『髪の少ないおっさん』二
現在は地図を片手に持ち、賊のアジトを目指して移動中。
支給品はロングソード以外にも色々と支給されました。
大きめのバックパックに食料、あとは皮水筒にナイフ。
更には二本の赤いポーションらしきものまで入っています。
もちろん今履いているブーツも支給品。
至れり尽くせりの冒険者セットです。
支援が充実しているという事は、期待もされているという事なのでしょう。
これはかなり緊張します。
地図に従い森の中を歩いていると……地図通りの位置に賊のアジトを発見。
こんなにも正確な位置が判明しているのに、今まで放置されていた訳は?
茂みの中から様子を窺い見た限りでは、洞窟の入り口には見張りが二人。
とてもではないにせよ勝てる気がしません。
……チート能力。アレの他にも、何か備わっているのでしょうか。
与えられたチート能力を信じ、ロングソードを振りかぶって突進します。
「おおおぉぉぉおおおおぉお――――ッ!!」
――暗転。
『死にましたー』
確かな痛みと共に脳内で響いた、女神様のお声。
この声は死ぬ度に聞こえてくるのでしょうか。
「……ここは?」
気が付くとそこは、真っ暗な謎の空間。
剣の心得を一切持たない素人が、多少なりとも心得のある者に挑む。
しかも数ですら負けているのだから、負けて当然だと言えるでしょう。
……そもそも、ロングソードが重くてロクに振るえませんでした。
「…………」
――この真っ暗な空間は、いったい何処まで続いているのでしょうか。
暗闇は深く、重く、それでいてどこか懐かしい。
自身の手足すら見る事の叶わない、深い闇の中。
手や足を動かしてみるも、それがどこかに触れるという事はありません。
落ちているのか、上がっているのか、はたまた浮いているのか。
「……!」
突然目の前に現れた黒い光の玉。
それと同時に暗闇は徐々に薄れてきて、掠れるように変化していく景色。
私は無意識に、宙に浮かぶ黒い光へと手を伸ばしました。
黒い光しっかりと掴み、胸元にたぐり寄せたところで――意識が覚醒。
「これが、生き返り……?」
気が付いた場所は森の中で、視線の先には盗賊のアジト。
体に微妙な違和感を覚えたような気がしましたが、きっと気のせいでしょう。
先程殺された地点には、荷物と服のみが落ちています。
そこには死体が無いどころか、服に付着した血痕以外の血も見当たりません。
遺品を見ている賊達が、かなり動揺している様子が見て取れました。
まぁ何にせよ全裸では戦えません。
ここは一度この場を離れましょう。
◆
森の中を裸足で歩くことしばらく。
足の皮が厚いほうで助かりました。
彼らに勝つ方法と言えば、夜を待っての不意討ちしかありません。
……がしかし、武器を無くした現状ではそれも困難。
「ん……?」
不意に、手の中で柔らかい感触のものが動きました。
手を広げて見ると、そこに居たのは褐色の妖精さん。
整った顔立ちと長い銀髪に、かなり好みのむっちりとした太腿。
着ている服は童貞を殺す服、と言われている形状をした、背中開き黒セーター。
褐色妖精さんの背中からは、黒い羽が生えています。
何が面白いのか、銀色の瞳を歪めながらクスクスと笑う妖精さん。
妖精さんは羽を広げ、宙へと浮かび上がりました。
こんなにも可愛らしい妖精が飛んでいたのならば、癒された気分になるのが世の摂理。
だというのに、何故だか不安な気持ちにさせられています。
――しかしこの感覚、どこか懐かしいような……。
じっと妖精さんを観察していると、キュゥとお腹の虫が鳴りました。
「えっと……」
支給された食料の中にパンがあったのを思い出し……いえ。
そのバックパックは野盗のアジトの前。
今の状態は全裸なので、妖精さんに食べ物を差し上げることが出来ません。
「申し訳ありません妖精さん、せめて支給されたバックパックがあれば……」
その言葉に反応するかのように、クスクスと笑い声を響かせた妖精さん。
同時に私の体内から、ゴッソリと何かが抜け出ていきました。
――ドサリ。
「!?」
不意に背後から聞こえてきた物音。
後ろへ振り返ってみると、そこに落ちていたのはバックパック。
「上から……?」
中身を確認したところ、これは間違いなく支給品のバックパック。
――何故?
再び小さく鳴った、妖精さんのお腹の虫。
今は一刻も早く、妖精さんの空腹を満たしてあげなくてはなりません。
なので思考は後回しにし、バックパックを漁ります。
「これは……えっ、蜂蜜?」
まるでこの状況が想定されていたかのような、パンと蜂蜜のセット。
しかしこんな蜂蜜、支給品のバックパックに入っていたでしょうか?
