『ギャラルホルンは鳴らされた』一

 場所は魔族領の酒場。

 店員は避難していて居ないのか、人の気配はありません。

 テーブルを二つくっ付けて錚々たる顔ぶれが並んでいます。

 全員が椅子に腰かけていました。

 が、ドレイクンであるレバンノンさんは尻尾が邪魔そうです。

 現在この場所に居るのは四人。

 レバンノンさん、聖騎士の性騎士……ではなく、ロベリーさん。

 その向かいに座っているのが私と、レーヴェさん。


「えっ、配置が変じゃないですか? 合コンじゃないですよね??」

「そっちの純魔族が手を離さないから仕方がない。で、合コンってなんだ?」


 性騎士ロベリーさんは合コンを知らないご様子。

 この世界にはそういったイベント事は無いのでしょうか。


「レーヴェさん?」

「昨日まではレーヴェちゃんって呼んでたのに、すごく他人行儀ですね」

「……本当に子供なのですか?」

「ちゃんと子供だよ」

「フン、レーヴェ嬢の言っている事は本当だ」


 レーヴェさんを支援するように言葉を発したレバンノンさん。

 一体どちらが上に立っている者なのでしょうか。


「オッサン、そろそろ本題に入ろう」

「わかりました」

「まず、この町の他にも魔王軍の主要都市が占拠されているのは知っているな?」

「一応は」


 ロベリーさんが言っているのは恐らく、他方面を進行している主力のお話。

 十万近くの大群で行う都市への侵攻。

 敵トップさえ抑える事ができれば、あとは数は数で押しきれます。

 実際、今いる魔族の都市でもそうでした。


「その二方面の軍では占領後、魔族の殲滅を行ったらしい」

「……どうして、そんな事を私に言うのですか?」

「意外と冷静だな」

「そういう事もある、とは理解していますから」

「なるほどな」


 小さく頷き、セルフで用意した飲み物に口を付けたロベリーさん。

 窺うような、この空気。

 彼女は私の事を割れやすい水風船とでも思っているのでしょうか。

 ――否定はしませんが。


「魔族を一人残らず消した筈の二か所はな、どこかに残存していた魔族のゲリラ的な激しい襲撃を受けているらしい。そのせいで夜も休めず、かなり疲弊しているようだ」


 殲滅した筈の場所が攻撃を受けている?

 しかも両方とも??


「ここは大丈夫なのですか?」

「当然だ。なんせ先導する筈だったヤツが、今ここに居るのだからな」


 後から攻撃を受けない為に虐殺を行った場所が攻撃を受けたのに。

 虐殺を行わなかったここが、その攻撃を受けていない。

 ……皮肉な話しです。


「こうなってくると本題が気になりますね」


 聖騎士団長であるロベリーさん。

 この町の表の顔であるレバンノンさん。

 そして、この町の裏指揮者であるレーヴェさん。

 ロベリーさんに至っては護衛も連れていません。

 後ろめたい事も無いのに、こんな場所に一人で来て――。

 ……いえ、後ろめたい事?

 まさか――。


「ロベリーさん」

「なんだ」

「護衛も無しに、何か後ろめたい事があるのではないですか?」

「――!? べ、別に何もないぞ!」


 ……怪しい。

 これはもう間違いないんじゃあないでしょうか。

 ――響く、妖精さんの笑い声。

 妖精さんの声に身を強張らせる全員を尻目に、私は追求を続けます。


「オークの……」

「あー! あーあーあー!! そうだ! そうだけどなんか悪いのか!!」

「いえ別に?」


 むしろ納得です。

 この中央を突き進む本体が町の魔族を虐殺しなかった理由。

 私が裏切る危険性がある事とは別に。

 上に立っている貴族に、魔族に対して肯定的な者が多かったのでしょう。


「仕方が無いだろう! 好きなんだから!」

「悪いだなんて一言も言っていません。でも、それだけじゃないですよね?」

「…………」


 ――えっ。


「いやいやいやいや! それだけじゃないって言って下さいよ!!」

「も、勿論違うぞ! 各部隊の隊長に次の指示を伝える役目もあったのだ!!」


 この動揺具合。

 これはもう、本当に間違いありません。

 彼女は――クッころ性騎士です。

 確かに各部隊長への指示を伝えるというのも事実なのでしょう。

 嘘の中に真実を混ぜる巧妙なやり口ではあります。

 が、ロベリーさんの場合は感情を隠しきれていないので無意味。

 私のような下っ端の部隊長に指示を出すのくらい、他の伝令でも事足りた筈。

 同席している魔族側の二人も、ロベリーさんに冷ややかな視線を向けています。


「ロベリーさんは本当に残念美人ですね」

「クッ! もうプレイが始まったのか!? この薄汚いオークめ!!」

「えっ、オークって私のことですか!?」

「この体は好きにできたとしても、この心までは堕ちはしないぞ!!」


 ――堕ちています。

 もう手遅れなくらいに心が落ちていますよ、ロベリーさん。

 敵側の一般オークに〝寝返れ!〟と命令されたら寝返ってしまうのではないでしょうか?

