『日常』三

 教会への帰り道に薄暗い路地を通っている最中。


「あっ!」


 ――見つけてしまいました、肘から指先までの身長しかない緑の女の子を。

 薄暗い上に遠目なので判り難いですが、服も緑色をしているのでしょう。

 パッと見は、ゴミか普通の野菜に見えてしまいました。

 が、よく見てみると違うと判ります。

 私の方をチラチラと見ながら一定の距離を保って歩いているのが、いい証拠です。

 知性のある生物であるのは間違いありません。

 サタンちゃんが登場していないので金銭的には、まだ余裕があります。

 が、安全であるのなら多少の情報を入手して、お小遣いを頂きたいところ。

 私は野菜娘の後を、ゆっくりと追いかけます。


「抜き足、差し足、忍び足ぃ……」


 薄暗い路地を進む事しばらく。

 とうとう辿り着いてしまいました。

 ――それでここは、一体どうなっているのでしょうか?

 レタス? を擬人化したかのような娘たちが羽ばたいて空に飛んでいきました。

 上を見てみると、そこには屋根の上で止まっている野菜娘たち。

 そして……視線を前に戻して目に入ってきたものは――。


「ハァイ、ニンゲンさん」


 木箱に腰掛けた、バンダナをした黒髪の中年男性。

 鋭い眼光は殺人鬼のようにも見え、百人は殺していそうな目をしています。

 その左右には長身の美女が二人も立っていました。

 一人は服のシマシマ模様から見るに、スイカの野菜娘でしょうか。

 もう一人はつい先ほど飛んでいた、レタス? を大人にしたような容姿です。

 ――彼女はレタス娘なのかもしれません。


「お野菜食べてる?」


 その男の鋭い眼光は真っ直ぐに私を攫えていて、僅かに口角が上がりました。


「そ、それなりには……」

「オーゥ、それは良い事だ。デモ、もっと良い野菜、食べたくない?」


 その男の言葉に私の嫌な予感が――全力で反応しています。

 ――今すぐにこの場から逃げないと!

 と思って退路を確認してみると――。

 何時の間にか二人の野菜娘が退路を塞いでいました。

 ――逃げられません。


「ふんっ、珍しいのが居るな?」

「オーゥ……まさか生き残りがいたトハネ」

「それはこっちの台詞だ」

「ンー……」

「ご主人様に危害を加えるというのであれば、私も容赦はしないぞ」

「オーケーオーケー、押し売りはヤメダ」

「シルヴィアさん? もしかして、お知り合いなんで?」

「むっ、お互いの情報を知っているだけの場合は知り合いと言ってもいいのか?」

「いいのでは?」

「ふむ。それじゃあ、コイツは知り合いだ」

「では、この方は?」

「こいつは食料供給型タイプα改良型。基本的には食料プラントにいるヤツだ」


 この言い方は、シルヴィアさんが自己紹介した時のモノに似ています。

 危険な存在なのかが判らないので、もう少し情報が欲しいところ。


「……つまり?」

「ん、簡単に言えという事か?」

「お願いします」

「そうだな。簡単に言うと野菜を生産して、ニンゲンに押し売りをするヤツだ」

「有難いんだか迷惑なのか、判断が難しいですね」

「食料供給型のβには気を付けろ。アレは自爆突撃してくる食肉を売りつけてくる」

「存在の意味がまるで分かりませんね」

「まぁな。……で、どうしてお前がこんな所にいる?」

「ナニ、つい先日、食料プラントからデテキタトコさ」

「何処のだ?」

「地下シェルター、F-4-D。施設名称・ノア」

「むぅ。知らない場所だな」

「そんなコトはドウでもイイ。それでニンゲン? 最高品質のお野菜イカガ?」


 チンプンカンプンなお言葉の連続で私の脳細胞が爆発しそうです。

 が、つまりシルヴィアさんが現役JKであった時代には――。

 この者のような食料生産者が多くいたという事なのでしょうか?


「シルヴィアさん」

「ん?」

「この方のお野菜は食べられるのですか?」


 シルヴィアさんの時代のお野菜。

 少しだけ気になります。


「当然だ。見た目の奇抜さに目を瞑れば野菜の中では最も上質の味をしているだろうな。オマケに野菜の戦闘能力も高くて、野菜泥棒に怯える心配もない」


 野菜なのに戦闘能力があるとはいかに。


「下手をしたら、ヤークトハンターくらいには勝つな」

「……ゑ?」


 霊峰であれ程苦しめられたヤークトハンターに勝つかもしれない、お野菜??

 それは本当に、お野菜と言っていいのでしょうか?

