわり、と何かが被せられました。
半端じゃないくらいに良い匂いがします。
穴から頭を出してみると……。
それは、ダヌアさんの着ていたフード付きローブであると判明しました。
「助けてくれたお礼。サイズは自動調整の付与効果もあるから、ピッタリだと思うよ?」
人差し指を立てて、ニィッといい笑顔を向けてきたダヌアさん。
地味な黒いローブの下は以外とオシャレな、ふわふわ多めの防寒着を着ていました。
――なぜこの町には、こんなにも魅力的な女性ばかりいるのでしょうか。
「最高のお礼ですね」
「まぁ自浄作用が無い戦闘特化のだから、帰ったらちゃんと血を洗い流した方がいいよ」
「一応聞いておきますが、血濡れが嫌だったから押し付けた、とかじゃないですよね?」
「さぁ、どっちだろうね?」
ダヌアさんは再びニカッと笑い、一本のポーションを飲み干しました。
褐色幼女形体の妖精さんが抱えていた謎鳥を受け取ったダヌアさん。
最後にもう一度だけ私の方に笑みを向けて御機嫌な雰囲気で去って行きました。
「……やっぱりオッサンか。助かったぞ」
「相変わらずねぇ~」
「ボロロッカさんにリュリュさん!」
かなりボロボロの格好で姿を現したお二人。
特にポロロッカさんは酷い有様で……全身を何かに焼かれたような。
そんな痕が見て取れます。
「お二人とも酷い格好をしてますね」
「……オッサンにだけは言われたくないぞ? それに、俺の怪我は見た目程酷くない」
「飛んできた燃え盛る岩から私を守ったのよねぇ。無茶するわぁ~」
「……黙ってろ」
ポロロッカさんの負傷は投石器の攻撃からリュリュさんを守った結果なのでしょう。
よく見てみるとリュリュさんは嬉しそうでありながらも悲しそうな。
それでいて心配しているような……。
そんな複雑な感情の入り混じった表情をして、ポロロッカさんを見ていました。
私の知らぬ場所で、お二人の距離が更に縮まったようです。
「戦争は……勝った、のですよね?」
「……違うな。奴等の発言から考えるに戦争は始まったばかりだ。引き際が良すぎる」
「まぁ今回の防衛戦だけで言えばぁ、勝ったと言って間違いないわよぉ~」
「今回のという事は……コレが、これからも続くのですか」
辺りには多くの敵味方の遺体が落ちています。
親しい者を失った者だって多くいるでしょう。
「オッサンは戦闘能力の高さと違って戦いが嫌いよねぇ」
自嘲気味な苦笑いを浮かべて呆れたように肩を竦めたリュリュさん。
「時と場合によります。私から仕掛ける事もあるのですが……いえ、何でもありません」
場合によっては一人で町から出て行って魔王軍に仕掛ければいい。
そうすれば、この世界で悲しい思いをする者はいなくなるでしょう。
「……まさか一人で仕掛けて自分自身に被害が出るのは良くとも他の誰かに被害が出るのは嫌だ、とかじゃあないだろうな?」
不自然に会話を切ったのに感付かれたのでしょう。
ポロロッカさんがそんな事を言ってきました
「ポロロロッカさんは、サイコメトリーの超能力者かなにかですか?」
「……言葉の意味は解らんが、図星だったというのだけは理解した」
若干顔を顰めたポロロッカさんでしたが真面目な表情で言葉を続けます。
「……それはお前のエゴだ、とか誰かは自分で助かるものだ、とか。そういった抗弁を垂れるつもりはない。俺は元犯罪奴隷だから説教をする資格なんてものは持っちゃいない。だが、オッサンがそういう性格だと悲しむ者が多く出るだろうな」
――悲しむ者。
何時だって私は……失って悲しむ側でした。
「本当に居るのでしょうか? 私の事で悲しんでくれる人なんて」
「……居るさ。スラムにいる廃教会の連中は泣いて悲しむはずだ」
「…………」
「……もし違ったとしても俺だけは……少なくとも、俺だけは確実に泣いてやれるぞ」
「ポロロッカさん」
真っ直ぐに見つめてくるポロロッカさんの瞳の中には、私が映っていました。
その姿は不安げに上を見上げている私自身の姿。
吹けば消えてしまいそうな蝋燭の炎のようにも見える、私の姿。
「あらぁ~、あんまりアツアツなところを見せ付けられるとぉ、二人の体でモニュメントを作りたくなっちゃうわよぉ?」
――ッ!!?
