『主を無くしたマリオネット』三

 暗転から復帰した私は再びホープさんを抑え込む作業に戻りました。

 一部の兵器は無力化されていて対処も容易になってきています。


『攻撃設備の四十パーセントが無力化されました。通過している攻撃はほぼ皆無。魔導演算戦敗北。電子戦、最終ファイアーウォールが突破されました』


 薄暗い霧の中で、ホープさんの頬を涙が伝いました。


『…………助けてください、マキロン様……』

「――ッ!!」


 ――瞬間、全てを投げ出して駆け出したマキロンさん。

 触手が攻防を繰り広げている間を突破し、ホープさんに熱い抱擁をしました。


『……マキロン様……?』

「すまない。本当に、悪かった……」


 マキロンさんは泣いているのでしょうか。

 ある意味ホープさんは、マキロンさん一人の為にこの施設を維持していたのです。

 強い愛着が湧いてしまっていたとしても、仕方のない事でしょう。


「だから……ここから先は、お前の味方になってやる」


 ……? 決着は着いていたのでしょうか?

 視界の端に、そそくさとホープさん側に移動しているパンちゃんが目に入りました。

 これは、まさか――。


「オッサン。手伝ってもらっている身で本当に申し訳ないのだが、ここで裏切らせてくれ」

『や・り・ま・し・た』


 ヘルメットで表情は見えません。

 が、今のホープさんは、さぞや素晴らしいドヤ顔をしている事でしょう。


「いやいや、それは流石に無いでしょう……!」

「本当にすまない」

「お二人で幸せをエンジョイするつもりなら、私達は帰してください!!」

「後ろの扉だが、シルヴィアを殺害するか、ホープをどうにかしない限りは開かない」


 すうっ、と私の背後に表れた、ナターリア。

 その表情は苦笑い交じりです。


「わたしの時と似たような状況だわ」


 言われてみればその通り。

 エッダさんやタクミという仲間を裏切ったという悪行のツケが……。

 今、返ってきてしまったのでしょうか。


『ホープは、マキロン様がいれば百パーセントの力を出す事が可能です。承認を』

「施設最高権力者の権限をもって、ホープの全機能の制限を解除する」

『IPI、インポッシブルアイの起動を確認』


 どこからともなく射出されてきたのは、紫色の球体。

 その球体には黄色の目が存在しています。


「ちぃっ、厄介なのが出てきたな。ご主人様、あと五分だけ時間を稼げ」


 シルヴィアさんは演算戦に集中しているようで動けません。

 あと五分。

 時間を稼がねばなりません。


「リアと妖精さんは、シルヴィアさんの護衛をお願いします」

「勇者様は?」

「私は……――時間稼ぎをします!!」


 一斉に襲い掛かってくる紫の瞳。

 不規則に動く、その目玉が、おっさん花を軽々と焼切っています。


「――っ! 妖精さん、私が死ぬ前に追加を!!」


 響く、妖精さんの笑い声。

 瞬く間に倒された以上のおっさん花が召喚されました。

 私の操っていたおっさん花二体も溶けたので、新たに二体が追加されています


「【チョッパー!】」


 ナターリアがIPI以外の武装に対処してくれています。

 その御かげで今の所は、なんとか押され切ってはいませんでした。

 私も最初の攻撃以外では狙われていません。

 向こうの狙いはシルヴィアさん。


「あと……少し……!!」

『全武装の七割が喪失。IPIの損傷甚大。演算侵食率が九割を超えました』


 おっさん花と触手の操作で限界が来ているのか、鼻から血が出てきています。

 あと一分。

 せめて……もう一分だけ……!!


「ふぅ、ふぅ、ふぅ……!!」


 三十秒……。


『IPI以外の武装が無力化されました』

「パ、パンちゃんダケハ 裏切ッテ マセン!」

「ま、まぁ……パンちゃんは俺側に居るだけだからな」


 十五……。

 ボトボトと地面に落ちていくホープさんの武装。

 五、四、三、二、一、ゼロ――。


『完全に無力化されました。システム、オールグリーン』


 IPIと呼ばれる紫の球体が、ボトボトと地面に落下。

 動いている武装は、もうありません。


「裏切リ者ハ、マスターダケデスネ!」

『マキロン様の裏切り者―』

「――!? ホープがそれを言うのは酷く無いか!!?」

 

