『確かな繋がり』二

 私が魔王軍との交戦を始めてから五分近く経過した頃。

 最初は豆腐のように薙ぎ払う事が出来ていた魔王軍に動きがありました。

 前に居た力の無い者らと交代して実力者が押し出されてきたのです。

 最初こそ触手に傷一つ与えられていなかった魔王軍。

 が、交代後は触手に切れ目が入り、更に経過した頃には数本の触手が切断されました。

 触手も数があるとはいえ多勢に無勢感が否めません。

 と、ここで数体の背中に羽を持つ者らが出てきたかと思えば――龍化。

 黒、青、緑、赤、のドラゴンが姿を現しました。

 赤いドラゴンは以前出会った紅いドラゴンよりも一回り小さく、色も若干薄いもの。

 が、ここにきてのドラゴンは流石に厳しいものがあります。

 様々な色のブレスが吐き出され、おっさん花が大きく損傷したのを理解しました。

 おっさん花も触手を伸ばして反撃しているのですが鱗が固すぎます。

 殆どの触手は弾かれて数本の触手が突き刺さったのみ。

 ――しかし、ヴァルキリー形体の妖精さんは別。

 巨大なランスを突き刺すと黒い光が弾け、ドラゴンの肉体が地面に溶けて消えます。

 それと同時――。

 シルヴィアさんが空中に形成していた氷の槍が投下されました。

 魔王軍に槍の雨が降り注いでいます。


「【破砕!】」


 今まで敵を屠りながら地面に突き刺してきた氷の槍が弾け、周囲に居た者らを殺傷。

 大勢に大小様々な負傷を与えました。

 ドラゴンの激しい絶叫が戦場に響き、この大地を揺らします。


「避難民たちは……」


 背後を見てみると救出した冒険者の達が城門の中へ入っていくところでした。


「よし、では私達……も…………?」


 不意の出来事。

 私の足元に……妖精さんが落下してきました。

 見れば、それは小さな妖精形体の妖精さん。

 そんな小さな妖精さんが、苦しそうな顔をしています。


「妖精、さん……? ――ッ!!」


 反射的に妖精さんを地面から拾い上げて城門へと向かって駆け出します。

 妖精さんとシルヴィアさんの御かげで辛うじて維持していた戦線。

 それは瞬く間に崩壊しました。

 妖精さんからの操作が無くなったおっさん花は瞬く間に蹴散らされていきます。

 不思議と理解することができました。

 今の妖精さんには――お願いを叶える程の力が残っていない、と。

 今の妖精さんは大きく疲労し、かなり苦しんでいます。

 なのに私の肉体は全力疾走に悲鳴を上げていて、思った以上に速度が出ません。

 自分一人だけであれば、きっとこんなに必死で走る事は無かったでしょう。

 適当な場所で諦めて立ち止っていたかもしれません。


「っ! っっ!!」


 背後だし棒立ちになってしまったおっさん花が的確に処理されていっています。

 おっさん花が確実に数を減らしているのが不思議と伝わってきました。


「おい、召喚物も巻き込むからな!! 【熱世界之失墜フォールンダスト!】」


 背後に途方もない冷気が発生し、それが敵を凍て付かせています。

 シルヴィアさんが空中から撤退の援護をしてくれているのが分かりました。

 本来なら激痛が走っているだろう両足を必死に動かして城門を目指します。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……ッッ!!」


 本来であれば瞬く間に距離を詰められた直ぐにでも捕捉されてしまうところ。

 が、今は何とか逃げ続けられています。

 シルヴィアさんの攻撃が魔王軍へと雨霰のように降り注いでいる御かげです。

 シルヴィアさんは他にも様々な技を使っているらしく、色んな声が聞こえてきました。


「【氷流星アイスメテオ!】【氷結之幻想フロストレヴァリエ!】【無限氷結球メビウススフィア!】」


 ――初めて聞くものばかり。

 魔力バリスタと射程に入ったのか城壁の上からの援護攻撃が降り注ぎます。

 城門は閉じ始めていて、私の足で間に合うかどうかはギリギリのライン。

 距離は残り――五十メートル程。


「チッ! 休憩を挟まなければ次は使えないからなッ!! 【氷すらも凍てつく絶対の零ッ! 絶対零度――ッッ!!】」


 不意に――背後の広域から喧騒が消えて無くなりました。

 しかし離れた位置から、どんどん距離が詰められている気配があります。

 閉じかけている城門の扉までの距離は……残り僅か。

 閉まりきる前に何とか体を捻じ込む事が出来そうな、ギリギリの距離。

 扉の隙間からは、エルティーナさん、リュリュさん、ポロロッカさん。

 それから、ナターリアと〝猟犬群〟の皆さん。他にも見知った顔が見えています。


 二十……十……五……――あと、一歩――……!