 ……いえ。

 流石にそれは無いと思いたいところ。

 そもそもこの世界のオークは意外にも常識的な部分が多い種族です。

 戦闘中に敵の将に向かってそのような事を言うワケがありません。

 味方の将より敵の方が信用できるというのもアレですが……。

 ええ、間違いありません。

 ロベリーさんは最後まで生き残ります。


「部下には本性を隠しておいてくださいね。士気に影響が出るので」

「副団長みたいな事を言うな!」

「……魔族のお二人がロベリーさんについている理由、少し読めてきました」


 微妙にげんなりな気持ちでそう言うと、二人の魔族は苦笑いを浮かべました。

 これは私の予想が間違っていないという事でしょう。

 ロベリーさんは多分恐らくきっと、比較的暇なのだと思います。

 ある程度の実力と地位があって手の空いている存在。

 占領した町の領主という面倒を押し付けるのには、最適なのかもしれません。

 そして面倒事の種になりそうな私への指示役。

 何と言うか……。

 ダイアナさんと似ているのは表面の雰囲気だけ。

 今この瞬間にようやく理解しました。


「では今後の予定について教えてください。そしたら私は宿に帰るので」

「ぐぅぅぅぅ……! わかった!」


 何やら言いたげだったロベリーさんでしたが、その言葉を飲み込みました。

 一番ダメな部分を知っている相手には何を言っても無駄だと判断したのでしょう。


「最初に言ったと思うが、他の都市は魔王軍の妨害兵力に攻撃を受けて準備が遅れている。故に出発は、今日から更に三日後だ。敵も戦力を集中させて決戦に備えている事だろう


 ――魔王軍との決戦。

 人族軍が仕掛けた短期決着の作戦は、ある意味成功しているのだと思います。

 どちらが勝つのかは判りません。


「正真正銘最後の戦いだ。準備は万端にしておけよ」


 が、少なくとも今の人族軍は、有利な側に立っている筈です。

 敵最大の侵攻を食い止めて多大な被害を出させた防衛戦。

 そして快速列車並みに素早い侵攻作戦。


「ロベリーさんは悔いと疲れが残らない程度に遊んでくださいね」

「私の事はほっとけ!」


 ――異世界からの旅人。

 人族の危機に突如として現れたライゼリック組。

 ゲームの世界からやって来た彼らは、皆一様に凄まじい力を持っています。

 人族軍は恐らく勝つでしょう。

 被害は大きなものになると思いますが、私が居なくても勝つと思います。

 ライゼリック組の力と、その数の力。

 ライゼリック組の年齢層は不明ですが、多くは貴族に召し抱えられるでしょう。

 自堕落な生活を送るか、何かに利用されるか。

 それともゲーマーらしく冒険者に?

 ダンジョンや遺跡だって何個も攻略されるでしょう。

 中にはアークレリックの下に眠っていたような遺跡を見つけ――。

 この世界の真実に辿り着く者が出るかもしれません。


「……私には幸運にも、まだ帰る場所があります」


 帰りを待っていてくれて、歓迎してくれる者がいます。

 まさかのまさかですが、愛してくれている人がいます。

 不幸な事よりも圧倒的に幸福の数の方が多い、この世界。


「では部隊の仲間達にも伝えないといけないので、私はこれにて」


 優しく握られていた手を解いて席を立ち、出口を目指しました。

 一人であればこのまま出ていたかもしれません。

 が、視界の端に浮いていた妖精さんが後ろを見て、心配げな表情を浮かべていました。

 それを見てしまっては、このまま出る事なんて出来ません。


「色々と落ち着いたら、また遊びに来てもいいですか? ……レーヴェちゃん」

「……! 待ってます! ぼーけん……っと――勇者様!」


 そんな明るい調子の言葉を耳にして、私は酒場を後にしました。

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