 空気が……流れが変です。

 ほんの数分前にあったシリアスは、一体何処にいってしまったのでしょうか。


「ふんっ、おいマキロン。咳が止まっているとは思わないか?」


 カシャカシャ音が止んで空中で腕を組みながら足も組んでいるシルヴィアさん。

 ――太もも太股ふともも太腿。


「……言われてみれば調子がいいな」

「今、お前の人体の四十九パーセントは、私が掌握して管理してやっている」

「――ッ!?」

「この状態を維持すれば本来の寿命に近い年数を生きられるぞ」

「……嫌な予感がするな」

「当然だ。まだ抵抗を続けると言うのなら、それらを即座に爆発させるぞ」

「…………」


 どうやら彼は、シルヴィアさんに管理されている状態になったようです。

 羨ましいような……羨ましくないような……。


『マキロン様が役立たずになりやがりました。大人しく、ホープの人質になれ下さい』

「役立タズ」

「ク、クソッタレッ……! お前ら全員、メンテナンスしてやろうか……!!?」


 若干発狂気味のマキロンさん。

 これは……危険な兆候です。


「それからホープ、お前の情緒の面も完全に正常化されているはずだ」

『……あと五分、黙っていやがって欲しかったです』

「…………は?」

「私ハ、裏切ッテイマセンヨ」

「……お前は一発殴る」


 そそくさと私の側に移動しようとしていたパンちゃんを捕まえたマキロンさん。

 ――ゴチン、という固い音が響きました。

 それが合図であるかのようにヘルメットを脱ぎ捨てたホープさん。

 が、同時に、ケーブルが大量に接続されていた服を脱ぎ捨てました。

 ホープさんの髪は黒と金のメッシュで上部分が金、下が黒といった髪色。

 瞳の色は美しいオレンジ色で彼女は、それをパチパチと瞬かせました。

 肌の色は雪のように白い肌……と表現できるくらいに透き通っています。


「蒸れむれでした」


 が、シルヴィアさんのものと違って人と言い張れる程度の肌色です。

 そして全裸である為ハッキリと見えてしまう――美しい少女体系。


「せめてこれを着ておけ」


 そう言って白衣を手渡したマキロンさん。

 裸白衣の美少女という、凄まじいファッションの出来上がりです。


「加齢臭がしやがりますね」

「クサソウ」

「馬鹿な!!?」

「冗談です。すごくあったかくて優しい香りが、ホープを包みやがりました」


 そのまま、マキロンさんに抱き付いたホープさん。

 全裸白衣の美少女に抱き着かれるとは、妬ましさでマキロンさんを暗殺できそうです。


「……オッサン、お前達には俺達を殺す権利がある。だから――」

「要りませんね、そんな権利。だから――」

「おっ、おいっ! 私もハグをしてやろうか?」

「……シルヴィアさんは、ちょっとでいいので空気を読んでください」

「わたしもっ!」

「こけえっ!」


 ええい、もう――やけくそです。


「――来なさい!」


 初手、シルヴィアさんの冷たい抱擁。

 全身に広がる冷たい空気は凄まじいもので――。

 筆舌し難い程に上質な肌触りを味わっている余裕なんて、ありません。

 私は当然――。


『死にましたー』


 暗転から復帰した私は素早く身格好を整えます。

 ナターリアとキサラさんにも大人しくハグをされました。

 ホープさんの方を見てみれば前のボタンはしっかりと嵌められています。

 今見えているのは、下からチラチラと見えている太腿だけ。


「マスター、私ニモ服ヲ下サイ。イヤン」

「お前は裸で立ってなさい」

「マキロン様は変態的な思考をお持ちになりやがっています」

「カナシイデス」

「受け入れなさい万能型――いえ、固体名称パンちゃん」

「悲シイデスガ、マスターノ変態ヲ受ケ入レマス」

「随分と仲がいいな? 二人揃ってポンコツだったのか? おっ、スクラップになるか?」


 そんなやり取りをしながら服を一枚、また一枚と奪い取られていくマキロンさん。

 かなり楽しそうです。

 ホープさんの戦闘力は低いようですが、殺人的なハグも存在していないようです。

 う、羨ましいだなんて、キリマンジェロ山脈程度くらいにしか思いませんッ。

 衛兵さん、あの人を捕まえて下さい。

 マキロンさんは裸白衣の女の子に服を脱がされて遊んでいる、変態です。


「ああホープ。そのニンゲンの四十九パーセントの管理プログラムと権限は委譲したぞ」

「管理権限を受諾しました」

「ふんっ。私が管理するのは面倒だからな、あとは好きにしろ」

「マキロン様の四十九パーセントは、ホープのもの。や り ま し た !」

「マキロン様護衛ノ前任者トシテ、権利ノ一部ヲ要求シマス」

「……仕方がありません。二十五パーセントの所有権をくれてやりやがります」

「おい誰か! 俺の四十九パーセントを――助けてくれ……!」



 ……。

 …………。

 ………………。


 なんにせよ、最悪の結果にならなくて良かったです。


 ◆



 マキロンさんが一度全裸に剥かれるというハプニングはありました。

 が、無事に教会内部への帰還を果たす事に成功です。

 地上に出る前にシルヴィアさんは「疲れた」と一言だけ言って魔石形体に。


「帰ってきた!」


 穴の上では〝猟犬群〟の皆が待ってくれていました。


