『真っ黒な勇者』三
気が付くと私は町の中に一人で立っていました。
何処かで誰かが泣いているのか。
町のそこらかしこから泣き声や悲鳴が聞こえてきています。
このまま町が落ちてしまうというのが誰かの定めた筋道だと言うのなら。
「――私がその全てを、ぐちゃぐちゃに捻じ曲げてやりますよ」
やり方ならもう既に……嫌と言うほど知っています。
すぐ近くの真っ赤に染まった肉塊の前では、一人の子供が歌っていました。
希望の歌を唄う小さな子供。
しかし歌詞の最後を忘れてしまったのか、絶望のサビを唄い続けています。
「……ついてきなさい」
「…………」
声を掛けると泣き止んだ小さな子供。
それが私の後ろを力のない表情で付いてきます。
巨大な光源が空に浮かんでいるというのに。
私の周囲では闇が深まりました。
悲鳴のする方へと向かった私は何人目かの泣いている子供に声を掛け――。
「……ついてきなさい」
「…………」
コクリと頷いた少年が他の子供達と同じように後へと続いてきています。
一人増えるごとに深まる、誰かの闇。
地面や壁からは不気味な影が湧きだしていて、ゆらゆらと蠢いていました。
体を覆う闇が黒いローブを作り出し、私の全身を覆い隠します。
得物を見つけた吸血鬼が急降下をしてきて――闇の中に消えました。
町の中で誰かを殺していたコボルトが、ゴブリンが、オーガが……。
闇の中で溶けるように消えました。
私は無意識に――歌を唄います。
「とーりゃんせ、とーりゃんせ……」
歌が上手に歌えません。
泡立つような私の声。
その声に理性の対価を支払わされているような、そんな気がしました。
後ろに付いてきていた子供達が、その無気力な声で後に続きます。
『『『とーりゃんせ、とーりゃんせ……』』』
蠢く闇が形を成して巨大な鳥居を形成しました。
それは迫りくる魔王軍を全て飲み込んでいく抱擁の闇。
母なる闇に飲まれた者たちは、いったい何処へ行ったのか。
巨大なドラゴンになったドレイクンが急降下をしてきて――闇に消えました。
◇◆◇
薄暗い参道にて、ドレイクンは目を覚ました。
「ここは何処だ……? まさか、テレポーテーションを使う者が居たとはな……」
辺りを見渡してみるも目に入ってくるのは数え切れない程の墓石と――。
あとは地面に敷き詰められている小石があるばかり。
「ここは……?」
どこからともなく聞こえてくる不気味な歌。
墓石は地平線を埋め尽くすように乱立している。
まともに歩いて進めるのは現在立っている参道のみだろう。
「龍化が解けている……?」
再使用するとなると、かなりのクールタイムが必要になる龍化。
それが自分の意志とは関係なく解除されていた。
「チィッ、バロン級の連中ならまだしも誇り高きマーキスである、この私が……ッ! 戦死以外で戦場を離れる事になろうとは、この屈辱、許しはせん……ッ!」
憤慨しつつも冷静に空へと舞いあがり、ドレイクンは地形を確認する。
だが驚いた事に、どれだけ高く飛ぼうとも一面が墓石で埋め尽くされていた。
墓石が存在していない場所と言えば、つい先程まで立っていた一本道だけ。
「人間領には、こんな場所が……?」
そのあんまりな光景に唖然としてしまったドレイクン。
しかしスグに持ち直して、ドレイクンは移動を開始する。
一刻も早くこの場所を抜け出して方角が判断できる地形に移動しなくてはならない。
――戦線に復帰する。
もしくは魔族領へ帰還して、これを報告しなければならないからだ。
「どうなってる??」
だが、どけだけ進もうとも、どれだけ飛ぼうとも……墓石の森から抜け出せない。
進んでいる方向すらも見失ってしまいそうな――最悪の地形だ。
「チィッ。不気味な場所だ! 人間共の趣味は解らん!!」
そう悪態を吐きながら進むことしばらく。
ようやく墓石以外のものが見えてきた。
