『分岐点』三
狭間胸壁から体を乗り出すように確認してみると――確かに見えました。
かなりの規模の魔王軍らしき影と、それに先行している村民らの姿。
だというのに……城門は固く閉ざされたまま。
私はダイアナさんの傍にまで駆け寄って声を大にして言います。
「城門を開けてください!!」
「駄目だ! あの集団は魔王軍に気付いていないのか移動速度が遅い」
「それが!!?」
「このままだと城門に辿り着く前に……魔王軍に飲み込まれるんだ!!」
「じゃあ教えてあげて下さいよ!!」
「無茶を言うな! ここから叫んでも流石に聞こえないぞ!!」
「何か手は…………ッ! 魔力バリスタ!」
「なに!?」
「攻撃は届かないにしても敵の居る場所に撃てば気づかせる事くらいは出来るはず!!」
「グッ。だが一発といえども無駄には……くっ……」
いったい何が正しいのか。
それを考えて激しく葛藤しているダイアナさん。
すると――。
「三、二、一……」
「おい、何を勝手に!」
「撃て――――ッッ!!」
一発の光の矢が魔王軍へ向かって飛んでいきました。
それは村民の集団や、その後方を歩いていた護衛の方々の頭上を通り超え――。
真っ直ぐに魔王軍へと向かって伸びていき……光の粒子となって消えました。
一番近くの弓座に座っていた者と、その護衛の者による独断行動。
それは本来なら許されざる命令無視による軍紀違反。
――が、その一発がもたらした結果は小さくありません。
村人の集団と護衛は魔王軍に気が付けたのか城門へと向かって駆け出しました。
多種多様な種族が混在している魔王軍も、それを飲み込もうと速度を上げます。
村民の集団が道の半分を走破したところで護衛隊が魔王軍に飲み込まれました。
激しい剣戟と僅かに聞こえてくる怒声。
「ダイアナさん! 早く門を!!」
「…………っ……!」
ダイアナさんは葛藤によって肩を震わせて額に冷や汗を流しながらも、動きません。
現在は護衛隊の方々が決死の覚悟で魔王軍を迎え撃っています。
魔王軍がなだれ込んで来ないかは本当に難しいライン。
そして、それは護衛の活躍で大きく上下するもの。
「ダイアナさん!!」
「守衛長殿!」
「守衛長殿! ご命令を!!」
「開けさせてください!!」
城門付近へと辿り着いた足の速い村民たち。
集団の最後方では一人の冒険者が子供を二人も抱えて走っているのが見えました。
戦闘中の冒険者は今もなお戦闘中で……定期的に血柱が上がっています。
それはさながら。
強大な動物がピラニアを蹴散らしつつも即座についばまれているような状態。
集団を逃がすために、ワザと飲み込まれているようにも見えました。
どう考えても長くは持ちません。
城壁の上で揉めている間にも続々と城門へと辿り着いている村民たち。
だというのに――城門が開いていません。
「ダイアナさん、このままでは……!」
「だっ……ダメだ!!」
なおも渋るダイアナさん。
きっとその判断こそが合理的で正しい選択なのでしょう。
ですが――。
私は狭間胸壁から身乗り出して下の様子を窺い見ます。
既に戦闘中の者達の存在は視認することすら難しい状況。
上がる血柱でのみ、その生存を確認できます。
が、そんな中で一際目立つ二人組を視認できました。
決して隙を生まないように立ち回っているその様は――。
まるで魔王軍という大嵐の海を渡ろうとしている二羽の燕。
片方の燕が波に飲み込まれそうなのを、もう片方が支えているようにも見えます。
――『ここが、世界の分岐点です』――。
不意に女神様の声が脳内に響きました。
世界の分岐点……?
