『第二波』三

 リュリュさんとポロロッカさんのお二人と別れ、場所は南側の城壁上。

 ピリピリとした空気の中、時刻は夕方に差し掛かっています。

 殆ど動きを見せない魔王軍に神経をすり減らしている者も少なくはありません。


「まったく、嫌がらせの一つでもしてやりたいところだ」


 南の湖向こうに陣取っている魔王軍に視線を向けてそう言ったダイアナさん。


「投石器はないのですか?」

「こっちにあそこまで届く兵器は無い。正確に言えば魔力バリスタは届くのだが……」

「威力の減衰と燃費の悪さ、ですか?」

「ああ。魔力の無駄使いはできん」

「おっさん花を向かわせてみましょうか? 嫌がらせくらいにはなるでしょうし」

「……頼んでもいいか?」

「ええ、任せてください」


 私の言葉に、その手があったか、といった表情をしたダイアナさん。

 私はダイアナさんの頼みを受けて行動開始です。

 褐色幼女形体の妖精さんに、おっさん花を出して頂くようにお願いします。

 妖精さんの笑い声が響き、城壁外側におっさん花が一体生えてきました。

 壁から垂直に生えてきたおっさん花。

 操作権は私に存在していて、それを操って湖の底を移動させます。

 と……おっさん花の共有した視界に何かが映りました。

 湖底に居たのは――無数のスケルトン。

 それがギッチリと湖の底で蠢いていて、かなり気味の悪い光景が広がっていました。

 お互いに視認できてしまったのか、スケルトンらが武器を構えます。

 放置しておくワケにもいかず、おっさん花を操って攻撃を開始。


「ダイアナさん、湖の底にスケルトンの集団が居ます。現在交戦中」

「なに!? なるほど、確かに悪くない攻め方だが……いや、まてよ……?」


 何かに気が付いたかのように、ダイアナさんが顎に手を当てて何事かを呟いています。


「確か湖の水は用水路と繋がっているはずだ。そこから浄化用スカトンスライムのいる下水道に……? っ――まずいッ! まさか!!?」


 丁度そのタイミングで――町の中から爆発音。

 気が付かれたから行動を開始したのか。

 はたまた偶々気が付いたタイミングで行動が開始されたのか。

 何にしても事態が最悪の方向に動き出した事には変わりありません。


「司令部に伝えろ! 敵が用水路と下水道を使って侵入してきた!!」

「ハッ!」

「待機している者らを急行させろともな!!」


 咄嗟に伝令を走らせたダイアナさんは町の地図を広げ、部下数名を呼び寄せました。


「時間稼ぎで良い。ここと、ここに急いで向かって通路を封鎖しろ」


 町の中から爆発音が聞こえてくる中、ダイアナさんの冷静に指示が飛びます。


「湖の向こう側も動き出すハズだ。増援が到着し次第ここに戻ってこい」

『『『ハッ!』』』


 十人近い衛兵さんが階段を駆け下りて行きます。

 隊長と副隊長の部隊と同じ恰好をした兵士の方々も十名ほど走っていきました。


「オッサン、湖の底に居る連中の掃討可能か!?」

「数と相性のせいで、かなり時間が掛かります。給料三ヶ月電撃は駄目なんですか?」

「今は突っ込まないぞ。骨共に電撃は効果が薄い」

「それは残念」


 ――二つの意味で。


「オッサン、今湖の底に居るのはスケルトンだけなんだな……?」

「はい」

「おかしな話だ。スケルトン以外にも泳げる魔物や魔族はいる筈――まさかッ!?」


 何かに気が付いたかのように目を見開いたダイアナさん。

 ダイアナさんの言葉と反応で、私も気が付いてしまいました。

 何故魔王軍は湖の底から町に侵入できる事を知っていたのか。

 何故、電気に耐性のある魔物だけを投入してきたのか……。


「内通者、ですか……?」

「……あぁ、その可能性は高いだろう」

「町の中に居る敵……」

「ああ、しかも連中を手招き出来る程度には街の構造に詳しい、ちょっと特殊な奴がな」


 湖の対岸を見てみれば、イカダが放置されているのが見えました。

 魔王軍の部隊が湖を挟み左右に分かれて町に向かって来ているのが見えます。

 それと同時に魔王軍側から飛び立つ、多種多様な飛行種。

 部隊を護衛するように滞空しています。

 ダイアナさんの手は怒りに震えていて奥歯をギリッと鳴らす音が聞こえてきました。


「クソッ! その処理は後回しだッ!! 魔力バリスタを左右に移動! 攻撃対象は対空攻撃を優先!!」


 ギュリギュリギュリギュリッ! と音を立てながら移動を始めた魔力バリスタ。

 そしてダイアナさんの指示通りに動き出した衛兵の方々。

 他の場所からも同じような指示が飛び交い、兵士の方々が行動を開始します。


「問題は湖側だ。何か手は無いのか……? このままでは壁が意味を成さなく……」

