『TS幼女おっさん』一

 場所はスラムの薄暗い路地の通路。

 背中のバックパックに入っている野菜娘たちは意外な程に大人しくしています。


「それで、シルヴィアさん?」

「なんだ」

「何でまだ居るんですか……?」

「むっ。居ちゃ悪いのか」


 私の言葉で顰めっ面になってしまったシルヴィアさん。

 決して悪い訳ではないのですが、シルヴィアさんに隣に居られると……寒いので。


「まだ言いたいことがあるのですね?」

「ん……まぁな。私はさっき、五千ドゥールは銀貨五枚だと言ったな」

「はい。野菜にしては高価ですね」

「実はな、その……嘘なんだ」

「嘘?」

「五千ドゥールは現代の金銭価値にすると――金貨五枚になる」


 ――!?

 私は慌てて、バックパックの中に入っている野菜娘たちへと注意を向けます。

 自分達が騙されて売られたと知れば反乱を起こしてもおかしくはありません。


「安心しろ。どんな形であれ取引が成立したのなら、所有権は受け取った者の物になる」

「つまり……反乱の心配は?」

「必要ない。だが一応言っておいた方がいいかと思ってな」

「……?」

「奴等は低階級のニンゲンにも、ニンゲン以外にも、物を売るつもりが無い」


 低階級のニンゲンにも?

 ニンゲン以外にも??

 魔物や魔族には野菜を売らない、という意味なのでしょうか。


「――ふんっ、それだけだ」


 それだけ言うと魔石形体に戻って姿を消したシルヴィアさん。

 詐欺に限りなく近い取引をしたようなのですが本当に良かったのでしょうか。

 と、ウンウンと唸りながら歩いていた私は、気が付いてしまいました。

 周囲に一切の――人の気配が無くなっていた事に。

 横の路地を見てみれば……例の天幕がありました。

 路地の先にある突き当りには見覚えのある紫の天幕が見えています。

 が、今回の天幕までの距離は三十メートルちょっと。

 今回はキャッチセールスでは無く、自主性に任せてくれるという事なのでしょうか。

 実際のところ今は所持金があまり残っていません。

 そう言った理由から見逃してくれているという可能性もあるでしょう。


「さて……ん?」


 この場を立ち去ろうと一歩、前に踏み出そうとしたところ。

 前方から三つの人影が近づいてきまた。

 薄暗い路地の通路をゆらりゆらりと歩いて向かってくる人影は、子供の背格好。

 妖精さんを一回り小さくしたくらいの大きさでしょうか。

 その子供は黒い雨合羽を羽織っていて、フードで顔を隠しています。

 フード部分がかなり大きめに作られているのか誰一人として顔は見えていません。

 ――不意に、私のローブが引かれました。

 が、今は前方から向かってくる三人を警戒している為、振り向かずに答えます。


「何ですか妖精さん」

「……こっちにいるけど」


 声のする方を見てみれば、そこはサタンちゃんの天幕側の通路。

 左斜め前方に褐色幼女形体の妖精さんが立っていました。


「え……」


 では誰が私のローブを?

 途方もない嫌な予感と共に振り向いてみれば――黒ずくめの子供? が六人。

 一体いつの間に背後から迫って来ていたのでしょうか。

 私は驚きのあまり、反射的に飛びのいてしまいます。

 その風圧で、一人の黒い影のフードがはだけました。

 当然そこにあるのは――ッッ!?


「顔が、無い……?」


 否。顔が無いというよりは、真っ黒で濃い闇。

 それが人の顔の形を作っている、と言った方が正確でしょうか。

 私のローブを掴んでいた冷たい右手は、伸ばされたままで止まっています。


『……ぁっ……』

『なんで、にげる?』

『ぃっぱぃ、たのしぃ、しょ』

『おともだちぃ、だょ』


 目を閉じて声だけを楽しめたのであれば、幸せになれていたかもしれません。

 が、見てしまったものは仕方がありません。

 ゆっくりと……本当にゆっくりとした動作で、フードを被り直した黒い影。

 ――と、背後から手を取られました。


「っ!」


 振り向いてみれば、そこに立っていたのは黒ずくめの子供。

 その数は六人。いえ……奥からまだ数人ほど近づいてきています。

 私の手を取った黒い影はその手を、自身の胸にまで持っていきました。

 ――私の手に広がる、ひんやりとした嬉しい感触。


『ぁそんでぇ』


 一体、ナニをして遊べというのでしょうか。

 例え相手が謎の黒い影であったとしても、こんなにも美しい声をしているのです。

 マイサンがイキリ立ったとしても仕方がないのではないでしょうか。


『っぅかまぁぇたぁ』


 もう片方の手も何者かに握られました。

 ひんやりとした、柔らかい感触。

 振り向いて見ると――既に二十人近い黒ずくめの子供達が立っていました。

 ここまで来ると流石に少し怖いです。

 その子は私の手を抱え込むように、ギュッと抱きしめてきます。

 感触は限りなく妖精さんに近いもの。

 確かに嬉しいのですが……。

 恐怖心と嬉しさを天秤に乗せてみれば、僅かに恐怖の側に傾いています。

 何故、顔が真っ黒なのでしょうか。

 これさえなければ……。


『とびだしちゃ、ぁぶなぃょ』

「――ッ!?」

『ぉぃぬさん、ぃなくなったょぉ』

「―――ッッ!?!?」

『また、まぃごになったの?』


 ――まさか、彼女達は……ッ。


『ごめんなさぃ。たすけて、ぁげられなぃの』


 フラッシュバックする、前世での最後の瞬間。

 まさか彼女らは……前世に視えていた、黒い影たち?

 何故、彼女らが此処にいるのでしょうか。

 彼女らは、妖精さんやサタンちゃんに近しい存在だったのでしょうか。


「……いまは、もういっしょだね」


 妖精さんのお墨付き。確定してしまいました。

 彼女らは命の恩人であり妖精さんの仲間。

 つまりは、妖精さんやサタンちゃんの同種である事が確定したのです。

 しかし妙に数が多いような気もしますが……。

 今まで見てきたのが全て別個体だったとすれば、おかしな数でもありません。


「もう、大丈夫です……」


 私は何とか落ち着きを取り戻す事に成功しました。

 が、そうなってくると心の奥底から湧き上がってくる感情は――エッチさ。

 悲しきかな男のサガ。

 顔の無い子供達が相手だというのに、フワフワとした気持ちになってしまいます。

 もはや救いようがありません。


『『『ぁっちで、たのしぃたのしぃ、しよ……?』』』


 全員が声をハモらせて指を差した先は――サタンちゃんの天幕。

 それは見た瞬間、私は満面の笑みを浮かべてしまいました。

 この現状に当てはまる状況は――ハニートラップ――。

 抵抗など、できるワケがありません。

 なんせ彼女らは、命の恩人なのですから……。



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