『強襲作戦』二
ヨウさん達の寸劇の御かげで、少しだけ緊張の空気が和らいだような気がします。
他のライゼリック組の者達はこういう状況に慣れていないのでしょう。
凄まじく緊張し、顔には恐怖の色が色濃く出ていました。
私もこの世界に来たばかりの頃であれば、同じようになっていた筈です。
しかしどんな状況にも、人という生き物は慣れてしまう生き物。
死地に赴きすぎたせいで、恐怖心はあまりありません。
場数を踏んできたというのも一つの要因ではあるのですが……。
仲間に頼りになる者達が揃い過ぎているのです。
失敗する気もしません。
「本作戦は巨大な魔導機械のジャンプ台を利用し、魔導バイクで乗り込む作戦だ!」
――巨大魔導機械のジャンプ台。
見覚えの無い板が取り付けられているとは思いましたが、なるほど。
まさかジャンプ台だとは思いもしませんでした。
「操縦は出来なくても大丈夫だ。魔導バイクの制御は全て、彼女がしてくれる」
そう言ってホープさんの方を見たリュポフさん。
確かにホープさんであれば魔導バイクの制御くらいは、お手の物でしょう。
少し前までは地下遺跡の全てを掌握し、制御と管理をしていたのです。
たった二十機の魔導バイクを動かせない理由はありません。
カードキーが用意されていない理由も判りました。
恐らくはホープさんのハッキングが済んでいるからです。
「キミ達の作戦開始は本体が交戦を開始した直後。私は騎士団を率いて先頭を行く。真っ先に狙われる場所ではあるが……なに、キミ達が突入するまでは生きていてみせるさ。突入タイミングは一番経験を積んでいる、オッサン殿が出すように!」
リュポフさんの騎士団が先頭……。
普通がどういうものなのかは判りません。
が、もっと階級の低い者が先頭に行くものなのではないのでしょうか?
先陣は最も死にやすい場所です。
どうして一番最前線を行く者達の将が、強襲部隊の指示を……?
――いえ。
一番死にやすい場所だからこそ。
二番目に死にやすい強襲部隊に対して胸を張って指示できるのでしょう。
その試みは正解です。
安全な後ろから命令を下すだけの者であれば、恐怖に駆られている者達は尻ごみします。
特に恐怖の色が色濃く出ている、少し前までは一般人であったであろうライゼリック組。
恐怖をあまり感じていない様子の者達もいますが、それはある意味異質。
怖がっている者達の方が普通なのです。
「それでは諸君、作戦の成功と健闘を祈る。防音壁を解除していいぞ」
「はっ!」
リュポフさんの指示で薄い膜のようなモノが消えて無くなりました。
戻ってきた風の音。
その風に乗って伝わってくる、兵たちの緊張。
空を見上げてみれば――曇り空です。
リュポフさんは脇に置いてあった馬に跨り、前の方へと向かっていきました。
「さて、一番乗りは私たちが頂きましょうかね。いいですかアロエさん?」
「ああ、問題ない」
私は一番先頭の魔導バイクの傍に移動し、その隣を陣取りました。
アロエさんもその隣にきてくれます。
突入の指示をする者が先陣を切らないで、誰が付いてくるものでしょうか。
アロエさんには申し訳ありませんが、一番槍に付き合って頂きましょう。
バイクの並びは縦二列。
普通に考えれば、一番前の魔導バイクが一番に飛ぶ筈です。
「勇者様と一緒に飛べないのは残念なのだけれど、せめて同時に飛びたいわね」
「ってことはぁ~、わたしも一番乗りなのねぇ~」
隣のバイクに陣取ったのはナターリアとリュリュさん。
その後ろにはポロロッカさんとササナキさん。
私の後ろに来たのは、ヨウさんとニコラさんのペアでした。
それに続くように、青年と忍者コスの女の子、フレイル兄弟たち。
緊張した顔でバイクの傍に立つ、ライゼリック組の者達。
それを見たホープさんは高度を上げ、巨大魔導機械の頭付近に移動しました。
シルヴィアさんは私の乗る魔導バイクの付近で待機してくれています。
突入の援護をしてくれるのかもしれません。
「行くぞぉおおおおおおお!! 全軍――進撃ぃいいいイイイイイイ!!!」
