『確かな繋がり』一

 暗闇が晴れると、そこは城壁の外側。

 近くに落ちていたフード付きローブと杖を回収します。


「開けてくれぇ!」

「どうして開かないんだよ!!」

「この人でなし共ォ!!」


 城門の扉を叩く村民たちの姿を尻目に。

 私は、ゆっくりと魔王軍の方へと足を進めます。

 既に褐色幼女形体になっている妖精さんに――私は願いました。


「妖精さん。今、可能な限りの力を……私に貸してくださいッ!」


 戦場全体に響く妖精さんの笑い声。

 目の前に見えている魔王軍の迫力は凄まじいの一言。

 今にも足が止まってしまいそうです。


「……だいじょぅぶ」


 魔王軍に向かって歩いていると、妖精さんが不意に手を繋いでくれました。

 ひんやりとしていて柔らかい子供の手。

 その瞬間、記憶にある〝誰か〟の顔から暗闇が消えました。

 私はその顔を鮮明に思い出すことに成功したのです。

 長い黒髪で着物を着た――色白の少女。

 その無表情なその顔立ちは、どこか見覚えのある表情をしていました。

 妖精さんの笑い声が戦場に響き続け――。

 地面から黒い滴が沸いて出ては空へと昇っていっています。


「妖精さんだったのですね。社で蹲っていた私を導いてくれた彼女は」

「…………」

「妖精さんは、神様なのですか?」

「……ちがう」


 ――でも――。


「……二回目からは、鳥居に石のっけてくれてたね。それと御賽銭、入れ過ぎだよ」


 地面からズルッと這い出した十体ものおっさん花。

 横一列に並んで私の前を進みます。

 私の足元から黒い沼のようなものが広がりました。

 一歩進むごとに足が数センチ沈みます。

 黒い滴のようなものは雨粒よりは少ないですが視界が悪くなる程度には多い。

 それが天に向かって落ちていっています。

 ――何が出来るか分からない。

 ――何が起こるか分からない。

 ――誰かを助ける事が出来るのかも分からない。

 ――終わりの時だって分からない。

 一歩進む度に体の中を循環する何か。

 それは圧倒的な不快感と共に勇気を与えてくれています。


「それならもうあとちょっと……せめて、もう一歩だけ」


 ――前に踏み出してみよう。

 何も信じられなくなった――自分を信じて。


「例え……誰が何といおうとも」


 空に溜まった黒い水たまりから大粒の黒い滴が落ちてきました。

 それが弾けて生み出されたのは十体もの、おっさん花。

 私には現在、四体のおっさん花の操作権が与えられています。

 おっさん花を操作するのは手足を動かすようなもの。

 触手を動かす感覚は指を動かすようなものです。

 それが四体ともなれば脳の処理能力が限界になっても仕方がありません。


「――それでもッ! 彼女が傍に居る限り!!」


 限界ギリギリの状態。

 垂れてきた鼻血が口元を濡らしました、が――。


「絶対に負ける訳が――ありませんッッ!!」


 ブワリッ、と大きく開花したおっさん花二十体が横一列の壁を形成。

 おっさん花の軍団が魔王軍の先頭と――衝突を開始しました。


「……ほんき出すよ。貰い過ぎた、御賽銭ぶんはね。【疎まれ、憎まれ、望まれ……押し付けられた人の罪。ながるる体は動かせぬ。あたしは、断罪と贖罪を食らう者。見ないで、見ないで……くりぬくぞ。とおらせぬ――不定形とならん】」