……まぁいいでしょう。
バックパックから取り出したパンに蜂蜜を塗りたくり、妖精さんにプレゼント。
クスクスと笑うのを止め、一心不乱に蜂蜜パンを食べ始めた妖精さん。
食事の際に垂れた蜂蜜が、妖精さんの手と口元、それから胸元を伝いました。
――ッ!!?
触れること叶わぬ褐色の柔肌に流るる滴は、胸元を彩る黄金色の蜜。
汚れ無きこの両目に、しかと焼き付けましょう。
今の光景は、憐れな今生を彩る一筋の光となるに違いありません。
とここでまた……キュゥゥ、と妖精さんのお腹が鳴りました。
「もう一つどうぞ」
震える手で蜂蜜パンをもう一つ差し出してみます。
が、妖精さんはクスクスと笑うのみで、何故か受け取ってはくれません。
お腹は確かに鳴ったのに、妖精さんはお腹いっぱいなのでしょうか?
「食べてしまいますよ?」
その問いに対し、クスクスと笑い声を響かせた妖精さん。
オーケーということでいいのでしょうか。
手に持った蜂蜜パンをそのまま自分の口へと運び、試食。
「おいしい……」
パンはともかく、蜂蜜は超絶品。
私も蜂蜜を胸元に垂らしながら、一心不乱に蜂蜜パンを食べました。
◆
蜂蜜パンを食べ終え、再び妖精さんを観察することしばらく。
妖精さんは食事以降ずっと、笑い声を響かせながら近くを飛び回っています。
……何処からともなく現れた妖精さん。
彼女の正体は恐らくあの光なのでしょうが、確証はありません。
つたり私には今、とある義務が発生していると言えるでしょう。
そう、妖精さんの不思議を探求すると言う――崇高な義務が!!
「妖精さん。そのセーターを捲って、おパンツを見せては頂けないでしょうか?」
――響く、妖精さんの笑い声。
「あ、いえ、冗談で――イッ!!?」
ピラリとセーターの裾を捲り、下着を見せてくれた妖精さん。
妖精さんが服の下に着ていたのは、白のレオタードのような下着。
穿いているというよりは、着ているといった状態のものでしょうか。
一度でいいので、お腹も見せて頂きたいところ。
――ですが……嬉しい!!
願えば叶うと言うのならば、もう一つお願いしてしまいましょう!
「洞窟を根城にしている賊達も、どうにかして頂けませんか?」
またもやクスクスと笑い声を響かせた妖精さん。
しかし普通に笑っているのではなく、不吉で、不気味な空笑い声。
次の瞬間――。
『死にましたー』
脳内に響く女神様の声を聞きながら、またもや死んでしまいました。
そこは再び、何も無い闇の中。
死因を考えてみるも、思い当たる点はありません。
あるとすれば……あの蜂蜜に毒が入っていたかもしれない、という事くらい。
お願いの度に倦怠感が強くなっていましたが、それはきっと関係ないでしょう。
そのような事を考えていると暗闇は薄れ、気が付くと森の中に立っていました。
少し離れた場所に落ちているのは、先程まで利用していたバックパック。
「妖精さんは……居ますね」
周囲を見渡すとすぐに発見できた妖精さん。
先程と変わらず、近くを飛びながらクスクスと笑い声を響かせています。
何にせよ、まずは妖精さんが無事であったようで一安心。
「とはいえ、賊たちは本当にどうすれば…………あっ」
一つ閃いてしまいました。
バックパックを出してもらった要領で、ロングソードも出してもらえばいいのです。
「妖精さん、妖精さん」
「……?」
コテン、と愛らしく首を傾げた妖精さん。
「私のロングソードも出しては頂けませんか?」
再びクスクスと笑い出した妖精さん。
どこか不思議で不気味な、潜在的な恐怖心をくすぐられるかのような、そんな笑い声。
しかしそんな感覚は直ぐに消え去り、今度も背後に何かが落ちたような音がしました。
見ればロングソードが落ちていたので、それを拾い上げ――。
『死にましたー』
気が付くと、またもや真っ暗闇の空間。
今回も何の脈略も無く死んでしまいました。
背後を向いた瞬間なので、森に毒虫が潜んでいたのでしょう。
妖精さんへのお願いは絶対に関係ないはず。間違いありません。
多分、恐らく、きっと……ええ。
愛らしい妖精さんにお願いを聞いてもらう行為が、死に繋がるわけがないのです。
しばらくぼうっとしていると暗闇が薄れ、景色が戻りました。
慎重に周囲を見渡してみると、離れた場所にバックパックと剣が落ちています。
毒虫はかなり小型なのか、注意深く周囲を見ても発見できません。
私は荷物を手早く回収し、賊のアジトの方角へと向かいました。
いくら生き返るといっても、そう何度も虫に殺されたくはありません。
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