「ダイアナさん、シルヴィアさんにお願いすれば湖ごと凍らせられると思います」

「後で何かと問題になりそうな手段だな。まぁ今すぐ死ぬよりはマシだ、やってくれ」


 と、ここでシルヴィアさんが姿を現しました。


「できますか?」

「ふんっ、また少しの間、物理以外の力を使えなくなるが――余裕で実行可能だ」

「では、お願いします」

「……ふんっ」


 シルヴィアさんは鼻を一度鳴らすと腕組みをしながら高度を上げていきました。

 相変わらず下からの防御力が低いので、白い下着が丸見えです。

 シルヴィアさんは、両手を空へとかざし――。


「【氷すらも凍てつく――絶対の零! 絶対零度!!】」


 光に反射して虹色に輝く液体が湖へと着弾し――上がる冷気の煙。

 その白い霧が視界の利く程度までに晴れた頃には――。

 湖の底で交戦していたおっさん花も当然のように身動きの出来ない状態になりました。

 おっさん花は妖精さんに頼んで消して頂きます。


「…………」


 その光景を茫然とした表情で見ているダイアナさん。

 よく見てみれば固まっているのはダイアナさんだけではありません。

 城壁の上に居た者達や進軍中の魔王軍までもが固まっているのが目に入りました。

 ハッとしたかのように動き出した魔王軍。

 それに合わせて町側の者達も行動を再開します。

 魔王軍は氷の上が歩けるようになったと判断したのでしょう。

 待機していた一部の兵力を真正面から進軍させてきました。


「砕くか?」

「もう少し引き付けてからの方がいいですね」

「解った」


 掌を開いて砕く動作の一歩手前で停止しているシルヴィアさん。

 それを見て、ダイアナさんが慌てたような声で問い掛けてきます。


「まっ、待て! 砕くってこの湖の氷をか!? そんな事が本当に可能なのか!!?」

「可能です。破片が飛んでくるので姿勢を低くするように指示を飛ばしてください」

「い、いいだろう。やる時は言ってくれ」


 徐々に近づいてくる魔王軍。

 真正面から向かってくるのは蛇頭や巨大蜘蛛を始めとした異形の者達。

 道具が無くとも城壁を上がってこられそうな部隊からなる混成部隊です。

 左右では射程に入った魔王軍に魔力バリスタでの攻撃を開始されました。

 届くかどうかギリギリの弓矢や魔術での攻撃も開始されています。

 と――魔王軍の飛行部隊が巨大な風呂敷のようなものを抱えて町の上空に到達。

 そして――それを投下しました。

 半分を城壁の上に。もう半分は、街の中へと投下された謎の物体。

 投下されたものの中から現れたのは――。


「アデューグだと!?」


 ダイアナさんが出てきた魔物を見て驚きの声を上げています。

 巨大な目玉にいくつもの茶色い触手を生やした不気味な生物――アデューグ。

 それらは近場に居た兵士を触手で突き刺し、この町の中で殺戮を開始しました。


「触手にだけ注意して処理しろ! 移動能力はかなり低いが触手に突き刺されれば内側から食い荒らされるぞ!!」


 ――嫌な生物ですね。

 と思いながらも私は、妖精さんに力を貸して頂けるようお願いをしました。

 地面から這い出してきたのは、おっさん花が二体。

 私に操作権があるのは一体だけです。


「おい、もう壁付近だぞ! 砕いてもいいのか!?」


 目まぐるしく変化する戦場に目が回ってしまいそうになりながらも……。

 何とか「お願いします!」の声を絞り出すことに成功しました。


「全員! 一瞬だけ頭を下げろ!!」

「【破砕!】」


 ――バギャン。

 と砕けた湖の氷が行軍中の魔王軍全体を飲み込みました。

 同時に空を飛んでいた者らにもダメージを与えています。

 それは全うな作戦を全て飲み込んでしまう――理不尽な超広範囲攻撃。

 氷上を行軍してきた魔王軍は事実上の全滅と言ってもいい程の被害を受けています。

 辛うじて生きている者らも大きく負傷していました。

 戦線に復帰するのには誰かの助けが必要になるでしょう。


「私の部隊は東側に行くぞ! 西側の衛兵隊長は西に行ってくれ!」

「あいよォ!!」


 ……停止していた時間が動き出したかのように魔王軍が進軍を再開。

 城壁に多くの縄梯子が掛けられています。

 城壁の下側から飛んでくる矢を始めとした魔術による一斉攻撃。

 雨あられのような攻撃が城壁の上に居る味方部隊を襲い掛かっています。

 少し遅れて通常の梯子が下から起き上がるように城壁へと掛けられました。

 魔王軍がそれを登ってきています。

 町の中で暴れ回っている空から投下された魔物。

 それは次々に投下されていて、皆が各々の対応で精一杯です。


「クソッ! 町の飛行戦力はまだ温存してるのか!?」


 ダイアナさんが縄梯子を切り落としながら悪態を吐いたそのタイミング。