 黒い滴に包まれた妖精さん。

 その黒い滴は瞬く間に巨大化していっています。

 次の瞬間には弾けるように消えた、その黒い滴。

 同時に姿を現したのは――妖精さんの初めて見る姿でした。

 見る者全てを魅了する程に美しい天使のような褐色のヴァルキリー。

 足元を裸の子供らに支えられて君臨するその様は女神様と見紛う程の神秘性です。

 女神様のようなヴァルキリー姿で巨大な黒い光のランスを持っている妖精さん。

 妖精さんが黒く輝く光の翼を、大きく広げました。

 妖精さんがランスを一振りすれば敵が砕け散り、肉片は地面に溶けて消えます。


『ぁぁ……綺麗ですよ、妖精さん……』


 妖精さんが、にっこりと微笑みかけてくれたような気がしました。

 少しの間その御姿に魅了されていた私でしたが……。

 ハッと正気を取り戻し、叫びます。 


『皆さん! 私の召喚物の間を抜けて門へ向かって下さい!!』


 私は自身の声に奇妙な違和感を覚えました。

 姿を現したシルヴィアさんが氷の槍を魔王軍に降り注がせています。


『今から助けます! 城門まで走って!! シルヴィアさんは向こう側をお願いします!!』


 声が妙に大きく響いているような気がして、それが二重に聞こえました。

 私は、おっさん花一体の視界を共有化して高所から戦場を見下ろします。


『そこですね』


 触手を操って包囲網を形成している辺りを蹂躙します。

 薙ぎ払い、突き刺し、寄生し、千切り飛ばし――。

 ダイアナさんが言っていた交戦中の者らの数は三組。

 だというのに、なぜか包囲の渦は二組しか確認できません。


『門をあけて皆さんを受け入れて下さい!』


 片方はシルヴィアさんに任せて私はもう片方の救助に専念します。

 包囲を突破してくる存在が、おっさん花の目によって二組確認出来ました。

 おっさん花の壁に隙間をつくり、その二組を通過させます。


「た、助かった!」

「ありがとう、ありがとう、ありがとう!」


 片方は一人の騎士と簡素な防具を身に着けた衛兵風の複数人からなるグループ。

 感謝の言葉を述べながら私のすぐ傍を通り抜けて行きました。

 もう片方は戦場らしくないドレスを着た少女と、その少女に背負われている男性。

 それに足して四人の冒険者らしき者らによって形成された二つ目のグループ。


『門を閉じるまでの時間は、この私が……この、勇者オッサンが――必ず稼いでみせます!!』


 ブシャッ、という音と共に戦場で美しく咲いた――おっさん花。

 城門は開かれて村民達を中へと迎え入れているのが見えました。


「さぁて、時間稼ぎをしますよ」


 いつの間にか声は元に戻っていました。



 ◇



 城壁の上でどうしようもない程に困惑していたダイアナ。

 地面へと落下したオッサンは、さも当然のように溶けて湧いた。

 黒い水玉から生まれたオッサンは魔王軍へと突き進んでいく。

 それからすぐ戦場全体に響いた不気味な笑い声。

 地面から上に落ちていく黒い滴。

 それはタイミング的に魔王軍では無く、オッサンが生み出したものであろう。

 見ればオッサンの全身を黒い影が覆っていて、それが蠢いているようにも見えた。

 地面から生えてきた赤黒い肉の花が壁になるような隊列を組んでいる。

 空に出来た黒い水たまりから巨大な黒い滴が落ちてきて――。

 そこからもまた肉塊の花が生み出された。

 ――空から産まれた。

 と考えれば聞こえは良いのかもしれないが、アレはそんな生易しいものでは無い。

 本能的に悟らされるのは、アレが世界に存在してはならないモノだという事。


「なんなんだ、アレは……」

「ダイアナ衛兵隊長!!」

「何だ……?」

「ここで吐瀉物を撒き散らしてもよろしいでしょうか!!」

「他の者らにも伝えろ。吐きたい者は壁の外に吐けと」

「了解でありま――オロロロロロロロロロロロロッッ!!」


 アークレリックの町の城壁広域に油よりも汚い吐瀉物が垂れ流された。

 身を乗り出し過ぎた挙句落ちそうになって仲間に支えられている者もいる。


「おぉ! 素晴らしい!! あれこそが救世者オッサンの御力!!」


 ダイアナが声の元を見てみれば顔立ちの整った子供が歓喜に震えていた。

 狂っているとしか思えない子供が近くでそんな言葉を発している。


「世も末だ」


 皆が行動するのを忘れているのか、魔王軍は既に魔力バリスタの射程に入っていた。

 だというのに誰一人として矢を発射している者がいない。

 その後、戦場に小さな黒い水玉が現れたかと思えば、それは巨大化しき――。

 水玉が弾けると同時に姿を現したのは、地獄の使者という言葉がピッタリだろう。

 赤黒い肉の塊によって形成された――肉塊のヴァルキリーだ。

 オッサンを覆う黒い影は更に濃くなって正気を奪われそうな程の黒になった。

 今なら、オッサンが魔王軍の総大将である魔王だと言われたとしても。

 一般人であれば誰一人として疑わないだろう。

 が、不意に、オッサンの声が聞こえてきた。


『ぁぁ……綺麗ですよ、妖精さん……』


 泡を含んだような奇妙な声であったが確かにオッサンの声だ。

 ダイアナは思わず顔を全力で顰めてしまう。

 喉の奥よりこみ上げてくる――酸味。


「綺麗? 妖精さん……? まさか、あの化け物ヴァルキリーが〝妖精さん〟なのか? ……ウッ、すまん、ちょっとどいてくれ。私も吐きた――オロロロロロロロッッ!!」


 ――nice boat――。


「ゼェ、ゼェ……ッ。私がちょっと吐いている間に、オッサンが何か言ってたな」

「門を開けてほしいと……」

「ああそうか。門の扉を開けてやれ、アレの矛先がこっちに向くよりはマシだ」

「ハッ!」


 ふらふらとした足取りで衛兵の一人がこの場を離れて行く。

 少しすると門の扉が開く音と聞こえ――。

 それと同時に、すぐ傍から透き通った女の声が聞こえてきた。


「あれは……オッサン、と精霊様なのでしょうか……?」

「うふふっ。フォスを連れ戻しに来たのだけれど子供達は下に置いてきて正解だったわね!」


 狭間胸壁に噛り付くように戦場を見ていたのは二人。

 シスター服を着ている戦場には似つかわしくない女性と。

 赤いローブのフードを目深にまで被った少女。

 ――シスターの方はオッサンとイチャついていた者か。

 と思いながらも、ダイアナはその様子を静観することに決めた。


「いえ、オッサンは今まで私達を数多の困難から救ってくださいました。あれこそが私の信仰するべき対象であり女神様の御姿なのでしょう。例えそれが間違っていたとしても……私は祈ります。オッサンの勝利を信じて……」


 ――女神様の御姿? 信仰の対象??


「素敵なヴァルキリーだわっ! 一緒に祈ってもいいかしらっ!」

「ええ、共に祈りましょう」


 廃協会のメンバーが正規の協会の者では無いと知らないダイアナ。

 ――この町の教会はもう駄目だな。

 と思いながら、祈りを捧げ始めてしまった三人をしばらく放置する事に決めた。



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