『クリムゾンな聖騎士』三
ロベリーさんの声で落ち着きを取り戻した会議室の中。
テーブルの上で散らばっていた駒は、綺麗に並び直されています。
ロベリーさんは一度だけ全体を見渡し、その口を開きました。
「今いる場所がここ。人魚の大湖を取り囲む森の西側だな」
――人魚。
異世界における人魚といっても、あれは多種多様な種類があります。
魚顔の魚人を人魚と言ったり魚の体に人の手足が生えたものを人魚と言ったり。
もしこの世界の人魚が人魚姫のような姿形をしているタイプであれば……。
機会があれば、是非ともみてみたいところです。
願わくば、貝殻の水着も着用していないタイプだと願いたいところ。
「本隊と我々は前線都市である〝リスレイ〟の奪還に向かうワケなのだが、魔王軍は途中の村々を補給地として活用しているとの情報を得た」
作戦テーブル上の地図を指差しながら説明を続けるロベリーさん。
自らオーク先生愛好家に堕ちた騎士とは思えない程に、凛々しい雰囲気です。
「前線都市の先には開拓村が数多く点在しているのだが、小さな開拓地を含めるとその数は百を超えている。そこでお前たちには、この村々の制圧を頼みたい!」
小さな安全ピンのようなものが無数に刺さっていると思ったら、これの全てが村?
少々多すぎるのでは? と言わざるを得ません。
「勿論ハズレも多く存在しているだろうが、確定している場所もある。それが……この三か所だ」
そう言って少し大きめの目印が付いて居る三か所を差した、ロベリーさん。
「一陣には一番大きな補給地の襲撃を頼んである。なのでお前達に頼みたいのは、この二か所」
二か所ですか。
という事はつまり……。
第二陣の遊撃部隊は二つに分けて攻撃を仕掛けろ、という事でしょうか。
「この中に索敵や偵察が得意そうな部隊はあるか?」
シンと静まり返っている天幕の中で一人の手を上がりました。
「俺の部隊ならぁああああああああああ! 何でもできるぞぉぉぉおおおおおおお!!」
「う、煩い……! だがまぁ解った。あぁ、もう一部隊あるともっと助かる」
タケルさんの声に顔を顰めた各部隊の舞隊長。
屋外であればまだマシなのですが、天幕の中では外よりも大きく響きます。
あんな感じで偵察など出来るのでしょうか?
――いえ、ライゼリック組にはシルヴィアさん並みのパートナーが居ます。
そんな彼女らにお願いをすれば、索敵などお手のものという事でしょう。
ならば――。
「それなら、私も立候補します」
「オッサンの部隊か」
「偵察や索敵なら、ある程度は可能だと思います」
現在の私の部隊には、盗賊職の者が数人います。
更に言えばシルヴィアさんや妖精さん。
ナターリアも索敵能力は高いでしょう。
不安要素はありますが、必要だと言うのならやるしかありません。
「思えばオッサンは、一人でオークの拠点に潜入していたのだったな」
「はい」
妖精さんの力をフルに借りて潜入していたので一人ではないのですが……。
まぁ、今はいいでしょう。
「よし。それなら〝フレイル戦闘団〟は北側の補給基地周辺を捜索。〝空を泳ぐビックピッグ〟の部隊は、南側の補給基地周辺だ」
そう言いながら卓上の駒を動かしていくロベリーさん。
「第二陣の本体は二手に別れて北と南の補給基地を潰してくれ。一陣はその場待機だが、二陣は任務完了後に余力があれば本体に合流し、〝リスレイ〟奪還作戦に加わってくれてもいい」
補給基地を潰した後の奪還作戦への参加。
地図に載っている距離を見るに半日以上は時間が掛かるでしょう。
それなのに参戦が間に合う可能性が存在している……?
