『確かな繋がり』三
……体が何かに乗られているかのように重い。
だというのに優しくもあって温かい光に包まれているような、不思議な感覚。
薄ぼんやりと瞼を持ち上げてみると……白い布の天井が見えました。
辺りを見渡してみます。
なんと、私に寄り掛かって寝ている、エルティーナさんの姿がありました。
それを若干引き気味に見ているポロロッカさんと、リュリュさんの姿も。
どうやら私は仮設治療テントの中で寝かされているようです。
「……オッサン、目が覚めたか」
「はい」
「エルティーナの事を大切だと思うのなら、目の前で溶けるのだけは止めてやれ」
「地面に溶けた体をかき集めようとするその子の姿、かなり酷いものだったわよぉ~」
「…………」
「まぁ適当にフォローはしておいたから大丈夫だとは思うけどぉ~」
どうやら私は、また最悪な死に方をしてしまったようです。
下手をしなくともトラウマを植え付けてしまうような……。
心に塞がらない傷を付けてしまいかねない最低最悪な死に方を。
「フォロー有難うございます。ですが……嫌われてしまいましたかね?」
「……嫌われていたらこの場には誰も居ないさ」
私は視線だけを動かし、エルティーナさんを見ます。
「……湧いたオッサンに服を着せてここまで運んだのは、エルティーナだ」
「こんな良い娘、滅多にいないわよぉ」
「はい……」
「オッサンに対しても良い感情を持ってるしぃ、これを逃したら、もう次は無いわねぇ」
「私には出来過ぎた素晴らし過ぎる女性ですよ、エルティーナさんは」
エルティーナさんの体が、プルプルと動いたように見えましたが気のせいでしょう。
私は体を起こして、エルティーナさんに毛布を掛けてあげました。
テントの中に誰も寝かされていないのを確認し、ポロロッカさんに問い掛けます。
「戦況は?」
「……意外だとは思うが、膠着状態だ」
「ほぅ」
「魔王軍は南側の湖反対側に陣取っていて全く動きを見せていない」
「今は毒物を警戒して神官らが水質調査をしているところよぉ」
「何かを待っているのでしょうか……」
「判らん。ただし湖にイカダを浮かべようとしているのが気になるな」
「イカダを……?」
「ああ、飛行戦力を護衛に付けてきたとしても普通に漕いで来れば蜂の巣に出来る」
「良い事じゃないですか」
「……いや。魔王軍の指揮官は、それが解らんほどの馬鹿じゃないハズだ」
難しい顔をして腕を組んだポロロッカさん。
一個人の参加者でしかない私達ですが敵の事を話し合うのは自由でしょう。
「夜を待っているというのはどうですか?」
「夜を?」
「はい。闇に紛れて囮のイカダを動かして本体は別方向から……とか」
「……有り得る。となると魔力バリスタの配置に注意しておかないといけないな」
「一参加者でしかない私達が動かせるのですか?」
「いや、それは無理だ。あとで中継ぎに報告だけしておこう」
――中継ぎ。
戦争の規模が大きいので下からの意見を聞く中継がいるのでしょう。
「もう一つあるとすれば増援待ちねぇ。多方面に同時進行している事を考えれば可能性は高くはないと思うのだけれどぉ。正直これが一番最悪の展開ねぇ」
ただですら戦力差があるというのに更なる増援。
可能性は低いのでしょうが、そうだとしたら最悪です。
「……魔王軍はアンデット、ドレンクン、獣系、亜人系の魔物や魔族で色とりどりだ」
全く嬉しくない存在が、より取りみどりのバーゲンセール状態のご様子。
しかし聞き慣れない種族の名前が出てきました。
それについて聞いてみることにします。
「ドレイクンとは?」
「龍化――ドラゴンになって襲ってきた奴等がいただろう、あれだ」
「シルヴィアさんと妖精さんが倒していたあのドラゴン達ですか」
「……さっきの奴等はドレイクンバロネット。准男爵級で、かなり低位のドレイクンだ」
「あれで低位?」
「ま、元々数が多い種族じゃない。今回だって居たとしても全体で二十体くらいだろう」
「高位のドレイクンは一体で町を落とすからぁ、注意が必要なのは間違いないわよぉ」
リュリュさんやポロロッカさんのように強力な冒険者だって各町に数人はいる筈。
その二人がそうに言うという事は……。
高位のドレイクンは天災クラスの能力を持っていると考えて間違いないでしょう。
そして――。
魔王軍が時間を掛けてこの町を攻略するというのなら。
それは必ずしも、こちらのマイナスに繋がるワケでもありません。
「今回の戦闘で妖精さんはかなり力を使ってしまいました」
「……もう戦えないのか?」
「いえ、しばらく力を行使できないだけです。シルヴィアさんも恐らくは同様に」
「……なるほど。となると向こうがそのまま攻めてこなかったのは幸運だったな」
「いつ頃くらいに回復するのかしらぁ?」
「お昼ご飯を食べて休憩したくらいには妖精さんの力も回復している筈です」
「……ふむ。それを早いと見るか遅いと見るか……」
「あれだけの力を行使したのだものぉ、そのくらいの休みは必要よねぇ」
と、ここでシルヴィアさんが姿を現しました。
「ふんっ。私なら既に完全回復しているぞ」
「おお、流石はシルヴィアさん!」
「「…………」」
元気であることをアピールしてから消えたシルヴィアさん。
それを見たリュリュさんとポロロッカさんは若干引き気味の表情です。
