第37話 わたしなら立場は半分──アマゾネスの時と比べて1.5倍だ(ユズリハ視点)

 スズハとその兄がデートした翌日の夜。

 スズハは兄に内緒でユズリハの部屋を訪ねると、入口で腰を直角に曲げて感謝の意を表した。


「ユズリハさん! 今回は本当に、本当に──ありがとうございました!」

「いいから部屋に入ってくれ。アマゾネスどもに見つかると面倒だ」

「はい、失礼します」


 スズハを部屋に招き入れながら、ユズリハは内心で驚きを禁じ得ない。

 なにしろまだ、スズハには種明かしをしていないのだ。

 扉を閉めて、アマゾネスやその他の間諜がいないことを再確認してからユズリハが口を開いた。


「さて、なんのお礼だか? ……なんてとぼけても無駄だろうが」

「もちろんです。昨日の兄さんとのデート、ユズリハさんの差し金でしょう?」

「スズハくんの兄上にはわたし名前は出さず、自分で考えたように振る舞えと言っておいたのだが……ポロリと漏らしてしまったか?」

「いいえ。ですが兄さんが自分で思いつくはずもありませんし、ならば答えは一つですから」

「では問おう。わたしがスズハくんと、スズハくんの兄上をデートさせるメリットは?」

「わたしに貸しを作り、アマゾネス族との駆け引きに使えるカードを増やすこと……でしょうか?」


 舌を巻く。

 そこまで見抜かれているのなら、腹芸を続ける必要などない。


「まあその通りだ──なにしろアマゾネスどもが、スズハくんの兄上にべったりだからな」

「そうです。一体どういうつもりなんでしょうか、兄さんのことを兄様ターレンなんて親しげに呼んで! 兄さんを兄さんと呼んで良いのは、兄さんの妹であるわたしだけのはずです!」

「正直わたしも予想外というか困惑しているというか……アマゾネスどもがスズハくんの兄上を受け入れるのはともかく、あそこまで親しげにしてくるなんて想定外すぎるぞ」


 アマゾネスについて、ユズリハの知識は平均的な上級貴族と大差ない。

 つまりユズリハは、アマゾネスどもがスズハの兄を兄様ターレンと呼ぶ理由を知らない。

 アマゾネスの大将を倒した尊称なのだろうか、なんて推測する程度で。


 まさかそれが、アマゾネス一族全員を絶対服従させる男性につけられる尊称だなんて事実は、さすがに想像の埒外である。


「……アマゾネス族は、兄さんを取り込みたがっているのでしょうか?」

「断言はできない。だがあの態度を見れば、そう考えるのが普通だろう。それにスズハくんの兄上のことを調べれば調べるだけ、絶対に手に入れたくなるのは当然だしな」

「兄さんは自分のことを、ただの平民だと思っているようですけどね」

「スズハくんの兄上は賢いくせに、その一点に限っては底抜けの大バカ者だからなあ……自覚されるのも面倒なので放っているが」

「そうですね。まったく同感です」

「ん? スズハくんは自分の兄上に、実力を自覚されても構わないだろう?」

「そうでもありません。どこかの姫君と結婚すると言われても困りますから」

「なるほど。それはもっともだ」


 ユズリハとスズハが苦笑し合う。

 緩やかな現状維持を望んでいるという点で、二人の利害は一致していると確認できた。


「ならばわたしから、スズハくんに提案だ」

「せっかくですがお断りします」

「……まだ何も言ってないが?」

「聞かなくても分かります。ユズリハさん側につけ、というのでしょう?」

「まあその通りだな」

「ですがアマゾネス族が想定以上に兄さんに好意的である現在、ユズリハさん側に決め打ちする必要はありません」

「…………」

「わたしたちは平民ですし、将来的に他の国で暮らすという選択肢も大いにあり得ます。ユズリハさんのことは好ましく思っていますが、わたしは兄さんにとって一番いい未来のために、アマゾネス族とユズリハさんを天秤にかける必要があるでしょう?」

「やれやれ。まったく兄思いの妹で結構なことだ」

「たった一人の兄さんですからね、わたしがしっかりするより仕方ありません」


 スズハのキッパリとした拒絶に、ユズリハは不快さを感じない。

 むしろきちんと断りを入れることに、スズハの凜とした誠実さを感じる。

 これが自分の国の貴族どもなら、うわべでは阿諛追従あゆついしょうをしておきながら、裏ではアマゾネス族とも取引すべくコンタクトを取るだろう。そして将来、劣勢に立った方は斬り捨てて、約束など最初から無かったかのように反故にするのだ。


 そもそもスズハほど状況を俯瞰する頭脳があって、自分の提案に素直に乗ってくるなどと思っていなかったユズリハである。

 しかしユズリハには、一つだけ策があった。


「スズハくんの言いたいことは分かった。けれどわたしには、一つ忘れていることがあると思うんだが」

「……それはなんですか?」

「あのアマゾネスの総大将が、双子だということだ」

「はい?」

「まだ分からないか? ……もし将来、あの双子をスズハくんの兄上が娶った場合、またはそこまで行かなくても恋人となった場合のことだ」

「も、もしそんなことがあっても、わたしは兄さんの唯一の妹なのでその立場は保証されてい──」

「声が震えているぞ? まあそうだとしても、スズハくんの兄上が妻や恋人より妹を優先するとは思えん。仮にそれらと妹が平等だとして──スズハくんの兄上におけるスズハくんの立場は、今の三分の一というところだな」

「がーん!?」


 スズハが凄くショックを受けた姿で立ち尽くす。

 ユズリハは「いやお前、それくらい一度も考えたことなかったのか?」というツッコミをなんとか飲み込んで、


「しかし、これがもしわたしなら立場は半分──アマゾネスの時と比べて1.5倍だ」

「ど、どどど、どうしてそんなことがっ!?」

「単純な事、わたしは一人だがアマゾネスどもの総大将は双子だからな。つまりわたしにつけば、万が一なにかあってもスズハくんの立場は半分も──」

「ユズリハさんにお味方します」


 スズハがきっぱりと言い切った。

 裏切ることなど考えられない、ひどく澄んだ眼差しだった。


「そ、そうか……では以後、よろしく頼んだ」

「はい、ユズリハさん。これからわたしたちは同志です」


 ガッチリと握手をしながらユズリハは思う。

 スズハがしっかりしているようで、妙なところで抜けているのは、やはり兄譲りなのではないか──

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