 そして、それは本当に食べてしまっても大丈夫なのでしょうか。


「サァ、好きな娘を選びな」


 広げられた敷物の上にトテトテと歩いて並んだのは二の腕サイズの野菜娘たち。

 みな顔の造形が本当に美しいです。

 顔付きパンなんかとは比べものにならない程に食べるのに勇気が必要でしょう。

 とはいえ、人とは動物の肉を食べる生き物。

 牛や豚が食べられて動いて話す野菜が食べられないワケがありません。


「まず味の程を確かめてみたいので、キャベツを一つ下さい」

「マイドッ! っと……五千ドゥールは今の貨幣にすると、どのくらいの価値?」

「ふんっ、銀貨五枚というところだろう」


 シルヴィアさんに言われるがまま銀貨を五枚支払って野菜娘を購入。

 キャベツ一つに対して銀貨五枚はボッタクリなような気がします。

 が、まぁ戦闘能力がヤークトハンターと同等だと考えれば安い方でしょう。

 私の方へと歩いてきた野菜娘がお辞儀をしながら――口を開きました。


「えっと……その、よろしくおねがいします」

「……では、一口食べてみましょう」

「ニンゲンさん、そいつぁ皮ごと食えるよ」


 ――皮というのは、この服の事を言っているのでしょうか?

 私は歩み寄ってきた野菜娘を拾い上げて口に近づけます。

 手に持ってみた感触は意外にもプニプニと柔らかく、服を剥いてしまったのなら――。

 私のマイスワンが反応してしまっていたのは間違いありません。

 が、相手は仮にも野菜。

 現状はギリギリセーフです。


「あああああ、たべられちゃうっ! わたし、たべられちゃぅょぉぉぉぉぉォオオオ」


 ――呼んだ?

 マイスワンが産声を上げようと起き上がりかけました。

 これは危険な兆候です。


「はぅあぅあぁぅぅあう! はいっちゃう! お口の中にはいっちゃうぅぅぅ!」

「…………」

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……いっぱい……あじわってね?」

「食べられるかぁああああああああああああああああああああああああ!!」


 私は異世界に来てから始めて、こんなに怒鳴ってしまいました。

 ですが、それも仕方のない事でしょう。

 食べようとしている野菜がこんなにも艶っぽい声を上げているのです。

 更には何故か桃色な声で絶頂を。

 ――食べられるワケがありません。


「いくじなしー」


 ビクンビクン。

 野菜娘に罵られて、イキリ立ちマイサンになってしまいました。

 もうお婿にいけません。


「ふんっ、ニンゲンは生きたままだと食べ難いんだったな」


 私の手から野菜娘をヒョイと摘み上げたシルヴィアさん。


「こおっちゃ……ごぉぉ……おっ、おっ、おっ、ぉぉぉぉぉ……ぉっ…………」

「ん、これでよし」


 ――何一つ、これでよくありません。

 反射的にシルヴィアさんに対して、人でなし! と罵ってしまいそうになりました。

 ビックリするくらいに精神力を削ってくる野菜です。


「ほら、これで食べられるだろう?」


 カチンコチンに固まったお野菜を私に渡してきたシルヴィアさん。

 触ってみた感触は、カッチンカッチン。

 本来であれば生の味を知りたかったのですが……まぁいいでしょう。

 仕方なく携帯型魔石コンロを取り出して、直火で軽く焼きました。

 ……いざ実食。


「お、美味しい」


 それ以外の言葉が出てこないほどに美味なお野菜。

 肉感的だったのは表面だけだったのでしょう。

 中はしっかりと、キャベツっぽい食感をしていました。

 ですが、やはり……。


「もう一つ下さい。やはり生で食べてみない事には判断できません」


 解体用ナイフを取り出し、私は野菜娘を切り刻む用意をしました。

 バラバラにすれば流石に食べられるでしょう。

 銀貨を五枚支払い、キャベツさんには敷物の上で横になって頂きました。

 解体用ナイフを震える手で、ゆっくりと野菜娘のお腹めがけて下ろしていきます。


「はいっちゃうっ! きられちゃうよぉぉぉぉぉ!! あっあっあっ、しんぢゃうぅぅぅぅぅぅ」


 …………無心。

 無心を保つのです。


「はいってくりゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ…………あっ…………」


 手が震えすぎて首を落としてしまいました。

 これが魚の解体であれば、これでも良かったのでしょう。

 満足そうな顔で転がる生野菜の生首に、私の罪悪感が半端ではありません。

 とはいえ大人しくなった野菜を一定の大きさにまで切ったら、もう判りません。

 ――いざ実食。


「う、美味すぎる……!」


 この野菜を使ったシチューを作ったとしたら……ええ。

 恐らくはシチュー全体が、この野菜の旨味に負けてしまう事でしょう。

 が、もしこの野菜と調和の取れたシチューを作る事が出来たのならッ!

 それはまさに――神のシチュー。

 シチュー道、極めてやりましょう。


「人参五本、キャベツ五玉、レタスと大根も五個ずつ買いましょう!」

「マイドッ!! ニンゲンさんお金持ちダネ? かなり上の階級カナ?」


 ――上の階級?


「何にせよ、マタ会ったラ買ってクダサイ」

「は、はい」


 私は合計二十のお野菜をバックパックに詰めて、その場を後にしました。


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