そうこうしていると天幕の入り口が開いて誰かが入ってきました。
「失礼する。今回の撤退戦を指揮していた、リュポフ・ヘルハーゲンという者です」
「逃げてきた村の冒険者ギルドの支部で、ギルドマスター兼村長をしていたアドルフだ」
「ニコラです」
「……ヨウです」
入ってくる者らを見るなり顔を顰めさせたリュリュさんとポロロッカさん。
「チッ。貴族か……」
「それじゃあ、わたし達はこれで失礼するわねぇ」
「えっ……」
「エルティーナも良くは思わないでしょうしぃ、わたしが運んでいくわぁ」
「……俺もこれで失礼する」
嫌そうな顔をして席を立ったリュリュさんとポロロッカさん。
リュリュさんはエルティーナさんを御姫様抱っこしての退室です。
先頭に立っているリュポフという方が気に入らなかったのでしょう。
ポロロッカさんに至っては態度がかなり露骨なものでした。
「リュポフさん、何かしたの?」
「あ、あぁいえ、貴族というものを良く思われていない方々だったのでしょう」
「なるほどね。ヨウ君も偉い人とか嫌いだし少なくないのかもね、そういう人」
「……ノーコメントで」
貴族のリュポフさんは騎士風の格好をしていました。
町に入ってから装備を新調したのか、ピカピカの鎧を身に纏っています。
リュポフさんと同じく撤退の指揮を執っていたアドルフという方は……。
山賊の親分のような顔をしています。
そのお二人に続いて入ってきたのが、ボロボロの防具を身に着けている青年。
それから戦場に立って暴れ回っていたとは思えない程綺麗な恰好の少女。
少女は新品のような紅と白のゴシックワンピースを完全に着こなしています。
「そちらの方が着ているゴシックワンピースは魔術の付与をされた防具ですか?」
「う、うん。そんなようなもの……かな?」
微妙に言い淀んでいる少女。
もしや、お礼に差し出せとでも言われると思われたのでしょうか。
「自動修復に自浄作用はありそうですね」
何とか話を進めて弁明しなくてはなりません。
「私のローブもいくつかの魔術が付与されたものなのですが、これがなければ寒さで――」
「――コホン。えっと、いいでしょうか?」
「あっ、どうぞ」
若干申し訳なさそうにしているリュポフさんが咳払いをして会話を遮りました。
貴族という立場を考えうるに今回の事件でかなり忙しいのでしょう。
「……此度は無理を押してまで救援に出てきて下さり感謝致します」
「村人を助けてくれて本当に助かった。村の代表として感謝してもしきれない」
「いえ、少人数でも無事に助ける事が出来て本当に良かったです」
恐らくは私が救援に入る前に、かなりのヒトが無くなっているのでしょう。
何故もっと早く来なかった、と言ってこないあたり彼らはまともです。
それに――。
「信じられないかもしれませんが、女神様が〝助けろ〟と言ったような気がしたのです」
「なんと……それでは女神様にも感謝しなくてはなりませんね」
女神様というワードに若干嬉しそうなリュポフさん。
『言ってませんでしたー』
…………。
私の頭の中に空耳が響いたような気がしましたが、きっと気のせいでしょう。
頭の中なのに空耳とは、いかに。
「――ッ! この人、もしかして……!!」
「ああ、そうだろうな……」
「……? どうかしましたか?」
私の言動に対して驚いた反応を見せながら一歩下がったニコラさん。
それから表面上は冷静に見えるヨウさん。お二人は何かに気が付いたようです。
「あっ、いえっ! えっと……」
「オッサンは日本人なのかな、と思っただけです」
誤魔化されたような気がしますが、こういう時は深入りしない方がいいでしょう。
「なるほど、同郷の方でしたか。あ、私への敬語は結構ですよ」
「実を言うと敬語は苦手なんだ、助かるな」
「それで、お二人は何時頃からこちらに?」
「一週間くらい前、か……?」
「だねー」
「私はこの寒さがもう少しマシだった頃なので、多少のズレがありますね」
「ライゼリックオンラインのプレイヤー……じゃなさそうだな」
「私は違いますね。お二人はそこから?」
「……ああ、そうだ。となると、やっぱり別口があるのか」
――別口。
状況と発言から考えるに、お二人は何者かの手引きでこの世界に来たのでしょう。
直感ですが女神様ではないような気がします。
「ちなみに、ライゼリックオンラインっていうVRMMORPGは知ってるか?」
「VRMMO? いえ、そもそも私の日本に、バーチャルオンラインはありませんでした」
「なに……?」
「お二人は未来の日本からやって来た人なのでしょうか?」
「ふむ……そうなると、取り敢えず二つの仮説が立つな」
顎に手を当て、ぶつぶつと呟きだしたヨウさん。
「一つは、この世界と元の世界では時間の流れが違っている可能性。オッサンがこっちに飛ばされた時期と俺達から飛ばされた時期を考えるに、こっちの数日は元の世界での数年になっている可能性がある。で、もう一つは同じ日本であっても別世界の日本から来た可能性だ。それ以外もあるかもしれないし……うん、判らん!」
その場で思考の海にフルダイブしていたヨウさん。
その傍らではニコラという少女が、ヨウさんに熱い視線を向けていました。
――羨ましいみ。
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