 町の中から――飛行部隊が飛び立ちました。

 それは城壁に来る途中で見た、ハーピーと魔術師の混成部隊。

 敵側にはハーピーや蝙蝠を引き連れたヴァンパイア、リッチーなどがいました。

 敵味方の識別が困難となってしまいそう……と思っていたのですが。

 腕に巻いてある冒険者ギルドの腕章が意外と目立っています。

 同士討ちの心配はあまりしなくても大丈夫でしょう。

 とはいえ数の上では魔王軍が圧倒的に勝っているこの状況。

 魔力バリスタによる支援射撃は混戦から少し離れた地点を狙って撃っています。

 空はかなり厳しい戦いになっていました。

 炎、雷、水、氷、岩。と多種多様な攻撃が飛び交っている町の上空。

 敵味方の何人かが瞬く間に町の中へと落ちていっています。


「シルヴィアさん! 空中戦の支援を!!」

「フッ! っと、了解だ」


 氷で生成された剣を片手に近くで戦ってくれていたシルヴィアさん。

 今も縄梯子を軽々と切り落として近場の梯子を蹴り砕いているところでした。

 私の言葉を聞き入れてくれて空へと飛んでいくシルヴィアさん。

 現在もおっさん花の触手で登ってくる者らを攻撃していているのですが……。

 町の中から聞こえてくる喧騒が無視できないレベルになってきました。

 エルティーナさん達が心配です。


「エルティーナさんが心配なので町の中で暴れている魔物に対処してきます!!」

「さっさと片付けて来い! ここは多少の余裕がありそうだ!!」


 湖で多くの敵を減らすことに成功した一方で頭数による差は三倍以上もあります。

 そこまで余裕があるとは思えないのですが――。

 私のエルティーナさんや子供達を心配だと思う気持ちが伝わったのでしょう。

 ダイアナさんは二つ返事で同意してくれました。

 駆け足で階段を降りていると……。

 ジェットエンジンのようなドラゴンの鳴き声が聞こえてきました。

 見れば黒いドラゴンと金色のドラゴンが、シルヴィアさんに襲い掛かっています。

 力をかなり消耗しているからなのか、シルヴィアさんも手間取っている様子。

 氷の剣は自身の何倍もの大きさになっていました。

 それを振り回しつつ生成した氷の槍で応戦しているシルヴィアさん。

 ――もう能力が使えるのですね。

 ですがやはり本調子ではないのか攻め手に欠けているという様子。

 二体のおっさん花を引き連れて下まで降りてみると――。

 炊き出しをしていたと思われる数人の一般人が遺体になっていました。

 それでも兵士の方々は今もなお戦闘中。

 エルティーナさん達が避難しているとすれば仮設司令部の本部付近。

 仮設司令部は東門から少し奥まった場所にありました。

 私は道中の敵にある程度の攻撃を加えながら突き進みます。

 おっさん花の姿に驚いた冒険者の中には攻撃を仕掛けてくる者もいました。

 町の中が混戦状態なので混乱しているのでしょう。

 が、ダメージは殆ど無いので、それは無視。

 司令部に近づくにつれ、喧騒が大きくなってきます。

 仮設司令部は既に戦場となっているのでしょう。

 ……と、そこで聞き覚えのある声が聞こえてきました。


「……ッ……ヨウ君! 大丈夫!?」

「ああ、お前が庇ってくれた御かげでかすり傷だ! それよりニコラ、お前は大丈夫か?」

「ん、ほぼ無傷」

「待ってろ、今すぐポーションを……あれ?」


 下腹部に響く美しいお声と青年ヨウの声。

 私は、ここで行き止まりに当たってしまいました。

 激しい剣戟の喧騒は壁一枚挟んだ向こう側。


「破ります!」

「……わかった」


 おっさん花二体による体当たり。

 ドゴンッ! と砕けた壁を通って、おっさん花を戦場に投入します。

 幸いにも壊した壁の向こうに居たのは頑丈な鎧を纏ったスケルトン。

 それに足して簡素な防具を身に着けているだけの赤いスケルトン。

 見れば、スケルトンらに包囲されながらも闘志を維持している冒険者達と――。

 兵士、衛兵、騎士の混成部隊が目に入りました。

 衛兵さんの中には、ダイアナさんが送り出した衛兵さんの姿もあります。

 しかし何より驚いたのは……。

 エルティーナさんがメイスを片手に骨を数メートルも殴り飛ばしていたこと。

 隊列の内側には非戦闘員を匿っているのでしょう。

 子供達や炊き出しをしてくれたご婦人らの姿が見えました。

 攻撃をする順番に特に理由はありません。

 が、なんとなく目立つ赤い骨に、おっさん花を躍りかからせてみます。

 意外と脆く、クッキーのように軽々と粉砕する事に成功した赤い骨。


「遅くなってすみません! これより――暴れます!!」


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