第36話 (ぱたぱた)

 ぼくたちがオーガの大樹海の砦に来てから、二週間が経った。


 来る前はどうなることかと思っていたアマゾネス軍団だけど、みんなとっても親切で優しくて礼儀正しい女の子たちばかりだった。

 その上みんな可愛くてスタイルもいいうえビキニアーマー着用なので、目のやり場に困ってしまう。

 そうしてぼくが困っていると、なぜかスズハがよく寄ってきて、奇妙な行動を取ってくるのが最近の悩みと言えば悩みなのだけど。

 今もそうだ。


「ふう──暑いですね、兄さん(ぱたぱた)」

「……?」

「どうしたんですか兄さん? そんな訝しげな顔をして(ぱたぱた)」

「うん、ちょっと……いやなんでもない」

「ヘンな兄さんです。それにしても暑いですね(ぱたぱた)」


 ちなみに(ぱたぱた)というのは、スズハが服の胸元を扇いで風を送り込んでいる音である。

 スズハはこういう、はしたない所作はしない子だったんだけど、この砦に来てからはよくこういう真似をするようになった。

 他にもスカートをぱたぱたさせたり。

 ぼくに「兄さん、わたし少し太っちゃいました……」とか言いながら、胸元がパツンパツンになった服を無理矢理着てぼくに見せてきたり。

 いきなり「いつも兄さんにマッサージしてもらってばかりだから、お返しです」とか言いながらマッサージしてきたはいいけど、やたらと胸を押しつけてきたり。


 そのどれもが、いつも通りを装ってはいるものの恥ずかしそうに顔を赤らめながら、ぼくの様子をチラチラ窺っているのが丸わかりで。

 スズハの意図が分からないぼくとしては、どう反応すればいいのか大変困る。

 けれどなんとなく、これは本人に聞くのは地雷だと言う気がしたので、ユズリハさんにこっそり相談することにしたのだけれど。


「……キミってやつは、まるで女心が分かってないな……」


 やれやれと肩をすくめながら首を振ったユズリハさんが、なぜかぼくに可哀想な子を見る目を向けてきた。


「いいかキミ、こんなのは簡単だ。つまり──」


 そうぼくに教えかけたところで、なぜかユズリハさんの口が止まる。


「……ん、待てよ? これはチャンスか……?」

「ユズリハさん?」

「……ここでスズハくんに恩を売って、今一度わたしの味方に引き入れておけば……いざアマゾネスどもが出しゃばってきたときに妹というカードが使える……アリだな……」

「えっと、ユズリハさん……?」

「うるさいなキミ。今とても大切な考え事をしている、少し黙っていてくれ」


 公爵家令嬢のユズリハさんのことだ。きっとぼくとの話の途中に、いきなり国家百年の計でも思いついたのだろう。

 うんうんと唸りながら考えていたユズリハさんだけど、やがて考えごとは纏まったようで、ぼくに向かって爽やかな笑顔を向けた。


「いいかキミ。今回の件は非常に単純、キミが原因だ」

「ぼくですか?」

「そう。訓練やマッサージなどでアマゾネスに構う時間が増えた一方、スズハくんと、あともちろんわたしもだが、わたしたちとの時間が減ってしまっただろう?」

「それは確かにそうです」

「きっとスズハくんは、スズハくんの兄上がアマゾネスに取られたようで寂しかったのだろう。だからキミの気を引こうとして、積極的なスキンシップを図ろうとしたというすんぽうさ」

「なるほど。そういうことでしたか」

「だから今後は、アマゾネスたちとの交流は最小限にして、わたしやスズハくんとの訓練やマッサージなどを最優先にするのがいいだろうな」

「ですが、隣国の共同作戦軍であるアマゾネスさんたちを邪険にするように見えかねない態度はマズいのでは?」


 ぼくの疑問に、ユズリハさんは難しい顔で首を捻って、


「……そうだな。キミが急激に態度を変化させれば、アマゾネスどもは絶対に裏にわたしがいると疑うだろう。キミに上手い匙加減で腹芸をしろといっても無理だろうし……」

「す、すみません」

「いいんだ。では仕方ない、今度まる一日スズハくんとデートでもしてやるといいさ」

「デートですか? でもぼくたちは兄妹ですよ?」

「難しく考える必要なんて無い。その日は一日アマゾネスとの交流は断って、スズハくんに奉仕してやればいいのさ。スズハくんの訓練に一日マンツーマンで付き合って、訓練の始めと終わりにはフルコースのマッサージを施して、食事はキミの手料理を振る舞ってやり、寝る前にはスズハくんと二人きりで存分に語り合えばいい」

「そんなことでいいんですか? それなら簡単ですけど……」

「それでいいんだ。あとスズハくんのデートが終わったら、私にも同じ事をしてもらうからよろしく頼む」

「はい?」

「どこがどうスズハくんに効果的だったか、実際に体験して確かめないといけないからな。──け、決してわたしもキミと一日密着トレーニングして、キミのマッサージをフルコースで味わって、キミの手料理で癒されたいとかじゃないから、そこのところは勘違いしないでくれ」

「それはもちろんです」


 そしてぼくはその数日後、ユズリハさんに教えられた通りにスズハを誘って、一日つきっきりマンツーマンで特訓した。

 始めと終わりにはスペシャル版フルコースマッサージもしたし、夕食は奮発してスズハの好きな味噌カツとエビフライとひつまぶしを出すと、嬉し涙を流しながら凄い勢いで食べ尽くしてくれた。


 ユズリハさんの言うとおりにしてよかった。

 やっぱり公爵家の娘さんともなると頭のデキが違うんだな、なんて感心することしきりである。

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