 あと一歩という所で――魔王軍の何者かに背中を掴まれました。

 真の英雄であれば……。

 主人公であれば……きっと間に合っていたのでしょう。

 遥か昔から支えてくれていた妖精さん。

 心の支えを奪ってしまったというのに力を貸してくれている、シルヴィアさん。

 何を成すことも無く消えていくハズだった私に。

 ――チャンスを与えてくれた女神様。

 私の命は、死と同時にお願いの対価として支払われています。

 私の肉体は、死ぬと一度溶けて再生しているようです。

 ――果たして私は……本当に、ちゃんと私なのでしょうか。

 それは自分であると、言ってもいいのでしょうか……?

 自我と記憶を引き継いでいるだけの、誰か別人なのではないでしょうか……?

 借り物だらけの力に貰いものの命と肉体。

 それは何一つ、自分のものではないのかもしれません……が――。

 ――今回は、よく頑張りましたよね……?

 だから……最後にもう一仕事。

 私は妖精さんを城門の中へと放り投げ――妖精さんに笑顔を向けます。

 その時――宙を滑るように飛んでいる妖精さんと目が合ったような気がしました。

 私は現実から目を背けるように瞼を固く閉ざし、叫びます。


「閉めろォォおおおおおおおおおおおおおお――――――――ッッ!!」



 ………………?



 ――いったい何が起こったのか――。



 不意に……体が軽くなったのです。

 体を拘束していたものが消え失せたかのような……。

 瞼を開けてみれば――無数の光が飛び出してきた――――否、飛び出していた。

 コレットちゃん、リュリュさん、ポロロッカさん。

 隊長、副隊長、フォス君、トゥルー君、ナターリア、タック君、レーズンちゃん。

 そして――エルティーナさん。

 それぞれがそれぞれの武器を持って私の周囲に居た敵を、攻撃していたのです。

 教会の子供達は扉が閉まらぬように扉を押さえていて――。

 少し上を見ると、シルヴィアさんが閉まりゆく扉を両手で押さえていました。

 私はポロロッカさんに襟首を掴まれて城門の内側へと引きずりこまれます。

 ――バタンッ!

 と城門の扉が閉まり切ったところで時間が戻ってきたかのような錯覚に陥りました。

 いつの間にか妖精さんは、私フードに入っています。


「……えっ……」


 シルヴィアさんも杖の先にある魔石に戻っています。

 一体何が起こったのでしょうか。

 城壁の上からは壁の外へと向かって猛攻を仕掛けているのでしょう。

 壁の外からは酷い騒音が聞こえてきています。


「皆さん、なんて無茶を……」

「……馬鹿を言うな。一番無茶をしたのはお前だ」

「…………」


 無茶をした自覚があるだけに、ポロロッカさんの突っ込みに返す言葉がありません。


「良かった! ほんとうに……うぅっ……無事で、本当によかったぁ……ッ!」


 掠れゆく視界で見てみると……。

 手から血濡れメイスを取り落したエルティーナさんが――。

 瞳から涙をポロポロとこぼしながら抱き着いてきました。

 それを皮切りに他の子供達も泣き始めてしまいます。

 ――偽物だらけの男の為に……泣かないでください。

 隊長のフリードさんと副隊長のルーテルクさんは、私の無事を確認するなり行動開始。

 城壁の上に続く階段を駆け上がっていきました。

 同時に聞こえてきた激しい攻撃音。

 体勢を立て直す為なのか外の喧騒が遠ざかっていきます。


「少し、休ませてもらいますね……」

「ひっくっ……うっ……うぅっ……はいっ! ゆっくり、ゆっくりと、お休みください……!」


 私の意識は、深い闇の中へと落ちていきました。


『死にましたー』



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