第35話 どんだけケタ違いの強さを見せつけまくっちゃったんだろーね?(トーコ視点)

 王城の廊下をすれ違う時にがそっと渡した手紙を自室に戻って読んだトーコは、にんまりと顔をほころばせた。


「アマゾネス軍団、陥落っと……さすがはスズハ兄ってところかな?」


 この国の水面下で密かに進んでいる、一つのクーデター計画。

 次の王座を巡って権力争いしている第一王子派と第二王子派をまとめて蹴散らし、王女であるトーコが次の女王になろうという計画だ。

 その首謀者の一人であるトーコは、クーデターの成功自体は疑っていない。


 なにしろ、この国で最高の戦力である四人──自分、ユズリハ、スズハ、そしてスズハの兄が揃えば、クーデターが失敗する未来図なんて考えられない。

 けれど未来の統治者たるトーコとしては、女王になってハイ終わりというわけにはいかないわけで。

 その先のことも考えて、今から布石を打っておく必要があるわけなのだ。


「これで一番ヤバかった隣国からの侵攻は、まず回避できるでしょ……あのアマゾネスども、クソ強い上に忠誠度まで底なしに高いから、最初に抑えておかないと怖くって仕方ないっつーのよね……」


 クーデターが起こると言うことは、自分たちの国が混乱していると喧伝するようなもの。

 つまり漬け込まれる要因になるわけで。

 現在実質的に隣国を支配しているアマゾネス族の族長とは、トーコも何度か話したことがある。極めて切れ者の双子で、絶対に敵に回したくない相手だった。


 こちらが油断すれば、一息に攻めてくるだろう。

 今だってユズリハやトーコさえいなければ、とっくにこちらの国に侵攻してきているに違いない。


「でも、それにしてもは予想外すぎるっての……スズハ兄ってば、どんだけケタ違いの強さを見せつけまくっちゃったんだろーね?」


 アマゾネス一族は軍隊などよりよほど厳しい、実力に裏付けされた極めて強固な階級社会であることはよく知られている。

 だがその中でも、族長よりさらに上とされる、伝説の階級があることを知る者はほとんどいない。

 それが兄様ターレン

 アマゾネスの現族長が自分よりも遙かに強いと認めた、アマゾネスの頂点よりもなお頂点に立つ者と認めたに与えられる称号。

 ちなみに強かったのが女性の場合は、強制的に新族長になるだけなので姉様などと呼ばれたりはしない。


「それにしても……ふふっ、ユズリハの焦った顔が目に浮かぶかも……」


 ユズリハのことだ。今までは、なんだかんだ言っても最終的には自分がスズハ兄をゲットできる、そう心のどこかで思っていたことだろう。

 なにしろ最大のライバルであるはずのトーコは、王族という大きすぎる枷がある。王族は平民と結婚できないのだ。

 もう一人ライバル候補としては妹がいるが、あれはあくまで妹だ。

 もっともスズハ本人はそう思ってないだろうが。

 他のライバルなどは、公爵家の権力とユズリハの武力で蹴散らしてしまえばいい。


 しかしアマゾネス族はそうはいかない。

 ただでさえ圧倒的な武力で知られるアマゾネス、しかも今の族長は隣国政治の実権もガッチリ握っている。

 その権力、財力、武力を合わせれば、サクラギ公爵家ですら見劣りしてしまう。

 あのスズハの兄獲得レースで圧倒的優位だったユズリハが、スズハの兄の同国人という有利を持ってして、かろうじて互角に持って行ける程度の相手。

 それほどにアマゾネスの族長という立場は強い。


「でもユズリハ、怒ったらダメだよ……? ボクはこの国の未来のために、あえてスズハ兄の情報をアマゾネス族に横流しして、オーガの大樹海に向かわせたんだから。別にボクがスズハ兄を手に入れられない腹いせに、アマゾネス族に売ったわけじゃないんだからね……?」


 その成果は十分すぎる以上にあった。

 少なくともアマゾネスの族長は、スズハの兄と出会えたのはトーコのおかげだと深く感謝している。

 その情報の報酬は『、隣国とアマゾネス族がこちらの国に手出しをしない』こと。

 もしスズハの兄を観察したアマゾネスの族長が無駄足だと判断したら、そのままこちらの国を攻め滅ぼしに来るかもしれない危険な賭けだったけれど、その勝算は十分すぎるほどあった。

 そして当然のように、その賭に勝ってみせた。


 だから国の為なのは間違いない、とトーコは結論づける。

 ひょっとしたらそこに多少の私情が挟まれているかもしれないが知ったことか。

 それに。


「まあ、もしユズリハとアマゾネスたちが争って収拾が付かなくなったら──ボ、ボクが慣習を破ってでもお嫁さんになっても、し、仕方ないもんねっ……!」


 国を統べる女王として、たかが男一人のために、平地に乱を起こすようなことは、絶対にあってはならない。


 けれど、もし既に血みどろの争いが起きていて、どうにもならなくなっていたら。

 たとえ前例がなかったとしても──その争いのタネ自体を取り上げて事態を収拾させるのもまた、女王たるものの仕事なのだから。

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