『『『ワァアアアアアアアアアア――――ッッ!!』』』
誰かの掛け声で本隊の部隊が進撃を開始しました。
まずは中央の部隊が動き始めて、数歩遅れて動き出す左右の部隊。
進撃を始めた部隊の頭には雨あられのように遠距離攻撃が降り注いでいます。
一番多いのは矢で、その次に魔術と砲弾。
魔力を使った攻撃をしているのは主に純魔族。
あとは砲弾とバリスタも降り注いでいます。
――が、前衛部隊の頭上には魔力障壁が展開されているのでしょう。
透明な緑色の膜がその殆どの攻撃を防いでいました。
被害が出ているのは主に中衛。
砲弾に当たった数人が空高くに舞い上がり――地面に叩きつけられていました。
砲弾とバリスタの流れ弾が何人もの命を刈り取っています。
そんな光景を目にしながら、緊張した面持ちで魔導バイクに跨った突入部隊。
「そう言えば、アレがありましたね……」
私は隣の魔導バイクの後ろに跨っている、ナターリアに近づきました。
接近に気が付いたナターリアが顔を上げ、私を真っ直ぐに見てきます。
「まぁ気休め程度にしかならないとは思いますが……」
「えっ……えっ!!?」
ダイアナさんから頂いた指輪を指から外し、ナターリアに差し出しました。
確かコレには、飛翔物を少し逸らす効果があると聞いています。
実際に受けた事がないので、その効果の程は不明。
が、無いよりかはあった方が良でしょう。
「お守りです。受け取って下さい」
「あっ、ありがとぅ……」
大切な物を受け取るように両手で指輪を受け取ってくれたナターリア。
ダイアナさんからの貰い物だと言える空気ではありません。
胸の前でぎゅっと抱きしめられた指輪は、ナターリアの右手薬指に収まりました。
……ナターリアが理解してやっているのかは判りません。
が、右手薬指は婚約指輪だと言われています。
私はもしかして、プロポーズした事になってしまったのでしょうか……?
……。
………。
…………。
いえ、そろそろ……。
そろそろ本当に、いいのではないでしょうか。
そろそろ私は、彼女の気持ちに応えてあげるべきでは、ないのでしょうか。
「ナターリア」
「ひっ?」
唐突な真面目な雰囲気に面を食らったような表情になったナターリア。
今から私は、自分に課した誓いを――破ります。
「リアには本当に、申し訳ない気持ちでいっぱいです」
「えっ? えっ??」
「リアだって悪いんですよ? それでも……ごめんなさい」
あんなに言ったのに、まだ私に迫ってくるのです。
我慢が限界を超えてしまっても、仕方が無いんじゃあないでしょうか。
「な、なにも謝る事なんて、ないと思うのだけれど……」
「私はですね、そろそろ本気で告白しようと思っています」
常に宙ぶらりんである罪悪感から、つい俯いてしまいした。
この世界に来たときは、妖精さんが運命の相手だと思っていたのです。
その少し後にはシルヴィアさんが……。
――いえ、シルヴィアさんはありませんでした。
彼女は十二時間以内に全てのフラグを折ってきます。
「えっ……? や、やだ…………」
――おやっ?
顔を上げて彼女の顔を見てみると、目を見開いて絶望の表情をしていました。
もしかして、実は嫌われていた……?
こんな……まるで、Gに告白された女性のような表情で……。
「な、なんでもする……」
「……?」
「何でもするからっ! 誰かだけの勇者様にならないで――ッッ!!」
魔道バイクから転がり落ちるように縋りついてきたナターリア。
私は昔、〝何でもするから〟とは何もしないヒトの常套句だと聞きました。
しかしナターリアに限って言えば、それは嘘。
彼女は何でもします。
ええ、間違いなく何でもしてくれるでしよう。
しかし私が望んでいる関係性は、そういうものではありません。
むしろもっと、ワガママを言って頂きたいのです。
「い、いえ。そんな必要は――」
「どんな事でも! 本当の本当にどんな事でもするからっ!! だ、だからっっ!!!」
もしかして、言い方が悪かったのでしょうか……?
