16章 庶民学

第167話  MURAMASA BLADE!

 辺境伯領に女騎士学園の分校が開校して、一週間が過ぎた。

 現在の生徒数は十三人。

 スズハ、ユズリハさんの二人は当然として、自分を鍛え直したいのだと入学を希望した、異大陸から来た少女ツバキ。

 それに、ウエンタス公国から交換留学生としてやって来た十人である。


 現在の滑り出しはなかなか順調。

 懸念していた生徒数も、少数精鋭な感じで悪くないと思えるようになっていた。

 むしろ怪我の功名で良かったのかも……なんて。

 できるだけ前向きに考えていきたいしね。


 ****


 ぼくは現状、学校の雑用をやりながらみんなを見守っている。

 もちろんいずれは用務員さんを雇うつもりなので今だけだ。

 いちおうは辺境伯であるところのぼくが、いくらアヤノさんたちが有能で暇だとはいえ、そんなことをしているのには理由がある。


 その理由とは、ツバキの様子で。

 最初は、やっぱり大陸が違うと大変だよね……なんて思いながら様子見してたんだけど、なんだか調子が悪そうなのだ。


 というわけで、話しやすいようにあえて軽い感じで聞いてみた。


「ツバキってばさ、最近元気ないよね。悩みがある感じ?」

「ああ、おぬしか……いやちょっとな」

「どしたん? 話聞こか?」

「……異大陸人に話しても分かるはずがないのだ……いやでも、おぬしなら信頼できるし、あるいは……」


 ぶつぶつと一人考えていたツバキだったけれど、最終的には相談する気になったようだ。

 というわけでお話を伺う。


「……悩みというのは、拙の刀のことなのだ」

「刀?」


 刀というのは異大陸でよく使われる剣の一種である。

 大陸の押し斬る剣と異なり、斬り裂くのがメインとなるのが特徴。

 なので切れ味はいいけど比較的折れやすかったり、血糊で斬れ味が鈍ったりしがち。


「見てみるのだ?」

「ツバキがよければ」


 ツバキが脇に刺していた刀を抜いて、ぼくに見せてくる。

 僅かに曲線を描いた刀身は、波打つような刃文がてらてらと濡れて美しい。

 そして明らかに、刀身そのものから不気味な、怪しい燐光が放たれていた。

 間違いなく尋常な刀ではないと、素人目にも一発で分かる。


「こ、これは……?」

「拙の愛刀、人呼んで『MURAMASA BLADE!』というのだ。見ての通り妖刀なのだ」

「妖刀!?」

「そうなのだ。つまり呪われた武器──刀が血を求めるのだ」


 つまりアレか。

 その気も無いのに、刀に操られて人を斬ってしまうというヤツなのか。


「って、なんでそんな刀使ってるの!? ていうか今まさに抜いてるし!」

「強い精神力で呪いに打ち勝ちさえすれば、この刀は最強なのだ」

「呪われし最強の武器……!」


 なにそれ滅茶苦茶カッコイイ。

 そんな伝説の武器を持っているツバキが、なにを困ることがあるのかと聞くと。


「──あっちの大陸にいるときは、戦争しまくってたので問題なんてなにも無かったのだ。生き血的に」

「問題だらけじゃないかなあ!?」


 つまりそれって、血を吸わせまくってたってコトだよね。

 凜々しい少女剣士みたいな顔して物騒にもほどがある。


「こっちの大陸に渡ってから、全く血を吸わせてないのだ。しかもこいつグルメだから、ゴブリンやオークの血だとペッてするのだ」

「抜かなければ問題ないんじゃないかな!」

「使い慣れた武器だし、最強の刀だから使いたいのだ……しかも最近は、抜いてないのに深夜に鯉口がガタガタ鳴るのだ……超怖いのだ……」

「そりゃ怖いよねえ!」


 そんなのツバキじゃなくても超怖い。

 ぼくだって嫌だ。


「そんな刀はホラ、どこかの宗教組織に奉納でもして、供養してもろて」

「しかし刀は武士の魂なのだ……それにどうせ売るなら高値で売りたいのだ……」

「強欲ぅ!?」

「武士は食わねど高楊枝……でも食べないと死んじゃうのだ……」

「まあ、それは確かに」


 しかしそれは困ったね。なにかいい方法はないものか。

 一般的には、教会とかで解呪なんだけど。


「それって、解呪できない複雑な事情とかがあったりするの? 解呪すると刀の斬れ味が凄く落ちるとか」

「無いのだ。解呪すれば斬れ味はむしろ上がるのだ」

「上がるの!?」

「たぶん。拙の直感がそう囁いているのだ」


 まあツバキの直感が正しいかどうかはともかく。

 そういうことなら、解呪できるに越したことはないと。


「ちなみに、教会とかに持って行ったりは」

「当然したのだ。さじをぶん投げられたのだ」

「そうなんだ」

「なんかコイツのは、普通の呪いとは性質がまるで違うらしいのだ。詳しくは忘れたけど、刀身の斬れ味が凄すぎて、血を吸って自己再生にも利用してるとか言ってたのだ」

「……ふむ……」


 再生、つまり治療って事か。

 その話の方向だと、ひょっとしてワンチャンいけるかも……?


「ねえツバキ。相談なんだけど、その刀をぼくに売ってくれないかな? とは言っても、今後もツバキが持ってていいから」

「そんなうまい話があるのだ!?」

「ひょっとしたら爆発しちゃうかも知れないけど」

「そんな酷い話があるのだ!?」

「ぼくはどっちでも構わない。積極的に壊すつもりは無いけど、壊れる可能性は事実だし。ちょっと試してみたい事があってさ」

「……むむむ……」


 ミスリル鉱山で得た利益からそれなりの金額を提示すると、ツバキは少し悩みながらも妖刀の所有権をぼくへと譲り渡した。

 手痛い出費になったけれど、これで心置きなく実験できる。


「じゃあ慎重に──おおっと」


 刀を抜くと、衝動的に人を斬りたくなる。ツバキの言ったとおりだ。


 殺戮衝動を入念に抑え込んでから魔力を流す。

 すると怪しく発光していた刀身が、真っ白な光に覆われていく。


「こ……これはなんなのだ!?」

「治癒魔法だよ」


 ぼくは治療術士じゃないけれど、限定的ながら独自の治癒魔法が使える。

 もっとも完全に自己流かつ制御もロクに利かないシロモノなので、極めて限定的にしか使えないけれど。

 今回の場合は、その極めて限定的な状況に当てはまるんじゃないかと睨んだのだ。


 なにしろ相手は妖刀で。

 ならば人間相手のような、魔力コントロールは必要ないはず。

 それに元々呪われた武器だし、失敗しても最悪で刀が爆発するだけでまあ諦めもつく。

 そんなわけで、魔力をガンガン注いでみた結果──


「おおおっ!? やたっ!」

「……こ、この男……!? マジでやりやがったのだ……!!」


 ぼくの注いだ魔力が、妖刀の魔力を変質させて呪いを無力化し。

 狙い通りに MURAMASA BLADE! を解呪できたのだった。

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