「みんなさん、少し話を聞いてもらってもいいですか?」

「も、もちろん!」


 マキロンさんの事を含めて多くの事を説明をしました。

 ……当然、生体兵器の部分だけは省いての報告会です。

 教会の者も地下遺跡を完全制圧した事に気分を良くし、追加の報酬を渡してくれました。

 酒場で受け取る事の出来る報酬とは別の報酬です。

 今回獲得した遺物の数々も売れば更なる金銭を得る事が出来るでしょう。

 そうして教会から外に出ると……外は完全な夜になっていました。


「すごいな……」


 マキロンさんが魔石灯の一つを持って周囲を見渡しながら呟かれた一言。


「随分と平和的な退化と進化を繰り返したようだが、これはすごいぞ……」

「マキロン様、ホープと手を繋ぎやがれ下さい」

「少しは感傷に浸らせてくれないか?」


 見る物全てが珍しい、という様子であちらこちらを見回しているマキロンさん。

 マキロンさんの格好は変わらずの白衣姿で、その手を取ったホープさんも白衣。

 ホープさんの場合は下がスカートなので、かなり女の子らしい恰好です。

 仲の良い教授と助手といった雰囲気が出ていました。


「マスター、反対ノ手ハ頂キマシタ」

「おいバカ! 反対には明かりを持っているんだぞ!」

「ワタシガモチマス」

「くけぇー……」


 パンちゃんとキサラさんは大きなフード付き白ローブを着ています。

 機械的な部分や人外的な部分を頑張って隠していました。

 が、二人とも目深にフードを被っているので、あまり周囲は見えていないでしょう。


「帰りますか。マキロンさん達には生活の仕方を教えなくてはいけませんからね」

「助かる。俺の力が必要な時は何時でも言ってくれ。当然、無償で手伝うぞ」

「ええ、その時はよろしくお願いします」



 ◆



 表通りからしばらく歩き、スラムへと帰ってきました。

 ――が、どこか空気が変です。

 普段は見ないような衛兵さんらが数人体制で巡回しています。

 そのいずれもが緊迫した空気を醸し出していました。

 この空気は……普通じゃありません。

 ――魔王軍の残党でも見つかったのでしょうか?

 ……否。私の直感が、それは違うと告げています。


「オッサン、なんか空気が変だ」

「ええ、私もそう思いました」


 ずっとスラムで生活していたトゥルー君が言うのなら、もう間違いありません。

 スラムで何かがあったのでしょう。

 普段から静かで暗く、陰鬱とした雰囲気が強いスラム。

 確かにどんな犯罪が起こってもおかしくないのがスラムなのです。

 が、今は妙な違和感のようなものを感じずにはいられません。

 とはいえ現在は換金物で荷物がいっぱい。

 ジェンベルさんの酒場にそれらを預けてから廃協会に向かうのが良いでしょう。

 そうして、ジェンベルさんの酒場へと向かう道中。

 数人の死人と結構な数の負傷者を見かけました。

 酒場の中に入るのは私と〝猟犬群〟の皆だけ。

 遺跡組には外で待機しておいてもらいました。


「ジェンベルさん。随分と負傷者が多いようですが、何かあったのですか?」

「その様子だと遺跡調査は無事に成功したらしいな」


 酒場内は随分と殺気立っていて怪我人も何人かいます。

 ジェンベルさんの魔力銃はカウンターの上に置かれていました。

 何時でも構えられるように身構えているのが判ります。


「ええ、おかげ様で。一度預けておくので、あとで換金して下さい」

「手数料はちィと貰うが、構わねェな?」

「はい。――それで?」


 銀貨を二枚テーブルの上へと置くと。


「要らん。こんなので情報料は貰えん」


 ジェンベルさんは、それを押し返してきました。


「襲撃者を拷問して得た情報によれば元廃都の〝グラーゼン〟からやってきた連中だ。スラムに居たありったけの女子供を攫って西門をブチ破って出て行きやがった。うちの娼館の奴らもかなり攫われて残ったのは数人だけ。……クソッタレッ! 魔王軍よりタチが悪いたぁどういう事だ!!?」


 ――町単位の襲撃。

 やっている事から考えるに大規模な盗賊団でしょうか?

 廃教会のみんなが心配です。


「……また来ます」

「ああ、急いで帰って確認した方がいい」


 周囲を警戒しながら廃教会へと向かってみると――。

 教会の近くにも激しい戦闘痕を発見しました。

 周囲の建物もかなり崩れていて広範囲を何かが焼き尽くした痕跡が残っています。

 周囲を警戒しつつ皆の待つ教会へと近づいてみると。


「――ッ!!?」


 血まみれで壁にもたれている、ポロロッカさんとリュリュさんの姿が。


「お二人とも! 生きていますか!!?」


 慌ててバックパックから治癒のポーションを取り出して二人に振り掛けます。

 他の面々は真剣な表情で周囲を警戒してくれていました。


「……ッ……オッサンか。……すまない」

「これでも、珍しく頑張ったのよぉ~……?」


 負傷は多いようですが目で見える範囲に致命傷はありません。

 ……一体、何があったのでしょうか。


「何があったのですか?」

「……エルティーナ達が――攫われた」


 ――ッ!!?


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