『救われた者と、救われた者』一

 二日後の昼頃。

 今日もタダ飯を食べに春牝馬の酒場へと一人でやってきました。

 だというのに、何故か――。


「うふふ、かわいい反応だわ―」

「オッサンー、私なんてどうー?」

「私と遊んでよ~」

「オッサンって強いんですかー?」


 今は十三歳前後の見た目をしている少女六人に囲まれています。

 肌を密着させて太腿や肩を撫でてくる少女達。


「ジェンベルさん!」

「なんだ?」

「私からお金を毟り取る仕事でも始めたのですか!?」

「いや、それはそいつらの自由意志。つまり無料だ」

「信じられません! ハニートラップでない証拠を――ああ、そこはッ!!?」


 太腿からするすると上がってきた誰かの手。

 危ない所でしたが、何とかそれを止めるのに成功しました。

 ――いけません。

 このままでは、全財産を失うのも時間の問題です。


「はぁ……証拠は、そいつらの見た目だよ」

「見た目……?」


 深いため息を吐いたジェンベルさん。

 私は改めて少女達の姿と格好を見てみます。

 全員が大人っぽい格好の子供服を着ていて、生地の薄い者もしばしば。

 水色髪の少女に至っては、どこか見覚えのあるような……。

 艶のある笑みを浮かべて水色の瞳で真っ直ぐに見つめてくる少女。


「あたしのファンなんだってねー?」


 ファン……?

 それから……水色髪?

 ――まさか!?


「まさか……スピカちゃんなのですか?」

「せいかーい!」


 すりすりと体を寄せてきたスピカちゃん。

 ――ベテランの技!!?


「な、なんでッ!!?」

「オッサン、お前、アレの副作用を知らなかったのか?」

「副作用?」

「まじか……」


 ――副作用。

 もしかしてメビウスの新芽には、何か悪い副作用があったのでしょうか。

 しかし以前に、メビウスの新芽で回復した領主様の娘は、健康そうでした。


「領主の娘と会った事は?」

「あります」

「ほんじゃあ、少女になる前の領主の娘と会った事は?」

「……? 最初から少女でしたが?」

「大体理解した。……オッサン」

「はい」

「メビウスの新芽にはな、肉体年齢を十三歳前後にする副作用があるんだ」

「――なッ!!?」


 肉体年齢を十五歳前後に?

 天寿による死すらも若返りによって治療される、とは聞いています。

 が、まさか、それが副作用によるものだとは思ってもみませんでした。

 つまり屋敷の地下牢で会った領主様の娘は、元々は違ったという事に……。

 メビウスの新芽は、合法ロリータ様の量産薬だった……?


「ちなみに欠損なんかは、ちゃんと治りましたか?」

「見ての通り、指も目も綺麗さっぱり元通りだ」

「では、ポロロッカさんの腕も……」


 試験というワケではなかったのですが、治療の効果は証明されました。

 何かあると思い、まだポロロッカさんには使っていません。


「いや、それは止めといた方がいい」

「どうして?」


 ジェンベルさんの顔は真剣そのもの。

 嫌がらせというワケではないでしょう。


「スピカは元々、戦闘娼婦バーベラだったんだがな、戦えなくなった」

「……ばーべら?」

「戦える娼婦の事だ」

「なるほど。……それで?」

「筋力と魔力総量。それが根こそぎ下がってやがる」

「治療効果の副作用……ですか」


 ――副作用。

 治療の副作用で肉体年齢を十歳前半にし、その戦闘能力を大きく下げる。

 傷を癒せればと思って送ったメビウスの新芽は――害になる?

 少なくとも戦争終結までは、ポロロッカさんには使えません。

 戦争後なら、あの二人に養ってもらって大きくなるのを待てるのでしょうが。

 それなら――私自身に使ってみたら、どうなるのでしょうか?

 足腰の立たない子供に? それとも元気いっぱいの、あの頃に?


「意外と使いどころの難しい薬ですね……」

「ああ。それでも権力者の連中は欲しがるだろうな」


 そういって、ニィっと笑ったジェンベルさん。

 これからの儲けでも考えているのでしょう。

 ――メビウスの新芽。

 これによって若返った場合、生き返りはどうなるのでしょうか?

 ショタっこ時代の私に?

 それとも……今の私に?