言葉の意味は理解できませんでしたが、やる事は最初から決まっています。
「ダイアナさん、このままだと門の扉は開かないのですよね?」
「ああ。三組は頑張っているようだが村人と魔王軍の距離が近すぎる……」
――諦めの表情。
遠い目をして戦場を見ているダイアナさん。
「門の扉は、開けられない……ッッ!!」
「では私が扉を開けて閉じるまでの時間を稼ぎます」
「なに!?」
「それができれば……開けてくださいますよね」
「……出来るものならな……」
「そうですか。いえ、そうですね。ダイアナさん私はですね、一度で良いので――」
――勇者に、なってみたかったのですよ――。
その場に荷物を置いて私は狭間胸壁へと足を掛け――飛び降りました。
当然のように迫る地面。
ゴギリ、という音と共に世界が暗転します。
『死にましたー』
◇
遥か昔。私がショタっ子であった頃――。
暗闇の中で泣いていると誰かに助けられたことがありました。
私が最も蛮勇で、好奇心が強く、男の子であった時代。
年末の除夜の鐘を、たった一人で突きに向かった事があります。
何事も無く鐘を突き終えたショタっ子時代の私。
あの時の私は目的を達成した事によって勇気が増長していました。
鐘のある寺は木々に囲まれていて。
一切明かりの無い砂利道が一本だけ、どこかへと伸びていたのです。
たった一人で小さな懐中電灯を片手に、その砂利道を進んでいく私。
木々のざわめきと何かの鳥の鳴き声が恐怖心を煽ります。
巨大な石造りの鳥居を潜り抜けて十分程かけてその道を踏破してみると――。
その先には小さな社が一つだけ……ぽつん、と建てられていました。
期待外れの結果に私は溜め息を吐き、御賽銭を投げいれました。
何時だって投げ入れた御賽銭で祈ったお願いは同じこと。
そのお願いの内容は――家族が幸せでいられますように。
若干の期待外れを抱えながらも来た道を戻ろうとしたショタっ子時代の私。
ですが、その油断のせいで石に躓いて懐中電灯を地面に落としました。
――瞬間的に広がる絶対の暗闇。
慌てて拾い上げるも懐中電灯は落とした衝撃で壊れていました。
私は泣きながら社の傍で座り込んでしまいます。
小さな物音すらもが恐怖へと変換され、泣く事しか出来なかった私。
――が、少しすると誰かに声を掛けられました。
『……帰らないの……?』
声に驚き逃げ出しそうになってしまったショタっ子時代の私。
が、妙に優しくて幼く聞こえたその声。
私は何とか逃げる事はせず顔を上げることに成功したのです。
――しかし辺りは真っ暗で、その顔を視認する事は出来ません。
しかし、その〝誰か〟は手を差し出しながら、口を開きました。
『……したまで、送る?』
私は恐怖心で、プライドが砕けて散っていました。
そう、私はその問いに一も二も無く飛び付いたのです。
小さくて冷たい手に――ショタっ子時代の私は黙って導かれました。
不意に――その〝誰か〟が言いました。
『……つぎに来るときは、鳥居の上に、ちゃんと石を乗せてからきてね……』――と。
そう。
大きな石造りの鳥居を通過する際は特別な決まり事があったのです。
鳥居の上に自分で投げた石を乗せてから通過しなくては神様に失礼。
となる、ちょっと特別な礼儀作法のルール。
しばらく歩くと……僅かな明かりが見えてきました。
その時の私は確かに――その〝誰か〟の顔を見ていたはずなのです。
思い出せずとも一瞬で恋に落ちてしまうような美しい――〝誰か〟の顔。
気が付いた時には一人で、その砂利道手前の参道の入り口に立っていました。
辺りを見渡しても――その〝誰か〟の姿はありません。
その後も〝誰か〟の言いつけを守りながら、私は何度も通いました。
――が、その時助けてくれた者に会えた事は一度もありません。
何年かすると、その社は工事によって取り壊されてしまいました。
思えばこれが……本当の初恋だったのかもしれません。
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