それは――巨大な鳥居と、小石が敷き詰められている一本道。
「……っ」
道沿いに進めば町くらいあるだろうと判断し、ドレイクンはその道に沿って飛行する。
が、後方の鳥居が見えなくなるくらい進んだところで……新たな鳥居が見えてきた。
全く同じ形をした石造りの鳥居で、その鳥居に張り付いている苔の位置すらも同じなのだ。
「まさか、な……」
そこから数時間以上あちこちへと飛び回った挙句、出てきた結論は――。
「ふむ……一定の場所でループしているのか」
ドレイクンは冷静に状況を分析して脱出方法を模索する。
まずは状況の確認。
現在この場所に存在している物。
それは墓石を除けば――巨大な石造りの鳥居のみ。
「試してみるしか無い、か」
ドレイクンは小石が敷き詰められた道に沿って鳥居をくぐり、そのまま直進する。
鳥居をくぐった瞬間――何かを致命的に間違えた、と強く感じさせられた。
「くぅ。これは、あっているのか……?」
判断の材料が何もない今、確実に変化の感じられる方法で試行錯誤するしかない。
だが小石の道をひたすら進み続けていると……再び石造りの鳥居が見えてきた。
「むぅ……」
ドレイクンはもう一度、鳥居の下を通過してみる。
が、全身がゾワリと震えるような感覚に襲われて異様に足が震えた。
「ダメ、なのか……?」
辺りを見渡してみると――。
全ての墓石の下からは血のような液体が滲みだしていた。
「いや、変化はある。となれば――」
ドレイクンはこう判断した。
嫌な予感の正体は正解の道を進むのを妨げる敵側の工作。
つまり、それに耐えて突き進むのが正解なのだと。
だからこそ覚悟を決め、ドレイクンは――跳んだ――。
全力で前に跳んだドレイクンの速度は発射されたバリスタ並みの速度。
景色が掠れる程の速度で移り変わって行く。
鳥居を十度ほど通過したところで――ドレンクンは、ようやく気が付いた。
――辺りが真っ赤に染まっている事に――。
ドレイクンは咄嗟に立ち止って周囲を見渡した。
「なんだ、これは……?」
空は赤黒くなっていて墓石には赤い肉片のようなモノがこびりついている。
次に足元を見てみると、そこにあったのは赤黒い粘つく泥。
あんなにあった小石が、なぜか今は一つも見当たらない。
鳥居は……既にドロドロになって半壊している。
あと一度でも鳥居の下を通過しようものなら崩れて無くなってしまうだろう。
「私はいったい、何をされたのだ……?」
血反吐と肉片のこびり付く墓石の間を、何かが通り過ぎたような気がした。
「――ッ! 【燃やし尽くせ〈火炎!!〉】」
ゴウッと炎が広がり、その炎は墓石を飲み込んだ。
――が、それだけ。
近くに行って確認してみると肉片等は一切焼けていない。
しかも、その場所には何者の姿も無かった。
「…………」
また別の場所で、何かが動いたよう気がした。
「…………」
また別の場所で――。
また別の――。
別の――。
――――。
増え続ける謎の気配。
その数が一定を超えたところで、チラリと見えてしまう。
人種の赤ん坊を人の形限界にまで未熟にして皮を剥いだような存在。
それは正しく――〝成り損ない〟。
一定の距離を保ち、それ以上は近づいて来ない成り損ない達。
だがドレイクンは、その一瞬で理解してしまった。
あと一度でも。
あと、たった一回でも、あの鳥居の下を通過したのなら――。
その時は、この世界が牙を剥いて襲い掛かってくるのだと。
そう――〝理解〟してしまったのだ。
「ああ、そういえば腹が空いてきたな……」
一体何時まで、この場所に居続ければいいのだろうか。
空腹を満たせる時は――もうやってこない。
そんな確信に近い予知のようなものを、ドレイクンは感じ取っていた。
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