戦争が長引かない事を願いましょう。
部隊長の一人が手を上げ、口を開きました。
「捕虜は取るのか?」
「必要ない。相手は魔王軍であり、とどのつまりは蛮族の集まりだ」
「ってぇと、殲滅戦か。王国戦争規定は適応されねぇんだな?」
「法国のはかなり厳しいんだが……」
「聖王国の戦闘規定に敵う場所が他にあるか?」
「はぁ……お前たちが何処の国の冒険者だとしても、今回は関係ない」
――戦争規定。
今いる場所がどこの国に属している場所なのかは判りません。
が、戦争規定が適応されないという事を考えれば……まさか。
「……あまり言いたくはないが、お前達の好きにやってくれて構わない」
「ヒュウ! 気前が良いぜ」
「フン、任務は果たせよ」
「わぁってるって! 騎士団長様!」
補給基地を潰す側に加わらなくて良かった、と思わざるを得ません。
作戦が成功するにせよ失敗するにせよ、地獄の光景は避けられないでしょう。
見れば、ライゼリック組のお二人も変な顔をしていました。
……やっぱり私は、戦争が嫌いです。
前線周辺の簡単な地図を渡され、この場は解散となりました。
◆
ロベリーさんの天幕でたっぷり口止めをされた後。
私は満身創痍で自分のテントにまで戻ってきました。
「勇者様、だいじょうぶ?」
「ええ、まぁなんとか……」
時刻は夕暮れ時。
外では各自が料理を作っているのか、賑やかになってきていました。
炊き出しも行われているかもしれません。
私が食べた本日の夕食は干し肉を数切れです。
「リアは食べてきてもよかったのですよ?」
「ううん、勇者様と一緒に居たいの」
気遣うような視線で見てくるナターリア。
……本当に、こんな状況だというのに……。
優しいナターリアをチラチラと見てしまいます。
柔らかさを知ってしまった唇。
白よりも美しい褐色の肌は艶やかで……。
眼帯に覆われていない緑玉色の瞳は宝石のように輝いて見えます。
その細くて小さな手足。それでいて天壌の肌触りを実現している素肌。
夜空のように艶のある長い黒髪は――。
一度触れたら手を離したくなくなるような、そんな質感です。
「リア……」
「なぁに?」
ナターリアが顔を近づけてきました。
――っ。
私は今、いったい何を言おうとしていたのでしょうか。
――うごごごご! 抑えるのです!
今は煩悩を抑えなくてはなりません!!
――第二波ァァァ!! 第二波がきたぞおおおお!!
――エッチコンロの火、消えません!!
――煩悩を抑え込めぇええええ!!
――理性の数が足りない! 増援を寄越してくれ!!
――総動員! 総動員だぁああああ!!
「り、リアの両目が見てみたいです」
咄嗟に出てしまったのは、そんな言葉。
嘘ではありませんが、これは変に思われたかもしれません。
「わたしはイイのだけれど、狂気の魔眼を見たら勇者様は……」
「私は……?」
「タブンわたしを、メチャクチャにしちゃうと思うわ」
「性的な意味で?」
「半分は正解だけど半分は違うわ。魔眼を見たら両方を実行に移してしまうの」
ナターリアの左目は常に眼帯で覆われています。
外している時も基本は常に閉じられている左目。
「ねぇ、いいよ」
「いいって?」
「わたしのこと、グチャグチャにしても……」
左目を見たのは出会った時だけで、赤をベースに黒の螺旋模様が入っていました。
恐ろしくもあるのですが、右目と同じく輝いていたのを覚えています。
とはいえその欲求は、そこまでのものではありません。
「いえ……リアを傷つけたくはないので、止めておきましょう」
「ん、わかったわ」
外は騒がしいのに、何故だかテントの中は静まりかえてっている気がします。
「勇者様、疲れているなら横になるといいと思うのだけれど」
「……そうですね。明日も早いですし、それも悪くありません」
私はテントの中に置かれていた数枚の毛布を見て……。
その一つを手に取りました。
「柔らかい枕とか、ほしくなぁい?」
「あるのですか?」
「勇者様専用の枕が、ここにあるわっ!」
パンパン、と自身の膝を二回叩いたナターリア。
黒のオーバーニーソックスに覆われている太腿。
ごくごく平凡的な、少女の太腿です。
犯罪臭と魅惑を混ぜ合わせた、その抗い難い誘惑。
ごそごそと姿勢を正し、女の子座りから枕にしやすい正座になりました。
シルヴィアさんで一度は経験した膝枕。
しかし彼女の場合はあの姿勢でも動かずとも平気そうでしたが……。
なら、ナターリアは?
