『紫紺の瞳』二
闘技場から出て、ナターリアと合流してから町を歩きます。
「むぅー……」
「ほ、ほら。これでも食べて気を取り直してください」
私は露店で買った砂糖菓子をナターリアに手渡そうとします。
が、ぷいっと顔を背けて受け取ってくれません。
「オッサン、あんたって意外と浮気性なんだな?」
「ユリおねぇちゃんは人の事言えないけどね」
「私はあれです。確かに移り気ではありますが、付き合い始めたら一途になりますよ」
お話はするかもしれませんが、浮気はたぶんしません。
まぁ実際には、なってみないと判らないのですが……。
「むーっ! わたしはずっと一途なのだけれどっ! 嫌われたくないから実行しないだけで、勇者様を一生涯何処かに閉じ込めて、わたしだけを見るようにしたいとさえ思っているわっ!」
頬を膨らませて子供っぽく怒っているナターリア。
微妙に怖い事を言っているような気がしますが、きっと気のせいでしょう。
「り、リア。お、お菓子、お菓子食べましょう!」
「……あーんしてくれるのなら、たべるわ」
「どうぞ、あーん」
「あーん……ムグムグ。あらっ、意外と美味しいのね」
少しだけ気を取り直してくれたナターリア。
ヤンデレラの兆候が見えたような気がしましたが……。
ええ、気のせいに違いありません。
ヤンデレラナターリアは、超番外編のみの登場です。
◆
「止まって」
拠点にしている木造小屋付近に帰ってきたその時、シズハさんに止められました。
その表情は真剣そのもので、小屋の様子を探っているように見えます。
「シズハ、なんかあるのか?」
「小屋の中から、ニコラ以外の気配を感じる」
「まさか、ニコラちゃんがグヘヘうふふな展開に!?」
ユリさんとシズハさんの会話を尻目に、ナターリアが口を開きました。
「んー、というかこの気配。エルティーナたちのものっぽい?」
「――!?」
ナターリアの言葉を聞いた私は、反射的に駆け出していました。
扉へと辿り着いて勢いよくその扉を開けます。
「エルティーナさん! ご無事でしたか!?」
「……! はい、ヨウさんの御かげで特に何事もなく。お帰りなさい、オッサン」
小屋の中に居たのはエルティーナさんと子供達、それからヨウさんとニコラさん。
私が闘技場で激闘を繰り広げている間に状況が大きく進展したようです。
ニコラさんはエルティーナさん達を見つけ出し、ここまで連れてきてくれたのでしょう。
エルティーナさんと子供達を見た私は、全身から力が抜けて座り込みました。
ニコラさんは自分の衣類を着ていて、赤と白のゴシックワンピースを着ています。
「ニコラが世話になったな。闘技場の方も順調に勝ち進んでいるみたいでなによりだ」
「いえいえ、こちらこそエルティーナさんと子供達を守って下さり有難うございました」
私に向かって軽く頭を下げたヨウさんは、ニコラさんに向き直りました。
「それで……ササナキって人は目的の人か?」
「多分そう。名前も容姿も戦い方も、だいたい聞いてた通りだし」
「俺なりにリュポフが協力的な理由を考えてみたんだが、言ってもいいか?」
「ん、聞くよ」
「そのササナキって子がハイエルフの偉い人の娘で、戦争の協力を取り付けたいとか」
「あー……可能性としてはありそうだね」
やはり、闘技場のササナキさんが二人の目的の人物なのでしょう。
となれば、戦う前に情報の一つでも欲しいところです。
「ところで、ササナキという人物はどんな人物なのですか?」
「依頼書に書いてあった事だと、人の姿をして人の村で生活をしてたハイエルフって話だ」
「となると……人攫いですか」
「まぁ、タブンな。師匠の剣士と大きな町に行って行方不明になったらしい」
「そしてつい最近になって、ここにいるという情報を得たと?」
「だな」
人物の話について区切りが付いたと判断したのか、ニコラさんが口を開きました。
「見てきた限りだと戦い方は、剣と魔法を上手に駆使して戦う魔法剣士って感じ?」
「魔法剣士は……苦戦しそうですね……」
本日戦ったアロエさんと同等の相手だと考えていいでしょう。
問題は、どうやって勝つか。
今回のような勝ち方はよくありません。
酷い勝ち方をして反感を買うのはもっての他です。
「姿勢を低くして地面スレスレを移動しつつ、臨機応変に攻撃してくるよ」
「触手で薙ぎ払う際は下めを狙うと良さそうですね」
「開幕で【スリープ】っていう魔法を使ってたから、気をしっかり持ってね」
「えっ……睡眠魔法ですか」
「だね。観戦してた相手は耐えてたから、そこまで強力じゃないのかも?」
「……トドメを刺しに来るタイプならいいのですか……」
「いや、ソレ普通は良くないよ」
私の言葉に対して、苦笑い交じりに突っこみを入れてきたニコラさん。
「いえ、そのまま勝利宣言をされてしまうと辛いなと思いまして……」
「オッサンの魔力抵抗は強いのか?」
ヨウさんが疑問顔で問い掛けてきました。
残念ながら私の魔力抵抗は――。
「皆無です」
「皆無かぁー。タッグ戦とかなら俺が入って叩き起こせるんだろうが……」
腕を組んで難しい顔をして考え込んでしまったヨウさん。
「妖精さん。もし私が眠ってしまった時は、どんな手を使ってでも起こして下さい」
クスクスと笑いながら小さく頷いた妖精さん。
「あー、でもあれだ。あんまり死なない方がいいんじゃないか?」
「ん? 生き返りについて、ヨウさんに話した事がありましったけ?」
「……明らかに死んでる場面で生きてるからな。半分は直感みたいなものだ」
ユリさんに向かって話した事を、ニコラさんから伝えられていたのでしょうか?
いえ、様子から見て違うような気がします。
「なるほど……」
直感だと言ったヨウさんはどこか挙動不審に見えました。
生き返りの仕組みついて、私の知らない何かを知っているように見えます。
――が、ここで話さないと言う事は、あまり深く探られたくないのかもしれません。
ただの直感ですが、これ以上は聞かない方が良いような気がします。
「時間はできたが、これからどうする?」
「そうですね……では久しぶりに、私特製のシチューパーティーといきましょう!」
『『『やったー!!』』』
「オッサンのシチュー、楽しみですね」
「勇者様の白いシチューは絶品だわっ!」
喜ぶ子供達と微笑みかけてくれたエルティーナさん。
ナターリアも満面の笑みで絶賛してくれています。
「えっ……ボク、白いシチューってだけで嫌な予感がしてるんだけど……」
「奇遇だなニコラ、俺も同意見だ」
「ぐへへ……美女だらけの白いシチューパーティー? 最高だ!」
「ユリおねぇちゃん、ナチュラルに男性を省いてるよ」
何やら変な妄想を働かせているライゼリック組。
やはり変態しか居ないゲームだったのでしょう。
「普通に美味しい白シチューですよ」
「うふふっ、見た目はあまり変わらないのに味が千差万別するのよねっ!」
「えっ、ボク、逆に怖くなったんだけど……」
「オッサンのチート能力の一つか?」
「失礼な。前の世界の時からずっと磨き上げ続けてきた、普通のシチューです!!」
そんなやり取りが落ち着いてから、私は買い物へと出発しました。
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