「……おいマテ、今のはそういう空気じゃなかっただろう……!!?」
「最近は殺人衝動を完全に抑えられてたんだけどぉ、ねぇ?」
妖艶な流し目を送ってくるリュリュさん。
「リュリュさん。今晩はポロロッカさんを好きにしていいので今は抑えてください」
「……!!? おいオッサン、人の体をっ! 勝手に売るんじゃあない……!!」
「ん、勿論それで手を打たせてもらうわぁ~」
「……ッッ!?!?」
「ああっと、そうでした!」
「よかった……正気に戻ったか」
「〝ただし性的な意味で〟と付け加えておきますね」
「この狂人どもめッ……! 俺は逃げるぞ!」
血相を変えて逃げ出したポロロッカさん。
が、その逃走距離――僅か三歩のお散歩。
「あらあらぁ~、わたしからは逃げられないわよぉ? オ・オ・カ・ミ・さんっ」
「どっちが狼だ! どっちがッ!」
「そんなコト言って、いいのかしらぁ~?」
「あっ、おい待て! 腕に胸を押し付けるな……! 耳に息がぁッ……あぁッ……!!」
がっしりと腕にだいしゅき抱き付きをされて捕獲されてしまったポロロッカさん。
借りてきた子犬のように大人しく引きずられていきました。
そうしてポロロッカさんとリュリュさんが見えなくなった頃……。
私は体から力を抜きいて再び壁へともたれ掛かります。
冷たい石造りの壁が今は酷く温かく感じられました。
私の鼻先に何か冷たいものが当たります。
「あぁ、とうとう降ってきましたか……」
空から落ちてきた白いものが、チラチラと地面に降り注いでいます。
空に打ち上げられている光源が、それを優しく照らし出しました。
「魔王軍の進行は、これで中止されるのでしょうか……」
冷静になって考えてみると、このタイミングでの進行はかなり不自然なものです。
冬季でも関係なく攻めてくるのでは、と思わずにはいられません。
白い雪がちらちらと降り注ぎ、それが私の頬に当たりました。
「あっ、居たいたっ! 勇者様ー!」
「この声は……リアですか」
顔を上げてその姿を確認して見ると――。
そこに立っていたのは満面の笑みを浮かべているナターリア。
顔が血濡れていなければ、その笑顔はもっと愛らしく映っていた事でしょう。
「大丈夫……? んぅっ……」
私は血で汚れていない部分を使って顔に付着した血液を拭き取ってやります。
左目の魔眼を覆っている眼帯が邪魔ではあるのですが……。
まぁ、ある程度は綺麗にしてあげることができました。
「うふふっ。わたしなんかよりも勇者様の方が酷い恰好をしているわっ!」
「ですかね?」
「みんなは先に帰っているのだけど……勇者様! 私と一緒に帰りましょう?」
「はい。荷物……とシルヴィアさんを回収しながらでも大丈夫ですか?」
「ええ勿論! 勇者様を独り占め出来る時間が増えるのなら嬉しいくらいだわっ!」
ナターリアが手を差し出して来たので私も手を伸ばし、その手を掴みます。
その細い外見の腕からは想像出来ないような腕力のナターリア。
私はナターリアに、立つお手伝いをして頂きました。
立ち上がった後もナターリアは手を放さず、子供っぽく体をすり寄せてきます。
イケナイ気分になってしまうそうなのを、なんとか抑え込み――。
置いてきてしまった荷物の方へと足を踏み出しました。
「ねえ勇者様! これはプチデートって言っても、いいのかしら?」
「ええ、そうであれば私も嬉いですね」
「うふふふふっ!」
そんな風に笑いながら私の腕に顔をすり寄せてきたナターリア。
チラチラと降り注ぐ雪を光源が照らすその様はとても美しく……。
それでいて、とても悲しげな雰囲気に感じられました。
「あれ、消えちゃったわ」
光源になっていた明かりは、しばらくすると消えてしまいました。
教会に向かって移動している最中の本当に短い時間の出来事です。
短い時間の出来事でしたが……私がその光景を忘れる事は絶対にないでしょう。
私はナターリアと共に、スラムの闇の中へと――姿を眩ませました。
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