正座と言うのは、慣れていないと長期間座っているのが難しい姿勢です。
「り、リア……」
「ん、なぁに?」
安心させるような優しい瞳を向けてきたナターリア。
今のナターリアなら、バブみ欲を百パーセント以上に満たしてくれるでしょう。
今横になったら、ナターリアの膝枕で爆睡できてしまう自信が私にはあります。
そうなったらナターリアは、足が痛くなっても絶対に動かないでしょう。
問題なのは……空気的に断れる空気ではないということ。
――いったい、何と答えるのが正解なのでしょうか。
「わ、私が枕になります!」
「えっ?」
――言ったぁあああああああああああ!!
ピシッ、とシリアスの空気にヒビが入る音が聞こえたような気がしました。
しかし、まだ割れてはいません。
つまり修正は可能だという事です。
私が少女に……枕にして欲しいという要求をした、この事実。
果たして軌道修正は……可能なのでしょうか?
「でも勇者様には疲れをとってほしいのだけれど……」
不安げな瞳で見つめてくるナターリア。
ころころと変化するナターリアの表情は、どれだけ見ていても飽きません。
……ではなく、考えるのです! 考えなくてはなりません!!
自身も休めて、ナターリアの枕になれる方法を――ッッ!!
――バンバン! これより、どんな枕になりたいか会議を始める。
――『『『イー!』』』
――尻枕などはどうですかな?
――『『『イー!』』』
――確かに人体において尻を上回る枕は無いだろうな。機能性、それから弾力。
――『『『イー!』』』
――しかしながら尻枕は、うつ伏せになる必要があるのではないか?
――うむ、それでは十分に休めまい。
――ドン尻なのに、上回るものがない? ククッ!!
――『『『ブー!』』』
――六十九番! 退場!!
――ウワァアアアアアアン!!
「勇者様……?」
――ハッ!
「う、腕枕! 腕枕をしたいです!」
「腕枕……? 腕枕をしてくれるのっ!?」
瞳を輝かせながら嬉しそうな声音で言ってきた、ナターリア。
咄嗟に出てきてしまった言葉ですが……悪くありません。
自身が休めて、ナターリアの枕にもなれる。
そう言った意味では腹枕もアリなのですが、アレはぎゅるぎゅると煩いです。
「え、ええ。嫌でなければ、きてください」
私は毛布を一枚地面に敷いて、その上に毛布を被りました。
毛布の片側を開いて、おいでおいでをします。
「――ッ」
ナターリアがゴクリ、と生唾を飲んだような音が聞こえてきました。
もしかして……嫌なのでしょうか?
思えば今日は移動続きで、お風呂に入れていません。
更に言えば濡れた布で体を拭くといった行為もしていませんでした。
もしや……香っているのでしょうか? おっさん臭がッ!!?
「お……おじゃまします……」
そんなこんな考えていると、ナターリアが毛布の中に入ってきました。
ナターリアも私と同じはずなのですが、良い香りが鼻腔をくすぐってきます。
「うふふふっ……!」
体をすり寄せてきて密着してくるナターリア。
腕枕というより……肩枕?
今更気が付いたのですが、この体勢、実はすごく危険なのではないでしょうか。
右を向くとすぐそこには、ナターリアの可愛い顔。
ナターリアの片腕は、私の胸の上に置かれています。
この……想像以上の密着度。
私はもう――ギンギンです。眠れる気がしません。
――煩悩退散、煩悩退散、煩悩退散、煩悩退散――ッッッ!!!
「ゆうしゃさま……」
耳元でぼそぼそと囁き掛けてきた、ナターリア。
「大好きだよ……」
――ピキーン。
◆
――三時間後――。
ナターリアは眠りに就いたようなのですが、私は眠れていません。
なんだかんだで腕も痺れてきました。
痛みが無いので現状がいまいち把握できていないのですが……。
実はコレ、かなりまずいのではないのでしようか?
しかしながら私には、ナターリアを押しのけると言う選択肢がありません。
チラリと横を見てみると、幸せそうに安心して眠っているナターリア。
私はその顔を見て……腕を諦めました。
そっと目を閉じて、一、二、三…………――――。
次の日の朝シルヴィアさんのハグを受けるまで――腕は痺れ続けていました。
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