リュリュさんの方を見てみると、苦虫を噛み潰したかのような顔をしています。
「も、もう一回。一回だけ、わたしの事、強く抱きしめてほしいの!」
「えっ?」
「もしかしたら気が変わるかもしれないわっ!!」
「変わるも何も……」
「わたしなら絶対に、勇者様のこと満足させてみせるからっ……!」
涙をボロボロと流しながら、私の足に縋りついてきた、ナターリア。
「ねぇ! わたしならすぐだよっ? 告白してくれたら絶対に大好きになるし! こんなに簡単に落ちる子なんて私だけだと思うの! 浮気だって最後にわたしのところに居てくれるのなら許してあげるっ! ……それでもダメなら…………せめて、傍には置いておいてほしい……。本当に……なんでもするから……」
――ハッ!
まさか彼女は、私が他の誰かに告白すると思ったのでしょうか。
ナターリアの為にずっと我慢していた、この想いを爆発させる罪悪感。
それに対する謝罪の言葉が、彼女には別の意味に聞こえてしまったのでしょう。
「勇者様ぁ……。私以外の誰かに、告白しないでよぉ……」
力なく立ち上がり、私のお腹にしがみ付いたナターリア。
す、すごい力です。
力なく立ち上がったと思ったのに、すごい力で締め上げられています。
もしこの場で断ったら……。
ナターリアは無意識に、私の上半身と下半身を泣き別れさせるかもしれません。
というより、この場に居る全員の視線が私に突き刺さっています。
……。
…………。
「ナターリア」
「――っ!」
ビクリ、と震えた小さな彼女の体。
私はその頭を両手で抱え込んで、呟きました。
「リア以外の誰かに告白するだなんて、私は言っていませんよ」
「えっ? えっ?? それって!!?」
ガバッと顔を上げて、私の顔を見てきたナターリア。
その顔表情は驚き一色。
まさか告白の対象が自分自身だったとは、全く思っていなかったという顔です。
――大きな爆発音。
城門の付近では、バリケードを破壊しているのであろう爆発がありました。
今いる位置からは見えませんが、破城槌だって動いている筈です。
最後方である移動型魔力バリスタが光の矢を放ちました。
「あぁ、ついに我慢しきれず漏らしてしまいましたが、そろそろ動かないとですね」
「…………」
茫然とした表情で、本当に力の抜けているナターリア。
私はナターリアを持ち上げて、リュリュさんの後ろに乗せました。
「こういうのは、戦う前だと縁起が悪いらしいですからね」
「…………ぁぅ」
茫然としているナターリアの頬に、触れるだけの軽いキスをしました。
もちっと柔らかく、張りのある彼女の頬。
「だからこの戦争が終わったら――って、これもフラグですか……」
私は言葉の代わりにもう一度だけ、ナターリアをギュッと抱きしめました。
温かくて、出会った頃よりも幾らか肉付きの良くなった、その体。
こんなに自分の事を好いてくれている、他には何処にも存在しない女の子。
好きになり返さない男が、いるワケがありません。
「やっぱり強く抱きしめても、この気持ちは変わりませんね」
「はぅぅぅぅぅっ……」
数秒間だけそうしていた後、私は自分の魔導バイクに跨りました。
力が完全に抜けている様子のナターリア。
魔道バイクに振り落とされないかが心配です。
「あーあ、これで私の望みは完全にゼロになったワケだな?」
「すいません、アロエさん」
「まぁいいさ、良いものを見させてもらったしな!」
――ヒュオォオオオ、という音と共にエンジンが掛かった魔導バイク。
突入の準備は――もう万全です。
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