 ……不確定要素が多すぎます。

 取り返しの付かない事になる場合も考えなくてはなりません。

 体が小さい事によるデメリットは、遺跡探索で身に染みました。

 それに――。

 何もないのであれば、今まで生きてきた年期を捨てたくはありません。

 私は使わなくてもいいでしょう。


「一応言っとくが、そいつらは副作用を承知の上で使ってるぞ」

「そ、それは良かった」

「むしろ若返りの副作用を喜んでるヤツしかいねぇな」


 ジェンベルさんの言葉で少女たちを見回して見ると……。

 全員が良い笑顔を向けてくれました。


「こんな心に響いたプレゼントは、初めてもらったわー」

「あたし達の二回目の初めて、味わってみたくなぁい?」

「新品ぴっかぴかなのに、腕は超一流」

「一口で二度おいしいわよ?」

「もちろん、お金は取らないわ」

「この体でお客を取ったら壊れちゃいそうだし、当分は貴方専用ね!」


 ――呼んだ?

 久しぶりにマイサンが産声を上げようとしています。

 いけません……これは本当に、いけません。

 ベテランの技から来る甘い誘惑……というか肉体の接触が――ッッ!!

 私のマイサンを堕落への道へと誘おうとしてくるのです。

 ここで彼女たちと〝遊んで〟しまえば、もう後戻りできる気がしません


「お、おち、おちついて下さい!」

「胸は……ぺったんこになったわねー」

「お乳でつくの? えいっえいっ」


 ――ビクンビクン

 胸は殆どまな板なのですが、そういうモノではないのです。

 おっぱいは何時だって……優しいものなのですよ……。


「オッサン、あたしの踊りのファンなんだよねー?」

「は、はひっ」

「貴方の為だけに踊ってあげてもいいわー。……貴方の、う・え・でっ」


 ――マイサァアアアアアアアアアアアアン。

 あの魅惑的で洗練された完璧な踊りを、私一人だけのために?

 それも……それも……――ッ!!?


 ――これより煩悩会議を開廷する(バンバン)

 ――無実です! おっさんは無実なのです!

 ――リアの前例を繰り返すおつもりかァッ!

 ――第二第三のヤンデレラを生むべきではない!

 ――いや、そこはプロのお姉さんたちだぞ! 身をゆだねるべきだ!!

 ――いけません。傷を癒した弱みに付け込む行為は避けるべきです。

 ――通常通りお金を払ってというのはいかがかな?

 ――所持金が少ないで、いざ早漏!!

 ――貴様ァ! 早漏だったのか!!?

 ――お主こそ早漏でござろう!!

 ――お前だ!  ――お前だ!  ――お前だ!

 ――『『『お前じゃい!!』』』

 ――……〝いいんじゃね〟

 ――お、お前は……!

 ――……〝マイサンに従えば……いいんじゃね〟

 ――あくまたん。


 全身に広がる温かくて柔らかい感触。

 ――ハッ!


「あたしの踊りをさぁ、特等席で見てみたいよねー?」


 じーっと目を合わせて誘惑してくるスピカちゃん。

 で、ですが! いや、しかし!!

 例えプロのお姉さんであったとしても、今の見た目で手を出すのは――ッ!!

 私は六人のベテラン少女に手を引かれ……娼館に続く扉を開けてしまいました。

 ……誰でも構いません。

 今の私に、この誘惑に抗うだけの――勇気をください。

 何故か響く――妖精さんの笑い声。


「ひっ」

「うっ」

「殺気!?」

「なにっ!!?」

「「――っッ」」


 それぞれが短く悲鳴を上げて、二人が気絶しました。

 一体どうしたというのでしょうか?

 ――まさか、妖精さんが?

 私が疑問に思って妖精さんの方を見てみると……。

 妖精さんは小さく首を横に振りました。

 今回は笑っただけで、特に何もしていないという事なのでしょう。

 では、どうして?


「あっ……」


 背筋に走る――凄まじい悪寒。

 ――ドゴンッ!! バギィィィッ!

 背後から、そんな音が聞こえてきました。

 ジェンベルさんを見てみると明後日の方向を見ています。

 一体なにと、目を合わせないようにしているのでしょうか。


「あれ? あれあれあれ? あれあれあれあれあれっ?」


 ――聞き覚えのある声。

 透き通っていて、すっと耳に入ってくる幼げなその声。

 最近はその声を聞く機会も多く、聞いているだけで心が癒された声です。

 しかし今は、それが無性に恐ろしく感じてたまりません。

 冷や汗が滝のように溢れ出してきました。


「どうして? どうして娼館に続く扉を開いているのかしら? ねぇ……勇者様ぁ?」

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